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記憶殺人 ~ 佐久間警部の暗躍 ~  作者: 佐久間 元三
記憶殺人
19/31

策を弄する者は策に溺れる

 ~ タクシー車内 ~


「留置場は、どうだったの?」


「思った通り、船明ダムにいる村松弁護士の方が本物だ。妙な信憑性があるし、納得も出来た。安波警部も、裏を取っていくだろう。でも、新証拠が出ない限り覆る事はないから、私とは違うやり方をするはずだがね。君はどうだ?」


 川上真澄は、多くの捜査資料から、早くも何枚か取り出した。


「一人で待っている間、さらっと目を通したら、いくつか矛盾点を見つけたわ」


「先入観抜きで見えたようだね、助かるよ」


「一番大きな課題は、やっぱり電子標識器具(マイクロチップ)よ。犯人が、何の目的で仕込んだのかが見えないわ。それと、二つの殺人事件が、ほぼ同時間帯に発生して、どちらかが偽者。ここで不思議に感じた事があるの」


 タクシー運転手は、佐久間たちの会話に興味津々だ。何度もミラー越しに目が合う。


「運転手さん。ここでの会話は、どうかご内密に」


「ええ、もちろん。守秘義務なんでしょうから、その点は会社教育で厳しく言われてます」


「助かります。…すまない、脱線した。不思議な事とは、『人間と車両』の事だろう?」


「やっぱり気づいていたわね、そうなのよ。下足痕から分かった事は、加藤昭博は小林駅の方向に向かって歩いていた。車は、小林駅から加藤昭博の方向に。猛スピードで迫ってくる不審車両なら、咄嗟に身をかわし、助かったはずよ。でも、実際には向かい合って、正面事故に遭っている。そこで、まず第一の疑問。加藤昭博は、自分に猛スピードで向かってくる車両を村松弁護士の車両だと認識した。その為に、事故に遭った」


「その通りだ」


 川上真澄は、ペンを取ると、当時の状況を捜査資料の裏に走り書きして、説明を続ける。


「車が猛スピードで、こうやって加藤昭博に向かってくるとするでしょ?暗闇だとはいえ、防犯灯くらいはある。制動距離を考えると、時速120km/hの場合なら、肉眼で三十メートルくらいかな。その位置で、何とか顔や面影(シルエット)は認識出来るわ。不審人物なら、誰だって右か左に身をかわすものだと思うの。小林駅方面に向かって、左なら調整池のフェンス、右なら民家。逃げた形跡は、何も残っていない事から、加藤昭博は、村松弁護士だと疑わなかった」


「留置場で聞いた話では、村松弁護士は、加藤昭博から誰かを殺すと聞かされ、犯行を止めようとしたらしい。待ち合わせを二十一時と聞いた村松弁護士は、小林駅に来るように加藤昭博に指示した。車で待っていた事から、加藤昭博に車の特徴を話したはずだ。つまり加藤昭博は、猛スピードで向かって来る車を遠くの時点から、『村松弁護士の車』と認識した。そして、直近でも村松弁護士の顔を認識し、逃げなかった。『遅刻した自分を驚かせるつもりで、わざと突っ込んでくる』と錯覚したのかもしれない」


「そうなると、どうしても偽村松弁護士と使用した車両を見つける必要があるわね」


「岡田順平と加藤昭博の元職場を訪ねた後で、村松弁護士の事務所に行ってみよう。人物像については、すでに手を打っておいたから、後で捜査して裏を固めよう」


「手を打った?相変わらず、早いわね。いつもみたいに、後のお楽しみって言うんでしょう?」


「ご名答」


「まあ、良いわ。それより、岡田順平たちの職場って、どこなの?」


「天竜区にある老舗のうなぎ屋だよ。捜査資料を見たとき、すぐに分かった。旧市街地の一角で、細々と先々代が店を開いていた。幼少の頃、親父に連れられて食べた事があるんだ。子供ながらに美味かったのを覚えている。先代に代替わりした途端、すぐに二号店を国道沿いに開店させてね。地方紙に載るほど、有名な話だよ」


