遥かなる野望 2
遥かなる野望1の内容を大幅に加筆更新しております。前半部分しか読まれておられない方は、ぜひお読み頂いたうえで、伊藤良子の行方2(本節)をお読みください。
時間の関係で、中途半端な連載となってことについて、お詫び申し上げます。
~ 六月九日、愛知県 ~
「警部さん、今度はこの駅で乗り換えよ」
佐久間と川上真澄は、村松弁護士事務所経由で入手した伊藤良子の履歴書を頼りに、名古屋市東区徳川町を目指している。
伊藤良子は、地元での進学を嫌い、愛知県を選択。資格取得対策として、講義形式中心の専門学校に進んでいた。この専門学校は、名古屋大学法学部の三年次編入学や中央大学法科大学院へ進学出来るなど、将来を意識した進み方を自由に選択することが売りであり、人気がある分、学費も高い。
学歴を見る限り、中京法律専修学校が最下段に書かれていることから、他所への編入などはしていないようだ。
JR新幹線ひかり463号・岡山行に乗車した佐久間たちは、名古屋駅でJR中央本線・高蔵寺行に乗り換え、ここ大曽根駅まで来ている。川上真澄は、幼少から愛知県豊橋市に住んでおり、名古屋市中心部の交通機関や地理に強い。
佐久間と合流した際、愛知県内の専門学校を訪れたい事を聞いた川上真澄は、案内役を買って出た。
「次の名鉄瀬戸線・栄町行に乗れば一駅よ」
「駅から目的地までは、どの位で着くかね?」
「確か、徳川美術館の側だったから、一キロメートルくらいかしら?十分も掛からないわ」
(………)
「どうしたの?また、いつもの考え事?」
「伊藤良子の学歴を考えていたんだ。弁護士を目指すなら、提携校の中央大学法科大学院に行ったはずだ。この学校を調べた限り、法律科は四年制。高校を十八歳で卒業し、この専門学校を卒業したのは二十二歳。村松弁護士事務所に勤め、現在二十三歳。弁護士資格取得するためには、法科大学院へ進学し、課程を修了するか、2011年に新設された司法試験予備試験を受験したはずだ。この場合なら、何年も短縮出来るが、ほんの数%しか通れない狭き門らしいがね」
「司法試験予備試験を受験したかは分からないけれど、彼女は卒業後、そのまま村松弁護士事務所に入社している。最短でも、六年程度は掛かるといわれる弁護士だから、途中で夢を諦める人間も多いわ。資金繰りの関係で働きながら、数年掛ける人もいる。だとしたら、弁護士事務所で働きながら、実益を兼ねて体験し、資格所得を目指すっていうのも理解は出来るよ」
「そうだね。悪い癖なんだが、河合達彦の情報だと、伊藤良子は、相当根強く弁護士になりたいと言っていた。その夢の為、専門学校に進んだ。今までの殺人計画を見る限り、やはり抜群に賢いと思ってね。そんな伊藤良子が、どの様な経緯で大学院へ進学せず、村松弁護士事務所に入社したのか。どうしてもそこだけが気に掛かる。川上真澄の言う通りなら、それはそれで良いんだがね」
「弁護士として、裁判の舞台で闘うのを諦めたんじゃなくて?」
「当然あるかもしれない。でも、わざわざ仇の弁護士事務所に入社したんだ。村松弁護士に復讐出来る好機と思ったからだったのか。もしくは、急いで殺人計画を実行に移す必要が生じたのか。…どうも腑に落ちないね」
「なら、当時の担任から事情を聞けば、何か分かるかもしれないわ。あまり悩むと禿げるわよ」
「容赦無いな。…あそこだな」
名鉄瀬戸線の森下駅で下車した佐久間たちは、市道を徳川町交差点方面へ進む。道中、大勢の外国人旅行客とすれ違い、徳川園と徳川美術館の人気度が伺えた。近隣の小学校から聞こえる、子供たちの黄色い声に耳を傾けていると、目的の中京法律専修学校が目に入った。
