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海賊王の娘と森の国の王子  作者: 権田 浩


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25.ソールヴの腹

「ソールヴ! ソールヴはいるか!」


 珍しく声を荒げて、エリアスが従士団のロングハウスへ入って来た。彼が扉を開けた時から気付いていたソールヴは、やれやれと衝立の奥から顔を出す。


「こちらにおります、エリアス王子」


 エリアスは子供のように肩を怒らせて足早にやって来た。衝立の奥は、ソールヴが息子たちや信頼する戦士らと軍議をするために作った場所で、今もちょうど話をしようと集まっていたところだった。飛び込んできたエリアスは居並ぶ男たちを見て気圧されたように立ち止まる。


「どうされました、エリアス王子」などと(とぼ)けてみたものの、あまり効果は無かったようだ。


「僕が挙兵したという噂、流布したのはお前だな? どういうつもりだ!」


「それはもちろん、王子の策を完璧にするためです」ソールヴは即答して、反論の間を与えぬよう用意していた言葉を繰り出す。「王子の策はブルンドが援軍になる前提です。こちらがヨルゲンに脅威と思われなければ、時間をかけて戦士を集め、包囲網を作ってから会談に臨む……つまりブルンドを使わない可能性が残ります。挙兵したとなればヨルゲンものんびりしておれませんから、王子の読みどおりブルンドに援軍を要請するでしょう。それに挙兵はあくまでも噂。後でいくらでも取り消せます」


 エリアスはうつむき加減で頭を左右に振った。幼い頃、気に入らない事があると息子もよくそうしたのを思い出す。


「もし噂がスケイルズまで届いたらどうする。内乱が始まったと思われたら、海賊が横槍を入れてくるかもしれないじゃないか」


「それこそ好都合。その海賊を率いるのはどなたですかな。アウラ姫がエイリークの説得に成功しているなら、こちらの味方でしょう。むしろ、スケイルズがこちらの援軍に来る理由の隠れ蓑になりませんか?」


 ソールヴは両手を持ち上げて、手のひらをでっぷりした腹の上でそっと合わせる。「ブルンドと、スケイルズ。どうです?」


 エリアスは押し黙ったまま目を逸らした――軍議で使っているテーブルのほうに。ソールヴは、ちっ、と内心で舌打ちした。隠す時間はあったのにすっかり忘れていた。年は取りたくないものだ。


「これは……僕の家に勝手に入ったのか!?」弱まったエリアスの火勢が再び強まる。テーブルの上には会談場所に選んだ草地を中心にその周辺まで記した地図があり、その上にはネフタールで使う駒が置いてあった。地図も駒も全てエリアスの家にあったものをそのまま動かさぬように持って来させている。


 まあいい、どうせすぐにバレていただろう。ソールヴはこのまま押し切ろうと決めた。


「王子をお訪ねした時、偶然目にしまして。王子はお留守でしたが、後ほどこれを使って説明なさるのだろうと思い、先に運ばせておきました」


 当然そうだろうという語調に、エリアスは明らかに動揺した。まるで自分だけがこれの意味を知っているはずだというように。


「王子は〈血吸いヶ浜〉の戦いでご自分が何を成したのか理解しておられぬ。北方の男は皆、戦士としての名誉に命を捧げておりまする。ゆえに、戦場から離れて後方にいるなど考えられない。それでは卑怯者のそしりを受け、呪われた臆病者と呼ばれても致し方ない。しかし王子は敢えてそれをなさった。戦場を俯瞰して、味方が最大の戦果を挙げられるよう取り計らった。その結果ヨルゲン王の従士団は圧勝し、未熟な若輩者でさえ首級を上げ、強者は勇者と称えられるほどの活躍ぶりを見せた。皆それに満足しております。誰一人、王子を卑怯者臆病者と罵る者はおりません」


 エリアスはテーブルの上をじっと見つめたままだ。


「王子は戦い方(ルール)を変えたのです。そして、わしのような老いぼれにも希望を下さった。昔のような力や素早さがなくとも戦場でできる役割があるのだと。後方から指揮を執る……そのつもりでこれを見た時、わしにも王子のお考えがわかりました。このネフタールはサイコロを使わない」


 ソールヴは戦士を模ったネフタールの駒のうち黒の大将駒を指差した。「この地図が盤面で、北側に大将駒のある黒が我らだ。そして白の大将駒はここにあるが……元々の配置はおそらく、こう。戦端が開かれて……このように展開していき……」話しながら地図上で駒を動かしていく。「そして最終的な配置がこれだ。見よ、盤面の外に逃げようとする白の大将駒を黒の駒が押さえておる」


 おお、と周囲が感嘆する中でエリアスは弾かれたように反応した。「それは! それはあくまでも――」


「わかっております。このソールヴ、わかっておりますとも。最悪の場合。そう、最悪の場合です。本来こうなってはならぬということ。それでも万が一に備えておこうという王子の思慮深さ。全く感服させられましたぞ」


 テーブルを囲む男たちは納得してうんうんとうなずいたり、目を丸くして地図を覗き込んだり、指で駒の動きを確認したりしながら、「さすがはエリアス王子だ」と感心した。にわかに軍議が盛り上がる。こう動いたらどうなる。それならこれで。王子ならどうなさる――。


 だがエリアス本人は苦虫を噛み潰したような顔をして踵を返し、逃げるようにロングハウスを出て行ってしまった。


 ソールヴはそれを見送ってから、「皆の者、この地図と配置をよく見て覚えておけ」と言いつけ、彫刻された自分用の椅子にどっかりと座り込んだ。蜂蜜を入れて甘ったるくした葡萄酒を口に含んで思う。


(すべて上手く行っている)


 口元を手で隠して密かにほくそ笑み、いや想定外もあったな、と思い直した。エリアスの知恵は想定以上だ。王子の発案がなければ、こんなやり方は考えもしなかったろう。そのうえ、あの性格だ。将来の脅威にもならない。エリアスをあのように育てたのは間違いなくブルンドの思惑だが、その理由は考えるまでもなかった。誰も〝玉無しボリス〟にはなりたくないし、息子を〝玉無しボリス〟にはしたくない。ヨルゲンはやり過ぎてしまったのである。足元に置くなら、いつ股座を噛みちぎるかしれない狂犬よりも穏やかで賢い犬がいい――そういうことだ。


(かつて忠誠を捧げた我が王よ、ご子息には玉座を空けてもらいますぞ。王も親ならば、わしの気持ちはわかっていただけよう)


 老いたソールヴにとって一番の関心事は子供たちの行く末だった。何事もなくヨルゲン王の治世をやり過ごせるならそれでも良かったが、エリアスという旗頭が現れてしまった。様子を見るか、エリアスを担ぐか、どちらに分があるかと考えて後者を取った。ソールヴには子供が八人いて、五人は男だ。そのうちの誰かがヨルゲンの不興を買えばそれで終わりなのだ。


(わしか息子の誰かが王位につければ理想だが、エリアス王の下で力を蓄えるのも悪くない。息子たちがそれぞれ独立して、孫たちが成人して、それから……)


 甘過ぎる葡萄酒に導かれてうとうとするうちに、ソールヴの夢想は幸せな夢へと変わっていた。


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