表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海賊王の娘と森の国の王子  作者: 権田 浩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/75

38.世界の果て山脈へ

 カティヤがファーンヴァースと合流したのはその二日後だった。すぐさま竜騎士の鎧を身に着け、ドラゴンの長い首の付け根から肩にかけて〈竜鞍〉を取り付ける。これらは長距離を飛行するために必要な装備だった。竜騎士の鎧は全身を包む一式の全身甲冑(スーツアーマー)で各所に〈竜鞍〉と接続する固定具が付いている。足の先から腰まで届く〈竜鞍〉に跨り、固定具を締めると下半身は固定されてしまうが、意思の疎通は思念で可能だから問題は無い。上半身を安定させるための取っ手を掴めば乗り手は自然と前傾姿勢になり、竜騎士の鎧の独特な形状もあって空気抵抗を受けにくい形になる。また鎧は、しなやかでも鋼より硬い白竜の体毛から竜騎士を守る役目もある。


 ゴルダー河の岸辺から助走をつけて飛び立ったドラゴンは長大な大河を越えて、徒歩で一〇日はかかる距離を一気に移動した。北方はほとんど森に覆われているので、竜騎士の鎧の流線形をした兜の細いスリットから見える景色は代わり映えしない。眼下に延々と続く緑の海原にも山谷の起伏はあるものの、左前方から迫りくる〈世界の果て山脈〉と比べればほんの僅かな変化に過ぎず、山越えのために高度を上げてもそれは変わらなかった。空の半分を埋め尽くす黒い壁は接近するにつれてさらに高さを増していくようで、まるでカティヤたちを通すまいという意志を持っているかのようだ。


 丸一日飛び続けると緑の切れ間に再びゴルダー河が見えてくる。北から南への流れが西に向きを変える辺りは大河が溢れて、さながら小さな島々の浮かぶ内海のように広い。そこで二人は進路を北に変え、中州の一つにふわりと着地した。白くて柔らかい川砂でこんもりした小さな中州は休憩するのにちょうど良さそうだった。ドラゴンといえども生物には変わりなく、背に乗っている竜騎士もずっと同じ姿勢でいるのは疲れる。固定具を外して中州に飛び降りたカティヤは尻もちを付いた。すっかり固まってしまった身体をおそるおそる確かめながら立ち上がって〈竜鞍〉を外してやり、それから(アーメット)籠手(ガントレット)鉄靴(サバトン)まで外して放り出した。素足の裏で砂の感触を確かめて歩く。見上げた濃紺色の空には灰色の雲が流れ、深緑の地平の彼方に朱が差していた。


 それから小さな火を熾し、人間の姿になったファーンヴァースと一緒に食事をとる。ドラゴンはその大きさに見合った量を食べるが、人間の姿になっている間は人間と同じくらい食べるだけでいい。エリアスがこれを知ったら不思議に思うかもしれないな、とカティヤは思った。彼女自身は〝そういうもの〟として気にしたことがなかった。


 再び本来の姿に戻ったファーンヴァースに見守られながらカティヤは短い仮眠をとり、その後二人は白夜の空へと舞い戻った。ゴルダー河の上流へ向かって飛ぶと、ドラゴンの背にあってさえ壁のようにそそり立つ〈世界の果て山脈〉の小さな亀裂が見えてくる。大河を吐き出すスパイク谷の入口だ。小さな亀裂といっても幅一二マイル、奥行き五〇マイルはある。


 谷から吹いて来る風に翼を乗せて、ファーンヴァースはしゅーっと滑るようにスパイク谷へ入って行った。入口付近はほとんど河と言っていい。絡み合う根のようにいくつもの流れが分かれ、合わさり、緑の大地を細切れに引き裂いている。奥へ進むにつれて大地は勢力を盛り返し、河は谷底に追いやられて森も戻ってくるがそれもつかの間、景色はすぐに荒涼とした山中へと変わる。子供が戯れにスコップでがしがし突き崩したような険しい地形だ。ほとんど垂直の深い渓谷に、落とし損ねたような狭い道。谷の中なのを忘れそうなでこぼこの山々に尖った峰。所々に黒い針葉樹が棘のように突き刺さっている。いくつもの滝が谷底へと流れ落ちて渦を巻いているさまは絶景だが、地上を移動していたら眺める余裕など無いだろう。谷の人々はわずかな土地にへばりついて暮らしている。谷を飛ぶドラゴンを見上げて動けなくなっている人もいれば、こちらに気付かないまま険しい山肌で山羊を追っている人もいる。


 途中、尖った小さな山の下にハーピーが群れているのを見つけた。よく見ると洞窟があり、そこに人が追い込まれているようだ。ファーンヴァースが『失せろ』と咆哮を上げても、ハーピーたちはしぶとくそこから離れようとしなかった。この世界のあらゆる生物が感じるという〈ドラゴンへの恐怖〉も魔獣相手には効き目が弱い。仕方なく二人は空中を旋回して〈炎の息〉を浴びせた。何匹かのハーピーが炎に巻かれて身の毛もよだつ悲鳴を上げながら谷底へと落ちていき、残りのハーピーは逃げていった。洞窟にいた人が恐る恐る顔を覗かせた時には、二人はもう飛び去った後だ。


