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海賊王の娘と森の国の王子  作者: 権田 浩


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20.アウラの帰郷(2)

 アウラたちを見て騒ぐ港の人たちに事情を説明しているうちに、日が落ちて周囲は暗くなり、群青色の空に星がいくつか瞬き始めた。王の住まいは今でも西部にあるので港から長い距離を歩かなくてはならない。ぞくぞくと集まって来る人々を押し止めてカティヤたちは出発した。


 アウラを先頭にした一行はぞろぞろと西方の巨大な影――スケイ山――に向かって歩いた。夜風が潮風と太陽に痛めつけられた肌を撫で、緑の草がさわさわと囁く。北方で町と呼べるような場所は少ないが、スケイトルムはそのうちの一つだ。港から王の住まう館までの道中には、従士とその家族が住む家があり、普段なら交易市でしか見られない鍛冶屋や大工も常駐している。何基もの風車に、製材所や造船所のような大型施設もあり、高炉も一年中煙を吹いている。


 カティヤがファランティア王国に行って一番驚いたのは、空に浮かぶ竜砦(ドラゴンキープ)を目にした時ではなく町を見た時だった。なにしろ一年中交易市をやっているような場所で、人々はそれを前提とした生活を営んでいた。そんな北方とはまるで違う生活観に意外と早く慣れることができたのは、このスケイトルムで育ったおかげだろう。


 道は地形に沿って緩やかに湾曲しながら宵闇に溶けている。道中ではアウラの姿を認めた民がわざわざ家から出てきて帰還を喜んでくれた。さすがに足元が怪しくなって途中の家で灯りをもらう頃になると、前方の黒い山の麓にもぽつぽつと光が灯り始める。そこに王の住まいはある。


 岩の門を守る守衛には一足先に一報が届いていた。岩山の中の狭い道を進み、溶岩を削って作られた階段を上り、また狭い道を進んで、階段を上った。そうしてやっと、王の館に到着する。王の館は岩山の一部を綺麗に四角く切り取った後のような不思議な地形の中にある、大きな二階建てのロングハウスだ。誰かが岩山の内部をくり抜いたような中庭の一段上にあり、そこを見下ろせるように二階からはテラスが張り出している。


 ここはカティヤにとっても実家のようなものだ。ファーンヴァースに乗って来た時はすぐアウラを探しに飛び出してしまったが、徒歩で戻って来た今は一歩ずつ思い出を踏みしめているようで感慨深い。中庭にある井戸から水を運んで何往復もさせられた狭くて滑りやすい階段も、アウラと弓を競った射撃訓練場も、いたずらがバレて一日中隠れ続けた納屋も――何もかもが懐かしかった。岩山の中にこもった生活臭や、微かに混じる排泄物の臭いさえも。


 アウラは足を止める事無くさっさと館の中へ入って行った。暗闇に沈む中庭は彼女にとって、敢えて眺めるものでもないだろう。三年ぶりに戻ってきたカティヤのような感慨深さは、あるはずもない。


 館に入ると一行はすぐに大広間まで通された。ここまでの道中と同じく、アウラと男たちは顔見知りを見つけると声を掛け合う。カティヤも懐かしい顔を見かけたが、彼らは声を掛けようとしてファーンヴァースに目を止め、躊躇った。ファランティア王国の竜騎士は気軽に接していい相手ではない。そんな時カティヤは微笑みを浮かべて軽く手を上げる。そうすると、相手も同様にして軽い挨拶を返した。たぶん、そのくらいにしておくほうがいい。


 通された大広間は急遽片付けられたという感じで、長テーブルは壁際に除けられ、ベンチはその上に積み重なっている。床の中央に切られた細長い炉の向こうにある壇上には立派な玉座があり、スケロイ島の島主にしてスケイトルムの王――実質的なスケイルズ諸島の王――エイリークが座っていた。


 力強い目と髭の下に覗く口元はアウラとよく似ている。折れていなければ、鼻筋も似ていただろうか。太い眉と首の下まである髭、頬や額に残る傷跡はアウラに無いものだ。何本かに編み分けた豊かな金髪は色褪せ、ほとんど銀色に見える。今年で五〇歳になるが、まだ戦士らしい体型を維持しているようだった。もっとも、鈍く光る青いシーサーペントの鱗鎧(スケイルメイル)の下はどうなっているかわからない。腰から下を覆うスカートは青地に白い波線模様というスケイルズ諸島ではありがちなもので、サンダルを履き、いつも肩にかけているマントは無い。普段着の上から急遽シーサーペントの鱗鎧(スケイルメイル)だけを着けた、という感じだ。


 このシーサーペントの鱗鎧(スケイルメイル)は由緒ある魔法の品で、スケイトルムの王に代々受け継がれてきたものだ。頭に頂く鉄の王冠と同じくらいの意味がある。それはつまりエイリークが、父親として娘を出迎えているのではなく、王としてここにいるのだということを意味していた。


 アウラと彼女に従う男たちは膝をついて頭を垂れる。カティヤも立ったまま頭を下げたが、ファーンヴァースはもちろん悠然と構えるのみ。人間同士の礼儀など我関せずといった具合だ。アウラが帰還の挨拶をする。


