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記憶殺人 ~ 佐久間警部の暗躍 ~  作者: 佐久間 元三
記憶殺人
22/31

浜松市浜北区幼児誘拐事件 2

 ~ 六月七日、十四時五十分 浜松市北区三ヶ日町、河合達彦の自宅 ~


「男所帯なので、散らかってますが」


 喫茶店で、河合達彦から伊藤良子のことを聞き出した佐久間たちは、事の経緯を簡潔に説明すると、河合達彦から『では、自宅で詳しく聞かせて欲しい』と打診があった。佐久間たちにとっても、好都合である。二杯目のコーヒーをそこそこに切り上げ、自宅に移動したのである。


 築三十年は経っているであろう、古民家に河合達彦は住んでいた。


「ここに越して来た時は、まだそこまでボロボロではなかったんですが」


 外観は、潮風の影響もあり、至るところが湿って腐っている。屋根も、一部瓦が落ちたのかベニヤ板で補修されたままだ。応急処置は見受けられるが、何年経過してるのだろうか?しっかりと直す気力はなかったのだと、風でばたつくトタンから、少なからず感情移入してしまう。


 外観とは裏腹に、家の中は、確かに散らかってはいるが、縁側の廊下など普段から水拭きして、手入れをしている感がある。仏壇横の柱時計は、古民家に相応しく、長い時間を一緒に共有してきたのだと感じさせる程、馴染んでいる。仏壇上の壁スペースには、祖先の額縁が並んでいて、思った以上に、古風な人間なのだと河合達彦を見つめた。河合達彦は、世間話もそこそこに、日本茶を佐久間たちに振る舞う。


「……美味いですね。やっぱり、日本茶は静岡県に限ります。…川根茶は久しぶりです。しかも、銘柄はg100円の稀天だとお見受けします」


(この味が分かるのか)


「薄々、妙だと感じていました。警部さん、本当は静岡県警察本部の方じゃないですか?川根茶は、掛川市のお茶だし、地元の人間しか、この味は分かりませんから」


「れっきとした警視庁の人間ですよ。幼少時代に育ったのが、浜北区と浜松市東区です。昔は区ではなく、まだ浜北市だった頃の話です」


「すると、喫茶店で話していた散骨というのは?」


「浜名湖と天竜川の上流です。湖西市新居町にある海水浴場から少し離れた穴場と、横山町を長野方面に500m程進んだ渓流です」


「横山川は、確かに天竜川の上流川です。何となく二箇所とも場所のイメージが出来る。しかし、二箇所とも良い場所を選ばれました。お父さんも、草葉の陰から喜んでおられるでしょう」


「ありがとうございます。話が、脱線してしまいました。早速ですが、先程、喫茶店で話した内容を今度は全て説明します。少し長くなってしまいますが、宜しいですか?」


「ええ、お願いします」


 佐久間は、村松弁護士が佐久間に相談してきた内容は除き、第一殺人から第三殺人までの内容とこれまでに判明した事実を伝える。心して聞いていた河合達彦だったが、想像以上に重たい内容のせいか、表情が曇っていく。



 ~ 三十分後 ~


「……本当に、良子がそんな事を」


「良子さんだけではないでしょう。村松弁護士が襲撃された時、頭部に電子標識器具(マイクロチップ)と呼ばれる媒体が埋め込まれました。河合さんの話を聞く限り、良子さんは賢くても、弁護士畑だ。医学的な知識を持たないはずです。第一殺人と第二殺人の死因は、絞殺。鑑識の結果、男性の力によるものと判明しています。村松弁護士には社会的制裁、そして、野中英二に対しては命を奪う計画を良子さんが企てた可能性は高いですが、実行役は別人であると判断しています」


「では、良子はその、……誰か他の男とで犯行を?」


「何名で実行したかは、まだ分かりませんが、医学に長けた者、電子標識器具(マイクロチップ)に精通する者を考えると、実行役として二人以上の男性が関与していると考えた方が、仮説は立てやすくなります」


