47.もう一人のエリアス
ハラルドとエリアスが率いるドルイド討伐軍は湖から北へ向かって森の中を進んでいた。植物が生い茂る夏の森は隠れる場所も多く、散り散りに逃げられていたら厄介だったが、百人以上の人数がまとまって移動していれば痕跡を見つけるのは容易い。
なぜドルイドたちは一団となって移動しているのか。それがハラルドには疑問だった。ただ逃げているというより目的地があるかのような動きだが、最近エリアスが〝我が友〟と呼ぶようになったドルイドの捕虜によれば、この先には〈風の大岩〉という聖地があるだけだという。谷間の中ほどにあるという話だから、即席の砦を築くつもりなのかもしれない。しかしドルイドが徹底抗戦を選ぶというのは、どうにも〝らしくない〟。仮にそうしたとして、四王の従士団を相手にどこまで耐えられるというのか。勝利などありえないのは誰にでもわかるはずだ。
〝本物ということになっているエリアス〟はといえば、なぜドルイドが自分たちの襲撃を事前に知っていたのかを疑問に思っている。その答えをハラルドは知っていた。アウラがドルイドと行動を共にしているからだ。エイリーク王が白竜ファーンヴァースに話し、ドラゴンからカティヤに、カティヤからアウラに伝わった。おそらく、〝偽物ということになっているエリアス〟も一緒だろう。
それを思うと、気が重くなった。このまま進めばドルイドを捉えるのは時間の問題だ。〈風の大岩〉とかいう場所か、その先のゴルダー河で追い詰められる。その時、自分にできる事といえばアウラが辱められたり苦しんだりしないよう速やかに首を刎ねてやるくらいだ。せめて綺麗な顔のまま父王の手の中に返してやるくらいだ。
(冬だったら雪を詰めて腐敗を防げたのだが……)
木漏れ日がキラキラと輝く夏の空を見上げてハラルドは陰鬱な気分になったが、反対にドルイド討伐軍はおおむね陽気に行軍していた。その雰囲気を作り出しているのは、〝本物ということになっているエリアス〟だ。丸々とした体形からして足手まといになるかと思いきや、行軍には問題なく付いてきている。旅慣れた様子で歩きながら口と手を動かし、まるで吟遊詩人のように色んな話をして皆を楽しませていた。たいてい間抜けなバカ話か卑猥な話で総じて下品だが、戦士たちには受けている。エリアスを囲む人数は徐々に増えて、今や名実ともにドルイド討伐軍の中心人物となっていた。
「――てなわけで、そいつは俺にだけこっそり教えてくれたんだ。声を潜めてひそひそと、〝妻には秘密だが、俺は夜な夜なドライアドと愛し合っている〟」
囁くような声の調子でエリアスは言った。声量を落としてはいないのでハラルドにも聞こえている。周囲の戦士たちの反応は様々だ。ドライアドなんているはずがない。いや、俺の爺さんはドライアドに惑わされたと言っていた。そいつは嘘つきだ。貞節を守らないなんて最低の夫だ。ならお前以外の夫は全員最低だ。云々。
「それで王子はどうしたんです?」と誰かが言い、待ってましたとばかりにエリアスは続きを話す。
「ある晩、そいつが一人で森のほうへ歩いて行くのを見かけて、俺は後をつけた。男は小さな蝋燭の明かりを手で隠しながら、こう、こそこそと茂みの間を歩いて行って……あれっ? 見失っちまった!」
一斉に戦士たちが天を仰ぎ、「えーっ、そんなオチですかい!」と不満の声を上げる。
「だってよく知らねぇ森の中だし真夜中で明かりも無かったんだぜ? 仕方ねぇだろうがよぉ……ああ、でも話はこれで終わりじゃねぇ。続きがあんだ」
ざわついていた戦士たちの興味が再びエリアスに集まった。
「農場に戻る道もわからず困っていると、どこからか声が聞こえてくる。おー、あー、ああー」
エリアスは歩きながら器用に身体をくねらせて官能的な声を真似た。戦士たちがそれを見て小さく笑う。
「アレの時の声だ。すっげぇキモかったが、俺は勇気を出して声のほうに進んだ。そして茂みを抜けて、ついに現場を目撃したんだ……そいつはなんと!」エリアスは素早く近くの木の幹に出っ張った腹を押し付けて抱き着いた。全員が注目する。「木の幹に空いたちょうど良い大きさの穴に突っ込んで腰を振ってたんだ!」そして腰を前後に振りながら「俺のドライアド! 愛してる! 妻よりもイイ!」と叫び、戦士たちはどっと笑い声を上げた。
ひとしきり笑ってから、笑顔の戦士たちは再びエリアスを中心にして歩き出す。その時うっかり、ハラルドはエリアスと目を合わせてしまった。太ったチビはニヤリと笑みを浮かべて「なあ、ハラルド――」と何か言いかけたので、絡まれたくないハラルドは先んじた。
「どうして〝ちょうど良い大きさ〟だと知っている?」
その言葉に戦士たちはぽかんと口を開ける。
「夜の森で明かりも無い、とお前は言った。なのに、どうしてその穴が〝ちょうど良い大きさ〟だと知っているんだ?」
戦士たちが「おお、確かに」と手を打ち、エリアスを見る。それさえ術中だったのか、芝居がかった仕草で目を泳がせつつ、「ええっと……それはその……ば、ばっか、言わせんなよ恥ずかしい」と頬を赤く染めた。戦士たちは再びどっと笑い声を上げ、〝その木の場所〟や〝ドライアドは良かったか〟などとエリアスを囃し立てる。
まるで酒場のような雰囲気だ。とても王の命により戦いへ赴く従士団とは思えない。だが事実、これが戦のための行軍だという認識は誰にも無いのだろう。北方人にとってドルイドは戦士ではなく、森を彷徨う浮浪者に過ぎない。敵が戦士でない以上、そこは戦場たりえないし、戦働きにもならない。神の目を惹くこともない。これはただの狩りか、あるいは雑草刈りみたいなものだ。
そんな調子で北へ向かって二日目。枝葉の隙間から見える岩山は高さを増しながらゆっくりと左右に開き始めていた。谷の入口に差し掛かっている。何度か木登りさせて方角を確認しつつ、ドルイドたちの痕跡を調べて、彼らが谷に入ったのは間違いないとエリアスは結論付けた。ハラルドの見立てでも両者の距離は縮まっている。一日半の差というところだろう。
「さてと、それじゃあ仕事の時間だ」エリアスはパンと手を叩いた。「連中は戦士じゃないが、武器を持っている。つまらん怪我をしないようにな。谷で待ち伏せの可能性もあるから、ここからは慎重に行く。偵察隊を作るぞ。ハラルド、混成部隊で行くか?」
「いや。そちらに任せる」
「わかった。偵察隊と俺ら本隊の連絡係は足が速くて元気のあるやつがいいな……」エリアスが戦士らを見回すと、一人の小柄な若者が身体の大きな戦士たちの後ろから手を挙げた。
「俺にやらせてください!」
「よし」エリアスは若者を指差した。「確かドーグだったな。おめぇに任す」
「えっ、お、俺の名前覚えてくれたんですか?」
「当たりめぇだろ。よく俺の近くにいたよな。足跡見っけたり、木に登ったり、働き者は好きだぜ。役に立ちてぇんだろ?」
ドーグは首をぶんぶんと縦に振り、「はい!」と返事をして、エリアスはニヤリと笑った。
このデブは人の心を掴むのが上手い――それはハラルドも認めざるを得なかった。