「中々、立派な大きな学校みたいね」
「創立100年か、中京の名門に恥じない校舎という訳だ。確かに、学費も高そうだね」
中庭には、在校生だけでなく、高校生が親と一緒に掲示板を覗いている。どうやら学校説明会の時期と重なったようだ。
「何か良いわね、この空気。学生は、学生生活を謳歌している感が直に伝わるし、高校生の真剣な様子も垣間見える。警部さんには悪いけれど、後で取材メモ取らせて貰うわよ」
「程々にしてくれよ」
学生に教務課の場所を聞き、中庭から左の階段を登り、ライトブラウン色の特徴的な校舎に入る。教務課で警察手帳を目立たぬよう提示し、経緯を話した途端、当時の担当者が姿を現した。致し方ない事だが、警察手帳を見るや、室内がざわつき始めた。
「窓口では何ですから、奥の応接室へどうぞ」
男が首下にぶら下げている業務証明書には、『櫻井宗久』と書かれている。身長百八十センチメートル程の長身の男は、まだ三十歳前半といったところだが、法律科の担任らしい知的さを漂わせている。
「昨年度、伊藤良子さんを担当していた櫻井と申します」
「警視庁捜査一課の佐久間と助手の川上です。すみません、多忙そうな時期に」
佐久間の低姿勢に、櫻井も恐縮しながら丁寧に頭を下げた。
「とんでもないです。教務課に、高校生が願書を取りに多く来ていますが、学生たちに見えないように警察手帳を提示して貰ったので、気が付かれませんでした。学校側こそ、ご配慮感謝します」
(なるほど、よく見ているな)
櫻井は、物腰柔らかく接しながら、佐久間たちを応接ソファーへと案内した。
「伊藤良子さんの事で何か?…刑事さんがお越しということは、事故か事件に巻き込まれた。という事でしょうか?」
「残念ですが、後者の起こした側です」
(………)
「事件とは、彼女の生い立ちというか、家庭環境に属する。…違っていたらすみません」
(……ほう?)
櫻井が発する僅かの言葉が、何かを臭わせている。
過去経緯を知りながら、情報を閉ざすのか、犯人の関係者かは雰囲気だけでは掴めない。最初に事故か事件に巻き込まれたか?と質問したにも関わらず、事件を起こした側だと聞いても、そこまで動じない様子が、どこかきな臭いと直感が訴えてくる。
(…警部、何か怪しいわよ)
「いいえ、その通りです。櫻井教諭は、いつ頃それを伊藤良子から?」
佐久間はあえて、冒頭からの説明を省略する事で反応を伺った。櫻井の性格が掴めないうえでの駆け引きである。
「初めに断っておきますが、私は事件の関係者などではありませんよ。刑事さんも、助手さんも目で語りかけています。『この男は、きな臭い』ってね」
(ちょっと、この男。どこか警部に似ているかもしれない)
「では、単刀直入にお聞きします。いつ伊藤良子から相談されたのか。櫻井教諭は、何を伊藤良子に教示したのか。他の関係者を知っているか、この三点です」
流石に、これは直球過ぎてマズいだろうと川上真澄は感じたが、櫻井の心を動かしたようだ。佐久間の質問を受けた櫻井は、思わず笑みをこぼした。
「本当に単刀直入ですね。直球過ぎて、面喰らいました。佐久間警部は、さぞ優秀な刑事さんだとお見受けします。初めてですよ、ここまで単刀直入に何の躊躇いもなく、飛び込んで来られた方は。心から、尊敬するに値する」
「お褒めに預かり光栄です」
「直球には、直球で返すのが礼儀だと思いますので、回答します。いつ伊藤良子から相談されたのかは、二年前の秋。何を教示したのかは、『法の抜け道』です。三つ目の関係者ですが、私からは知っていてもお答え出来かねます。これは、察して頂きたい」
(…なるほど、そういう事か)
