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記憶殺人 ~ 佐久間警部の暗躍 ~  作者: 佐久間 元三
交差する思惑
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酒を勧める男

 ~ 三月二十七日、警視庁捜査一課 ~


 浜松市で起きた事件から早一ヶ月が経過している。村松泰成の話では、大きな進展はないらしく容疑者不明のまま捜査は難航しているようで、本人といえば、佐久間の言いつけを守り、毎晩健康ランドに寝泊まりしているらしい。佐久間の方も相談を受けた時点で、課長の安藤には相談済みであり、何かあれば村松弁護士事務所から提出された『捜査要請』の書簡をもとに静岡県警察本部に掛け合う準備だけはしている。


「あれから一ヶ月。静岡県警察本部(やっこさん)、難航しているようだな」


「そのようです。都内と違って交通量も少なく、人も殆どいませんからね。防犯カメラにも有効な記録が残っていないんだと思いますよ」


佐久間警部(お前さん)ならどう捜査する?」


(………)


 喫煙ルームで、佐久間もポケットから煙草を取り出すと、自販機で購入したブラックコーヒーを、課長に手渡す。ブラインドを少し上げ、眼下に広がる都会の町並みをじっと見つめながら、言葉を選ぶように話し始めた。


「…私の場合は、村松弁護士からの情報で先入観があります。どうしても村松弁護士に肩入れした捜査展開となっていたでしょう。…もし静岡県警察本部と同じ環境下だった場合は、聞き込みをしても有益な情報が得られないのであれば、基本捜査しかありません。現場に残った証拠からまずタイヤ痕に注目し、車種を特定しようと試みます。被害者(ガイシャ)の背後関係を洗い、逮捕履歴から過去事件と関係がないかを捜査します。常套手段(セオリー)ですが、交友関係もです。犯行自体は絞殺と単純ですが、その場所で行われたのか、遺棄されたのかで方針を変えていくと思います。背後関係者を洗う過程で、村松弁護士にはいずれ辿り着くでしょう」


「…静岡県警察本部(やっこさん)も似たような捜査をしているんだろう。そのうえで、まだ何も進展していない。…探り入れるか?村松弁護士(せんせい)もそろそろ限界なんじゃないか?」


「村松弁護士と無関係であれば、単純な強盗事件になり得るかもしれません。ただ、被害者(ガイシャ)はそれほど資産もなく縁故の線が捨てきれないため、当面は二つの線で捜査は展開していくでしょう。静岡県警察本部(彼ら)は捜査線上に村松弁護士を入れていないかもしれないので、警視庁捜査一課(我々)はまだ知らぬ存ぜずの方が宜しいかと」


「正直、村松弁護士(せんせい)は事件に関係していると思うかね?」


(………)


「半々でしょうか。村松弁護士から相談を受けて間もなく『記憶の男』が殺害された。友人とはいえ犯人(ホシ)の可能性がゼロではありません。二重人格者だったり、無意識に事件を起こす例は少なからず経験しましたから。…そのために現場不在証明(アリバイ)がいつでも立証出来るよう不特定多数がいる場所で寝泊まりするように進言しました」


「…それだけじゃないだろう?」


「…お見通しでしたか?」


佐久間警部(お前さん)とは長年の付き合いだ、それくらい見抜けない男じゃないぞ。現場不在証明(アリバイ)がいつでも証明出来るという事は、常に誰かの目に入る=犯人だった場合は、抑制が効くという事で、私情を捨てた進言と受け取るよ」


 コーヒーを飲み干した安藤の表情も渋いままだ。


「…友人や肉親でも疑うのが刑事(デカ)の仕事とはいえ、辛いものだな」


「…はい、疑わなければならない。でも、友として潔白を信じます」


 安藤は、佐久間の肩に手を置くと、無言で喫煙ルームを後にした。佐久間も少し間を置いて捜査一課に戻ると、課内は珍しく平和な空気を醸し出しており、帰宅を促す事にした。


「今日は、先に帰宅(失礼)するよ。帰れる者は今日くらいは定時であがってくれ。何と言っても働き方改革推進準備月間だからな。残業時間で、課長が部長()から怒られないように頼むぞ。……人の事は言えんがね。杓子定規通りの発言ですまない」


 佐久間がバツが悪そうに頭を下げると、周囲からドッと笑い声があがる。


「佐久間警部、分かっていますよ。管理職、お疲れです!」


(この仕事ほど、働き方改革も何もないんだがね。…公務員は辛いな)



 ~ 佐久間の自宅 ~


「おう、佐久間。お帰り!」


 科学捜査研究所の氏原 誠が、既に自宅に押しかけ晩酌をしている。佐久間も、今日氏原が来ることは想定済みで、三人分の摘まみを購入していた。食卓には佐久間と氏原の好物がズラッと並んでおり、妻も上機嫌だ。


「ただいま。いつもより早いな、平和が続くのは良いもんだ」


「当たり前田のクラッカーだよ。ねっ、千春ちゃん。今日は仕事があってもサボるぞ。何と言っても、千春ちゃんの誕生日だろ?それに、佐久間(お前)の免許取得日じゃないか」


