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記憶殺人 ~ 佐久間警部の暗躍 ~  作者: 佐久間 元三
佐久間の罠
25/31

遥かなる野望 3

 ~ 六月十三日、東京 ~


「布施総監、お疲れさまです」


 佐久間は単身、警視庁に戻ってきている。有給休暇申請をしたが、事態が大きく進展し、合同捜査本部の捜査指揮を任されたため、たった二日の休暇で通常勤務に戻ったのだ。


 愛知県警察本部へも正式に捜査協力を依頼し、舞台は静岡県と愛知県を跨ぐ事件展開となった為、捜査の合間に、警視総監の布施に中間報告をする。


「この暴れん坊め。早速、国会議員(せんせい)を敵に回したぞ。まあ、取るに足らん議員だがな。事件が解決したら、一緒に太田長官に詫びも兼ねて挨拶に行くから、頭の片隅に入れておけよ」


 布施は、佐久間の事を我が子のように可愛がっている。国会議員に噛みついたことで、最悪の事態を想定し、責任を取る腹を括っていたが、これといった変わった動きはない。結果的に、家宅捜索を中止した事が、田中国会議員の矛を収めたのであろう。


「中京法律専修学校の件は、本当に助かりました。布施総監には、改めて謝罪いたします」


「まあ、良いさ。座りなさい」


 佐久間は、課長の安藤とともに深く頭を下げてから、応接ソファーに腰掛けた。


「佐久間警部。一つだけ聞かせてくれ。何故、家宅捜索を中止した?」


 安藤も、この点には同意見だ。


「初めは、伊藤良子の素性を調べる為に、単純な気持ちで訪問しました。伊藤良子の居住を家宅捜索した結果を聞きましたが、見事なまでに証拠を残していない。しかも、警察(我々)が踏み込む事を想定し、盗聴器まで仕込むほどの警戒心です。伊藤良子には、実行役が複数人関与していると思われます。その断片でも見つけようと考えました」


「だが、予想外の展開となった。…そういう事かね?」


「はい。当時の担当教諭に接触したところ、事件を知っている素振りを見せました。また、事情を聞くにつれ、担当教諭が、伊藤良子以外の生徒にも、法の抜け道を教示している感を覚え、櫻井教諭には、お灸を据える必要がありましたので、事態の深刻さを教えました」


佐久間警部(お前さん)のことだ。初めから、家宅捜索など考えていなかったんだろう?」


 布施に見透かされ、佐久間も思わず笑みを見せる。


「お見通しでしたか」


「何年、同じ釜の飯を食ったと思っている。本気なら、家宅捜索すると宣告せず、即刻身柄を押さえるが佐久間警部(お前さん)の手法だ。国会議員(せんせい)から電話が入った時に、勘付いたよ」


「総監から話を聞いた時、側で話を聞いていた山川が、『直ぐに飛んで行って、警部を助けます』と言い張って、制止するのが大変だったぞ」


「課長にも、ご心配を」


 総監室に、コーヒーが運ばれてくる。


「回答の続きですが、家宅捜索を中止したのは、学校組織が、問題を起こした櫻井教諭をトカゲの尻尾切りしようとしたからです。瞬間的に、思考を切り替えました。家宅捜索して、学校に与える風評被害と人間関係破綻の危険性よりも、櫻井教諭を懐に入れて懐柔させた方が得策だと。一芝居打ちながら、裏で国会議員(せんせい)が出てきたことも察しましたし、落としどころを考えた結果です」


(喧嘩を吹っ掛けておいて、状況を分析しながら事態を収拾した。…そんなところだろう)


 布施は、佐久間が一芝居打った状況を想像し、笑った。


「捜査手法は認めるが、多用はダメだぞ。何せ、警察庁長官(太田くん)にまで飛び火したからな」


「はっ、その点は深く反省いたします」


「…まあ、良い。それで、その懐柔した教諭から、情報入手出来たのか?」


「はい。出会った時は警戒されましたが、最終的には、分かる範囲で教えてくれましたよ」



 ~ 遡ること、六月九日 愛知県名古屋市西区城西 ~


「名古屋城が、あんなに近くに?本当の穴場じゃないか?」


「てっきり、学校の側で食事するかと思ったわ」


「警部さんが、美味しいものをと仰いましたからね。この店は、郷土料理を取り扱う中でも群を抜いてます。わらじトンカツ、名古屋コーチン親子丼、ひつまぶし、掛け棊子麺(きしめん)は特に美味しいですよ」


