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海賊王の娘と森の国の王子  作者: 権田 浩


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45.スパイク谷の王

 ドワーフたちが山の頂に現れたのは翌日の午後だった。縦横に差異あれども、皆ずんぐりむっくりの髭もじゃなのでカティヤにはほとんど見分けがつかない。彼らはダーガの死体を見るなり感嘆の声を上げてさっそく調べ始めた。かつてウェルキエールであったものをまるで狩りの獲物のように扱われるのはカティヤでさえ見ていられず、背を向けて崖の上に立つファーンヴァースのもとへと向かう。ドラゴンは人間の姿で灰色のローブに両手を差し入れ、純白の長髪を揺らして風に吹かれていた。無理してここに居なくてもいい、と伝えたかったが、そういう気遣いをどう言葉にすればよいのか、心を開いて直接気持ちを伝えてしまってもよいのか、わからなくてカティヤは黙ったまま隣に立った。


 茶色と緑がモザイクのようになっている山々の合間を白い霧が細く流れている。スパイク谷でさえ足元の細長い亀裂に過ぎず、丸い地平の果てまで世界は広がっていた。この壮大な風景の一部になりたいと望んだウェルキエールの気持ちもわからないではない。


 今頃はあの地平からアウラたちがこちらへ向かって来ているはずだ。ドルイドは説得できたのか、無事に出発できたのか、旅は順調なのか。今すぐにでも飛んで行って確かめたかった。もし彼女に何かあれば、自分はもう四王を――いやこの北方世界を――許せないだろう。自分を抑えられなくなる前にこの地を離れて二度と戻って来ないだろう。


 平和を望んだエリアスの行動がアウラの目論見とも相まって、結果的には四王の成立と十年の平和という時代を作り出した。なのに二人は世界からはじき出される。そして彼らが残したこの世界で自分は何をするのか。何をすべきなのか。カティヤは初めてそんなことを考えた。


「ファーンヴァース。あのさ、あたし、わかったんだ」ドラゴンは騎士の言葉に耳を傾けている。「人間もドラゴンも男って同じでさ。女々しいよね」


「そうだな、カティヤ。君の強さが無ければ私はその女々しさとやらに負けていたかもしれん」


 カティヤは不敵に微笑んでうなずいた。ドラゴンは決して完璧な存在ではない。それを改めて実感し、そして人間を竜騎士にする理由も少しわかったような気がした。


「ファーンヴァース殿、カティヤ殿」


 呼ばれて振り向くとギブリム・バン・ドスクスが三つ編みの髭を引っ張っていた。立場を示すパリッとした立派な上着に、古ぼけた鉄の兜が似合っていない。


「確認が終わりました。契約どおり、ダーガは我々が引き取ります。よろしければ粘土板のこの部分に親指を押し付けてくだされ。あいやカティヤ殿のみで結構」


 ドワーフが差し上げた粘土板にカティヤは親指を押し付けた。


「よろしいでしょう。では、我々が提供する番ですな。取引を確実に完了させるため、今後は私が案内人兼見届け人として同行します」


「え? いや、いいよ。あたしたちだけで動いたほうが早いし……」


「駄目です」と、ドワーフは断じた。「これほど大きな取引で手を抜いたとあっては、我が氏族の名誉にかかわります」ギブリム・バン・ドスクスは後ろ手に組んで胸を突き出し、ふんと鼻を鳴らした。


『諦めろ、カティヤ。我々ドラゴンの力をもってしても彼を引かせることはできないだろう』


 カティヤはがっくりと肩を落とした。「わかった……」


 ドワーフは心なしか満足げに見える。「して、次はどのような予定ですかな?」


「山を下りてエイクリムに行く。スパイク谷の王に会う」


 ファーンヴァースの背に乗って山頂からすいっとエイクリムに下りるつもりだったカティヤの目論見は外れ、ドワーフのギブリムと一緒に険しい山から徒歩で下山しなければならなくなった。短い手足のせいで飛び越えられなかったり届かなかったりという場面はあったものの、それほど足手まといにはならず、カティヤでさえ息を切らした下山行も平気な顔で付いてきた。遠くエイクリムの微かな灯火を見ながら山中で一夜を過ごし、翌日の午前中には人間の手が入った山道まで出て、昼にはアウラたちとの合流地点へ到着した。


