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海賊王の娘と森の国の王子  作者: 権田 浩


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10.ドルイドの輪の外で

 琥珀色の光が鮮やかに染め上げた雲を、アウラは薄暗い森の中から見上げていた。木に背を預けて膝を抱えている彼女は小さな火を囲むドルイドたちから少し離れた場所にいる。空はまだ明るいが、森の中は一足先に日が暮れてしまったかのようだ。焚き火を囲む石組みの隙間から漏れる光が周囲の影をくっきりと浮かび上がらせ、その光と影の中を行き来するドルイドたちはまるで奇妙な儀式をしているようにも見える。実際にはただ夕食の準備をしているだけだが。


 そんな光景を背負って、ほっそりした人影が近寄ってきた。ちらりと見ただけでカティヤだとアウラにはわかる。


「話の流れでそうなっちゃったのよ?」


 不機嫌さを隠そうともせず、同じ木に肩を預けてカティヤが言った。それは、エリアスと再会の約束をしてしまったアウラが使った言い訳だ。複雑な心中を上手く言葉にできずにいると、「でもま、後はドルイドたちが上手く誤魔化すと信じて、今夜発とう」と彼女は続けた。


 アウラは下を向いたまま首を左右に振り、無言で拒否の意思を示す。カティヤの苛立ちが幹を通じて伝わってくるようだ。「ねぇ、わかってると思うけど、これからどんどん昼が長くなる。ファーンヴァースがあんたを乗せてもいいって言ってるうちに行かないと、歩いてスケイルズまで戻るはめになるよ。それとも夏が終わるまでエルネッドを演っていたい?」


 スケイルズ諸島はアード地方よりも北にあって白夜も長い。あと三週もすればわずかな時間しか日の沈まない夜が来るだろう。アウラの家、すなわち王の住居があるスケロイ島より北にある島では完全に日が沈まない夜すらある。純白のドラゴンが目立たずに飛べる機会はそう多くない。


 アウラは振り向いて、カティヤを見上げた。微かに口元を震わせながら問う。「家には戻らない……父様から何も聞いてないの?」


 もしカティヤが事情を知っていてなおアウラを父のもとに連れ戻そうとしているなら、最大の味方を失ったということになる。ドルイドの火を背に受けて影の中にある彼女の表情は冷徹に見えた。カティヤがわずかに顔を傾けて、口を開く。アウラは緊張して身構える。


「それ……どういう意味?」


 安堵が、全身に伝播していった。彼女は事情を知らない。緊張が指先からするすると抜けていく。隣に腰を下ろしたカティヤに、アウラは声を落として事情を話し始めた。


「アイオルフ、覚えてる?」


「うん。あたしがファランティアに行く前の年だっけ……父親が死んで、シヴルグ島の島主を継いだ筋肉野郎ね」


 その口調から彼女もアイオルフを快く思っていないと知り、アウラはますます心強くなった。


「そのアイオルフが各島主の支持を集めつつある。スケイトルムの玉座を狙っているのは間違いない。ヨルゲンとの戦争の行方次第では、父様はアイオルフに王位を奪われるかもしれない。敗戦を口実にして退位を迫ってもいいし、挑戦権を行使してもいい。そういう状況で三年前に弟が生まれた」


「はっ!? 弟!?」カティヤが素っ頓狂な声を上げて目を丸くする。


「そう、今更ね。あの子を産んで母様はベッドから起き上がれなくなって……とにかく、二歳の時に父様がカルロと名付けて今年で四歳になった。父様は何としてもカルロに玉座を遺したいと思ってる。それで……それでね……」


 アウラは言葉に詰まった。それは彼女にとって涙が出そうになるほど悔しいことだった。


「それで、父さんはわたしとアイオルフの結婚を決めた。アイオルフにとっては玉座に近くなるし、彼の支持者たちも一旦は抑えられる。もし王位がアイオルフのものになっても、義弟になるカルロかわたしの子が後継者になれる可能性は高い。全部丸く収まるってわけ。わたしの気持ち以外はね。父様は本当にカルロを大切に思ってる。たぶん、わたしより……でも、それは良い。わたしが許せないのは、いずれは王になれ、戦士であれと育てておきながら、今さら普通の女みたいに扱われたことなの!」最後の言葉は怒りに震えた。


 カティヤがぽつりと呟く。「だからスケイトルムに戻りたくない、というわけか……」


「カティヤならわかってくれるよね!?」


「うん……」とカティヤは小さくうなずいた。


 それからアウラの興奮が冷めるくらいの時間、二人は沈黙したまま空を見上げて過ごした。朱色の空に群青色が染み出して、徐々に夜空へと変わりつつある。森の影がまるで潮のように満ちてきて、アウラは思わず足を引き寄せた。ドルイドたちの光が届く範囲の外は濃紺に沈み、あらゆるものが曖昧になっていく。そこに飲み込まれれば自分も森の一部になってしまうのではないか――という妄想は、幼い日に感じた形の無い恐怖の気配を伴っている。