 黒を基調とした最新鋭(モダン)な空間、郷土風景を流す大型液晶画面、縁台席、座敷席が特徴的だ。定期的に切り替わる店内の照明が、静かな大人の雰囲気を醸し出し、賑やかな学生たちの姿はなく、殆どが恋人たちである。櫻井宗久は、店員に最奥の個室を依頼し、三十分ほど待つ事にはなったが、予定時間通りに案内された。


 一通り、郷土料理を注文すると、店員が障子を静かに閉め、厨房へ戻っていく。櫻井は、改めて二人に土下座した。


「…本来であれば、留置場だったかもしれません。そして、職も失っていました。警部さんの計らいで、事無きことを得た。幾ら謝っても、謝り切れません」


 佐久間は、川上真澄と顔を見合わせると、二人も同じように土下座する。


(------!)


「結果的とは言え、櫻井教諭(あなた)を公衆の面前で、辱める事になりました。法律科教諭という立場を考えると、配慮に欠ける部分があります。事件解決に必要な事とは言え、悪戯に権力を行使せず、穏便に解決出来なかったのは、まだ自分が未熟だからです。平に、お許しください」


(…言葉がない)


 この言葉に面食らった櫻井は、さらに頭を座敷に擦りつけた。余程、佐久間の謝罪に申し訳ないと思ったのであろう。飲み物を運んだ店員は、障子を開けた瞬間、驚きの余りグラスを落としてしまった。


「すっ、すみません。お飲み物をと思ったんですが…」


 三人は、『プッ』と顔を見合わせ、大笑いし、店員に謝罪した。


「良いんですよ。店員さんは、何も悪くない。何でもありませんから、お気になさらず」


 気を取り直した店員は、厨房に戻っていく。


「絶対、あの店員さん厨房で言いふらすわよ。『何か、今飲み物運んだらさ、大の大人が三人で深々と土下座しながら、互いに謝ってた。俺、空気読めずに部屋入っちゃったよ』ってね」


「まあ、良いって事だ。…これで、互いに禊ぎは済みました。ここからは、櫻井教諭(あなた)の力が必要だ。些細な事でも結構ですから、何卒ご教示ください」


 佐久間にビールを注がれると、恐縮しながらも、自ら佐久間たちに注ぎ返し、乾杯する。櫻井は、一杯目のビールを美味しそうに飲み干すと、二人に再度注ぎながら、自分の分も注ぎ直した。


伊藤良子(彼女)は、本当に苦労人なんです。…伊藤良子(彼女)を語るには、二年前に遡りますが、後期の学費を納める時に、『もう少し待って欲しい』と泣きつかれ、相談に乗るようになりました。事情を聞くにつれ、感情移入してしまい、何とか伊藤良子(彼女)の力になってやりたいと奔走しました」


「父子家庭だし、釣り船屋勤務では、所得を多く望めないだろうからね」


 櫻井は、黙って頷いた。


「どうして浜松市の大学や専門学校を選択しなかったのかを聞きました。地元の学校に自宅から通えば、学費と交通費だけです。でも、伊藤良子(彼女)は名古屋市を選びました。『名古屋市なら、一人暮らしをした方が、交通通費よりも結果的には安くなるから』と。学費と生活費。裕福な家庭でないと、中々厳しいと思います。普通の家庭は、共働きで学費を捻出しているのが殆どですからね」


「金銭的な問題だけだったのですか?私なら、講義性に惹かれます。伊藤良子は、その事を言っていませんでしたか?」


 櫻井は、僅かにクビを横に振った。


「一理あると思いますが、本当の理由は違ったようです」


浜松市(地元)が嫌だからとか?」


「…ええ、その通りです。真相を知った伊藤良子(彼女)は、心が折れてしまった。弁護士になって世間を見返したいが、現状では到底叶わない。一度距離を置く為に、隣県を選んだ。伊藤良子は、泣きべそをかきながら、答えてくれました」


