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海賊王の娘と森の国の王子  作者: 権田 浩


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48.風の大岩(1)

 やがて森は開け、ハラルドたちの前に谷間の道が現れた。おおむね五〇フィートの幅があり、一〇人はゆったりと並んで歩ける広さだ。非戦闘員を含めて一六〇人弱、荷運びの牛馬を連れているドルイド討伐軍でも問題なく通行できる。左右の崖は切り立っていて奥へ進むにつれて高くなっていた。崖の壁面に残った跡や足元の細かい土、埋もれた丸石などから、かつては水が流れていたのだろうと推測できる。しかし今や谷間を流れるのは風のみで、音を立てて吹き抜ける強風を防いでくれる森の木々もここには無い。口を開けていると砂が入るので、いつしかエリアスでさえ無駄話を止めた。黙々と前進する戦士たちと、先行する偵察隊の間を、連絡係に任命されたドーグが行き来する。風にあおられながら駆けてきて報告をし、そして風に逆らって走って行く。


 よく働いているな、とハラルドは思った。戦士として大成しそうな体格ではないが、働き者はどんな場所でも重宝される。もし自分だったら、ドーグを連絡係に任命しただろうか――いいや、おそらく目にも留めなかっただろう。適当か偶然でないなら、エリアスは自分よりも人を見る目があるということになる。ならばその鑑識眼はどこで身に付いたのか。エリアスはヨルゲンによって世間から隠されていた。本物だろうと偽物だろうと、体型を見ればどこかの農場に囲われてぬくぬくと成長したのだろうと思ってしまうが、どうも違うらしい。


 緩く蛇行した谷間の道を進み始めてだいぶ経った頃、ハラルドたちの後方で騒ぎが起こった。馬がいななき、牛はしょんぼりと頭を下げて立ち止まっている。世話人の奴隷たちが何とかしようとしても、牛も馬も頑として進もうとしない。見かねた戦士が手を貸して無理やり前に進めようとしたが、それでも無理だった。頭に来た男が斧を振り上げたのを見て、エリアスは慌てて両手を振りながら割って入る。


「待て待て!」


 男は斧を振り上げたままエリアスに意見した。「荷を運ばねぇなら、殺して食っちまったほうがよほど役に立つってもんで!」


「確かにそうだが、殺しちまったら荷は永遠に運ばねぇ。生かしときゃ、また荷を運ぶようになるかもしれねぇだろ。それに食っちまったらクソになって終わりだ。クソは荷を運ぶ役には立たねぇ」


 近くにいた戦士たちがクスクスと笑い、斧を振り上げていた男は顔を赤くした。短気を恥じたか、馬鹿にされたと思ったのかもしれない。すかさずエリアスは言葉を継ぐ。


「もっとも、お前のクソが牛馬の代わりに荷を運べるってんなら好きにすりゃあいい。臭ぇことにゃ、かわりねぇ」


 男は思わず吹き出して斧を下した。周囲の戦士たちも笑い声を上げる。谷間に反響する笑い声が風に流されていく中で、ハラルドは微かな声を聞いた。続いてはっきりと、「エリアス王子!」という若者の声が聞こえてくる。「王子!」と、戦士たちの隙間から無理やりドーグが抜け出てきた。まだヘラヘラしている男たちがいる中で、エリアスは何かを察して真剣な目つきになった。「どした?」


 ドーグはペッと土埃の混じった唾を吐いてから報告する。「ドルイドがいました。この先のあそこを……右に曲がった向こうです! 人数は見える限りで五人。道を塞ぐように並んで立っています」


 エリアスがハラルドの疑問を代弁する。「五人? 五人だけか?」


「はい」


「谷の上は見たか?」


「下からは、デカくて丸い石が一つだけ見えました。俺なら登れそうな場所はあったんですけど、他の四人は無理だって言って――」


 ハラルドは口を挟んだ。「ドルイドに攻撃を仕掛けたか」


「はい。囮かどうか、罠かどうかは攻撃してみればわかるって……俺は連絡係だから戻ってきましたけど……」


 エリアスはドーグの肩をポンポンと叩いて労い、目でハラルドに意見を求めた。腕組みを解いて答える。「偵察隊がそのまま先行してしまうことは良くある。もう少し人数を割くべきだったかもしれんな。いずれにせよ、我々も前進だ」


