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海賊王の娘と森の国の王子  作者: 権田 浩


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23.アウラの帰郷(4)

 スケイトルムの塔の最上階は誰かを幽閉しておくための場所ではない。そこはスケロイ島の支配者一族が住まう場所であり、王の館に居を移した今でもそれは変わらない。アウラの軟禁場所としてここが選ばれたのは、王の娘だからというだけでなく、一時期彼女が暮らしていた部屋でもあるからだろう。王の館には家族以外の人間も当たり前のように出入りするから、一人になれる場所はほとんどない。それに我慢できなくなった時期があって、ここを自分の部屋にしてもらったのだった。部屋の内装はその頃のまま、埃をかぶっている。寝藁と敷布だけが新しい。


(あの頃は……)


 新しい藁の匂いがする寝床の上で仰向けになり、天井を見つめながらアウラは思う。


(カティヤが島を出た後で、母様の妊娠がわかって、皆が浮足立ったような感じになってて……)


 当時を思い出すと、自分にとってカティヤの存在がいかに大きかったか分かる。もし彼女が島に残っていてくれたら、おそらくアウラもこの部屋を必要とはしなかっただろう。娘でありながら息子の役割を期待され、女でありながら男の生き方を学んできたアウラにとって、仲間と言えるのはカティヤだけだった。一人になったから孤独になるのではなく、孤独になったから一人になりたかったのだろう。


 我ながら意味不明だなと自嘲気味に、足を投げ出すようにして勢いよく寝床から飛び起きた。開け放たれた四角い窓まで行き、外を眺める。この塔は岩山の中にあるが、南向きの窓からは海が見える。夏の日差しを反射してキラキラ光る波が幾重にも生まれては消えてゆき、南風がこの季節特有の日焼けした潮の香を運んできた。王の館の騒がしさも、ここでは波音のように遠く聞こえるだけ。この部屋で暮らしていた頃も、不安になるとよくこうして窓から外を眺めたものだった。


(母様のお腹の中にいるのがもし弟だったらと思うと、どうしようもなく不安になって……あ、そうか、その気持ちを何とかしたかったんだ、わたし……)


 軟禁状態のアウラにできるのは考える事くらいだ。

 そして痛感した。

 結局、自分は父に甘えていただけなのだと。


 父様ならきっと分かってくれる。理解してくれる。応援さえしてくれる――理由なんて必要ない。だって父様だから。ここを自分の部屋にしてくれたように。従士団に加えてくれたように。


 それは、自分が子供だというのが前提の考え方だった。自分は大人だと声を張り上げながら、中身は子供以外の何者でもなかった。アウラには自分で勝ち得た物などほとんどない。着ている服も、住んでいる家も、剣も弓も、生きるために必要なものは全て父から与えられたものだ。死んだ戦士たちの家族に補償できる金品など持っていない。トレグに船の代金など払えない。嫁入りに必要な持参品だって用意できない。


(怖かったんだ……王になれなければ全て取り上げられてしまうような気がして。他に何の目標も、夢も、持って無かったから。玉座に座って安心したかっただけだ。ただ自分のためだった)


 だけど、エリアスと出会った。

 泉のほとりで彼と話した。

 そして二人でやろうと決めた。


 それは父と関係ない、自分だけのものだ。この道が父の進む先とは違うのなら、きっと、父から与えられたものは捨てていかなければならないのだろう。今の立場も、この島で暮らす未来も、家族も、全てを。王の館でベッドの上に横たわり安寧としてこの世を去る、あるいは、戦場で戦いのうちに死して〈水の宮殿〉へ招かれるような最後は期待できなくなる。どこかで野垂れ死に、どこの誰とも知られぬまま、獣の餌になって終わるかもしれない――そういう覚悟が必要なのだ。


 ファーンヴァースに呼ばれた時、カティヤは躊躇わずに島を離れた。エリアスだって、きっとそこまで考えたうえで自分の手を取ったに違いない。自分だけが、怯えている。子供みたいに。アウラはくしゃっと顔を歪めて、唇を噛んだ。


 しばらくそうしていると、塔の入口の扉が開閉する音がした。誰かが階段を上ってくる。血が通わなくなるほど強く握りしめていた手を窓枠から離し、痺れて震える指を無理やり開いて顔をごしごしとこすった。それから扉の前まで行き、やってくる何者かを待ち受ける。地上三階建ての塔だ。相手はすぐに部屋の前までやってきて、扉がごんごんと叩かれる。