 注文した料理が、次々に運ばれてくる。店員から、『無償提供です』と味噌カツが振る舞われると、佐久間たちは、喜んで頂く代わりにビールを追加注文した。


「先程の話ですが、確かに感情移入しますね。結果、伊藤良子に興味を持つ事になった」


「仰る通りです」


 川上真澄は、黙って様子を聞いている。


伊藤良子(彼女)から事件の詳細を聞くまで、そんなに時間を要しませんでした。ある日、打ち明けられたんです。『自分は、どうしても判決に納得が出来ない。家族をバラバラにした村松弁護士が憎い。犯人の野中英二も憎い。不倫をした河合達彦()も悪いが、法廷では核心を突いた議論がされなかった。何故、野中英二は起訴取消となったのか?河合達彦()の借金と不倫の情報だけが、一人歩きして、世間から反発された。ねじ曲がった報道で、裁判官や検察も欺された。村松弁護士は、この機に乗して、野中英二の現場不在証明(アリバイ)や物的証拠の少なさを論じて勝訴した。…自分が、当時の原告弁護側なら、決して負けなかった。兄の仇を討てたし、母が自殺する事も決してなかった』と。事情を聞いた私も、不審に思う点があり、一緒に検証してみたんです」


「そうしたら、付け入る隙があった。そういう事でしょうか?」


 櫻井は、静かに頷いた。


「当時の村松弁護士が訴えた言論は、正攻法とは程遠い荒削りなもので、今程の力を持っていません。法律家や弁護士だって、人間です。経験学とも言えるでしょう。経験という媒体が、知識に裏付けされて、より力を発揮していくものなんです。もし、今の村松弁護士が打ち立てた理論なら、そう簡単には崩せないでしょう。でも、当時の事件は違った。再審理請求する事は、まだ出来るんです」


「でも、時効が成立しているじゃない?一体、どうする気だったのかしら?」


「浜松市浜北区幼児誘拐事件としてではなく、別件で裁判すれば良い。浜松市浜北区幼児誘拐事件に伴う『報道に対する名誉毀損や誹謗中傷に対する請求』という形でね。そうすれば、刑事訴訟法の『一事不再理』に抵触しないはずだ」


「それって、どういう事?」


「有罪判決に適用される事が多いんだが、過失致死罪など一度判決が確定したら、同じ行為について再訴追する事は『不可能』という事だ」


 櫻井は、佐久間の知識深さに感心する。


「全く、その通りです。法の解釈と角度を変えた視点がないと、この発想には辿り着けません。勝負していたら、完全に心が折れていましたよ」


「あれは、方便ですよ。司法の番人である法律家に勝てる刑事などおりません。脱線しましたが、伊藤良子は、その後どうなりましたか?法廷で争うべく新証拠を探っていたのですか?」


「野中英二の現場不在証明(アリバイ)・過去住所・現住所・職場など、接触しない範囲で探っていました。同じように、村松弁護士の事も探っていました。私が、『法の抜け道を教えた』と初対面で言いましたが、正確には、村松弁護士が野中英二に伝授した『誘導尋問に対する現場不在証明の証言方法』と『長男を解放した時の証言方法』です。当時の裁判記録を取り寄せて検証しましたが、物的証拠などはなく、状況証拠だけで野中英二を追い詰めた節があった。私が、当時の原告側弁護士なら、九割の確率で勝訴したはずです」


「櫻井さんがそう言うのであれば、事実なのでしょう。つまり、通常裁判なら原告側が勝訴していた。世論が、河合達彦を叩いている好機を村松弁護士は見逃さず、勝訴した。言葉は悪いが、火事場泥棒の裁判だったという事ですね」


 経緯が、徐々に明らかになっていく。


 川上真澄は、思い切って伊藤良子の個人情報に踏み込んでみる事にした。


「失礼な質問をしますが。…もしかして、男女の仲に発展したとか?」


 櫻井は面食らったように、慌てて否定する。


「僕がですか?いやいや、こんな中年、最初から相手にされませんよ」


「でも、内心は惹かれた?だって、伊藤良子(彼女)の容姿は抜群だし」


「…そりゃあ、まあ。無いと言えば、嘘になります。でも、良心の呵責というか、節度ある教師と生徒の立場で線が引かれている。それに、伊藤良子(彼女)には高校生時代からの交際相手がいましたから」


(交際相手?)