「二年前の秋、村松泰成という弁護士と、野中英二という元被告人について相談を受けた。まず、これは間違いないでしょうか?」
櫻井は、即答するように頷く。
「法の抜け道とは、つまり、現場不在証明工作の留意点、刑事訴訟法に抵触しないやり方といったところでしょうか。…まあ、これは本を読めば分かるし、ネットでも検索すれば出てはくる。これを聞いて、伊藤良子が直ぐに行動を起こした訳でもない」
「その通りです。思った通り、話が分かる刑事さんだ。具体的な言及は避けますが、法律科では、日本国憲法に則り、様々な法の解説を行っています。議論形式で、なんでこの法なの?どうして、この法が生まれたの?矛盾はないの?という風に、学生たちに法への関心と解釈力の底上げをする。誰だって、馬鹿正直に六法全書を読むだけでは、眠たくなります。だから、あえて一つ一つの法について、色々な角度から検証させ、いわゆる法の拡大解釈、一般的には抜け道と呼ばれますが、それも教え込みます。弁護士とは、百戦錬磨の猛者ばかりです。司法の道を志すのであれば、法の良い面と悪い面の両方に精通し、如何なる場合でも、毅然と闘わなければなりません。そんな教育方針を取ってるんです」
(理路整然ね。憲法学者が、良く言う台詞だわ)
佐久間も小さく拍手をして、感心する。
「…いや、素晴らしい。当たり前だけの教育など、何も意味は成さない。基礎を学び、応用力を身につけて社会に出た時、弁護すべき者にとって何が一番救いとなるのか。どの法を適用し、どの法で相手をギャフンと言わせるのか。私も、櫻井教諭の様な方に教えを請いたかったですな」
これには、櫻井も満更でもない。
「分かって頂けて、嬉しい限りです。そんな訳で、伊藤良子に対して、私の口からお答え出来る事は、全て話しました。これで宜しいでしょうか?」
佐久間も、にんまりと笑みで返す。
「ええ、大丈夫です。よく分かりました。…ところで、学長さんか教務課の課長さんはおられますか?」
(………?)
「学長は不在ですが、課長なら在籍しています。何か?」
「いえ、とてもよく対応して頂けたので、お礼を申し上げたく、お手数ですが取り次いで頂けませんか?」
(揉める事もなさそうだし、褒められる事は悪くない)
「そんな、結構ですよ。……まあ、挨拶なら無碍に出来ませんね。ちょっと、お待ちください」
自分が評価された事に慢心し、喜び勇んで課長を呼びに行く櫻井の背中を、川上真澄は深く溜息をつきながら見送った。
「この後の展開が見え見えだわ。…程々にしなさいよ」
「落としどころは大丈夫さ、弁えているよ」
数分後、櫻井が課長の野口と共に、再び応接室へ入室した。
「これは、刑事さん。東京から遠路はるばる。中京法律専修学校の卒業生が、何か事件を起こしたとか。刑事さんも、大変ですなあ」
僅かな時間で、櫻井が課長に何を吹き込んだのかは、この言葉で察しがついた。
佐久間は、腕時計を見る仕草をあえて見せる。
「ええ、大変です。今から、裁判所で令状を取り、この中京法律専修学校を家宅捜査。櫻井宗久教諭を重要参考人として、身柄を拘束しなければなりませんから」
(------!)
(------!)
「聞こえませんでしたか?では、警視庁捜査一課として警告します。今から約六時間後に、警視庁・愛知県警察本部・静岡県警察本部合同チームで、この中京法律専修学校を家宅捜索します。櫻井宗久教諭を重要参考人として身柄拘束しますので、逃げれば逃亡罪。逃がせば、隠匿罪で逮捕です。私が戻るまで、時間はありますので、可能な限り、保身の為の証拠集めに奔走されてください」
(------!)