「何か?」


 扉に向かって問いかけると、答えはすぐに返ってきた。


「我が王が大広間でお呼びだ。急いで支度を」


 扉に阻まれているが、その声はハラルドのものだ。アウラは扉を開いた。


「支度なんて必要ない。何の用で呼んでいるの?」


 ハラルドは肩をすくめる。「わからん。知っていても言えん。無理にでも連れて来いと言われている」


「あなたを困らせるつもりはない。行きましょう」


 アウラは努めて気丈に振る舞い、ハラルドに続いて塔を下りた。


 てっきりまた身内だけかと思っていた大広間には、たくさんの人間がいた。アウラが解放した男たちもいる。玉座の父はいつもどおりの厳めしい表情だが、怒っている雰囲気ではない。平静を装ってハラルドの後ろを歩きながら、アウラはそうした様子を見て取った。


「お連れしました。我が王よ」ハラルドは玉座の左に控える。


 先日と同じようにアウラは父王と向き合った。しかし立ったまま睨み合っているわけにはいかないので、膝を付いて頭を垂れ、王の言葉を待つ。果たして何を言い渡されるのか――不安に思いつつも、まだどこか期待している自分に気が付いて、自分自身を引っ叩いてやりたくなった。


「まんまと欺かれたぞ、アウラ。お前の策が実を結んだようだ」


「……は?」


 ぽかんと口を開けたまま、思わず顔を上げる。エイリークは娘の様子など構わずに話を続けた。


「トレグに貸しを作りたくはなかったのでな。船を返していくらか金品を支払ってやった。その時、奴から聞いたのだ」


 父が何の話を始めたのかわからず、アウラはますます困惑した。


「エリアスがヨルゲンに反旗を翻した。アードは内乱になるぞ。我らはそこに付け入る。これこそ、お前の策だったのだな?」


 エイリークはいつもより声を張って、最後は念押し気味にそう言った。しかしアウラには、そんな父の微妙な言葉尻に気付く余裕など無かった。


「……うそ、本当に?」


 驚きが、徐々に不安へと変わっていく。エリアスが内乱を望むなどあり得ない。それに動きも早過ぎる。何かあったのか。大広間にいる男たちはエイリークも含めて、アウラの言葉を待っているようだったが、彼女自身はエリアスのことを考えていた。しかし状況が不明なままではどうしようもない。不安がつのる。彼を一人にしたのは間違いだったかもしれない。


 アウラが黙ったままなので、結局はエイリークがその微妙な沈黙を破ることとなった。「どうやら娘は、上手く行きすぎて自分でも驚いているようだ」


 冗談めかした王の言葉に、何人かが同調して笑う。エイリークは立ち上がり、玉座を下りてアウラの前までやって来た。膝を付いたまま、心ここにあらず、といった様子の娘の肩に手を置く。「そうだな、娘よ。これはお前の策だ。我らに勝利をもたらすための」


 ぐっ、と強く肩を掴まれた痛みで我に返ったアウラは父の顔を見上げた。とても真剣な目をしている。それでやっと、父の思惑に気付いた。これをアウラの策だとする事で、エリアスとの婚約を、二人の計画を、無かった事にするつもりなのだ。全てを元通りにするつもりなのだ。


「そうだな?」エイリークは目線を僅かに上下させ、うなずくよう促しさえした。


「ふざけるな……っ」怒りのあまり声が震える。


 肩を掴むエイリークの手にますます力がこもった。「……そうだと言え。うなずくだけでもいい」と耳元で囁く。


「ふざけるなっ!」今度こそはっきりと大声で怒鳴り、アウラは父の手を肩から払い除けて飛び退くように立ち上がった。「わたしの策? わたしがエリアスに内乱を起こすよう仕向けたって?」


「そうだ。それがお前の策だ。エリアスの野心に火を付け、王位簒奪を計画させ――」


「そんなわけあるか!」アウラの叫びが大広間に響き渡る。「野心? 王位簒奪? そう言えば分かりやすいかもね、父様たちには。でもエリアスは違う。特別なんだ。お前たちの常識なんかじゃ、彼は語れない!」


「アウラ……」エイリークが伸ばした手をバチンと跳ね除ける。一瞬、父の目は悲しみに歪んだが、すぐ王の顔へと戻った。「アウラ。自分が何を言っているのか、わかっているのか?」


 怒りの力で恐れも迷いも蹴散らして、アウラは決断した。「もちろんです。わたしはもう大人だから。自分が何を言っているのか、理解したうえで話しています」


 エイリークは払い除けられた手をぐっと握ってマントの下に戻すと、周囲に向けて言った。「聞いたとおりだ、皆の者。どうやら策を弄したのはエリアスのほうで、娘は惑わされているようだ。しばらくスケイルズの島で過ごせば正気に戻るだろう。娘は明日にでも婚約者であるアイオルフに預ける」


 アウラはもう頭を下げたりせず、無言でエイリークを睨み続けた。その視線を受けて止めて、王はハラルドに命じる。「アウラを部屋に」


「承知しました。我が王」ハラルドは一礼してアウラの腕を掴もうとしたが、彼女は腕を引いてそれを避けた。


「一人で歩けます」


 最後に父を一瞥してから、彼女は堂々と大広間を後にした。


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