 黙って聞いていた川上真澄も、聞きたい事があるようだ。


「私からも質問が。話の腰を折っても大丈夫かしら?」


「勿論ですよ。お答え出来ることは、何でも話します」


「確か高校生の時に振る舞いが変わったらしいけれど、具体的にどう変わったの?分かりやすいのは、非行に走るだとか、家出するとかだけれど」


(………)


「何度か、良子を尾行した事があります。浜北区の図書館で、地域新聞などの過去資料を調べていました。…今思えば、良子なりに、死んだ兄の事件を調べていたんだと思います」


「それは、高校生時代だけかしら?高校を卒業してからはどう?」


「短大時代も、時々何か調べていましたね。それと、高校生時代には興味なかった推理小説を大量に借りてきて、読みあさっていました。その影響で、私も九条大河(せんせい)の作品に出会えたんですが」


「では、次の質問。態度が変わったのは、いつの頃だったか覚えてますか?それと、伊藤良子(娘さん)に事件の事をどう話していましたか?」


「高校二年生の夏です。一学期の終わり頃だったと思います。事件については、具体的には何も。私自身、知られたくない過去もあったし。二人とも事故で死んだとしか話しませんでした」


「高校生時代、授業参観とか保護者面談とか行かれましたか?」


「……それが、仕事を休む訳にはいかず、行事などは一切行っていません」


「じゃあ、学校からの連絡は、どうしていたの?手紙やお知らせのちらしを、伊藤良子(娘さん)は持ってきませんでしたか?」


「手紙や連絡事項は、いつもテーブルの上に置かれていました。でも、あまりしっかりと読まなかったです。修学旅行などの催し時は、流石に読みましたが」


 川上真澄は、河合達彦の話す仕草や内容から、当時の状況を正しく認識したようだ。


(…そういう事ね)


「警部さん、段々分かってきたわよ。察するに、高校二年生の夏といえば、大抵の高校では進路を決める。多分、進路を決めるにあたり、どんな手続きが今後必要となるか、学校から説明を受けたと思うの。保護者面談を受けていれば、その必要はないのだけれど、学校側もある程度、父子家庭の事情を理解していた。だから、伊藤良子(娘さん)本人に『進路が、大学・専門学校・就職のどれになろうと戸籍謄本が必要になる』と教えたんだと思うの。伊藤良子(娘さん)は、先生に言われたとおり、区役所で戸籍謄本を取得したまでは良かったのだけれど、そこで初めて兄と母の死亡原因に不審を抱いた。そして、この時点から、おそらく伊藤良子(娘さん)の疑惑究明が開始となった。…十中八九、合っているはずよ。思春期で、事実を知った伊藤良子(彼女)の変貌は、十分に理解も出来るし、共感も出来る。父子家庭だからこそ、ちゃんと子供心を掴まえておかなきゃいけなかったのよ」


「なるほどね。もしかしたら、この時に付き合っていた男が、共犯者なのかもしれないな。河合さん、何か心当たりはありますか?」


「……いいえ。付き合っていた話は聞かなかったです。お恥ずかしい限りですが、親子の会話も少なかったですし」


(…今後の捜査展開次第か)


「ブッ、ブッ、ブッ」


 佐久間の携帯に連絡が入る。安波警部からだ。


「佐久間警部、今宜しいですか?」


「こちらからも電話しようと思っていたところです。何か分かりましたか?」


「川上敬吾の件です。潔白(シロ)であると判断しましたが、電子標識器具(マイクロチップ)の件で、中々興味深い話を入手出来ました」


(……ほう?)


「興味深いですね。……なるほど、よく分かりました。…ええ、また連絡します」


「進展があったのね?」


静岡県警察本部(向こう)は、川上敬吾を潔白(シロ)だと判断したようだ。これで、残念ながら、この事件(ヤマ)が、最後まで残ってしまったよ。少し事件を整理しよう、二人で話を進めてくれるかい?河合さん、そこの縁側をお借りしても良いですか?…出来れば、新聞広告の半紙を頂戴したいんですが」


「ええ、どうぞ。廊下の端に、新聞紙を溜めていますから、好きなだけ使ってください」


 縁側の廊下に座り込んだ佐久間は、捜査メモを半紙に整理していく。


○伊藤良子(河合達彦の娘)