櫻井は、すぐに反論した。
「解せないですな。先程までの言動で逮捕となるなら、日本国民全員が逮捕だ。言論の自由を阻害する行為であり、法律家としても断固反対し、法的措置を行います」
教務課長の野口は、ただ唖然とし、突然の事態に言葉を失っている。
「…櫻井教諭の論法など、私の前では無力ですよ。吠えたければ吠えなさい。櫻井教諭が、先程話した内容は、伊藤良子を筆頭に、まだ犯行を犯していない者たちを扇動する行為に十分抵触すると、警視庁として判断した。言論の自由?笑わせないでくれ。法に詳しいのは、警視庁も同じだ。六法全書など、刑事なら誰だって知っているし、活用も出来る。事件背景を知っていながらあえて語らず、諸事情だけで見逃せと言うのであれば、私も国家権力を最大限使用させて頂きますよ」
「そっ、そんな事は、違法捜査だ。権力を逆手に取る脅迫行為を、行使するなんて!」
「…あの、何とかここは穏便に。今、学校説明会の開催中なんです。この事が世間に広まったら、来年度の生徒数が激減します」
佐久間は、真顔でどこかに電話を掛ける。
「…佐久間だ。至急、愛知県警察と連携し、家宅捜索の準備に入れ。伊藤良子の隠匿及び事件関係者として、櫻井宗久及び学校関係者を徹底的に捜査し、糾弾していく。名古屋市の裁判所まで、赤色灯を回して構わん、最速で行ってくれ。それから、家宅捜索に関わる人員は六十名を確保してくれ。まずは、三十分以内に、五名程で構わないから、中京法律専修学校に応援部隊として回してくれ。…ああ、そうだ。徳川美術館の側にある学校だ」
毅然と手を打ち始める佐久間に対して、もう為す術はない。
「中京法律専修学校のご託に付き合っている暇はない。警視庁は、殺人事件を捜査している。学校説明会など、警視庁には関係ないんだよ。そんな事より、身の振り方を心配しろ」
「とっ、とりあえず学校長に連絡しますので、席を外しても?」
「…ならん。私が良いと言うまで動くと公務執行妨害を追加する。応援部隊がこの部屋に到着するまで、退室を認めない」
櫻井も諦めない。
「こんな越権行為、通ると思ってるのか?」
「分からない男だな、無駄口なら警察署内で聞いてやる。二十四時間、直接対面でな。今から説法を考えておけよ。はっきり言っておくが、櫻井教諭の知識など、佐久間警部の足元には到底及ばん。櫻井教諭の六法全書が勝つか、佐久間警部の六法全書が勝つか勝負してやるよ。自信と人生、両方を一度に失うが、これも自分が撒いた種。男なら腹をくくれ」
平然とする佐久間に、先程まで抗っていた櫻井も、もはや逆らう気力も無くなったようだ。
佐久間は、応接室の内線を使用する許可を告げると、野口から連絡を受けた学校長が、一目散に駆け込んで来た。
「学校長の渡辺です。家宅捜索とは、本当ですか?」
「ええ、残念ですがね。現在、静岡県浜松市で連続殺人事件が発生していて、中京法律専修学校の卒業生である伊藤良子が、事件関係者である事が判明しました。先程、元担任の櫻井教諭に事情を任意で聞きまして、殺人教唆・扇動罪・隠匿罪などの疑いがあると判断した為、先程裁判所に令状を発行して貰う手続きを開始しました。六時間後には、大勢の捜査員が押し寄せるでしょう」
「…刑事さん。それならば、何故個人ではなく、中京法律専修学校全体に波及するのかを問いたい。それによって、中京法律専修学校の対応を考えなければなりません」
「好きにしたら良い。こちらは、警視庁・愛知県警察本部・静岡県警察本部合同チームです。…理由は、櫻井教諭の授業手法ですよ。確かに櫻井教諭は、こう言い切りました。『誰だって、馬鹿正直に六法全書を読むだけでは、眠たくなる。だから、あえて一つ一つの法について、色々な角度から検証させ、いわゆる法の拡大解釈、一般的には抜け道と呼ばれているが、それも教え込む』と。それと、もう一つ。『そんな教育方針を取ってるんです』とね。教育方針は、個人ではなく全体としてのものだ。これを聞いて、この学校教育に不信感を露わにしたんですよ」
「おい、事実かね?櫻井教諭は、本当にそんな馬鹿げた事を口にしたのかね?」
(………)
櫻井は、下を向いたまま、何も語る気はないようだ。