「ふーん。代替わりで、店を繁盛させる話はよく聞くけれど、これも少々きな臭いわね」


「まあ、行ってから判断しようじゃないか?味がどう変わったのか興味もある。追加の捜査報酬として、存分に食べて貰いたい」


「お言葉に甘えて。もう少しで着くのかしら?」


「そうだね。秋葉街道に入っているから、もう少しのはず…」


 ラジオから、臨時ニュースが流れる。


「番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えします。今年一月に、浜松市浜北区婦女傷害事件で逮捕された俳優、三谷敏明さんを弁護して、一躍、時の人となった村松泰成弁護士が、六月五日深夜、静岡県警察本部に逮捕されていた事が分かりました。浜松市浜北区本沢合で発生した、死亡ひき逃げ事件の容疑という事です。なお、緊急記者会見は、本日の十五時、捜査本部が置かれている浜松中央警察署にて開かれる模様です」


(------!)


「警部さん、これって?」


(安波警部の様子からは、この素振りなかった。勿論、山ノ内課長からもだ)


「…誰かというより、真犯人(ホンボシ)の仕業だろう。先手を打って、密告(リーク)したんだ。どうしても、村松弁護士を犯人(ホシ)に仕立てるつもりのようだな」


「…静岡県警察本部(県警)がどう会見するのかで、検察の動きも変わるわね」


(よりよって、我々の捜査直前に犯人(ホシ)の先制攻撃か。…後手に回るかもしれない。捜査情報が漏れているな)



 ~ 一方、その頃 浜松中央警察署 ~


 鈴木は、捜査本部がある第二会議室から、外の様子を伺っている。


 経験がない程、正面玄関には報道陣が大挙しており、業務に支障し始めている。警察官たちは、何とか入口で食い止めるのが精一杯であり、免許証の更新や道路使用手続きに来ている一般人たちも、外へ出られず困惑し、窓口に苦情が出ているようだ。


 浜松中央警察署内の職員たちは、それぞれの手を止め、対応に追われ始めた。


 混乱する現場に、静岡県警察本部から『十五時に、緊急記者会見を開く周知とマスコミを一時撤退させよ』と指令が出たため、記者会見の場を設ける広報(アナウンス)をして、事態の収拾を図ったが、少しでも他局より情報を入手し、特番で視聴率を獲りたい各局は引き上げず、より混乱を促す結果となってしまっている。庶務課だけでは対処仕切れないため、刑事課も駆り出され始めた。安波は、山ノ内と対応方法を模索せざるを得ない状況である。


「課長、やはり静岡県警察本部(うち)が出所でないとすると、犯人(ホシ)以外、情報漏洩は考えられません」


「…確かにな。佐久間は、絶対に情報漏洩(そんな事)などしない。関係所轄署にも確認は済んでいるのだろうな?」


「はい、勿論。箝口令は敷いてますので。緊急記者会見は、どう対応されるおつもりですか?」


「現時点で判明している、()()()()()()話すしかあるまい」


「ですが、どうしても村松弁護士が、嘘をついているとは思えんのです。時間的にも、感情的にも合理性があります。下手なことを言えば、静岡県警察本部(我々)は『誤認逮捕をした』と言われかねません」


「取り乱すな、儂に考えがある。安波は、経緯だけ簡潔に説明するんだ、良いな?」


(本当に何とか出来るのだろうか?…下手なことを言えば終いだ。村松弁護士を助けられなくなるぞ)


「…分かりました。浜松中央警察署(こちら)では、これ以上情報が漏れないよう対応しておきます」


「よろしく頼む」


 電話を切った安波は、その足で報道陣の元に向かい、囲い取材を一手に引き受けた。


「責任者の方ですか?」


「先程、広報(アナウンス)した通り、現段階で発表する事はありません。通常業務に支障をきたしている。免許証更新、道路使用手続き、紛失物など庁舎施設を利用する方々の妨げになります。すみやかに、一旦引き上げてください。十五時まで待てない報道局は、正面玄関(ここ)にいれば良い。ですが、十五時からの記者会見には、同席を遠慮頂きます。知る権利を主張されても、最低限ルールを遵守出来ない報道局は、それ以前の問題だ。きちんと説明するまで、整理する時間を頂きたい」