 村松弁護士事務所に勤務、一連の犯行を計画

 実行犯の繋がり、人数は現在不明

 看板広告から、野中英二への殺意は明瞭

 現在、行方不明(昨日は休暇)のため、自宅を捜索するか否か


○村松弁護士(現在、勾留中)

 伊藤良子によって、行動予定を把握された可能性が高い

 電子標識器具は爆発しない(川上敬吾談)

 位置情報の取得可能(川上敬吾談)

 現在、於呂神社で成分検出中、パソコン解析中


○野中英二

 過去の経緯、詳細は判明。二次被害の可能性大


(………)


(ほぼ全容が見えてきたな。最終目的が、野中英二なら繋がってきた。泰成が逮捕された事で、犯人も動き始めている。…おそらく近いうちに、伊藤良子は姿を消すだろう。伊藤良子を重要参考人にすれば、令状なしでも捜索(ガサ)は出来る。…あとは、パソコンの解析と氏原たちの鑑識結果に掛かっているのだが)


「ブッ、ブッ、ブッ」


(------!)


(氏原、ナイスタイミングだ)


「もしもし、佐久間だ。待っていたよ」


「ご希望に添えたぞ。全部、佐久間(お前)の推察通りだ。…でも良く分かったな?佐久間(お前)が、犯行を企てたかと思えてならんよ」


(………良し、整った)


「一か八かの賭けだったよ。これで、何とか村松弁護士を救うことが出来そうだ。氏原、まだ全員引き上げていないな?」


「ああ、待機中だ」


「では、夜に全員一度集めてくれ。特に、山下香織には、もう一働きして貰いたい。上手く転ぶか分からんが、最後の謎を解くには、山下香織(彼女)の力が必要不可欠だ」


「了解した、山下香織(彼女)に伝えよう。山下香織は、佐久間贔屓だから、喜んで働くぞ。後で、千春ちゃんに密告しておいてやる」


「それだけは、勘弁してくれ。…じゃあ、詳しい時間と場所は、また後で電話する」


(最後の謎を残しているが、これで村松弁護士の謎を解明出来そうだ。これならギリギリ間に合いそうだ。…これを利用しない手はない。今度は、警視庁(こちら)から仕掛けてやるぞ)


 攻め時だと、一気に捜査を前に進める事にした。河合達彦から、伊藤良子の写真を提供して貰い、現住所を押さえた。


 (…さてと。では、反撃開始だ)


 

 ~ 六月七日、二十時四十分 浜松中央警察署第二会議室 ~


「…あと二十分か。いよいよだ」


 静岡県警察本部から捜査第一課長山ノ内も参加し、静岡県警察本部・中央警察署・東警察署合同捜査本部では、村松弁護士の送致手続き準備をしている。


 六月五日、二十一時に緊急逮捕された村松弁護士を、48時間以内に検察へ送致しなければならない。


 村松弁護士が嵌められ、ひき逃げを行ったのは別人であると推察に値するが、どうしても真相に近づけないのである。佐久間も安波警部本人が決定した事なら、送致はやむを得ないと評価しており、送致後の検察が起訴するか判断を下すまでが、一連の山場となりそうだ。


「…では、豊橋市のコンビニでFAXを流した人間は、判明したんだな?鈴木」


「JR東海道本線の新所原駅近くのコンビニで、FAXを利用した履歴時間と店内に設置された防犯カメラの映像から、四百メートル離れた西部公園に住みついているホームレスの女が浮上。事情を確認し、遮光眼鏡をかけた二十代から三十代前半の男から二万円を貰い、指定された時刻に行動した事が判明しました」


「西部公園の防犯カメラには、何か映っていたか?」


「いえ、現認は取れず終いです。西部公園(この場所)についても、下見をしていたと思われます。ホームレスの女も、巧みに金の受け渡し場所を誘導されたと言っていましたし、相当警戒した犯行と思われます」


「簡単には尻尾を見せないか。…安波、逃走した車両の行方はどうだ?」


 安波の表情も硬い。


「犯行現場の本沢合から、半径三キロ圏内まで捜査網を広げ当たりましたが、やはり防犯カメラからは足取りが追えませんでした。別班で、加藤昭博の居住アパートを浜北区職員立会の元、捜索しましたが、犯人(ホシ)の手掛かりとなりそうな物や村松弁護士と接触した記録等、一切見つかりませんでした」