「中京法律専修学校の教育方針は、そんな事ではありません。誰もが正しく、公平に法を理解し、弱きを助けるためのものです。一教諭に学校を語れるなど聞いた事は無い」
学校長として、渡辺は真っ向から強く否定する。
「ですが、教え子である伊藤良子が、櫻井教諭に影響され、法の抜け道を学び、殺人事件に関与した。これは、紛れもない事実であり看過出来ません」
「それは、たまたま一教え子が犯罪を犯しただけではありませんか?刑事さんが言われる理論なら、犯罪者を生んだ学校は、全て捜査対象となる得ると言うのですか?」
「たまたまではありませんよ。教諭が、生徒の特性を見極めて任すのが学校なら、抑制すべきもまた学校だ。伊藤良子や他の生徒に対して日々行った授業を、中京法律専修学校は把握せず放置、もしくは黙認した。この行為は、組織的暴力者を育てていると同じなんですよ。この櫻井教諭は、伊藤良子から相談を受けていた事を証言しています」
「相談?何の相談です?」
「伊藤良子の父親は、裁判に負けて家族も失った。復讐を果たす為の手法、つまり、法の抜け道を相談したんだと思いますよ。櫻井教諭に尋ねた時に、櫻井教諭が『伊藤良子の生い立ちというか、家庭環境に属する質問か?』と答えたので、カマをかけたんですよ。事件当事者や関係者でないと分からない内容をね。『二年前の秋、村松泰成という弁護士と野中英二という元被告人について相談を受けたか?』の質問に頷いてくれました。この連続殺人事件には、常に村松弁護士が関与している。野中英二は、今後の事件対象者になるであろうと注視している人物です。だから、この内容を知る人間は、事件関係者として認識出来るのですよ」
(……何という事だ)
渡辺は、ワナワナと怒り心頭で、櫻井を睨み付ける。
「…櫻井教諭は、即刻解雇だ。学会で、少しばかり評価されたくらいで天狗になりおって。…刑事さん、私に考えがあります。少々、離席する事をお許し願いたい」
(………)
「構いませんよ」
渡辺は、応接室を出ると、慌てるように姿を消した。
「警部さん。一体、何をするつもりかしら?」
「さあね、公務員に顔が利くといえば、国会議員くらいだろう。権力には権力。十中八九、泣きつきに行ったのだと思うがね。…無駄なあがきだ」
佐久間の予想通り、渡辺は人脈を駆使し、警視庁発令の家宅捜索を中止させる為に奔走する。地元出身の国会議員に泣きついたのである。事情を聞いた国会議員の田仲は、直ちに警視総監へ電話を掛けた。
~ 東京、警視庁 ~
「布施警視総監。二番に愛知県の田仲国会議員から、至急のお電話が入っておりますが?」
(愛知県の田仲?…確か、自民愛知党の勢力に属する議員だったな。…あの暴れん坊め。愛知県で何かやったな?)
「もしもし、布施ですが?」
「愛知の田仲だ。突然、済まないな」
「田仲国会議員からの電話とは、光栄です」
「布施警視総監とは、今まで面識がなかったが、羽田さんからは、有能な行政官と聞いているよ」
(羽田?…ああ、幹事長の事か)
「警察庁の太田長官だって、羽田さんの息がかかってる。警察庁に先に話をしようか迷ったが、仁義上、まず警視総監の布施くんに話すのが、筋だと思ってね」
(回りくどい男だ。建前は良いから、本題に移れよ)
「これはどうも。ところで、田仲国会議員ともあろうお方が、一体どうされたんです?」
「…実はだね、先程とある学校長から苦言を言われてね。よく分からんが、取るに足らない些細な事で、布施警視総監の部下が、学校相手に家宅捜索する手続きを執ったらしい。何とか、部下を止めてくれんかね?聞けば、ある事件に『卒業生が関与しているだけ』だそうだ。大袈裟に家宅捜査までしなくても良かろう?国政選挙も近いんだ。…聡明な君なら、分かるだろう?」
(…くだらん忖度か)
「佐久間という者が判断したのであれば、それは警視庁の総意として判断したも同然です。いくら田仲国会議員の申し出でも、忖度は出来ません。逆にお尋ねしますが、もしこの事件に、ご贔屓の学校が関与し、その事実が世間に明るみにでもなった場合、田仲国会議員の素性までマスコミが嗅ぎつけるかもしれない。それでも宜しいですか?そこまで腹を括られているのであれば、直接中止命令を出しますがね?」