「櫻井さん。あなたは、その相手と会った事がありますか?」


伊藤良子(彼女)の口から、聞いただけです。でも…」


 佐久間は、敢えて探りを入れた。


「伊藤良子は、その相手と犯行を行っている。そう思われているのでは?」


 櫻井は、障子を開けて店内の様子を確認してから、店員を呼んだ。そして、しばらくの間近づかないよう念を押した。


「…これから言う事は、他言無用でお願いします」


 佐久間と川上真澄は、無言で頷く。


「……実は、伊藤良子(彼女)が名古屋市に出てくるに呼応して、熱田区四丁目にある情報メディア専門学校に入学したと聞いた事があります。高校時代のデート場所は、(もっぱ)ら浜松市内の、…確か浜北区だったと思いますが、図書館が大半だったと言っていましたから、ほぼ間違いなく関与していると思われます。元々は、普通校出身だったみたいですが、広告代理店や情報システム系に強くなるために進路変更したんだと思います」


「ふんふん、それで?」


「全国に十校の専門学校を有するグループ校です。元々は、学校法人電子機械開発学園の理事長が創設者だったと思います。どんな相手が通う学校か興味がありまして、調べてみたんです」


「やっぱり、下心あったんじゃない?」


「容姿端麗とは、伊藤良子(彼女)のことを指しますからね」


「どんな教育に力を入れているのかしら?」


「名前由来の通りです。情報システム系に特化した学校のようです。プログラムを組んだり、解析技術を駆使して、電子頭脳犯(ハッカー)から情報を守る情報制御システムの開発をしたり。中でも有名なのは、人工衛星と連携した技術で、CGをも取り込みます。人気が高いのが、CG・Web学科とIT科です。卒業生は、IT会社を起業する者が多いらしいですよ」


(…FAX、電子標識器具(マイクロチップ)、細工された液晶画面。…実行犯だ)


「櫻井さん、その相手の氏名をご存じありませんか?」


「氏名までは残念ながら。ただ、中田だったか、中尾だったか、うろ覚えで申し訳ありません。名の方は、よく伊藤良子(彼女)が『みっちゃん』と言っていたので、これを組み合わせて考えるしかないですね」


(………?)


「その相手は、現役で卒業を?」


「そのはずです。卒業式の時に、『一緒に帰郷する』と言ってましたから」


(…去年の卒業生名簿で追えば、一つ解決だ)


「他に誰か、伊藤良子と接点があったか記憶にないですか?…例えば、医療関係者とか」


(医療関係者?…はて?)


 櫻井は、しばらく記憶を辿った。


「…流石に、医療関係者の話は聞いた事なかったですね」


「そうですか。では、最後に二点聞かせてください。何故、この情報を警察(我々)に話す気になったんですか?」


 川上真澄は、逮捕される間際に、佐久間によって窮地を救われた礼だと思った。だが櫻井は、この質問の真意を汲むかの様に、しばし間を置いてから口を開いた。


「…結局のところ、愛弟子が自分の手が届かないところで、復讐という犯罪行為に関わる事が嫌だったからなんだと思います。対弁護士に関する知識は、徹底的に教え込みました。所謂(いわゆる)、反対尋問や紆余曲折の法解釈と運用をです。伊藤良子(彼女)は、本当に賢くて、東京大学にも行ける程です。僕は、伊藤良子(彼女)に『法曹界の未来』を見ました。だからこそ、僕の持つ知識を、全力で教え込んだと思っています。復讐する事なんか諦めて、真っ当な道に戻って欲しい。……それが本音です。それに、どこの馬の骨か分からない者に、利用されたかと思うと感情を制御出来ませんでした。数々の無礼、申し訳ありません」


 再び、櫻井が深く陳謝する。


「教え子を想う気持ちは、十分伝わりました。もう謝らないでください」


「ねえ、警部さん。もう一つは?」


「これは、伊藤良子の今後を憂う質問となります。伊藤良子が、提携校の中央大学法科大学院に進学しなかった理由が知りたい。村松弁護士事務所が、求人を募集したからだとは理解しますが、私の目からみれば、この時点では半人前だ。弁護士になった訳でもない。将来、弁護士になりたいのであれば、この選択肢は無かったはずです。どうしても、腑に落ちません」