「よし、それじゃあ」エリアスは戦士たちの間に入り、「こっち側のやつはここに残って荷物と牛馬を守れ。残りは前進だ」と適当に部隊を分けた。


 動かない牛馬と共に残るのは奴隷を含めて三〇人弱といったところだ。残される戦士たちは戦いに加われない不満を表情で表したが、この戦いは北方の戦士たちが考える正式な〝戦い〟ではないので、それ以上の反抗はしない。


「それからドーグ」連絡係を呼び寄せる。「おめぇ本当にこんな崖を登れんのか?」と谷を見上げた。


 ドーグは緊張した面持ちながらはっきり首を縦に振る。「はい。行けます」


「目立ちたくて言ってんじゃねぇんだな?」


「はい」


「なら登れ。上で何かあったらその角笛で知らせろ。剣は持って行けよ」


「はい」と答えてドーグは荷物をその場に捨て、肩から斜めに掛けた紐付きの角笛と腰の短剣のみという軽装になって、動き出した戦士たちの中に消えた。


 ハラルドとエリアスは戦士たちと共にぞろぞろと谷を進んだ。武器を抜いている者も多いが、特に構えたりはしていない。たかがドルイド相手に慎重になる必要はないと思っているからだ。谷間の道を右に曲がったところで足を止める。そこからはかなりの直線が続いていて、確かに五つの人影が道の先に見えた。手には長弓。そして数十歩先の地面には四人の戦士が横たわっている。


『立ち去りなさい』


 単なる大声ではない声が響き、その言葉と共に突風が吹きつけてきた。踏ん張らなければ倒れてしまうほどの強風だ。


『ここは我らドルイドの聖地。無理に立ち入ろうとするなら、そこの者どもと同じ運命をたどってもらう』


 またもや突風。盾が風に持って行かれそうになる。

「魔法だ」

「魔法の声だ」

「この風もドルイドが?」

 そんな言葉が不安とともに戦士たちの間で交わされる。


 ハラルドはといえば、前方に倒れている四人の戦士を観察していた。彼らは死んでおらず、全員が脚を射抜かれて動けなくなっているだけだ。肩に矢を受けている者もいる。驚くべきは魔法の声でも風でもなく、この状況のほうだった。長弓なら遥か前方にいるドルイドから彼らまで矢が届いてもおかしくないが、この距離では鎖帷子を貫通して深々と突き刺さるほどの威力はないはずだ。しかし倒れている男たちに刺さった矢は鎖帷子をまともに貫通している。膝を射抜かれて(やじり)が裏から突き出ている者さえいた。不可解だ。この突風に乗せて矢を放ったとしても、谷間を吹き抜ける風の流れを完全には読めまい。飛距離が伸びても精度は下がるはず。しかし周囲に仕損じた矢は一本もなかった。全て命中させたのなら、神業か、魔法というほかない。


「ドルイドが魔法を使うのは当たり前だろうが」戦士たちに喝を入れながらエリアスが近寄って来た。「ハラルド、あんたはどう見る?」


「俺なら、あいつらを生餌に使う。狙いを付けて待ち、助けに来たやつを殺す」


「ぶへぇっ、恐ろしいことを考えるもんだ」エリアスは芝居がかった調子で肩をすくめ、それから戦士たちに声を張った。「盾の壁だ。前進してあいつらをぶっ殺す。突風で盾を飛ばされねぇように気を付けろ。もし射られたら横になって待ってりゃいい。後で助けてやるからよ!」


「死んじまっても助けてくれるんですかい?」冗談めかした戦士の言葉に、エリアスはニヤリとした。


「心配すんな。この戦い、死ぬのはドルイドだけだ。俺たちは誰も死なねぇよ」


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