(………)
「貴様、俺を逆に脅すつもりか?警視総監の代わりは、幾らでもいるんだぞ?」
「噛みつき方を間違えると、田仲国会議員でも火傷しますよ?警察組織が本気を出せば、一国会議員など、簡単に逮捕も出来ます。あの田中角栄でさえ、逮捕された事をお忘れか?権力には権力で対抗しますよ。警視庁としては、一向に構いませんが?」
「行政官如きが。俺は、次の国政選挙で大臣になる器だぞ?警察庁の大臣になったら、大臣の初仕事として、まず布施警視総監を解雇してやる」
布施は、受話器越しに囁いた。
「その事なら、大丈夫かと。田仲国会議員は、まだまだ地方が離してくれないでしょう。大臣になられる頃は、引退しているはずです」
(……舐めやがって)
「布施警視総監じゃ話にならん。警察庁長官に、直接話す」
一方的に電話が切れた。
(やれやれ、暴れん坊の面倒見るのも楽じゃないな。…しかし、あんな幼稚な事しか言えない男が、国会議員とは、質が落ちたもんだ。自分の為には、他の手を必ず打ってくるな」
布施は、溜息まじりに警察庁へ電話を入れる。
「もしもし、太田くんに変わってくれ。布施からだと言えば分かる。………もしもし、太田長官、布施です。忙しいところ、すまないね。先程、警視総監宛に、愛知県国会議員の田仲氏から電話が入ってね。警察庁に面倒を掛けるかもしれない。……そうだ、羽田子飼いの田仲氏だよ。警視庁の捜査方針に不服があるから、上部機関として何とかしろと訴えてくるだろうから、よろしく頼むよ。国政選挙があるだとか、私的意見を言うと思うが、聞き流してくれ。どうしても無碍に出来んのなら、警視庁に打診してみると言って逃げてくれ。責任は、警視総監が取る。…うん、うん。よろしく」
~ 再び、愛知県 中京法律専修学校 ~
電話を切った渡辺は、顔面蒼白だ。
頼みの国会議員が揉み消そうと、行政長官に圧力を掛けても、佐久間を制止することが出来ないからである。田仲から、警視総監や警察庁長官へ電話をして打診したが、どちらからも、佐久間の行動を支持し、全権限を任していると言われ、一蹴されたからである。
ならば、検察の高官にと掛け合ったが、佐久間は全国の検察機関でも有名であり、目を付けられたら最後、仁義もない喧嘩はしたくないと、体裁よく断られてしまった。
腕時計を見ながら、苛々する。早く応接室へ戻れなければならないと思いながらも、屈強な権力を行使しても、この状況を打開する事も出来ず、八方塞がりだからだ。
(…今まで、幾ら寄付したと思っているんだ。使えない田仲は、もう用済みだ。…もう、こうなったら、櫻井だけを解雇して、何とか乗り切るしかない。教諭の代わりなど、幾らでもいるしな)
~ 応接室 ~
「大変、お待たせしました」
部屋に戻ると、既に愛知県警察本部からの応援部隊が、応接室前に立ちはだかっている。
「随分と席を外されていましたね。悪あがきは、もう良いですか?」
(…この野郎)
「いえいえ。重要な案件だけに、各関係機関と協議していただけです」
佐久間は、ほくそ笑みながら、あえてトドメの言葉を口にした。
「国会議員を使って、警視庁の総監や、警察庁に掛け合っても無駄ですよ。この捜査は、私が全指揮と権限を与えられています。例え、総理大臣であっても、止められません。逆に、忖度や権力行使をした事で、自滅を辿る事になりましょう。……一切の容赦はしないぞ」
全てを見透かされた渡辺は、全身の力が抜けた。
何故、一警部にこれ程の権力が授与され、この空間を支配しているのか?皆目見当が付かないのだ。
渡辺は、佐久間に土下座をし、最後の許しを請う。
「…どうか。…どうか、穏便に。櫻井教諭は、解雇したんだし、今一度教育制度を見直します。同様な不祥事が発生しないよう、早急に緊急会議を開いて対処します。…ですから、何とぞ」
これには、その場にいる一同が、呆れ果ててしまった。
「…それが、学校長としての意見ですか?これが、弁護士を育み、法律を教える施設ですか?この場所のどこに正義がある?…渡辺も学校長なら、どんな犠牲を払っても、部下の櫻井を守らなにゃいかんだろうが!この、大馬鹿野郎------!」
(------!)
