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海賊王の娘と森の国の王子  作者: 権田 浩


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42.大夏の儀式

 ドルイドたちはあれやこれやと言いながら散っていき、ファードルもその中に紛れ、エリアスたち三人だけが残された。


「フィニ」どこか呆然とした様子のフィニに呼びかけると彼はエリアスのほうを向いた。


「なに?」


「〈大夏(アウレアル)〉の儀式、〈種子の運び手〉、あと〈種子〉についても……教えてくれないか」


「その三つはまとめて説明できる。そうだな……」フィニは空を見上げて時間を確かめた。「儀式が始まるまで時間がある。どこかで落ち着いて話そう」と歩き出す。


 三人は湖から一番遠い場所にあるブナの木陰に陣取った。周囲には誰もいないが、聖地を見渡せる。左右に伸びた枝葉が作る影の下、三人は荷物を置いて水を飲み、エリアスとアウラはブーツを脱いで足の指を広げながらフィニの話を聞いた。


「まず、俺たちドルイドは光の力を好む。闇の力を利用する魔法も一応あるけど……ああ、うん、脱線だな。とにかく、昼のほうが夜よりも重要視されている。一年のうちに何度か特別な日はあるけど〈大夏(アウレアル)〉は一年で最も昼の力が高まる日だから、ドルイドが使う魔法の力も高まる。実際やってみると感覚的にわかるんだけど……これもいいか。説明できないし」


 アウラは革鎧の紐に指を突っ込んで緩め、エリアスは太ももを掌底でぐいぐい押しながら「それで?」と先を促した。


「それで、〈大夏(アウレアル)〉の儀式は最も力の強まるその日に守護者が行う魔法だ。聖地に宿る精霊と交信するとか何とか……詳しくは守護者しか知らないけど、そこで予言めいたことを口にする時があるんだ。あ、言っておくけど絶対じゃないぞ。意味不明なままの予言もあったし、そもそも予言だったのかどうかはっきりしない場合もある。例えば、〝ほとんどの鶏は次の〈大夏(アウレアル)〉を迎えることはない〟と言われて、皆が慌てて鶏を絞めたんだけど、予言のおかげで鶏を無駄にしなくて済んだのか、それとも予言のせいで鶏が死ぬことになったのかは――」


 アウラは両脚を投げ出して太ももの上に剣の柄をぐっぐっと押し当てている。エリアスも六尺棒(クォータースタッフ)で真似てみたら気持ちいい。


「――まあ、それもいいか。とにかく、今から一〇年くらい前の〈大夏(アウレアル)〉の儀式で予言されたんだ。いずれドルイドに滅びの時が来る。〈種子の運び手〉に導かれた二つの〈種子〉だけがドルイドを救える……簡単に言うとそんなところ」


 アウラが剣を脇に置いた。「わたしとエリアスが二つの〈種子〉で、フィニが〈種子の運び手〉ってことか。そう考えると確かに予言っぽいね。種子っていうのも大樹と関係ありそうな……」しまった、という顔をして言葉を切る。エリアスは小さくうなずいて後を引き取った。


「……フィニ、もしかしてその事でずっと悩んでたのか?」


「んー、悩むっていうか……この予言、誰も信じてなかったんだ。俺もね。だって、いきなり世界が滅亡するって言われたようなもんだろ?」


 エリアスはアウラと顔を見合わせた。彼女も同じようなことを考えているらしい。「でも、ほんの一瞬で世界がガラリと変わってしまう瞬間はある。僕の場合は、あの戦場で二度目の角笛が吹かれた時……」


「わたしは、スケロイ島に帰って父様と会った時かもしれない」とアウラが続く。


「そうだな……そういう瞬間はあるんだろうな。俺には想像もできなかったけど」フィニは肩にとまったテントウムシを指に移して空へ向けた。黒い水玉模様のある丸っこい虫は翅を広げて飛んでいく。それを見届けながらフィニはつぶやいた。「……でも、コランは信じていたんだ。あれが最後の別れになるって言ったんだ。なのに俺……どうして信じてやれなかったんだろ……どうしてお別れを言えなかったんだろ……どうして、今までありがとうって……」