「…その事なのですが、私にもよく分かりません。名古屋大学法学部の三年次編入学を断った伊藤良子(彼女)は、中央大学法科大学院に進学する予定だったんです。試験も合格していました。ですが、二月に入ってから、急に予定を破棄して『村松弁護士事務所の求人採用に内定した』と。勿論、勝手な事をする伊藤良子(彼女)を、問い(ただ)しました。『交遊相手に言われたのか?』とか『弁護士になるんじゃなかったのか?』と。でも、伊藤良子(彼女)は何も答えず、最後まで考えを曲げませんでした。河合達彦(お父さん)に電話で事情を伺っても、『娘の人生は、娘の人生。自分には問う資格はありません』の一点張りで分からず終いなんです。そうする間に、伊藤良子は、卒業して僕の元から巣立っていった。…これが、顛末です。なので、警部さんの疑問はごもっともです。僕だって、真相が知りたい」


 佐久間は、川上真澄と顔を合わせて考え込んだ。


(弁護士になる為、進学を希望していた。土壇場で、村松弁護士事務所の席が空いたから、予定を大幅に変更した。…伊藤良子には、先見の明があったはずだ。まだ非力な学生では、弁護士に勝てるとは思っていなかったはず。司法試験予備試験を受けた訳でもあるまい。…何かが、伊藤良子に降り注がれた。…だが、その『何か』が分からん)


「川上さん、何か思い当たる節はあるかい?」


 川上真澄も、流石にお手上げといった素振りだ。


伊藤良子(本人)から、事情を聞かない限り分からないな。櫻井さん、ご協力感謝します。伊藤良子の共犯者が分かっただけでも助かりました。今後の捜査展開次第では、またご協力を仰ぐかもしれませんが、その時はお願いします」


「ええ、喜んで。…伊藤良子(彼女)を、どうか救ってやってください」


「川上さん。少し、名古屋城でも見物してから戻ろうか?夜風に当たって考えたいんだ」


「ん?…ええ、構わないわよ」


 こうして、佐久間たちは郷土料理店を後にした。



 ~ 名古屋城、二之丸庭園 ~


「歴史に疎い佐久間警部に説明します。名古屋城は、慶長14年、西暦では1609年ね。かの徳川家康公が築城したものである。徳川家康公の没後、尾張徳川家が17代まで居住として使用した。大天守部分に設置された金の(しゃちほこ)は知っているわね?」


 休憩小屋のベンチに二人で腰掛け、名古屋城を見上げる。


(………)


「もう、聞いてる?私の蘊蓄(ウンチク)


「…聞いているさ」


「どうせ、先程の話を整理してるんでしょう?」


「朧気だがね。、何か見えてきた。櫻井宗久の話、どう感じた?」


(………?)


 『どう思った?』ではなく、『どう感じた?』の聞き方に、違和感を覚える。


「全く嘘をついたとは思えないわ。教え子を愛していた事は隠していたと思うけれど」


「そうだね。だからこそ、警察(我々)を必要以上に警戒して、一蹴しようとしたんだ」


「言葉にする事で、核心に変わったのかしら?」


「うん、核心を突けた。共犯者の名前、あれは半分正解で、半分は知っていて濁したな。それは、伊藤良子を愛する故だと思う。本当は、正確な氏名を知っていた。だが、それを口にする事は、伊藤良子に対して申し訳ない気持ちと、交遊相手の存在を認める事になる。同じ男として、承認(それ)は我慢出来なかったのだろう。だから、わざと姓の一文字と、『みっちゃん』の愛称を仄めかしたんだ。無論、警察が直ぐに調べる事を見越してね」


「きっと、その事が、櫻井宗久が最初に発言した『他の関係者は、私からは知っていてもお答え出来かねます』だったのね。でも、今だから言うけれど、お灸を据えすぎたんじゃない?」


「その点は反省しているよ。想定内だったが、思ったよりも早く、国会議員(せんせい)が布施総監に圧力を掛けた。ひょっとしたら、この事件は、国家権力(政治家)が絡んでいると思ったが、的外れだったみたいだ」


 川上真澄は、呆れ果てた。


「…ちょっと。あの短時間に、そこまで考えて鎌を掛けたの?」


(………?)


