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海賊王の娘と森の国の王子  作者: 権田 浩


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71.狩りのおわり

 スパイク谷は険しく、遠く海から離れたスケイルズの人間にとっても、森から離れたアードの人間にとっても、慣れない困難な道のりとなった。人が住む場所も通行できる道も少ないが、選択肢の少なさは追跡者に有利だ。それでも行き止まりや谷底へ向かう道に入ってしまって引き返すこと数回。ドルイドの影を捉えても深い谷の向こう側だったり、迂回路を見つけなければ到達できない道の上だったりした。それで結局、ドルイド討伐軍は目的を果たせないまま人類最北の町エイクリムまで到達してしまったのだった。


 ほとんど敵意と言っていい視線を浴びながら町に入ったハラルドとエリアスは早速スパイク谷の王アスガルに謁見を申し入れ、ほとんど押しかけるように居城へと向かった。絶壁の中の洞窟を上って、亀裂の道を歩き、橋を渡る。エリアスは上からの眺めに興味津々という様子だったが、いったんは立場をわきまえて控えた。ハラルドはといえば、風がぴゅうと吹けば木葉のように宙を舞って遥か眼下まで転落するのではないかという妄想に囚われていて、一刻も早く地上に戻りたかった。たとえしっかりした石造りの土台を持つ王の館の中であっても。


 立派な大広間の奥にある玉座にはアスガル。周囲に一〇人ほどの男たちがいる。午後の柔らかな光が差し込む大広間には他にも掃除をする女や、手編みを教えている母娘の姿もあった。話し始めれば人払いをするのだろうと思っていたハラルドだが、そうはならなかった。


「面を上げられよ。アードリグのエリアス殿。スケイトルムのハラルド殿」


 日常的で家庭的な雰囲気が漂っていても、アスガル含めて居並ぶスパイク谷の男たちはこの土地と同じく険しい顔をしている。ハラルドは共感を覚えた。四王の秘密会談の場で会っていても、ドルイド討伐軍を率いていると名乗っていても、容易く心を開かない。それが正しい北方の男だろう。


「拝謁を賜り恐縮でございます、エイクリムの主にしてスパイク谷の王アスガル陛下。お会いするのは二度目でございますが、覚えておいででしょうか?」いつもどおりの調子の良さで、エリアスはうやうやしく挨拶した。


「うむ。そちらのハラルド殿もあの場におられたな」


 ハラルドはただ拳を胸に当てて一礼するのみ。エリアスは一瞬待ったが、誰も何も話さないのを見て軽々しい口を開いた。


「さて、我々がここに来た理由はお分かりでしょう、陛下。ドルイドどもを追ってこの北の地までやってきましたが、ここにもやつらの姿はありません。どこへ消えたか、ご存知では?」


 アスガルはうなずいた。「うむ。連中はさらに北へ。〈世界の果て山脈〉へと分け入って行った。以来、姿を見た者はおらん」


「ほう、それを見過ごされたと?」


「見過ごしたなどと。我ら谷の男たちはオークとの戦いが終わって間もない。今は傷を癒して次の戦いに備える時期だ」


 言い訳だ。何を隠している。ハラルドならそう言っただろうがエリアスは違った。


「ふーむ、確かに、今回のドルイド討伐軍についていえばスパイク谷は参加されておりませんね。しかし約定の意義を考えれば、ドルイドを押し留めるという判断もあったのではありませんか?」


「ドルイドは魔法使いで弓に長じていると伝え聞いている。傷付いた戦士たちに名誉無き人間を相手に戦えと命じるつもりはない」


「そういえばスパイク谷にドルイドはいないのでしたね。しかしその話には少々尾ひれがついておりますなぁ。連中はそれほど危険な相手ではありませんよ。まあ、人間を相手にするよりもオーク、それはわかりました。連中が山に入ったと言うなら我々も後を追わねばなりません。協力していただけませんか」


 アスガルは鼻で笑った。「遥か南のアード地方からでも見えるというのに、〈世界の果て山脈〉を知らぬとみえる。夏の穏やかな谷を旅してここまで来られたのだろうが、山の上ではもう夏も終わりぞ。冬を前に獣どもは巣ごもりの準備を始めている。南の森では人間が獣を狩るのだろうが、この山では獣が人間を狩るのだ。そなたらが見たこともない魔獣も山を下って来ている。追えば、ドルイドなどとは比べ物にならない脅威を目の当たりにするだろう。ドルイドどもは死ぬために山へ入ったのだとわしは見ている。そして、今頃はもう本懐を遂げている頃合いだ」


 エリアスは丸い二重顎をさすりながら話を聞き、「なるほど」とうなずいた。「わかりました、父王にはそのように伝えましょう。しかしそれほど危険ならばドルイドどもが逃げ戻って来る可能性もある。山道への入口に野営地を作り、しばし滞在したいがよろしいでしょうか?」