「榎田、レッカー車関係はどうだ?」


「浜北区全店舗に問い合わせしている最中です。現在、七割ほど終了していますが、この時間帯での搬送事実は、どの店舗にも該当(ヒット)しません」


「…ここまでか」


 捜査員たちの表情も暗い。山ノ内は、柱に設置された時計を黙って見つめ、溜息をついた。


「とりあえず、最善を尽くした事は評価する。不本意だが、このまま村松弁護士を検察へ送致する。留置場から村松弁護士を送致する準備に入れ」


「了解しました。では、ただいまより、村松弁護士の送致を開始し…」


「お待ちください」


(------!)

(------!)

(------!)


 会議室のドアが開く。


「その送致、取り下げを希望します」


(佐久間警部だ!)

(何故、ここに?)

(…佐久間警部)


「…証拠(ブツ)は揃ったのか?佐久間警部」


「はい。事故車両こそ発見出来ていませんが、偽者が犯行を行ったと判断出来る証拠(ブツ)は、少なくとも用意出来ました。他にも色々と説明します」


(………)


「安波警部、柱の時計から()()()()()。しばしの間、時を止めようじゃないか」


「はい!」


「では、君の暗躍した結果を話したまえ。それまでこの空間は、()()()()()()()()()()()



 ~ 二十一時十四分 ~


 佐久間は、昨日からの捜査結果を全員に説明した。遠州鉄道を舞台にした犯行計画や看板の意味、加藤昭博と岡田順平の関係、そして河合達彦・野中英二・河合達彦の娘である伊藤良子についてである。


 静岡県警察本部とは全く違う視点から捜査する、佐久間の捜査方法にも全員が度肝を抜かしたが、中でも村松弁護士の偽者を演じる手口を看破した推察力に、山ノ内さえも驚愕した。


「…その話が全て真実ならば、村松弁護士の現場不在証明(アリバイ)も立証出来るし、送致する事もない。直ちに、『伊藤良子』を重要参考人として、身柄を確保する。佐久間警部()のことだ、科学的な裏付け証拠(ネタ)もあるのだろう?」


「ええ、それはもう。今から、皆さんにお見せします。…氏原、入ってくれ」


「失礼します」


 廊下で待機していた警視庁の科捜研メンバーが、壇上に立つ。


「非公式ですが、もう一度、浜北区道本にある於呂神社を鑑定して貰いました。ここにあるモノが動かぬ証拠となるでしょう。それと、村松弁護士のパソコン鑑定も終了し、謎が解けたので早速披露したいと思います。皆さん、前の方にお集まりを」


 ここからは、氏原が説明を続ける。


「このビーカーに入っている白いモノが証拠となります。これは、化学繊維と特殊な樹脂で出来ており、弱酸性化学ビニール繊維と呼ばれ、市販はされておりません。映画の役者が、変装時に薄いビニールのような覆面を取る場面(シーン)を観た記憶はありませんか?」


「確かに、観た記憶があります。こう、顎の下に手をかけて、頭の天辺に向けてペリペリっと捲る場面(シーン)。あの事ですよね?」


 氏原は、ニコリと笑った。


「その通りです。普通に市販されている覆面や仮面は、プロレスや仮装に使われるものであり、そんなものを被っても、加藤昭博は三十メートル手前で気が付いて、難を逃れたでしょう。だから、精巧に村松弁護士の顔を再現する必要があった」


 山ノ内も、答え合わせに興味津々だ。


「それが、その繊維素材という事か。とういう事は…」


「はい。犯人(ホシ)は、村松弁護士を襲撃して気絶させたうえで、その場で型を取ったのです。そして、精巧な覆面を製作してから、ひき逃げ事件を起こした。これで合っているよな、佐久間?」


「氏原の説明通りです。村松弁護士が襲撃されたのは、四月十二日深夜から翌十三日未明です。第三殺人は六月四日深夜に発生。期間が約二ヶ月空いたのは、精巧な覆面を作るため、時間を要したと考えられます」