「そうだよ?真犯人(ホンボシ)の影が見えないんだ。使える手段は何でも使う。櫻井宗久は、確かに気の毒だった。学校関係者たちもだ。火をつければ、裏に隠れている者は煙に巻かれ、炙り出てくる。それを狙ったんだが、結果はご覧の通りだったよ。少しの埃しか出なかった」


「…呆れた」


 川上真澄が、大きな溜息をつきながら、名古屋城の方へ歩いて行く。佐久間も川上真澄の背を追い、ゆっくりと歩き出した。表二之門から本丸御殿に向かう途中、ふと足を止める。


(………ん?)


「どうしたの?」


「実は、不可解な点が見えてきた。気が付かなかったかい?」


(………?)


「伊藤良子が、どうして進学せず、就職したかって事?」


「それもあるが、もっと大きな不可解な点だよ」


(………)


 しばらく本殿を見上げながら、考え込んでいた川上真澄が、何かに気付いたようだ。


「もしかして?」


「もしかして、何だね?」


「他の共犯者?」


 佐久間も、ニコリと笑顔で頷いた。


「櫻井宗久は、医療関係者と聞いてピンと来なかった。この事から、これまでの経緯も知らず、潔白(シロ)だ。村松弁護士は、薬品で眠らされてから、電子標識器具(マイクロチップ)を頭部に埋め込まれた。液晶画面の手口・電子標識器具(マイクロチップ)・村松弁護士の所在監視は、伊藤良子の交際相手だろう。だが、医学的に結びつく人間は、まだ姿を見せない」


「伊藤良子と交際相手。この二人では、不可能だと言いたいの?」


 佐久間は、大きく頷く。


「成人男性二名以上が実行役として存在すると思う。第一殺人、第二殺人の手口は、絞首。闇夜に紛れて、おそらく短時間で痕跡を消したと考えると、実行役と逃走車の運転役が必要だ。伊藤良子が、逃走車を運転した事も考えられるが、確率は低い。第三殺人もね。伊藤良子のように、知能指数が高い人間は、得てして高みの見物を好む傾向がある。計画を立てても、犯行現場にいる事はまずない。そして、これが重要なのだが、村松弁護士を襲撃した際、気絶させて押さえつける役と電子標識器具(マイクロチップ)を埋め込む役。最低でも、二名が必要だと思うんだ」


「じゃあ、その医療関係者ってのは、一体誰かしら?交際相手でも何でもないんだよね。何の利害(メリット)があって、そんな事に協力するのかしら?」


「良い部分に気が付くな。伊藤良子と交際相手は、多分、同い年。IT技術は若い人間でも、精通していれば結果を出せる。でも、医療となるとどうだ?」


「医者も、弁護士と一緒で、医師免許を取得するのに時間を要する。初めは研修医からだろうから、専門的に一人前になれるのは、早くても三十代になってからかしら?」


「その通りだ、それを含めて鑑みてくれ。去年まで、学生だった者たちに荷担する医療関係者と言ったら?」


(………)


「ごめん、全然分からないわ」


「私の見立てでは、やはり裁判に関する人間だ。無論、村松弁護士によって人生を狂わされた者だろうと思う。その中に、村松弁護士への恨みを持ち、復讐を企てた医療関係者がいる。伊藤良子は、長い年月を掛けて、自分と同じ境遇の者を探し出したはずだ。そして、仲間に引きずり込んだ。この考えなら、筋道が通るんだ」


「なるほどね。じゃあ、先が少し見えて来たわね」


「伊藤良子の所在を掴む事が先決だが、交際相手の履歴照会から追っていこう。すまないが、私は一度、警視庁に戻って、必要な応援部隊を手配してくる。川上真澄()は、何とか情報メディア専門学校から交際相手の情報(ネタ)を引き出してくれ。それが終わったら、安波警部と合流し、村松弁護士の関係者を、もう一度洗うんだ。些細な事も見過ごさず、医療関係者に当たるまで追ってみてくれ」


