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海賊王の娘と森の国の王子  作者: 権田 浩


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60.別れ道(1)

「代わりますよ」と、アウラは木陰にいるドルイドの女性に声をかけた。ちょうど母のリアナと同じくらいの年頃だと思うが、化粧もせず肌は荒れ放題で、白髪交じりの髪はぼさぼさだ。一〇歳以上も老いて見えるのはそんな外見だけでなく、疲労のせいもあるだろう。彼女は毛皮の上に寝かされている少年――オコナーという名前らしい――に残された唯一の縁者であった。ドルイドは調和を重んじていながらも個人主義的なところがあり、個人の問題に関わるのは血縁者まで、という考え方をする。だからこの女性がずっとオコナーに付き添っていた。アウラの申し出を受けて良いものかと少しのあいだ躊躇い、うなずく。


「ありがとうございます、アウラ様……少し、休ませてもらいます……」


 重そうに立ち上がると、少し離れた所で横になった。代わりにアウラがオコナーの傍らに腰を下ろして膝を抱える。ドルイドの魔法と薬草を用いた治療術によって一命は取り留めたものの、目を覚まさない。包帯でぐるぐる巻きの頭は二回りも大きく見える。治療したドルイドによれば、このまま目覚めないこともあり得るし、目覚めても頭か身体かその両方が不自由になることもあるという。


 オコナーの家族が彼以外全員殺されて羊を奪われたのは二日前の事件だが、アウラの怒りはまだ心の内に燃えている。犯人の盗賊はドルイドのふりをして行列に加わり、寝ている彼らを殺害して羊を持ち去った。卑怯で姑息なクズ野郎のやり方だ。それならばまだ、白昼堂々と襲撃してきた野盗のほうがずっとましだった……とは、口が裂けても言えないが。


 ゴルダー河を渡ってアルダー地方に上陸したドルイドたちは、スパイク谷を目指して北上を続けていた。予言の話を聞いたドルイドたちが続々と合流して、今では三〇〇人近い集団になってしまっている。もはや目立たぬように移動するなど不可能だ。そのうえ乳幼児から老人まで老若男女あらゆる人々が集まっているため進行速度にもばらつきがあり、断続的な長い行列になっていたのも襲撃者には好都合だったのだろう。甘い樹液に群がる虫のように無法者どもが周囲をうろつきはじめ、ついに徒党を組んで襲撃してきたのだった。


 後方集団が襲われていると聞いてアウラたちが現場に到着したと同時に、ピューと口笛を吹いて野盗どもは逃げて行った。ドルイドは平和主義者だが無抵抗主義者ではない。双方ともに多数の死傷者が出ており、短時間だが激しい戦闘だったことが窺えた。オコナー少年の家族はその時の生き残りだったらしい。そしてその三日後、ドルイドに扮して潜入していた盗賊によって一家は殺害され、わずかな持ち物と羊を盗まれた。


 痛々しい少年の姿を見てアウラの心は揺らいだ。自分たちはまた、あの戦いのように、たくさんの人を死と苦しみに追いやろうとしているのだろうか。これはまだ過程に過ぎず、最悪の結末がこの先に待っていて、その時になってやっと、最初から最後まで間違い続けていたと知るのだろうか。自分たちが何もしなければ、少なくともこの少年は今も家族に共にいられたのだ。


 ハッとしてアウラは身を乗り出した。いつの間にか少年が目を開いて空中を見つめている。


「目が覚めた? わたしが分かる? 声、聞こえる?」


 少年の瞳が反応してゆっくりと彼女を見つめた。


「……アウラ様? 僕はいったい……」


「自分の名前は言える?」答えを待たず少年の手やつま先を軽く握って、「触ってるの、わかる?」と矢継ぎ早に続ける。


「ぼくはオコナー……はい、わかります。すごく頭が痛い……」


「ちょっと待ってて、誰か呼んで来る」


「待って、アウラ様。あの……父さんや母さんはどうなりましたか?」


 ぎくりとしてアウラは動きを止めた。オコナーは冷静に見えるが、今話すべきなのかどうか……しかし、いずれは伝えなければいけない事だ。アウラは少年の左手を両手で包み込んで真実を告げた。


「亡くなった……ごめんなさい」


「そうですか……やっぱり夢じゃなかったんだ。ぼく、二人が殺されるところを見てました。禿頭の大柄な男でした。あいつらは……?」


「ごめんなさい……逃げられた。わたし達が気付いた時にはもう、全て終わっていた」


 少年の瞳はアウラから天へと向いた。大きなイチイの木が直射日光を防いでいて木陰は涼しい。オコナーの手は氷のように冷たかったが、じっとりと汗ばんでいる。やがて少年の目から涙が零れて、ついと頬骨を伝い、耳の窪みに溜まった。嗚咽を堪えながら、ぽつりぽつりと話す。