「なるほどな。そのような特殊な覆面は、そんなに取り扱う店はないはずだ。そこからも犯人(ホシ)の足取りを追えるかもしれないな」


「はい、裏付けは出来ると思います。では、氏原。もう一つの説明を頼む」


「分かった。では、もう一つ。村松弁護士の使用しているパソコンにも、実は巧妙な仕掛けがありました。まずは、ありのままご覧ください」


 氏原はパソコンを起動させ、暗証番号を入力。二分間放置し、状態が安定するのを確認してから、全員にパソコン画面を提示した。捜査員は、一人ずつパソコン画面を十秒程度目視し、交代する。


「皆さん、何か分かりましたか?」


 特にこれといった反応はない。


 だが、榎田は違和感を覚えたようだ。


「画面自体は、よく整理されたデスクトップだなと思いましたが、何か画面を見ていると目が疲れるというか、頭が痛くなります。配色が黒だからでしょうか?」


 氏原も、この意見に満足だ。


「他に何か気がつかれた方いませんか?……いませんね。佐久間、もう種明かしをしても良いか?我慢出来んよ」


 佐久間は、黙って頷いた。


「では、今から特殊な装置を取り付けて、モニターの光を遮断してみます。一体、何が起こるか刮目してくださいよ」


 氏原は、やや得意気に装置を取り付け、三十秒ほど放置する。


(………)

(………)


(------!)

(------!)


 通常の画面が、コマ送りのように左から右へ横移動(スライド)していく。そして、横移動(スライド)した画面は、今度はゆっくりと被写体を映し出していく。この被写体を見た全員が、思わず『あっ』と声を出し、事実を知った。


「これが、村松弁護士を悩ませた『記憶や夢に出てくる人物』の正体です。関係者で、この様な仕込みを出来る者は、犯人(ホシ)しかいません。伊藤良子本人か、弁護士事務所の休日にでも、犯人(ホシ)を事務所に招いて、細工したのだと思われます。時期や時間は、休日ならばセキュリティを解除した時間などを根気よく調べていけば、やがて到達出来るでしょう。平日ならば、防犯カメラの解析画像から追うしかありませんが、必ず見つかるはずです。氏原、この被写体は、時間にして何秒になる?」


「0.002秒/コマだ。時速換算すると、光の速さに匹敵する」


「画面を黒くしたのは、被写体の大半が、夜に撮影された写真を使用しているからでしょう。もし、昼間に撮影した写真を取り込んでいたら、画面は青だったと思われます。被写体の写真とデスクトップ背景で、相反する色を使用していたら、村松弁護士も違和感を覚え、この手口(トリック)に気が付いたと思います。先程、榎田巡査が感じたものは、何枚もの写真を、凄まじい速さでコマ送りされたものだからです。人間の目は、錯覚を起こしやすい。目で見えないものは、潜在意識の中で被写体を捉えます。その為、毎日この画面を見ながら仕事をしていた村松弁護士は、自覚はなくとも、脳が『記憶』として覚えていた。これこそが、『記憶殺人』の答えだったんです」


 佐久間の明確な解答に、捜査員たちから拍手が起こる。捜査員たちは、山ノ内がどう結論付けるのか、成り行きを見守ることにした。


「……見事な捜査だ。これなら、村松弁護士の容疑も晴れよう。状況証拠、物的証拠ともに再考察するに値し、新たに重要参考人も浮上した。静岡県警察本部としては、この結果を真摯に受け止め反省し、村松弁護士に謝罪すると共に、真犯人(ホンボシ)の検挙に全力を尽くすものとする。送致は中止せよ」


(…良し!手痛い結果だが、無実な人間を救う事は出来た)


 安波は、安堵の溜息をつきながらも、山ノ内がどのような方針を次に打ち出すのか様子見していると、当の山ノ内は、無言のまま自分の席に戻り、(おもむろ)に手元のスイッチを押した。


「…という結論です。静岡県警察本部としては、警視庁捜査一課、佐久間警部の意見を全面的に採用し、今後の捜査展開に繋げていきます。そしてこの瞬間から、静岡県警察本部と警視庁合同捜査本部に変更したい。舵取りと現場総指揮者は、当然、佐久間警部です。…宜しいでしょうか?布施警視総監どの」


(------!)