「…一度、引くぞ」

浜松中央警察署(所轄)は、ケチくさいな」

「本当に、納得出来る説明あるのかね」


 渋々ながら、報道陣は引き上げる。どの局も、記者会見の制限を嫌ったからである。


(何とか、一旦収拾は出来た。犯人(ホシ)密告(リーク)したのなら、必ずテレビを観ているはずだ。課長もその辺りを熟慮されているはず…)



 ~ 浜松市天竜区 うなぎ屋 ~


「お待たせしました、特上二人前です」


「凄ーい、二段重ね?肝吸いまで付いてるわ。頂きまーす」


(見てくれは、以前と遜色ない。味は?……見事だ)


 二十数年振りに食べる鰻は、当時と全く色あせておらず、魅了に包まれる。店内の広さと客数から、早朝から夜遅くまで、さぞ勤務状況は厳しいのだろうと佐久間は察していた。


 客から厨房が見学出来る透明板は、創業当初から今でも引き継がれている。待ち時間、客は鰻の仕上がり工程を把握するのだが、捌いた鰻を秘伝のタレにつけて、炭火で炙る様を見ることで食欲が増す。集客に成功したのは、この仕組みだけではない。香ばしい鰻の煙が、より多くの人間に届くよう、煙突の高さを可能な限り低く設置する事で、歩道を這うように煙りが流れ、その匂いを嗅いだ通行人は、誘われるように店内に入るのだ。これも、先々代が考案し、受け継いできた財産となっているのであろうと佐久間は感心した。川上真澄は、鰻を出すまでの工程を見た事がないらしく、執筆の取材をしているのか、ペンが止まることなく走っていた。


 鰻を炙る店長と思われる男に、まだ年端もいかぬ若者が、説教されている。


 どうやら、白米の固さを叱責されているようだ。もう一人の若者が慌てて、違う白米を用意し、店長と思われる男に差し出すと、男は小さく頷いて作業に戻る。何とか許可を得たようだ。その様子に佐久間もホッとしながらも、目が鋭くなっていった。



 ~ 十四時三十分 ~


 店の看板が、営業中から準備中に変わると、佐久間たちは再び、店内に入る。


「すみません、昼の営業は終わってしまったんで。…あれっ?さっきのお客さんじゃないですか?何か忘れ物でも?」


「いえ。実は警察の者なんですが、店長さんにお話がありまして」


 厨房にいた店長が、すぐに佐久間の元へやって来る。


「警察の方?順平の事でしたら、昨日…」


「いえ、浜松中央警察署(所轄署)ではなく、警視庁の者です。岡田順平さんと()()()()さんの事を伺いたくて」


(加藤の事?)


 店長は、加藤の名前を聞いた途端、顔色が変わった。


「…ここではちょっと。奥にどうぞ」


 店長は、佐久間たちを奥の座敷に案内する。老舗旅館のような長い廊下を進むと、庭越しに西鹿島駅周辺の街並みが一望出来る。奥座敷の壁には、先々代や先祖らしき写真が奉られ、歴史を感じる。


「改めて自己紹介を。警視庁捜査一課の佐久間と申します。こちらは助手の川上です。よろしくお願いします」


「どうも。…で、順平じゃなく、加藤の事とは?」


「その前に、岡田順平さんの訃報はご承知でしょうが、被害者(ホトケさん)とは、お会いになったはずです。浜松中央警察署(所轄署)から、どこまで説明をされましたか?」


(警視庁の刑事が、司法解剖の事を知っている?…どういう事だ?)


「船明ダムで撲殺された事だけです。事件前後の勤務状況を確認されました」


「そうですか。実は警視庁でも、『岡田順平さんは、加藤昭博によって殺された』とみて捜査しています。これから、加藤昭博の家宅捜索、過去経緯から事件真相()を固めていきますが、事件当日、岡田順平さんが加藤昭博に接触し、金を強請った可能性があります」


「順平が?そんなまさか?」


「岡田順平さんの彼女を、ご存じですか?」


「ええ。名前は忘れましたが、二十歳前後の別嬪(べっぴん)さんだ。順平には勿体ないと店内でも評判でしたよ。それが何か?」


「捜査資料によると、彼女が証言したんですよ。十五時過ぎに加藤昭博を見かけ、()()()()()、何かは不明だが話を持ち掛けて、喧嘩になったと。夕食時に、『直ぐに十万円入るから、遊園地にでも行こう』ってね。この事から、岡田順平さんが加藤昭博を強請ったと疑いました」


「…そんな。あの順平が、まさか。…順平は、本当に真面目な男でした。いくら加藤があんな…」


(------!)