「あの、アウラ様……ぼく、お願いがあります……」


「うん、何?」


「剣を……戦い方を教えて下さい。アウラ様、すごく強かったから……」


「ええ、まずは怪我を直してからだけど、剣でも弓でも教えてあげる。わたし達が向かっている場所は決して安全地帯じゃない。むしろどんな危険があるかわからない未知の土地だから、戦士は一人でも多いほうがいい。あなたがそうしてくれるなら皆が助かる」


「ありがとうございます……」少年は頭を下げる代わりに瞼を閉じた。そのまま眠りにつくかと思われたが、ふいに目を開く。「でも、ぼく、〈芽吹きの地〉で剣を教わって強くなったら、ここへ戻ってこようと思います」


「オコナー、それは――」


「復讐は駄目だって言うんでしょ。知ってます。おじいちゃんはぼくにドルイドの教えを毎日語ってくれましたから。戦う相手は恐怖と己自身だって。悪を許す必要はないけれど、悪の存在を認めて耐えねばならぬって。武器を振るう時は自衛のためだけだって……だけど、だけど、ぼく……許せない……耐えられない……っ!」


 オコナーの声は徐々に熱を帯び、そして突然ナイフにでも刺されたかのように身をこわばらせて顔をしかめた。アウラは少年の肩を掴んで、腕をやさしく撫でる。「落ち着いて。興奮すると傷に障る。あのね、わたしはドルイドじゃないから、仇討ちは立派な事だと教わった。だからあなたの復讐を否定はしない」


「本当ですか? ぼくの復讐は正しいですか? 許されますか?」


 顔を歪めて脂汗を流し始めたオコナーに、アウラはうなずいて見せた。「うん。でも今言おうとしたのはそういうことじゃなくて……あなたたちが〈芽吹きの地〉と呼んでいる場所は世界の果ての向こうにある。そこへ行ったらもう戻って来られないの。だから全てを捨てて行かなきゃならない。今までの生活も、思い出の場所も、ここにいない人たちも……そして復讐も」


 オコナーは初めて聞いたという顔をして、それからゆっくりと反対側へ顔を背けた。今度こそ少年は沈黙し、アウラはゆっくりと立ち上がる。「……おばさんと治療師に知らせてくるね」


 アウラは二人のドルイドにオコナーが目を覚ましたと伝え、一緒に少年のもとへ戻った。治療師が少年の具合を診察し、縁者の女性は隣でそれを見守っている。アウラは二人の後ろから様子を見ていたが、少ししてその場を離れた。


 以前は家族単位で散らばっていたドルイドたちだったが、今は寄り集まって木々の下を埋め尽くしている。盗賊の侵入や襲撃に備えるためだ。アウラは人々の合間を縫うようにして進み、エリアスのもとへ向かった。偵察に出ていたフィニが戻って来ていて、二人はあぐらをかいて座り、何事か話し合っている。嫌な予感がした。最近のフィニは悪い報せしか持って来ない。


 ドルイドの集団を抜け出してきたアウラに気付いてエリアスが顔を向けた。「どうだった?」


「まだ分からないけど、思ったより悪くなさそう。少し安心していいかも」


「そうか……それにしても子供相手に容赦しないなんて……」エリアスは複雑な表情をしてうつむく。


 しかしアウラにとっては、それほど意外でもなかった。女だから子供だからと油断すれば自分が殺される、と教え込まれてきたからだ。〝やるなら徹底的にやれ、できないならやるな〟とスケイルズの男たちはよく言う。時々、エリアスは本当に北方生まれの北方人なのか疑わしくなる。今にして思えば、アードリグの弱体化を狙ったブルンドの長い計画だったのかもしれない。それはほとんど成功している。しかしそんな弱さともとれる彼の優しさに惹かれているのも事実だ。


「そっちは? 何か思い付いた?」


 エリアスは首を左右に振った。二人はドルイドの中に紛れ込んでいるかもしれない盗賊を見つけ出す方法について話し合っていたが、良案が出ず、それで彼女は一旦オコナーの様子を見に行ったのだった。


「本格的にやろうとすればできるけど時間がかかりすぎる。お互いに顔見知りかどうかで確認を取りつつ全員の目録を作って、新しい人が加わったらその都度確認を取る……なんてやっていられない。風の大岩でもゴルダー河でも、犠牲を払ってここまで来たのに……!」


 エリアスは握った拳で太ももを叩き、その様子でアウラは察した。「ちょっと待って、討伐軍に見つかったの?」


 それにはフィニが答える。「ああ、たぶん間違いない。また野盗の類かもと思ったんだけど、付かず離れずの距離をぴったり付いて来る数人の集団があるんだ。カラスの目でも確認した。あれは討伐軍の斥候だと思う」


「でも、見つかるのは時間の問題だったよ」と、エリアス。「いくらドルイドでも三〇〇人近い集団が森の中を歩けば、どうしたって痕跡は残る。それに、あの戦いの跡が見つからないはずがない」