 そこはカティヤたちが下りてきた山道と、谷を南北に通る道と、エイクリムに入る道とか合流している三叉路で、刻み目のある丸太の柱が立ち、エイクリムを守る従士の三人がたむろしていた。カティヤとファーンヴァースはフードを被って正体を隠そうとしたが、ドワーフは隠しようがなく、また本人も堂々と歩いて行くので気にしている自分たちのほうが馬鹿らしく思えてきた。従士と話して許可をもらい、町へと谷を下る。建物が並ぶ目抜き通りを絶壁に向かって歩き、その中の洞窟を上って王の館を目指す。


 ドラゴンと竜騎士はどこでも賓客扱いだが、スパイク谷ではドワーフのほうが格上のようだった。この町は元々我らの庇護下にあって、建設にもいくらか手を貸したのですよ、とギブリムが説明する。オークに対しては共に戦ってきたが、いずれは人間だけで対処せねばならんようになるでしょう、とも。よく意味がわからずカティヤは聞き流したが、ファーンヴァースが解説した。いつもの調子に戻ったようだ。


『理由は知らないがドワーフたちは都市を拡張しながら地下を移動している。おそらく現在の地上に近い部分は放棄され、地表から離れるのだろう。あるいは、我々のためにそれが早まったかもしれん』


『秘密が秘密でなくなってしまうから?』


 ファーンヴァースは思念で肯定した。カティヤはまた一つ重いものが心に積み込まれたような気がした。


 エイクリムの主すなわちスパイク谷の王アスガルとの謁見はあっさりと叶った。ドラゴンと竜騎士、それにドワーフが揃ってやって来たのだから大騒ぎになっただろう。バタバタする中で、しばらく待たされたが、まだ日も高いうちに大広間へ通された。大きな一間の部屋で百人くらいは食事できそうなほど広い。中央の床には長く炉が切られ、奥の壇上にある玉座ではアスガルが待ち構えている。従士や臣下たちの突き刺さるような視線を感じながら長テーブルのあいだを抜けて王の前に立つ。カティヤは拳を胸に当て膝を付き、ギブリムは拳を胸の前で合わせるのみで、ファーンヴァースに至ってはぴくりともしない。


「顔をあげられよ、竜騎士殿。このアスガルに礼など不要。我こそ高名なる白竜ファーンヴァース殿のご尊顔を拝する光栄に浴すものである」


 カティヤが立ち上がるのと入れ違いにアスガルとスパイク谷の男たちは拳を胸に一礼した。皆が髭を蓄えた偉丈夫で、その代表格がアスガル王だった。金髪碧眼。まるでスパイク谷のように深い皺と傷跡が走った顔には険しい表情を浮かべている。カティヤはどことなくスケイルズの男たちを連想した。海の男と山の男というと正反対に思えるが、案外似た者同士なのかもしれない。


「突然の謁見にもかかわらず、快く迎えてくださって感謝します」


 よい、というふうにアスガルは手を払った。「用件をお聞かせ願おうか」不機嫌そうな顔はエイリークを思わせる。王の顔というやつかもしれない、とカティヤは思う。


「はい。四王のドルイド討伐に対して我々はドルイドの脱出を助けるため動いています」そこで言葉を切り、居並ぶ男たちに視線を走らせる。その意味するところに気付いたアスガルは「ここにおるは身内も同然。心配無用ぞ」と話の先を促した。


「つきましては、北へ向かうドルイドのスパイク谷通過を黙認していただきたい」


「黙認して、どうなる。ドルイドどもを匿って他の王を名乗る連中から反感を買っても百害あって一利なし。いずれ我らを殺す毒となるやもしれん」


 そこへドワーフが口を挟んだ。「心配ご無用。ドルイドなる人間たちは二度と姿を見せますまい。その者らはドワーフの秘密の中に消えます」


「なるほど。しかし四王の約定を公然と破ることに違いはない」


 そこへまた別の人間が口を挟んだ。アスガルの側に立つ、ぽっちゃりした童顔の若者が発言を許されて口を開く。「我が王。四王の約定はあくまでも、ドルイドの北方からの排除を決定したものです。その手段の一つとして討伐軍が編成されたのであって、仮に別の手段で排除できるならそれでもよいのではないでしょうか。我々はむしろ貢献したとみなされるべきです」