「あんな?…あんなとは、どういう意味でしょうか?」


(………)


「加藤昭博の経歴は調べました。平成七年、まだ十五歳の加藤は、先々代に拾われて、この店に見習いとして入りましたね。まだ店が、商店(アーケード)街にあった頃です。その店は、私も幼少の頃に訪れましたが、老朽化が進んだアーチ型の屋根の下、歩道に面したガラス越しに、先々代が汗だくになりながら、いつも香ばしい匂いで通行人を寄せ付けていた。平成十五年五月、店が二号店を出した頃です。加藤昭博が、浜松市天竜区衣類強奪事件の容疑者として捕まった。常連たちも、本人をよく知っている。この事が、世間に広まりつつある時、店側は加藤昭博の無実を信じず、加藤昭博を追放した。裁判で無実となったにも関わらずです」


 店長も反論する。


「先々代と先代は、確かに加藤を庇った。でもね、事件のせいで店の評判が落ち始めたんだよ。これから二号店が軌道に乗るって時に。誰だって、風評被害を抑える為に、解雇すると思うがね。あんた、公務員だろう?民間のやる事に口を挟もうって言うのか?」


「解雇については、否定しません。ですが、加藤昭博の心に傷が出来た事は事実です。所払いしてから、加藤昭博が、この店にやって来たことはありましたか?」


「一度もないです。店側(こっち)だって、思い出したくもない」


「そうですか。では、岡田順平さんと加藤昭博の仲はどうでしたか?」


「…順平の口から、加藤の話は聞いたことがありません」


「では、どうして加藤昭博と岡田順平さんは再び接触する事が出来たのでしょうか?」


(………?)


「あんた、一体何が言いたいんだ?」


「店長さんが知らないのなら、他の従業員さんたちはどうですか?加藤昭博の事、岡田順平さんと接触をさせるような言動を、営業時間外を問わず、見たり聞いたりした方はおられませんか?」


(…この店自体を疑ってやがる)


「おい、三郎。全員、直ぐに奥座敷(ここ)へ集めるんだ」


「全員ですか?外に煙草を吸いに行った者もですか?」


「つべこべ言わず、すぐに連れてこい」


 佐久間は、冷静に店長の様子を観察した。本当に関わり合いを知らないようであるし、加藤昭博を解雇した事を強引に正当化し、苦しんだ様子も感じ取れた。そのため、店長ではなく、他の従業員に捜査対象を変更したのである。


「店長、集まりました」


「お前たち。順平が死んで、警視庁さんがお見えになった。順平を殺した犯人は、元従業員の加藤らしい。この中で、最近、順平が加藤の事を話していたり、加藤から順平に連絡が来たとか、見聞きした者はいるか?」


 従業員たちは驚きを隠せず、しばらく言葉が出ない。黙って様子を伺っていると、店長から白米の固さを叱責された若者が、少し震えながら手を挙げた。


「あのう、加藤って人を見た訳ではないですが、あるお客さんが、岡田さんと会話していました。内容の詳細は知りませんが、確か、加藤って名字を耳にした記憶があります」


(------!)


「それは、いつ頃ですか?」


「さっ、三週間ほど前です。僕が白米を切らして、店の裏口から倉庫に行った時に、食事中のお客さんが、いつの間にか倉庫前にいて、喫煙中の岡田さんと会話を」


「詳細は…と仰いましたね?些細な事でも結構です。何でも良い、覚えてませんか?」


「いえ、ほんの数秒だったので。…でも、おもちゃがどうの言っていたような。違っていたらすみません」


(玩具店の事だろう。…当確(ヒット)だ)


「人相を覚えてますか?」


「それが、ある程度若い男だとは思いますが、偏光眼鏡(サングラス)でよく分かりません」


「店長さん。解雇された加藤昭博は、天竜区に住めなくなった。だが、浜松市が好きだった加藤は、隣町の浜北区に移り住んだんです。そして、浜北区にある玩具店に拾われ、約十年かけて正社員になったそうです。従業員さんが見聞きした情報は、何者かが、意図的に加藤昭博の居場所を伝え、岡田順平さんが接触するように仕向けた事へと繋がります。何故か分かりますか?」


(………)


「加藤昭博は解雇されるまで、日常的に周囲から苛められていた。特に、店長。あなたと岡田順平にだ。違いますか?」


(------!)