「どうするの? 前みたいにこちらから攻撃する?」


「いや、どうも警戒しているみたいで近寄って来ないんだ。もし前回と同じようにするなら攻撃隊を作って別行動しなきゃならなくなる。現状では……無理だよ」


 野盗の襲撃、盗賊の潜入、確かにそうだ。


「とにかく今は……前に進むしかない。スパイク谷に入る道は分かっているんだから」


 フィニが、「それなんだが……」と口を挟んだので二人は揃って不安げな顔を向けた。彼は慌てて手を振る。「いやいや、道は大丈夫。谷に入る道を知っている人は何人もいる。だけど、谷の奥に入った人はいない。スパイク谷にドルイドはいないんだ。スケイルズ諸島にもいないだろ。だから谷の中ではどこで飲み水と食べ物が手に入るか分からない。探せるとは思うけど……」


「えっ? そうなの?」言われてみれば確かに、スケイルズの島にドルイドはいない。今まで気にしたことも無かった。アウラにとっても、ドルイドとはそういう存在だった。


 エリアスが腕を組んで唸る。「うーん、そうなると、ここから谷に向かう途中で集めていったほうがいいな。ますます速度は遅くなるから、もう追いつかれる前提で――」と、途中で顔を上げた。アウラとフィニの二人が近づいて来るドルイドの一団を見ているのに気付いたからだろう。


 一団は三〇人弱で男女ともほとんどが老人だ。中年も数人いるが若者は一人もいない。先頭にいるファードルの姿を見てアウラは思わず眉根を寄せた。初めて会った〈大樹〉の洞でも、再会した〈乙女の湖〉でも、彼には嫌な印象しか残っていない。その言葉が単なる排他主義から出たものならまだ無視もできたろうが、痛いところを突いてくるから厄介だ。


 立ち上がった三人を順に見てからファードルは口を開いた。「三人揃っていて良かった。話がある」


「なんでしょうか」とエリアス。


「我々は明日にでもこの行列から離脱する。それを伝えに来た」


「は? 何を言って――」アウラを手で制して、エリアスが代わりに問う。「理由は?」


「言う必要があるか?」


「あります。僕らを取り巻く現状は正直言って良くない。これからはさらに厳しくなるでしょう。我々はもっと団結する必要がある。だから理由も言わずに勝手をされては困ります」


「まさに、それだ」ファードルはエリアスを指差した。「我々はドルイド。自由の民だ。だが、これから先は勝手を許さぬと言う。それで〈芽吹きの地〉に到達できたとして、我々はドルイドでいられるのか。おそらく無理だろう」


「だから死んだほうがましって? 別行動なんて自殺行為よ」


 アウラの意見にエリアスもうなずいた。


「妻の言うとおりです。いま僕らを追っているのはドルイド討伐隊だけですが、彼らはいずれ解散する。でもそれは狩りの終わりじゃなくて本当の始まりです。北方中がドルイド狩りを始める。そうさせる方法は簡単ですよ。ドルイドの首に褒賞を付ければいい。あるいは恩赦でもいいでしょう。そうすれば無法者どもがこぞってドルイドを探し始めます」


「自分だけが何でも分かっているような物言いは止せ。それくらい誰にでも分かる。だがそれでも、生まれ育ったこの地でドルイドとして生き、ドルイドとして死にたい者もいるのだ。守護者様がそうしたように」


 守護者を引き合いに出すなんて卑怯だ、とアウラは思ったが、口にはしなかった。この場は注目されている。守護者のことをよく知らないアウラが軽々しく口にすべきではない。


「アウラはどう思う?」とエリアスが意見を求める。


「さっきも言ったけど反対。そもそもそんな先まで生き延びられないと思う。ドルイドの皆も狩りはすると思うけど、獲物の群れを追っている時に脱落したものがいたら、まずそれを狙うでしょ? 隠しても意味ないから言うけど、もうわたし達は討伐軍に捕捉されている」


 それでもファードルは顔色一つ変えない。「わかっている。覚悟のうえだ」


「フィニはどう思う?」


「……予言は、〈芽吹きの地〉に行けと強制はしていない。生き延びたい者だけが従えと言っていた。そしてドルイドは個人の意思を尊重する自由の民だ」


 顎に手を当て、目線を下げてフィニはそう答えた。エリアスはうなずき、そしてファードルだけでなく他のドルイドにも聞こえるように宣言する。


「二人の意見はどちらも正しい。これがドルイドとして最後の選択になると思って下さい。離脱を望む人がいるなら認めます。明日、ファードルさんたちと一緒に行って下さい」


「ちょ……エリアス!?」


 エリアスは手と視線でアウラを制し、ファードルは納得したというふうにうなずいた。


「休憩は終わりです。全員まとまって下さい。出発します」


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