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海賊王の娘と森の国の王子  作者: 権田 浩


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67.挑戦権(1)

 エリアスらアード勢と別れたハラルドたちはゴルダー河を北上した。まるで静かな海のように広大な大河も進むにつれて幅を狭め、流れも早くなり、うねりが出てきた。スパイク谷の入口は幅一二マイルあっても、〈世界の果て山脈〉から溢れ出る水量には細すぎるということだろう。船で進もうとしたが、谷には進入困難だった。大河が大地を引き裂いて、いくつもの頭を持つ大蛇(ヒュドラ)のような滝となって流れ落ちている。スケイルズ船は担いでいくことも可能だが、谷の中の様子がわからなければ骨折り損になるかもしれない。ハラルドはいったん船を岸に付け、船員たちに偵察を指示した。谷に入る道を探させ、地形を確認させるためだ。その結果、再び船と別れて徒歩で進むことになった。


 道を見つけた斥候に先導させて緑の茂る林を抜けると、ふいに灰色の山岳地帯が眼前に広がった。そこはどこかスケイルズ諸島を彷彿とさせる、緑は少なく、岩の灰色と土の赤茶色が織りなす荒涼とした土地だった。違いがあるとすれば谷の外は延々続く海ではなく山で、険しい道を避けては通れないというところだろう。しかしこの地形はハラルドたち追う側にとって有利かもしれなかった。通行可能な道は限られているから迷う心配は少なく、海の男たちの体力は山でも通用する。行軍は順調で、翌日にはドルイドの行列を捉えた。それは同時に、ハラルドがこれまで何度もしてきた決意をもう一度心に刻まなくてはならないことも意味した。


 ドルイドたちは観念したかのように立ち止まって道の上にわだかまっている。そこは深い渓谷の道で、ゴルダー河の源流が遥か眼下を流れていた。山側は崖のようになっていて相当身軽でなければ登るのは難しい。対岸までは二〇〇フィート近くあって空中を歩きでもしない限り逃げ場はない。とはいえ、似たような前例があるためか、スケイルズの戦士たちはすでに矢をつがえていた。


 ハラルドが剣を抜くだけで虐殺が始まる。船員たちはハラルドがそういう男だと知っている。もしここにエリアスがいたら、この迷いを見抜いただろうか。愚直な自分にはできない方法で、上手いこと誤魔化してくれただろうか――しかしあの太った道化はここにいない。だからハラルドは自分の正直な気持ちを誤魔化せなかった。ドルイドなんてどうでもいいが、アウラだけは、アウラだけは殺したくない。せめて自分の手で速やかに息の根を止めてやろうなどと強がりもいいところだった。誰かが始めた戦いの中で気付けば死んでいたというほうがましだった。アウラの身体から噴き出した温かい鮮血に塗れた己が手で、妻と娘に触れられるのか。我が王と王妃の目をまっすぐに見ることができるのか。今までたくさんの命を奪ってきたからといって、特別な一人を殺せる理由にはならないだろう。


 〝本当にそれでいいのか、あんた〟

 あの気遣いに、素直に応えられたなら。


 本心とは裏腹に、義務感と体面が、指先を剣の柄に這わせる。避けられない決断をせねばならぬその瞬間に、ドルイドの中からほっそりした人影が抜け出してきた。金髪碧眼の女性。狩りの時に使っていた革鎧――島を脱出したあの晩にハラルド自身が持たせたもの――を身に着けて、弓と剣で武装し、堂々と歩いて来る。ああ、なんてことだ。ハラルドは目を見開いた。ずっと少女だと思っていたアウラはすっかり大人になっていた。きっと塔から飛び立ったあの夜に彼女の少女時代は終わったのだろう。さなぎが蝶へと変わるように。その瞳は決意の光で強く輝いている。


「わたしはエリアスの妻アウラ! そちらを率いるはハラルド船団長か。ならばわたしはハラルドに挑戦する!」


 その方法しかないだろう。自分がアウラの立場でも挑戦権の行使しか思いつかない。だが、エリアスなら何か別の方法を考えられるに違いなかった。こちらのエリアスと同様に、あちらのエリアスもいないのか……ハラルドは自軍の前に歩み出て大声を張った。


