70.君との誓い
エリアスは馬上から背後を振り返った。スケイルズ諸島から来た海賊たちは、灰色の崖に張り付く湾曲した道の向こうへと消えた。前方に視線を戻せば、低くなっていく崖の向こうにマツの木立の先端が見えてきている。渓谷は終わろうとしていた。
「やつらは何者だったんだ」トリスタンは前を向いたまま、エリアスなら知っているだろうという口調で尋ねた。
「ドルイド討伐軍。スケイルズ諸島から来た人たちです」
「確かなのか」
「はい」全員の顔をはっきり覚えているわけではなかったが、服装で分かる。「でも、どうしてあそこに留まっていたのかはわかりませんけど」
「合流するつもりなのだろう」
「そうかもしれませんね」と言いつつエリアスはそう思っていなかった。ドルイド討伐軍は半数でも十分な戦闘能力がある。追跡を中断する理由が無い。可能性があるとすれば、アウラが何かしたか。
(アウラ……)
その名を想うと途端に胸が締め付けられる。トリスタンたち〈灰色狼〉の人々も、ファードルも、以前より仲間と思えるようになった。それでもやはりエリアスにとって、アウラだけは特別な存在としてあり続けた。この世界で唯一の共犯者。二人の出会いは運命だったと今なら信じられる。
はやる気持ちを抑えて半日ほど馬に揺られていると、苔むした岩ばかりの荒涼とした谷の中に小さな草原が現れた。山の鋭い稜線と白い雲を背景に、夏の日差しの中でさんさんと輝く鮮やかな緑の葉を、赤白黄色の小さな花たちと、楽しげに舞う蝶々が彩っている。その中にドルイドたちはいた。慌てて逃げたりしないところを見ると、〈動物共感〉でエリアスとファードルの姿を確認したのだろう。それでもまずは事情を話すべきだ。「トリスタンさん、あまり近付き過ぎないように止まってください」
騎馬の行列は停止した。馬から下りようとしてエリアスは尻もちを付く。長いあいだ馬に乗り続けていたせいで足腰がすっかり立たなくなっていた。震える脚を叩いて尻の痛みに耐えながら立ち上がる。六尺棒がこれほどありがたいものだとは。杖を突きながら、よろよろと馬の間を抜けて顔を上げると、ドルイドたちの前にアウラがいた。渓谷に吹き込む涼風に金髪が踊る。爽やかな青い瞳。何かもの言いたげな唇。彼女が、たっ、と軽やかに駆け出す。
もはや気持ちを抑えられず、エリアスも六尺棒を捨ててギクシャクと走り出した。ドルイドと〈灰色狼〉の真ん中で二人は再会し、勢いそのままアウラのしなやかな腕が弧を描いてエリアスの頬を張る。ばちん、と大きな音が周囲に響いた。強烈な一撃に意識まで飛びそうになって、よろけるエリアスの首に、アウラは腕を回した。苦しいほど締め付けられながら、エリアスもまたアウラの引き締まった身体を抱きしめてささやく。「ごめんよ。もう二度とこんな事はしない」
アウラの声と身体は微かに震えていた。「……誓って」
どの神に誓うべきなのか。大地の神か大海の神か、ドルイドの神か。そういえばドルイドには神がいるのだろうか。しかし、そのどれも正解ではないだろう。この誓いは自分と彼女、二人だけのものでいいはずだから。
「君に誓う。最後の瞬間まで君を離さない。もう絶対に君を一人にしない」
「なら、今回だけは許す」
アウラの腕が緩んだ。二人は見つめ合い、瞳の中に互いを捕らえて世界を二人だけのものにした。誓いの口づけを交わす。彼女の頬を伝った一筋の涙をエリアスは見逃さなかった。そして、それを深く心に刻み込んだ。