 肩を震わせ始めたフィニの背中をエリアスとアウラは左右から抱き、二人は彼の嗚咽がおさまるまでそうしていた。


 白夜の空はいつまでも明るいので自分の感覚を信じるしかないが、深夜になったと思われる頃、儀式は静かに始まった。中央の小島には〈乙女の湖〉の守護者キアンが立ち、その傍らには剣を帯びた若きルートが控えている。薄い亜麻布(リネン)の頭巾に肩掛けマント、スカートという恰好のドルイドたちが対岸で輪を作って立ち、それ以外のドルイドたちは彼らを正面にして行儀よく座っている。エリアス、アウラ、フィニの三人はさらにその後方で立って見ていた。ちょうどドルイドたちを挟んでキアンと対極の位置とも言える。


 合図もなく一斉に、円を作るドルイドたちが歌い始めた。最初は囁くような声で、やがて低音を響かせ、徐々に声量を上げながら高音を交えていく。実際にフィニが魔法を使うところを見ているエリアスには、その独特の抑揚が呪文の詠唱だとわかった。ドルイドたちの列は円を崩さず回転し始め、一歩進んでその場で一回転、また進んで一回転を繰り返した。単調な動きではなく、右に進んでいたかと思うと左に戻ったりもする。右右左、右右右、左右左――緩急のあるその動きを見ていると、目が回って来た。ふらついたエリアスをアウラが支える。


「儀式酔いだ。エリアスには魔法の才能があるのかもしれないな」とフィニが小声で囁いた。


 波はありつつも全体として、儀式は徐々に盛り上がっていった。呪文の声は大きくなり、回転するドルイドたちの動きも早くなる。中央の小島に散りばめられていた花々が宙を舞い、水面に落ちて意味ありげな模様のようになって漂う。そして儀式の盛り上がりが最高潮に達した瞬間、わっと一斉に呪文の声が止み、回転していたドルイドたちはその場に伏せた。突然の静寂。儀式が失敗したのではないかと不安になった時、湖に浮かぶ花びらが動き出した。キアンの正面の岸辺に小さな渦が生まれ、そこに吸い寄せられている。花びらは水中に引き込まれ、その次に起こった現象にエリアスは目を見開いた。


 渦の底から水柱がゴポゴポと伸び上がってきたのだ。ゆらゆら揺れる〝それ〟は、人型のようにも見える。キアンは出迎えるように岸辺へと近づいた。両者が手を伸ばし、互いの掌を合わせると、〝それ〟は突然支えを失ったようにバシャッと音を立てて水に戻った。キアンが両手を天に向けて伸ばし、ゆっくり左右に開きながら口を開く。


『我が声を聞け、ドルイドよ』


 明らかにキアンのものではない声が聖地に響いた。


『血と鉄が、死が、全てのドルイドに降り注ぐ。この地に残れば果つるのみ。だが、新たな芽吹きの地に至らんとするならば、〈種子の運び手〉と二つの〈種子〉に従うべし』


 キアンがゆっくりとフィニを、そしてエリアスとアウラを指差した。


『これが最後の言葉となろう。海賊王の娘よ、森の国の王子よ、我が愛すべき者たちを導き給え――』


 急激に年を取ったようにキアンの顔から生気が失せ、その場でがっくりとくずおれた。さっとルートが受け止めて支える。ドルイドたちは誰一人、何の反応も示さなかった。あまりにも静かなので不安になったエリアスはアウラと目を合わせ、それから「フィニ?」と小声で呼びかけた。


「信じられない……」フィニがつぶやく。「こんなにはっきりした予言は初めてだ。本当なんだ。もう信じるしかないんだ……」


 湖のほうで起こった小さなどよめきに目を向けると、キアンがルートを押しのけてフラフラと歩き出していた。そのまま水面へと踏み出して、湖に没するかと思いきや歩く。その様はまさしく魔法だった。ざざっと道を開けたドルイドたちの中を通って三人の前まで歩いて来ると、その場に両膝を付いて頭を垂れる。そして息も絶え絶えに、しかしはっきりと言った。


「〈種子の運び手〉よ、〈種子〉らよ、どうか我らドルイドを芽吹きの地へと導き給え」


 全員の視線がエリアスたち三人に集中している。その表情が物語るのは、疑問、困惑、動揺、混乱。しかし一人、また一人と守護者に倣って頭を垂れていく。全員がそうするまでに、それほど時間はかからなかった。


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