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海賊王の娘と森の国の王子  作者: 権田 浩


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52.ゴルダー河を渡って(1)

 ブナ林のそこここにドルイドの痕跡を見つけて、ハラルドは確信した。連中はすぐ近く、この森の向こうにいる、と。


 エリアスは斥候を出す準備をしている。この付近はアード地方でも辺境と言っていい場所なので土地勘のある者がおらず、人選には苦労しているようだ。そこにスケイルズ勢は一切加わっていない。ここは彼らの土地であり、自分たちの土地ではない。海賊たちは戦いに備えて武器を確かめたり、防具の留め具を締めなおしたりと手持無沙汰にしている。


 そうした様子を盗み見つつ、ハラルドもまた我関せずといった態度で空を見上げた。理由は知らないがブナの木は密集して生長しない。そのため森でもブナ林の中は明るく、青空が覗けた。天に向かって伸びる幹は立派に見えても、重くて腐りやすいブナの建材としての価値は低い。それでも慢性的に木材が不足しているスケイルズ諸島でなら、燃料や下等品の素材として十分取引に値した。この付近には住人もいないようだし、今回の件が片付いたら戻って来て、密かに伐採地を作っても良いかもしれない。しかしそれは四王の時代において許されるのだろうか。


 四王の約定についてはまだ明確でない部分も多い。各地方をその王の領地として認める、というのが骨子だから、アード地方でヨルゲン王の許可なく木を切るのは約定に背いているような気もする。いやまて、なら略奪はどうなる。スケイルズ諸島では手に入らない必需品に法外な価値を上乗せしてくるクズどもに頭を下げて耐えろというのか。元はと言えば飢饉の年、ヨルゲンがそうせよとアードの連中に入れ知恵したことが、のちに〈血吸いヶ浜の戦い〉へと至る原因になったのではないか――。


 そこでハラルドは、いま差し迫っている問題から目を背けようとしている自分に気が付いた。アウラがドルイドと一緒にいるのはほぼ間違いない。赤ん坊の頃からよく知る少女。愛弟子にして我が王の娘。未来において仕えるべき人になったかもしれない女性(ひと)。アード勢より先に、可能なら自分が、あの娘をこの手で始末する――それはハラルドほどの戦士であっても心に迷いを生じさせた。


 夏の青空を旋回する黒いカラスを目で追いながら、ハラルドは何度か逡巡した末、決心した。己は我が王の剣である。ただ成すべきことを成すのみ。我知らず眼光が、すっと冷徹に、鋭くなった。向けられれば誰しも戦慄するだろう眼差しだが、空を舞うカラスにはどこ吹く風らしい。変わらず、頭上でくるくると円を描いている。カラスは客人(まれびと)の神に仕える不吉な鳥だ。吟遊詩人の歌には、〈水の宮殿〉に招かれるべき勇者の魂がカラスに掠め取られてしまうという恐ろしい場面もある。


客人(まれびと)の神に遣わされたか、死の気配を嗅ぎつけたか……いずれにせよ、お前が行くべきはドルイドどものほうだ)


 旋回しているカラスを睨みながらハラルドは心の中で唾を吐き、そしてふと違和感を覚えた。こんな昼日中に、カラスが鳴きもせず、たった一羽で同じ場所を旋回し続けるものだろうか。獲物を探しているにしても範囲が狭すぎる。まるで――。


 カラスの描く円の中で何かがキラリと光って、ハラルドは考えるより早く横に飛び退いた。突然の動きに周囲の者は驚き、彼の視線を追って地面に目を止める。先程までハラルドがいた場所に一本の矢がまっすぐ突き立っていた。ぶーんと震えているその矢は、ただ落ちてきたのではなく、まるで上空から射られたかのようだった。続く微かな気配を察知して、ハラルドは天を仰ぎながら叫んだ。


「矢が来るぞ!」


 突然の警告に反応できた者はほとんどいなかった。十数本の矢が雨のように天から降り注ぐ。矢の一本は馬の尻に突き刺さり、苦痛にいなないて後ろ足立ちになったせいで、背にいた怪我人の男は落馬して地面に叩きつけられた。逃げる間もなく暴れ馬に頭を踏み潰される。脳天に矢が刺さった不運な男は立ったまま痙攣していた。矢を受けた者たちは皆、痛みと驚きに目を見開いている。天から自然に矢が降って来るはずもなく、これがドルイドの攻撃だという当然の結論に行き着くまでハラルドでさえ鼓動数回分の時間を要した。多くの者がまだ唖然としているなか、ハラルドは再び叫んだ。「盾を!」少し遅れてエリアスが、「木の下に隠れろ!」と続く。


 武具を弄っていたスケイルズ勢は手にしていた盾なり武器なりでさっと頭を守ったが、アード勢の反応は鈍かった。まずは身を隠せばいいものを、背中から盾を外そうと必死になったり、なぜか荷物のところへ走ったり、暴れ馬を何とかしようとしたり……。そうこうしているうちに第二射が降ってきた。矢がトストスと地面に刺さり、一本は暴れ馬の右目を貫いて殺した。馬をなだめようとしていた奴隷が逃げ遅れて馬体の下敷きになる。一度はスケイルズ勢と一緒に木の下へ隠れたアードの男は、仲間のいるほうへと駆け出したところだったので、無防備な背中に矢を二本も受けてばったりと倒れた。幹に背中をぴったり付けていたエリアスの出っ腹を矢がかすめて地面に突き立つ。


 戦において頭上からの矢は珍しくない。接近戦になる前に弓の射ち合いになった場合、斜め上に角度を付けて放たれた矢は頭上から降って来る。盾の壁を作る時に頭の上まで高く持ち上げるのはそのためだ。しかし、そういう状況になるのは見晴らしのいい戦場でのこと。森の中では木が邪魔になるし、互いの姿が目視できる距離でなければ、完全にあてずっぽうな攻撃にしかならない。しかし、今の攻撃は正確すぎた。ドルイドは間違いなくこちらの位置を把握している。どうやって、という当然の疑問をハラルドは無視した。谷で魔法を見た後だ。魔法でどうにかしているなら考えても仕方がない。


 降りそそぐ三度目の矢を受けた戦士はいなかった。全員が隠れるなり盾を構えるなりしていたからだが、牛馬と、それを動かそうとしていた奴隷たちには容赦なく突き刺さった。エリアスが怒りも露に「くそが!」と吐き捨て、続けて大声で指示を出す。「この先に連中がいるのは間違いねぇんだ。固まらず、何人かに分かれて走れ! ドルイドを見つけたら知らせろ! 殺っちまっても構わねえ! 行け行け!」


 アード勢は弾かれたように走り出した。数人の小集団に分かれて前方へと向かう。ハラルドも配下に命じた。「行くぞ! 立ち止まっているよりましだ!」そうして自身も木々の間を縫うようにして駆けだした。


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