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海賊王の娘と森の国の王子  作者: 権田 浩


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69.二人のエリアス

 渓谷の道を去って行くドルイドたちを、とりわけ最後尾のアウラの背中を、ハラルドは黙って見送った。愛弟子は最後まで振り返らなかった。彼女を鍛えたことが、こうして我が道を往く強さに繋がったのだと思えば、それで報われたような気がする。


「すまんが、しばらくここに足止めだ」


 誰かしらの反発は覚悟していたが、エスキルが「仕方ありませんよ」と言っただけだった。それが全員の気持ちを代弁していたのだろう。狭い道は野営に向かないため、ハラルドたちは渓谷の入口まで戻った。地面は傾いているが多少は広い。それでも岩壁に張り付くような細長い野営地になってしまった。


 その翌日、騎馬の集団が道を上がってくるという報告を受けてハラルドは戦闘準備を指示し、野営地の端へと移動した。向かってくるのは三〇頭ほどの騎馬の行列だ。ドルイドではないと思うが、スパイク谷の人間だろうか。馬に乗るというのは聞いたことがない。彼らは渓谷に入る手前で止まった。お互いに武装しているのは一目瞭然だから当然の反応ではある。一頭の馬が前列に出てきて、その馬上にいる黒髪の戦士が大声で誰何した。「何者だ」野営地を囲む岩壁に声が反響する。


 ハラルドも相手に聞こえるよう大声で返した。「我々はここで野営しているだけだ」弓を用意しておいて白々しいが、未知の相手に対して無警戒でいるなどできるはずもない。


「こちらもただ通行したいだけだ。交戦の意思はない。女、子供もいる」と馬上の戦士が似たような答えを返す。


 エスキルが素早くハラルドに耳打ちした。「あの男の後ろにいる奴、森でアウラと一緒にいました」黒髪の戦士と相乗りしている男のことだろう。栗色の髪、ヨルゲンに似た線の細い印象の体躯。ゴルダー河でアウラの前を走っていた男の後ろ姿にも重なる。ではあれがアウラのエリアス。彼の偽物があの太っちょとは、何とも出来の悪い冗談ではないか。そして、この騎馬の集団はドルイドということになる。とてもそのようには見えないが。


「どうします?」エスキルがささやく。


 アウラの挑戦を受けて敗れたハラルドはドルイドを追うことができない。しかし相手がドルイドと名乗らないのであれば、知らなかったで済ます手もあった。戦力ではこちらが上。野営地も石壁を背負っていて戦いやすい。まさか馬に乗ったまま戦えるとは思えないが、道を塞いでしまえば機動力も落ちる。アウラのエリアスとその仲間にここを乗り切れるだけの力があるかどうか、試してみるのも一興か――そんなふうに考えている自分に、ハラルドは苦笑した。「こちらにも交戦の意思はない!」弓から手を離すように合図を出す。スケイルズの男たちは文句も疑問もなくそれに従った。


 馬上の男たち、そして女たちが緊張した面持ちで海賊の前を通り過ぎていく。子供もたくさんいた。あのトアキルの息子スヴェレの農場で刺した少年と同じくらいの年頃もいる。あの瞳は忘れてはならないものだろう。奪われる側にならないためには奪う側であり続けなければならないのが北方という世界だ。しかし全てを奪われた者どもの顔は凛々しく、瞳は彼方を見据えている。まるで神々の戦場へと赴く勇者のようではないか。


 黒髪の戦士とアウラのエリアスが馬でやってきた。通り過ぎざま、ハラルドは呼びかける。「すまないが、そこの方」


 アウラのエリアスが反応した。「はい」


 静かな目をしているな、と思いながらハラルドは問う。「道中、ドルイド討伐軍を名乗る集団に出会わなかったか」


「いいえ、会いませんでした。もしかしたらどこかですれ違われたのかも」


 嘘は言っていない。もし嘘だとしたら、あの道化と同じくらいの食わせ者だ。


「そうか。呼び止めてすまなかった」


 アウラのエリアスは会釈して、馬は先へ進んで行った。彼らは逃げているのではなく、我々を置き去りにしようとしているのではないか。彼らの残した土煙が渓谷の風に散らされていくのを眺めながら、ふと、そんなふうに思った。


 さらにその翌日、今度はぞろぞろとアード勢が道を上って来た。〝本物の〟エリアスは相変わらず先頭集団の中で、ぺちゃくちゃと話している。向こうもこちらに気付き、ドルイド討伐軍は合流を果たした。


「よお、ハラルド。こんなところで何やってんだ? もしかして……俺を待ってたとか!? いや~ん」


 こんなやつに言い訳めいたことをしなくてはならんとは。ハラルドはアウラを恨んだ。「すまない、エリアス。実は……」と、ここで止まっている理由を話す。エリアスは黙って聞き、耳垢を取ってフッと捨てた。


「そうか。なら、俺がもう一度命令すりゃいいんだな。よし、んじゃ、追いかけっこの続きをやろうぜ」


「……それでいいのか?」


「他に何が? ああ、責任とかか。挑戦権を行使されて負けたんなら仕方ねぇだろ。気にすんな。あんたは木に吊るされてもいねぇし、ボコられてもいねぇ。もうあんたにゃ付いていけねぇって思ってる海賊がいるんなら指揮官を交代してもらうがよ。どうだ、意見のあるやつはいるか?」


 エリアスはスケイルズ勢を見渡した。誰一人、反応する者がいないのを見て肩をすくめる。「ほらな。文句はねぇようだし、いいんじゃねぇか。連中にまかれたって意味じゃ俺だって失敗したしよ。いやぁー、俺たちいい仲間を持ったなぁ!」最後のおどけた物言いに、戦士たちはくすくす笑う。ハラルドはついに観念して肩をすくめ、口元を歪めた。それを見たエリアスはニヤリとして声を張り、拳を突き上げる。


「よぉし、気合を入れ直していくぞ、野郎ども! ドルイドを捕まえてぶっ殺すんだ!」


 おう、と北方の男たちは一斉に応えた。アードの戦士もスケイルズの海賊も区別なく。


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