「ただいま戻りました。父上」


 うむ、とエイリークは応じた。「見たところ、大きな怪我もないようだ。何があったのか聞こう」


「はい。スケイルズ諸島を発ったわたし達は――」と、話し始めたアウラをエイリークは手を払って遮った。「(いくさ)の経緯については要らぬ。すでに帰還したラーウスや戦士たちから聞いた。敗走してから今までの話を聞きたい。顔を上げてよいぞ」


 ラーウスはどうやら助かったらしい。ほっとしつつカティヤは〝敗走〟という言葉に唇を噛んだアウラの横顔を見つめた。彼女はすぐに表情を戻して顔を上げ、父王へ報告を始める。森の中の戦いから始まり、カティヤと再会した目覚め、そしてエリアスと知り合ったこと――。


 鮫を模したひじ掛けに身体を預けていたエイリークも、話がそこに及ぶと姿勢を戻した。大広間にいる王の従士たちも目を丸くしてざわめく。彼らの反応を驚嘆と見たのか、アウラは堂々と声を張って話を続けた。その内容は、ソールヴの農場で婚約を発表した時や、トレグボルグでトレグに話した時とほぼ同じだ。自信に満ちた語り口まで。


「……そういうわけで、わたしは捕らわれの彼らを解放させて共に帰還したのです。父上、どうかわたしとエリアスの婚約を認め――」


 がばっ、と素早くエイリークは立ち上がった。突然の動きにアウラの言葉も途切れる。父王は壇上から下りてアウラに向かって歩き、その動きを見守る全員の前で彼女を無視して、その後ろに控えている男たちの前に立った。


「皆、立ち上がってよい。娘を(いくさ)に同行させたのは我が落ち度であったが、それが結果として皆を無事に戻したのだと思えば、救われた気分にもなる。長旅で疲れ果てていよう。まずは家族のもとへ戻り、無事な姿を見せてやるとよい。身体を休め、次の戦いでは存分に雪辱を晴らしてくれ」


 落ち度――。

 次の戦い――。

 その二つの言葉だけで、カティヤにもエイリークの考えがわかった。


 男たちは思い思いの言葉を口にして辞去していく。帰路におけるアウラの働きを称える者もいたが、彼女とエリアスの婚約について口にする者は一人もいなかった。その話題は口にするべきではないと、ここにいる誰しもが感じ取っていたのだろう。アウラは立ち上がって、エイリークの背後から去っていく彼らの姿を見ていた。帰路を共にした全員が大広間を去り、振り返ったエイリークに「父様――」と声をかけるが、またもスケイトルムの王は娘を無視した。今度はカティヤとファーンヴァースの前に立つ。


「我が娘アウラを見つけてくれたこと、感謝する。白竜騎士殿。探して欲しいと頼んだが、それ以上の事もしてくれたようだ。礼をしたい」


 エイリークの謝辞を合図に近くにいた従士の一人が両手に毛皮を抱えてやって来て、それをカティヤに差し出した。高価なクロテンの毛皮に、質の良い織布、金で象嵌された指輪と宝石のはまったブローチ、シーサーペントを象った腕輪も添えられている。「他にも望みがあれば――」


 カティヤはそれらを一瞥し、それからエイリークの目を見据えて仕返しとばかりに王の言葉を遮った。「いりません。それよりアウラの話を真剣に聞いて下さい」


 大広間に動揺が広がり、「なに?」とエイリークは眉根を寄せる。


「エリアスとの結婚の話ですよ」


 その場にいる全員に聞こえるようにと、カティヤははっきり口にした。みるみるエイリークの表情が険しくなる。


「ドラゴンと竜騎士は〝人間同士の争いには関与せず〟ではなかったか。これは我ら人間同士の問題。この品を受け取り、去られるが良かろう」


「そんなの……あたしにアウラを探しに行かせた時点で、関与を依頼したも同じでしょう?」


 エイリークは動じず、威厳を持って言い返す。「その物言い。そなたは白竜騎士のカティヤ殿と思ったが、まだわしの娘のままなのか?」


 カッとなって言い返そうとしたカティヤを、ファーンヴァースは思念で制した。そうする一方で、エイリークには言葉で答える。


「言うまでもなく、彼女は〈盟約〉に仕える者。我が騎士だ。ゆえに、その礼品は受け取らないと言っているのだ。今回の件は彼女の個人的な心情に基づく行為であって、スケイルズ諸島の王者たるエイリークの依頼に応じたものではないからだ」


 エイリークに対する苛立ちを隠そうともせずファーンヴァースにぶつける。『あたしはその〝個人的な心情〟とやらでアウラに味方したいんだよ!』


『落ち着くのだ、我が騎士よ。彼女に代弁者は必要ない。彼女の成長を認めていたのではなかったか?』


 ファーンヴァースの思念は氷のように、燃え上がったカティヤの感情を冷やした。確かにアウラもこうなる可能性は考慮していたはずだし、エイリークがアウラの口を封じるために彼女を害するとも思えない。ちらりとエイリークの向こうにいるアウラを見れば、その瞳には強い意志が宿っている。それで、カティヤは最後にふぅと小さくため息を吐き、そしてファーンヴァースのごとき冷静さで言った。


「……そういうことです。礼品は結構。それでは」


 軽く頭を下げ、カティヤは踵を返して大広間を後にした。


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