「構わぬ」アスガルは玉座に身を沈めた。「だが、すぐに谷の夏は終わる。そして秋も短い。冬になる前に去られた方が身のためだ」


「できればそうしたいところです。なんせ、こう見えて寒がりなもんで」エリアスは一礼して踵を返した。ハラルドも同じようにして、二人は大広間を後にした。


 前を歩くエリアスの栗色の頭頂部を見つめていても、その考えが見通せるわけもない。二人は堂々と館を出て来た道を戻り、谷底に出た。正面に見えるのは絶壁の下の湖で、岸辺は雨が降った後のように湿っている。頭上から落ちてくるはずの滝が霧雨のように水を撒いているからだ。湖上には小舟が三つ、漁をしている。もう少し南の岸辺には漁師小屋があって、船底を上にした小舟や釣り竿立て、広げられた投網、魚を処理している女たちの姿が見えた。ハラルドには見慣れた光景の、しかしごくごく小さな営みだった。


 エリアスはのしのしと岸へ近付き、足元が濡れているのを見て大げさに足を持ち上げ、通行用の板橋に立って湖を眺めた。周囲に人気はない。話をする機会とみてハラルドは横に並んだ。湖上の小舟を見ながら突然エリアスが断言する。


「終わりだな」


「終わり?」


「ああ。アスガル王の忠告を聞き入れる。もうこれ以上は追えない。野営地を作って様子は見るが、ま、もう戻っちゃこねぇだろ」


 ドルイドたちは、いやアウラは、危険から逃れようとして自ら死地に飛び込んでしまったのだろうか。それとも死によってこの世界から逃れようとしたのだろうか。ハラルドにはどちらも信じられなかった。あの弓勝負の時、彼女はそんな後ろ向きな気持ちで挑んで来てはいなかった。彼女は彼と、どこか遠く、もう我々の手の届かない遥か彼方へと旅立っていったのだと、理由もなく信じられた。いずれにせよ、我が王に腐り始めた娘の首を見せずに済みそうだというのは――。


「ひと安心か?」唐突にエリアスが言った。


 心の内を覗かれたような気がして思わず動揺する。「なんだって?」


「正直に言うと、あんたはアウラって娘を助けるために派遣されてきたんだと思ってた。上手いこと立ち回って邪魔すんじゃねぇかと疑ってもいた。でも、そういう器用なヤツじゃねぇなってわかってきて……おおっと、侮辱する気はねぇ」


 エリアスは降参とばかりに両掌を見せる。誰にも語らず心の奥に秘めた葛藤を、もしかすると自分でさえ目を背けていた本心を、この男は見抜いていたというのか。


「ま、なんにしても奴らは俺たちの手が届かねぇとこまで行っちまった。逃げ切ったんだ。このお話はこれにておしまい、ってな」芸人のようにうやうやしく頭を下げたかと思うと、ぱっと顔を上げる。「それに、この失敗で俺が失うものは何もねぇ。俺には元々なんにもねぇし……あいや、あんたの名声には傷が付くかもしれねぇが……ま、それでも父王様の威信ほどじゃあねぇだろうよ。偽エリアスの反乱で半殺しに遭って、ドルイド討伐にも失敗しちまった王様に敬意を払う連中がどれだけいるか……親父様はエドヴァルド王に感謝しなきゃな。四王の約定が無けりゃ、続々と反旗が翻ったかもしれねぇ」


 いや、ただの当て推量かもしれない。知ったふうな口を利いて相手の心中に入り込む、この男の手口なのかもしれない。確かなのは、このエリアスには危険を冒す必要が無かったということだ。生き残り、役目を果たしたと言える口実さえあれば良かったのだ。


「四王の約定は簒奪を禁じているだけだ。父から息子への王位継承はむしろ本意のはず……いやま、そんなことより、あんたには道中めちゃくちゃ助けられた。俺の力が必要な時はいつでも呼んでくれや。あんたのためならすぐに駆け付けるぜ」


 エリアスはハラルドを見上げてニヤリと笑い、全く可愛げのない不気味なウインクをした。見下ろすハラルドのほうはそれを渋面で受け止める。王子の役を演じる太った道化師は肩をすくめた。「なんだよ、我ながらすっげー良いセリフだったのに。そこそこ恥ずかしかったんだぞ」


 ため息を吐いて踵を返したハラルドは不意に足を止めて振り返る。


「お前、本当の名は?」


 不意打ちの意趣返しをエリアスは目を丸くしただけでかわした。「ぶへへっ、その手は食わねぇよ。俺はアードリグの主にしてアード地方の王ヨルゲンの息子エリアスだ。もうそれ以外の名は持ってねぇや」


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