 背後でドルイドたちの夕食が始まり、再びカティヤが口を開いた。「それで、エリアスを殺るって話に繋がるわけだ」


「スケロイ島にも他の島にも、わたしを支持してくれそうな人はいる。エリアスの首を持って帰ればわたしにも可能性があると思う」


「可能性ね……」そこでカティヤは言葉を切り、一拍置いて続ける。「なら、別の可能性だってあるよ。あんたが生きてると知っているのはここにいる人間だけだ。今ならアウラを死んだままにできる。エルネッドとしてドルイドたちと一緒に行ってもいいし、ファランティア王国に連れて行ってあげてもいい。〈魔獣の森〉を飛び越えて南岸都市のどこにだって送ってあげられるし、貿易海に出てテンアイランズまでだって飛べるよ」


「そんなの――」反射的に口を突いて出ようとした言葉をカティヤは遮った。「できるよ。できないと思うのは、あんたを後継者として育てた親父の価値観に縛られているから。この世界の外側にも世界は広がってるって想像してみてよ。やろうと思えばできないことなんて無い」


「……それって、ファーンヴァース様の入れ知恵?」


 動揺を隠しきれず、声に苛立ちが混じる。木の幹の向こうを覗き見ると、ドルイドたちの輪を挟んでちょうどアウラたちと反対側にファーンヴァースが座っていた。純白の長髪は炎に染められ、赤く輝く瞳でこちらを見ている。慌てて前へ向き直ると同時にカティヤが答えた。


「相談はしたけど、違う。あたしの意見」


「そう……か」


 悲しくなって、アウラはぽつりと呟いた。相手がカティヤだからこそ正直に話したのに、ファーンヴァースにも聞かれていた。それは嫌だが仕方ない。竜騎士とドラゴンとはそういうものだからだ。それで今さらカティヤが竜騎士になったのだと実感し、まるで置いて行かれたような気分になった。ファーンヴァースに選ばれたというきっかけはあったにせよ、彼女は自ら竜騎士という道を選んでここにいる。もし〝どうして竜騎士になったのか〟と尋ねたら、きっと明確な答えを返すだろう。しかしアウラのほうは〝どうして王になりたいのか〟と問われても、なんと答えればよいかわからない。


「ちなみに」とカティヤは肩をすくめて前置きした。「ファーンヴァースの意見は最初から変わらず、あんたは父親のもとに戻るべき、だって。王の娘だという自覚があるなら、まずは自身よりもスケイルズの民を優先すべきだ……とか何とか」


 それは耳にタコができるほど何度も聞かされた父の言葉と同じだった。


 〝王は自身の幸福よりもまず戦士たちに栄誉を、その家族に豊かな生活を与えねばならん。自分を優先して民に犠牲を強いてはならん〟


 初めてそれを聞かされたのは、兄の葬儀が終わった直後だった――。


「わかってる。でもそんなふうに……簡単じゃない」


「うん。人間の姿にはなれてもファーンヴァースは人間じゃない。王に求められるものも、人間らしさじゃないんだろうね、きっと……はい、これ」


 アウラが顔を上げると、目の前には可愛らしい桃色の貝殻が灯りに照らされて揺れていた。


「フィニが紐を付け直してくれたんだ。これのおかげであんたを見つけられたわけだけど……もう失くさないでよね」


「……うん。後でフィニにお礼を言わなきゃ」差し出した手のひらに、カティヤは二枚貝の首飾りを置いた。それを見つめて、アウラは呟く。「もしシーリだったらこんな時、魔女に頼んで自分を二人にしてもらうかな」


「かもね。でも……選択するってことは、何を犠牲にするかってことだと思う。シーリは何も犠牲にしないというズルをした。だから最後には全てを失った。あれはそういうお話だと思うよ」


 カティヤは立ち上がって、尻から土を払う。その動きを目で追いながらアウラははっきり口にする。「ファーンヴァース様には悪いけど今晩は無理。ちゃんと考えたいから」


「わかった。もう口出ししない。でも必要な時は相談すること。あんたはあたしにとって本物の姉妹みたいなもんなんだからね」


 カティヤはドルイドの輪の中へ戻って行き、アウラは再び一人になった。森の暗闇を見つめる。その先にはエリアスと話した小さな泉がある。ふと昼間の会話を思い返せば、彼も王子という立場に縛られて苦しんでいた。北方の男とは思えない柔らかな印象の男性(ひと)だったが、自分と同じように苛立ちと怒りを秘めてもいたのだろうか。


 もっと彼と話せたらいいのに――アウラはそんなふうに、エリアスを想った。


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