「氏くん、ストーカーなの?一緒に免許を取得した訳じゃないんでしょう?」


「全くだ。私より私をよく知る人物だよ、お前は」


「馬鹿を言うな。佐久間(お前)が言ったんじゃないか。『千春の誕生日と免許取得日が一緒なのは覚えやすくて良い』って。忘れたとは言わせないぞ」


 氏原 誠は、高校時代からの付き合いである。互いに切磋琢磨しながら大学時代も過ごした。佐久間は警視庁へ、氏原は科学捜査研究所(通称:科捜研)へと進んだのである。大学時代、氏原と佐久間は妻、千春を想いながらも、関係を重視して、『揃って友人』として学生生活を謳歌。社会人となり、氏原が千春へ猛アプローチを掛けたが、千春は『佐久間』を人生の伴侶として選んだのである。腐れ縁とはこの事を指すのだろう。佐久間たちが結婚しても、学生時代と変わらず、氏原は第二の自宅として、何かある時は、佐久間家で寝泊まりするのだ。佐久間たちも、それが日常化しているせいか普通に受け入れている。子供たちも生まれた時から、氏原だけは顔見知りであり、佐久間が捜査で忙しい時は、代わりに授業参観に参加してくれるため、氏原が第二の父親といっても過言ではない。


「最近、目立った事件がないお陰で科捜研も助かるよ。いつも平和(これ)なら、酒を飲む時間が増えて良いんだけど。ねっ、千春ちゃん」


「氏くん、そろそろ結婚しないと本当にまずくない?私が言う台詞じゃないけれど。ねっ、あなた」


「氏原には氏原の考えがあるさ、何も言わんよ。昔と違って、独身貴族も当たり前の世の中だ。それに佐久間家(うち)があれば、孤独死しないで済むしな」


 氏原は満面の笑みで、佐久間にビールを注ぐ。


「その通り!何かあっても、子供たちがいるし。父親が二人って言うのも良いもんだぞ」


「……はいはい」



 ~ 四時間後 ~


 子供たちが就寝の挨拶をするため、二階から下りてきた。すでに時刻は二十二時を回っている。氏原と飲むときは、子供たちが下りてくるまでは、千春の手料理を摘まみ、子供が寝てからは、北海道室蘭産の氷下魚を肴に飲むのが慣例となっている。締めの酒も北海道の代表酒『ビッグマン』である。


 佐久間の生まれは山口県宇部市、長く育ったのは静岡県だが、佐久間以外の両親と兄弟は北海道生まれという一風変わった家系である。過去を少しだけ遡ると、佐久間の両親は二人とも北富良野と南富良野出身で炭鉱の街で知り合い結婚した。父親は、住友系の炭鉱で働いていたが、炭鉱閉鎖に伴い総合建設業(ゼネコン)に転職し、まだ佐久間が生まれる前、山陽新幹線工事に関わるため、転勤族として山口県に移り住んだという訳である。両家の墓参りでは、ちょっとしたエピソードが残されており地元でも話題となった。両親が結婚の報告をするため訪れた際に初めて分かったそうだが、両家の墓が広い北海道内の同じ霊園の、通路を挟んで正面に向き合って設置されていたため、その事実を知った誰かが『奇跡の出会いと縁』と驚き、新聞社に投稿したのが発端で、地元新聞に大きく掲載された。そのため、今でも本籍は北海道赤平市のままだし、おにぎりといえば鮭や昆布ではなく筋子なのだ。赤飯は関東の薄紅色ではなく、北海道特有の食紅を使用した鮮やかなピンク色であり、焼き肉に使用する肉は、牛や豚ではなく羊が主で、特製ジンギスカン鍋で焼く。静岡県に住んでいても、東京で一人暮らしをしても、佐久間の食生活は幼少期から変わらず北海道産が多く、佐久間自身、得意な手料理は『石狩鍋』であった。


「…ところで、佐久間。二月に話していた浜松市の事件(あれ)どうなった?俺も下準備していたんだが、静岡県警察本部(向こう)の科捜研から中々呼ばれないもんだな。連絡取っていないのか?」


「ああ、取っていない。安藤課長にも打診されたが、接触を控えているよ」


「あなた、氏くんにも依頼していたの?浜松市の事件って、確か小学校のお友達よね?」


「そろそろ動きがある頃だとは思うんだがね。人の噂も七十五日だから、二月半何も進展なければ単独犯。それまでに何か進展があれば、連続犯。ざっくりだが、そう見ているよ」


「にわかには信じがたい事件だな。連続殺人になりそうか?」


「半々かな。もし起こったら、科学的に解明出来るかが鍵となるはずだよ」


「それって、例の『記憶』だろ?幾ら夢に頻繁に出て来たからって、潜在意識で人を殺せるかな?」


村松泰成(あいつ)が嘘を言うために、わざわざ東京まで来るとは思えないんだよ。正義感も強いし、信頼出来る数少ない人間だ。話を聞いた時、正直言って『きな臭い』とは思わなかった。むしろ、『記憶』が何かと繋がっているかもしれないと思えたんだ。氏原だって、直感で鑑識捜査に踏み切る事があるだろう?」