(------!)
(------!)
佐久間の怒号が、周囲に響き渡り、誰も声を発せない。
「私が学校長なら、全力で櫻井を守る。例え、殺されてもだ!それが組織というものだろうが!学校長がやっている事はなんだ?臭い物に蓋をするだけ、櫻井はトカゲの尻尾じゃないんだぞ。それに野口、教務課長もだ!それでも、教務課を束ねる長か?何故、身体を張って櫻井を守らん?何故、ぶん殴ってでも、過ちを矯正させる努力をしない?野口の大事な部下だろうが!静観している教務課職員もそれで良いのか?大事な仲間がいなくなるんだぞ、教務課職員にとって、櫻井はどうでも良い存在か?何故、誰一人助け船を出さない?どいつもこいつも、クソ野郎だなぁ」
(………)
(………)
(………)
既に諦めかけていた櫻井は、涙一杯に佐久間を見上げた。自分を見限り、保身に走る組織に対し、敵であろう佐久間が、代わりに自分を守ろうと怒号を発し、奮起しているからだ。
「…ここは、崇高な学校などではない。売られていく仲間を見捨てたり、傍観することしか出来ない無能な集団の集まりだ。こんな屑集団の家宅捜索に、国民の貴重な血税を無駄に使うことは許されん。…家宅捜索は中止だ。全捜査員、撤収!!」
(------!)
(------!)
(------!)
佐久間に圧倒され、腰を抜かす渡辺の襟元を無造作に掴み、鬼のような形相で威圧する。
「櫻井の解雇を取り消すか、学校長のクビを飛ばすか選ばしてやる。…五秒だけ猶予をやる。即答せよ」
佐久間の合図で、カウントダウンが始まった。
「………五……四……三…」
(------!)
(------!)
(------!)
「とっ、取り消します!櫻井教諭は、そっ、そのままです!」
「……良し、分かった。今度は、抜き打ちで来るから、震えて待っていろ。万が一、櫻井の処遇が落ちていたり、立ち位置が変わっていたり、他校へ飛ばしたり、何か状況が変わっていたら、次は容赦なく学校長の夢も希望も、全てを奪い去る。……良いな?」
「は…い…」
言いたい事を告げた佐久間は、瞬時に素の自分に戻ると、川上真澄たちに笑顔で声を掛ける。
「さあ、もう用は済んだ。全員、帰還するぞ。…櫻井教諭も邪魔をしました。どうか、これからは良い教諭になってください。第二の伊藤良子を生んではダメだ、櫻井教諭には期待していますよ」
佐久間が、締めの挨拶をすると、まるで波が去るように捜査員全員が教務課から撤退し、その場に取り残された学校関係者だけが、まだ状況をよく理解出来ず、その場から動けない。
校門から外に出るところで、櫻井だけが佐久間の元へ、肩で息をしながら追いついた。
「待ってください!」
(………)
「…知っている事をお話します。……いや、話させてください。この通り、お願いします」
川上真澄が、満面の笑みを浮かべ、櫻井に詰め寄る。
「良いの?後悔するかもよ?黙ってた方が得かもよ?」
櫻井は、ブンブンとクビを横に振って、佐久間をじっと見つめる。佐久間は振り向かない。
(………)
「あっ、あの、佐久間警部?もう遅いでしょうか?」
(……)
佐久間は、無言で振り向き、右手を差し出す。櫻井は、両手で佐久間の手を強く握った。
「…櫻井宗久か。…古風で、良い名前だ。…お腹すいたね、美味いものでも食べに行こうじゃないか?」
今週も、お読みくださり、誠にありがとうございました。
次話は、10/22(月)の連載予定です。
少しだけ、日にちが空きますが、お楽しみに!