 谷は奥に進むほど幅を狭めていき、ゴルダー河も細くなっていく。そうしてついに、スパイク谷の最奥が見えてきた。そこはまるで〝ここが行き止まり〟と告げているかのような絶壁で、流れ落ちる滝は空中で霧散している。絶壁の下には湖があって、そこから流れ出ているのがゴルダー河の源流となるものであろう。絶壁の上にはスパイク谷の王が住む館があって、谷の両側には物見塔もある。湖岸の町は間違いなくこの谷で最も多くの人間が住んでいる場所だ。そこがスパイク谷の王の町、エイクリムである。極北の地を除けば、テストリア大陸で最北の人間の町でもある。


 二人はエイクリムを遠目に見るに留めて、〈世界の果て山脈〉の山中へと身体を傾けた。低い尾根伝いに進むと窪地になっている場所があり、四角い人工物が四つと木製の屋根みたいなものが見える。そこが目的地だとファーンヴァースが伝えてきた。カティヤは着地に備えて鞍の取っ手を握りなおし、ファーンヴァースは尾根付近の複雑な気流に難儀しながらも、四角い人工物に囲まれた広場のようなところへ上手く着地した。


 再び凝り固まった四肢の痛みに難儀しながらカティヤは地上に降りた。四角い人工物はまるで一塊の石から削りだされたように継ぎ目もなく滑らかで、窓や扉が付いているのに、一目では家だと認識できなかった。ファランティアの王都にすらこんな完璧な立方体は存在しない。それに比べて木製の屋根はどこにでもあるようなものだ。柱で支えられているのみで、物置きか何かだろうか。人の気配はなく、雑草が生え、手入れされた様子も無い。一見して廃墟のようだが何十年も放置されているというほどでもなかった。兜の面甲を上げて、「ここは?」とファーンヴァースに尋ねる。


『ここは、ドワーフのギブリム氏族とスパイク谷の人間が交易を行う場所だ。かつては五年に一度開かれていたが、ここしばらくは使われていないようだな』


「へー、ドワーフと人間の取引があるなんて初めて聞いた」


『スパイク谷が少数でも精鋭揃いと言われるのは、ドワーフ製の武具によるところが大きい。北方の他地域にも多少出回っているだろう』


「そういやそうね。で、これからどうする?」


 話しながら、カティヤは荷物を降ろして〈竜鞍〉を外してやった。ファーンヴァースは自由になった首と肩を動かす。


『待つ。我々がここにいるのはすでに承知のはずだ』


「ああ、この……なんかもやもやした感じ? ドワーフの魔法?」


『そうだ』


 ぶるっと身震いして、カティヤは再び面甲を下げた。ここは森の上空よりもずっと寒い。冷気は竜騎士の鎧が防いでくれるが、面甲を開いていると呼吸のたびに胸の中が冷えていくように感じる。夏とは思えない寒さだ。さらに高さを増す山々を見上げれば、雲に霞んでいるのだと思っていた白さは雪だった。周囲には高山植物がちらほら見え、鮮やかな色をした可愛らしい花も咲いているが、木はどれも小さく捻じれていてカティヤより大きいものは無い。岩と剥き出しの地面を風が吹きすさぶ様は、寒々しくて寂しい。ここが世界の果ての始まりで、この先には何も無いと言われれば誰もが信じるだろう。振り返れば道らしきものが尾根に沿って下っており、山肌に隠れて見えなくなるが、さらに目線を下げると峠道のようなものが見つけられる。そうした山の景色の中で、二人を取り囲む四角い建物だけが完璧な人工物としてあるのは、とても奇妙で、何か不吉なものの象徴のようでもあった。


 気分を変えるべくカティヤは「そういえば」と話し始めた。「親父が大切にしてる鎧、シーサーペントの鱗で出来てるってやつ。あれ本当に魔法の鎧だったんだね。ここにあるドワーフの魔法と同じ感じがしてた。てことは、ブリューナクがドワーフの船乗りを助けてお礼に貰った、ていう話も本当?」


 ブリューナクは最初にスケイルズ諸島の王を名乗った人物で、彼のシーサーペントの鎧は代々スケロイ島の島主すなわちスケイトルムの王に受け継がれている。鎧を手に入れる(くだり)も〈サーペント殺しのブリューナク〉という歌の中に出てくる。


『残念だが、私も知らぬ』


 意外な答えに、「あんたにも知らない事があんのね」と驚くと、ファーンヴァースはドラゴンの鼻孔から白く息をたなびかせた。


『忠告しておこう。交渉を成功させたいならその件について、特にドワーフの船乗りについて、彼らに質問してはいけない』


 ファーンヴァースは全く冗談ではなく本気だ。カティヤは何となく察した。「ああ……一度やっちゃって懲りた感じ?」


 ドラゴンは黙して語らず、普段ならもう少しこの話題で楽しめたかもしれないが、今のカティヤはそんな気分でもなかった。


「他にも気を付けることってある?」


『そうだな。ドワーフに関する知識を共有しておいたほうがよいかもしれぬ』


「うん……仕方ない。いいよ」


 ファーンヴァースの心の一部が伸びてきて、カティヤは渋々それを受け入れた。知識の共有は言語でやり取りするように、あるいは本を読むように、順番に情報が流れて来るのではない。それまで知らなかったはずの事柄がいつの間にか記憶の中に組み込まれていた、という感覚は、まるで勝手に頭の中をいじられたようで気持ち悪く、カティヤは嫌いだった。


 今回も嫌悪感が先立ったが、ともかく一瞬のうちにカティヤはドワーフについて知っていた(・・・・・)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