「まあね。…だが、それは捜査の話だぞ。その弁護士の記憶話ってのは、医療関係者も匙投げているんだろう?」


「医師は勿論だが、心理学専攻の教授もお手上げらしい」


 氏原は両手を挙げて(おど)けて見せる。


「なら科捜研(うち)だってお手上げだ。科捜研(うち)は科学的に立証する機関だからな。医療的に考察する部分は対象外だぞ。馬鹿正直に科捜研(うち)の課長に掛け合ってみろ?俺が張り倒されるよ。いくらお前の頼みでも今回ばかりは力になれんかもな」


「分かっている。…分かってはいるが、何かあると思うんだ。心の奥底がモヤモヤするがね」



 ~ 一方その頃、静岡県浜北区 ~


「いやぁ、もう飲めません。飲み過ぎましたよ」


「そう言わず、もう一杯!」


 年度末最後の金曜日とあって、飲食店のどこを覗いても遅くまで活気に満ちている。深夜営業のカラオケ店から流れてくる客も多く、店内は異様な程の熱気と若者たちの喜々する声が時間を感じさせない程だ。ホルモンが売りで、口コミで定評が高まったこの店に、わざわざ県外から訪れる客も多く、この日は特に送別会などの催しやお別れコンパなどで、混雑を極めていた。


 ひしめく店内の最奥で、二人の男が、意気投合しながら酒を酌み交わす。


「二軒もご馳走になってしまって面目ないです。…それにしても、私と同じ境遇の方がいたとは。お互い、良い弁護士(せんせい)に助けられました。…料理は美味しいし、新たな出会いに乾杯!」


 上機嫌に話す男は、そう言いながら隣の女子大生にウインクしてみせる。ウインクされた女子大生は、不快感を露わにし、混雑する狭い通路を他の客に気を遣いながら歩き、何とか入口のカウンターで忙しくしている店員にクレームを言うが、深夜の酒場の席である。実害で出ていない為、店員も『まあまあ』とたしなめる事しかできない。かき入れ時に、厄介事はゴメンらしく、多少の事は目を瞑りたい空気を醸し出した。しかしながら、その場を後にしない客に根負けし、一言だけ配慮をお願いしようと通路に出るが、別客から呼び止められ、注文対応に追われる。そんな様子を見ていた酒を勧める男は、『こほん』と咳払いをすると、上機嫌の男にこう小声で告げた。


「思い切って、誘って良かったです。こんなに意気投合して酒を飲めるなんて、思ってもみませんでしたから。…どうです?この後、もっと()()()に行きませんか?気に入ったら『お持ち帰り』が出来る大人が(たしな)むピンク色の店内なんですが?」


「そ、そんな悪いですよぉ」


「…まあまあ、これも何かの縁です。会計はこちらで済ませるので、表で少しばかり待っていてくださいな」


 口では体よく拒否してみせるが、表情は行く気満々である。それを読み取った男はすぐに会計を済ませると、タクシーを呼んだ。二人を乗せたタクシーは、空いている道を経由して新浜松駅方面へ進み、二十分程走ると、男の指定した路地で二人を下ろし、次の客を乗せるため急ぐように去っていく。


「…んー。…ここは、どこですか?酔いが回ってるせいか、さっぱり分かりません」


「西ヶ崎ですよ。ささ、行きつけの店はすぐそこです。酔っ払っている場合じゃないですよ」


 男はそう言うと、バッグから白い小瓶を取り出しながら耳元で囁く。


滋養強壮剤(バイアグラ)です。これを飲んでください。…シャキッとしますよ」


滋養強壮剤(バイアグラ)?)


 酔いながらも何を期待したのか、躊躇する素振りも見せずに手渡された小瓶の中身を飲み干す。すると、瞬く間に男は更に酔いつぶれ、その場に寝込んでしまった。


「もしもし、大丈夫ですか?…店はすぐそこですよ。…仕方がないな。酔い潰れちゃったか。…もしもし、酔い潰れたんなら家までお送りしますよ、家はどこですかぁ--!」


 周りに聞こえるように、少し大きめに声を掛ける。


 次の瞬間。


 走り去るタクシーと入れ替わる形で、黒色の乗用車が二人の元へやって来た。男は、倒れた男を抱えるように乗用車の後部座席に乗せる。そして、助手席に乗り込むと、乗用車は静かにその場を立ち去った。


「上手くいったな。誰にも見られてないな?」


「……」


 運転手は、無言で頷く。


「じゃあ、…例の場所へ」


 漆黒の闇へ乗用車は消えていく。フロントガラスは「ポツ。…ポツ」と雨を弾き始める。「ザーッ」と音が変わる頃、乗用車の姿は完全に消え去っていた。

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