「任せてちょうだい」



 ~ 再び、六月十三日、東京。警視庁総監室 ~


「…以上が、情報メディア専門学校で仕入れた情報です。川上真澄は、静岡県警察本部の安波警部と合流して、村松弁護士の関係者に医療関係者がいないかを再度洗い直しています」


「その交際相手とやらは、どんな男だ?」


「中村光利、二十三歳。現住所は、浜松市北区細江町気賀。逮捕歴はありません。伊藤良子とは幼馴染みだったようです。幼少の頃は、浜松市浜北区道本に住んでいました。これは偶然だと思いますが、事件の一年前に、親の仕事都合で中村一家が先に引っ越しをしています。高校に入るまでは、交友関係が疎遠となっていたようですが、同じ高校に入学したことを機に、二人は急接近して交際を開始したと思われます。鈴木警部が、昨日から張り込んでいますが、戻ってくる気配はないとの報告を受けています」


「伊藤良子と地下に潜ったか。どうするつもりだ?」


「潜った者を掴まえるのは、骨が折れますね。労力を掛け過ぎてもジリ貧となるよりは、犯行日に勝負を賭ける方が性に合います」


 ほくそ笑む佐久間に、布施は苦笑いする。


「それも、働き方改革だと言いたそうだな。顔に書いてあるぞ」


「まあ、そう言わないでください。こう見えても、何が一番、効果があるか探っているつもりです」


「冗談はさておき、諸刃の剣だぞ?野中英二が死亡でもしたら、泳がしている意味がなくなる。マスコミからの非難も必至だろう。佐久間警部(お前さん)の事だ、避ける術は持ち合わせていると思うが」


「本日は、その件も含めて相談に来ました。課長、山川警部を含む捜査一課(うち)の課精鋭部隊を二十名程度、六月二十七日早朝から現地入りさせようと思っています。他課からの応援とシフト調整をお願いしたいのですが?」


「それは構わんが、何を企んでいる?」


 佐久間は、思案中である真犯人確保案を提示した。594ミリ×841ミリのA1用紙には、警察本部事に割り振られた要員の役割、人数、配置場所、配置時間まで書かれている。これには、布施たちも大いに笑った。


「安藤、まるで芝居劇だな」


「…ええ。とはいえ、この地点まで真犯人(ホンボシ)が本当に来るのか。まあ、佐久間警部ならではの策があると思いますが」


「実は、まだ重要な要素(ファクター)が埋まっていません。今のままでは、成功確率は40%といったところです」


「その要素(ファクター)とは、一体何だね?」


「詳細な犯行時間、伊藤良子の居場所、そして実行犯の素性です。この要素(ファクター)を、残りの捜査日程で何とか割り出して、確率を上げたいと思います。応援部隊を投入したいのが本音ですが、投入が早すぎて、真犯人(ホンボシ)の目に止まったら、野中英二は殺されるでしょう。これを回避するためには、秘密裏に日数を掛けてでも、少数ずつ配備していきます。あと十四日あるので、一日十名、延べ百四十名規模になるでしょう」


「田舎だから、もっと応援がいるんじゃないか?山々の分岐点など必要だと思うが?」


「これ以上、配備すると悟られます。当日の予定時刻になったら、各主要箇所に一斉に現れる事で、最大限の効果を出そうかと。各警察本部にパトカー以外の覆面車両を要請しますが、まだ予定台数には届きません。警視庁(うち)からは、最低でも二十台は用意して頂けると助かります」


「…覆面車両か。隣の神奈川県警察本部にも要請してやろう。山川たちは、前日の夜に現着すれば良いのか?」


「まずは、合同捜査本部を設置している浜松中央警察署第二会議室に集合となります。駐車場が一杯で入り切りませんので、近くの有料駐車場に駐めるよう伝えてください。二十一時より捜査会議を行います。そこで、各員の配置箇所、注意事項、真犯人(ホンボシ)の誘導などを指導します」


「分かった、精鋭を集めておこう」


「もう一度、確認するぞ。重要な要素(ファクター)の事だ。医療関係者である発想は間違いないんだな?」


「はい。中村光利は、情報制御関連に長けた男のようです。世間への情報漏洩、液晶画面の細工、覆面の製作、そして電子標識器具(マイクロチップ)。これらは、全て中村光利によるものでしょう。殺人計画を立てたのは伊藤良子、実行したのが中村光利。そして、村松弁護士を気絶させたり、電子標識器具(マイクロチップ)を埋め込んだ人間は、また別の医療関係者。少なくとも、この三名でしょう」