「無駄だ。ドルイド排除は四王の意思だ。止めさせたいなら四王に挑戦するしかない。それにこの討伐軍の残り半分を率いているのも俺ではない。〝本物の〟エリアスだ」


「でも今、その〝本物の〟エリアスはここにいないように見える。ここにはスケイルズ人しかいない。ハラルド、貴方がこの分隊を率いているのだろう?」


「ああ。それはそうだが」


「ならばこうしよう。もう一度その〝本物の〟エリアスと合流するまで追跡を中断しなさい。これなら貴方に与えられた権限の範囲内でできるはずだ」


 ハラルドはぎりりと奥歯を噛んだ。決闘でアウラに勝ち目などない。剣でも並の男になら負けないだろうが、相手が悪すぎる。筋力、体力、速さ、経験、すべてにおいて彼女はハラルドに及ばない。だが、こうまではっきりと宣言がなされた以上、受けないわけにはいかない。


 自分はこの娘を殺すために鍛えたのか?

 彼女を〈水の宮殿〉に送るために?

 そんなつもりはこれっぽっちも無かったというのに。


「受けなさい、ハラルド!」アウラは弓を掲げた。「勝負は弓の腕前で決める!」


 ハラルドも含めてスケイルズ勢は全員が唖然とした。挑戦権の行使といえば通常は決闘であり、殺し合いだが、勝負を決する方法として定められているわけではなかった。そもそも挑戦権自体が慣習的なものに過ぎず、殺し合わない挑戦が有効だとは誰にも言えないが、無効だとも言えない。


 喉の奥にこみ上げた笑いをハラルドは飲み込んだ。まるでエリアスのような口巧者ぶりだ。それはもちろんここまで旅を共にしてきた太ったエリアスのほうだが、もしかしたら向こうのエリアスの入れ知恵なのかもしれない。少なくともかつてのアウラには、そしてハラルドにも、思い付けないやり方だ。


「わかった。俺が勝ったらお前の身柄はもらう。そしてドルイドには死んでもらう」


 アウラは口をぐっと引き結び、矢をつがえて、渓谷の対岸に向けて弓を引いた。両脚をぴったり同じ角度に開き、まるで見えない柱でも入っているかのようにまっすぐ姿勢を正す。引いた弦をぴたりと頬に当てた。その凛として美しい構えに見惚れていると、いつの間にかアウラは矢を放っていた。清らかな弦の響き。かーんという音で対岸を見やると、クロカバノキの黒い幹の中心で矢羽が震えていた。この場所から見ると小指ほどの幅しかない。見事な腕前だ。弓を下げ、足元の地面につま先で線を引く。「あの木の幹を狙って先に外したほうの負けとする。さあハラルド。あなたの番だ」


 ハラルドは近くの味方から弓を借り、いくつか矢を選んで抜き取ると、アウラの引いた線につま先を合わせて弓を引いた。かーん、と音がしてアウラの矢のすぐ下にハラルドの矢が立った。続けてアウラが射て、ハラルドが射る。新たに二本の矢がクロカバノキの幹の中心で縦一直線に並ぶ。さすがにスケイルズの男たちも感嘆のため息を漏らした。


 なるほどアウラの弓の腕前は俺に匹敵する、とハラルドは認めた。このままではただ矢が並ぶだけで勝負は付かない。しかし渓谷ではふいに突風が吹くこともある。運悪く突風に見舞われたほうの矢は外れるだろう。二つに一つ、運を天に任せたというわけだ。ならばゆっくりと勝負を楽しんではいられない。


「次で決めるぞ、お前にこれができるか」ハラルドは弓を構えた。ぴんと張り詰めた弦のごとく、周囲の空気までも緊張する。スケイルズの男たちも押し黙ってその一矢を見守る中、しゅっ、と放たれた矢は幹の中心から外れた高い位置に突き立った。


 ついに中心を外した、と誰しも思っただろう瞬間に、クロカバノキの葉が一枚、はらりと宙を舞った。ハラルドの矢が肉眼ではほとんど見えない一点――葉の付け根――を射抜いて落としたのだ。あまりの神業に皆が息を呑む。弓を下しながらハラルドは勝利を確信した。


「俺の勝ちだ、アウラ。負けを認めろ」


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