 アスガルは玉座に身体を預けて目を閉じた。それからくっくと肩を揺らす。「小賢しさには小賢しさで対抗するか。面白い」


「四王について快く思っていないようだな」突然ファーンヴァースが不遜なことを口走ったが誰も気にしなかった。ドラゴンとはそういうものだ。


「快くも何も、それこそ〝黙認してやった〟に過ぎませぬ。元よりスパイク谷は王を頂き、玉座を欲する者は挑戦すべしと決まっております。王位を争って軍を動かすなど愚の骨頂。それではオークどもの益になるだけ。此度の件で今後オークとの戦いに他地方から援軍を求めることもできようと目論んでのことです」


 ここまでのやり取りでカティヤはすっかりアスガルを気に入った。大広間には十人の男たちがいるし、テーブルの隅には後片付けをしている女性たちもいる。扉は開け放たれているから廊下でもこの会話は聞こえるだろう。それでも正直に口を憚らぬというのは気持ちが良かった。王者とはまさしくこうあるべきだ。もはや言質を取る必要もないが念のためカティヤは尋ねる。


「では、ドルイドの通過を黙認していただけると?」


「良いでしょう。ただしこちらからも条件を出したい。小賢しい言い訳も可能とはいえ危険を冒すことに違いはないのですから」


「取引というわけですな」とドワーフ。アスガルはうなずいた。


「うむ。ファーンヴァース殿とカティヤ殿には、次にオークが侵攻してきた時には手を貸していただきたい。数年先の事とは思うが」


 前回の戦いで激しく疲弊しているとファーンヴァースは言っていたがそれほどまでか、とカティヤは少し驚いた。しかしアスガルの頼みであれば取引でなくとも手助けしたいくらいだ。


「いいでしょう」


「それにもう一つ。今からドルイドと合流するのはやめていただきたい」


 カティヤは目を丸くした。「それはなぜです?」


「あなた方の動きはおそらく多くの人目に触れている。ドルイドを助けようとしているのは明らかだろう。そして我が館にて謁見したことも広く民に知られているし、わしも隠すつもりがない。つまりエイクリムからドラゴンが飛び立ってドルイドに合流し、スパイク谷が彼らの通過を黙認したとなれば、小賢しい言い訳もちと苦しくなる」


「しかし、もうすでにドルイド討伐軍が動いていたら……」


「残念だが、ドルイド討伐軍はすでに動いておるだろう」


「それじゃあ……!」


「ゆえに、なおのこと。竜騎士殿も北方の生まれならわかっていよう。〝汝欲するなら勝ち取れ〟だ。ドルイドたちは勝ち取らねばならぬ。自らの命と尊厳を。でなければ谷の者も納得せぬ」


 謁見は終わった。アスガルは三人にエイクリム滞在中の住処を用意すると言い、ひとまず大広間にてもてなされた。久しぶりに人間の食事を堪能したカティヤは席を立ってぶらぶらと館を出た。この館は現在増築中で、今あるロングハウスの北側にもう一つ同じ規模のロングハウスを並べるらしい。そちらには客間なども作られるそうだが、今はまだ骨組みしかなかった。


 館は絶壁の上の岩棚にある。絶壁に刻まれた亀裂との間には吊り橋があって、それがドワーフの技術で作られたものなのは一目で分かった。ざーっと流れる滝を背にして橋の上に立ち、南の空を見やる。ここはかなり高いが、最近もっと高所を経験したのであまり感動はない。しばらくそうしていると、ふいにファーンヴァースが思念で接触してきた。


『もし抜け出すつもりなら絶対に悟られぬよう慎重に慎重を期すことだ。アスガルを裏切ればドルイドたちを押し止めるなど容易――』


 カティヤは実際に苦笑して、心の中で遮る。


『しないよ、そんなこと。三人を信じて待つ』


 それはアスガルとの取引や彼の言葉を重視したというよりも、〝人間同士の争いには関与せず〟というドラゴンの教訓をいまさらながら守ろうと思ったからだった。ダーガとの戦いはファーンヴァースに大きな負担を強いた。そしてそれに報いる方法をカティヤは知らない。だからせめて、今は自分が耐えようと思ったのだ。


(アウラ……)


 組み合わせた手をぎゅっと握りしめて、遥か南の彼方へ呼びかける。


(エリアス、フィニ、お願い……)


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