「では、盗聴器を仕掛けたのも中村光利の仕業か?」


「おそらく」


「そういえば、村松弁護士の偽車両はどうなった?まだ、何も掴めんのか?」


「依然として、尻尾を掴めません。中々結果が出ませんので、別の指示を三日前に出してあります。市販車、貸借(リース)車から割り出せない。防犯カメラ映像にも残っていない。車両追跡器(オービス)にも引っ掛からない。これらの事から、個人事業主が営む解体工場か、解体許可免許を持たない場末の鉄屑工場に運ばれた線が浮上しました。用意周到な奴らですから、証拠隠滅を図るかもしれません。静岡県を中心に、隣接する愛知県、長野県、山梨県、神奈川県まで範囲を拡げて当たらせています。間に合ってくれれば、良いのですが…」


「村松弁護士は?」


「悠々自適に過ごしてますよ。留置所であっても、事件解決(終わり)が見えているので、我慢出来るようです」


 安藤には、村松弁護士に対する(わだかま)りが残っている。


「村松弁護士の冤罪が免れたから良かったが、本当に潔白(シロ)で良かったのかと、まだ心内にある」


 ほんの僅かだが、佐久間は表情を曇らした。


「…襲撃事件の事ですか?」


「そうだ。佐久間警部(お前さん)の話では、麻酔としてクロロホルムを用いるためには、施される側にも『麻酔される意志が必要』との事だった。犯人(ホシ)である可能性は、決してゼロではないのだろう?」


「その通りです。ですが、仮に村松弁護士が真犯人(ホンボシ)と結託して連絡を取ろうとしても、鑑識官の山下香織がいる限り、それは物理的に不可能です。完璧に電波も遮断されましたし、真犯人(ホンボシ)は依然、村松弁護士が静岡市の検察内に拘束されていると信じ込んでいるはずです。捜査情報が漏れた場合は、真犯人が警察組織内(身内)に存在する事を意味します」


(……もしかして)


「もしかしてだぞ?それを踏まえて、内偵を放っているのか?」


(………)


「念のためです。事件が複雑化すればする程、警察(身内)内部に敵が潜んでいる事を想定して手を打たなければ、気付いた時には手遅れです。内偵捜査(この事)は、警視総監室内(ここだけ)の話でお願いします」


 こうして、佐久間は捜査一課に引き上げていった。


「……安藤。佐久間警部(あやつ)の性分を分かっていて、何故敢えて聞いた?佐久間警部(あやつ)なら、非情に徹する事は、重々承知のはずだ」


(………)


「だからこそです。今回の事件、佐久間警部が一番、どの捜査員よりも疑心暗鬼の中捜査しています。村松弁護士は、単なる友人ではなく、幼少からの肉親に限りなく近い親友だと聞きました。刑事は、可能性がゼロでなければ、妻や子供をも疑わなければなりません。親友のため、自分の進退を掛けてまで救いに動いた。その働きは凄まじく、誰も予想していなかった送致前までに決着をつけた程ですが、それでも疑惑を完全に払拭出来ずにいる。表情には出しませんが、本心は相当疲れていると思います。でもそれは、佐久間警部自らが志願した道です。自分の役目は、冷徹に佐久間警部(部下)を信じて、尻に鞭を打つ。……それだけです」


(…佐久間、すまない)


「…辛い話だな。部下は、上司の気持ちが分かるし、上司もまた、部下の気持ちが手に取るように分かる。意思疎通が出来るが故に、周囲から忖度と取られぬように、言葉に表さず呑み込むしかない。だが、誰かが犠牲となって矢面に立たなければ、事件は収拾に向かわなかった」


(………)


「佐久間警部だからこそ、動いた事件(ヤマ)でしょう。どんな結果になるかは分かりませんが、村松弁護士、真犯人(ホンボシ)、そして佐久間警部。その全てが、三つ巴で絡み合い、強引に決着を付けるかと思います」


 運命の日まで、残り十四日。

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