(------!)

(いつの間に?)


「…山ノ内捜査一課長()は本当にそれで良いのかね?。静岡県警察本部の捜査方法を否定する結果となるばかりか、テレビを通じて、全国民から非難される懸念もある。報道を見た上層部(うえ)からも、大目玉食らうかもしれん。その危険(リスク)を取ってでも、警視庁捜査一課(うち)と提携を?」


 山ノ内は、苦笑いしながらも即答する。


静岡県警察本部(うち)では、半年以上掛かるかもしれない通常捜査を、佐久間警部は、実稼働二日も掛けず、成果と結論を導き出した。一体、誰がこの事実を咎めましょう。国民からの非難は必至でしょうが、無実の人間が一名助かりました。誤認逮捕で事実がねじ曲げられる事に比べられれば、私の立場など小事です」


(………)


「了承しよう。…では、警視総監として命ずる。佐久間警部、この事件を全力を挙げて終わらせよ」


「…はっ。鋭意努力し、解決いたします」


 佐久間は、スピーカーの方に一礼すると、壇上に上がった。


「ただいま、山ノ内捜査一課長より合同捜査本部立ち上げを依願され、警視庁は、これを有り難く承知いたしました。これより、真犯人(ホンボシ)確保に向けた合同捜査を開始します」


「はっ」

「はっ」

「はっ」


 全員が一同に整列し、佐久間に向かって敬礼する。


「詳しい捜査方針を、改めて説明する。だが、その前に真犯人(ホンボシ)に対して、強力な罠(トラップ)を仕掛けようと思う。…山下鑑識官、一歩前に」


「…はい」


「村松弁護士の頭部に入った電子標識器具(マイクロチップ)を君の力で解析してくれ。浜松赤十字病院の医師には、電話で協力依頼しておいた。CTやMRIを利用しても良い。どんな手法でも構わないから、結果を出して欲しい」


「…解析するだけで宜しいのですか?何となく、言わんとしている事は分かりますが」


「安波警部から情報を貰った時に閃いた。もし位置を特定するものであるならば、これを逆利用して、村松弁護士が予定通り『検察に送致された』と()()()を流したい。真犯人(ホンボシ)は、村松弁護士の位置を常時監視していると思うんだ。自分たちの思惑で計画が進めば、安心して野中英二を最終標的とするだろう。真犯人(ホンボシ)の考えさえ分かれば、まだ時間はある。今度は警察(こちら)が策を弄し、反撃したい」


「それなら、そんなに時間は掛かりません。このパソコンにも電子標識器具(マイクロチップ)と連動するプログラムが施されている事は把握していますので、留置場から本人を連れてきて頂ければ、たとえ人体内部であっても、判定は可能です」


 周囲は、このやり取りに驚くばかりで、ついて行けない。


「警視庁科捜研チームは、まず村松弁護士頭部の電子標識器具(マイクロチップ)解明から開始せよ」


「了解しました」

「了解です」


 氏原率いる科捜研チームが、会議室を後にすると、佐久間は続いて、今後の捜査について言及した。


「送致を阻止出来た今、真犯人(ホンボシ)の確保に全力を挙げる。決戦は、今から十八日後。検察が勾留請求を最大限に行い、起訴が決定されるであろうと想定していた六月二十五日が濃厚だ。真犯人(ホンボシ)は必ずや、この日に最終目標である野中英二を殺害するために行動を起こす。それまでに重要参考人に指定した伊藤良子の足取りを辿り、真犯人(ホンボシ)の特定を急ぐ事とする。次の犯行場所についても、これまでの捜査結果から目星が付いている。明朝、各班に行動目標を設定のうえ指示を出す。これに従って、残された時間内で結果を出して欲しい」


「了解しました」

「了解」

(目星って、いつどうやって付けたんだ。気になるけど、聞けない)


(…賽は投げられた。ここからは、お前達の嫌がる事を徹底して行うから、クビを洗って待っていろ)

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