 従業員たちも、どこか納得した表情をしている。店長も察したらしく、観念した様子で開き直った。


「…ああ、そうだよ。俺は、直接手を出しちゃいないがね。順平は、何かある度に制裁(焼き)を入れてたよ。加藤(シンコ)は、何をしても呑み込みが悪くて、俺だって指導不足の尻拭いで、先代によく怒られた。だから、解雇出来て清々した。本家(うち)は厳しいからな。未熟者は、容赦なく降格させるし、解雇する。それが職人の世界なんだ。だが、それは店側の話。お前ら警察には、関係ない話だよ。もう鰻も食ったし、事情も聞けて満足だろう?…営業妨害だ。視界から消えてくれや、な?」


「…警部さん」


「…ああ、仕方がない。接触した事実が分かっただけでも収穫だ。お暇しよう」


 佐久間は、丁寧にお礼を言って去る事にした。


「貴重な情報、感謝します。これで失礼いたし…」


「消えるのは、お前だ。晴彦!」


(------!)

(------!)

(------!)


 従業員全員が、直立不動で裏口の方に視線を向ける。騒ぎを聞きつけた誰かが、二階から下りてきたようだ。


(…ん、あの顔は?)


「刑事さんですね。先代していました、晴彦(こいつ)の父親です。時間になっても、誰もお茶を運んで来ないから、様子を聞いていたら、随分と聞き馴染みのある名前じゃないですか。…この通り、勘弁してください」


 突如、先代が佐久間に土下座したのである。


(------!)

(------!)

(------!)


先代(親父)、何を!?」


「ご先祖さまからの味を、愚息に伝承しましたが、本当の意味で、一子相伝しなければならなかったのは、心意気の方でした。私が、悪いんです。加藤を最後まで守ってあげられたら、岡田も死ぬ事はなかった。加藤は、物覚えは誰よりも遅かった分、誰よりも誠実でした。裁判だってそうです、知らぬ間に所払いされて、行方を探したが、結局分からなかった。…刑事さん、加藤に詫びたい。どこに行けば、愛弟子に会えますかな?」


 先代に頭を下げさせた己の愚行に、晴彦は後悔を隠せないようだ。


「…残念ですが、加藤昭博も、何者かに殺されました」


(------!)

(------!)


「この二人が死んだ事で、失礼ながらこのお店を疑いました。加藤昭博が、十五年の時を経て、この店の関係者と揉めた事で、殺人事件へと発展した。この店の従業員、もしくは出入りする客に真犯人がいる。その為、事情を伺っていたのですよ」


「晴彦よ。私が、中途半端で店を継がせた事が間違いだった。しばらくの間、店を閉めるんだ。二人に詫びても、もう帰っては来ないが、せめて喪に服そうじゃないか。…刑事さん。当店の可愛い息子たちを奪った犯人を、……何とぞ」


「…お気持ち、確かに承りました。こちらこそ、有益な情報感謝します」



 ~ 一方、その頃 浜松中央警察署 ~


「それでは、緊急記者会見を始めたいと思います」


 浜松中央警察署では、不本意であるが、箝口令を敷いていた村松弁護士の逮捕が、外部に漏れた事によって、緊急記者会見の開催を余儀なくされている。


 いつもにも増して、報道陣が多い。夕方までの時間枠を全て特番に切り替え、生中継で取り上げるらしく、カメラのフラッシュに、流石の山ノ内たちも面食らった。


「カメラのフラッシュを、もう少し遠慮して頂きたい。これでは説明も出来ません」


 各局のフラッシュが収まるまで、山ノ内たちは、目を閉じて説明を待った。


「…ご協力感謝します。では、説明を開始します。まず、概要を安波警部の方から」


 安波は、カメラに向かって一礼してから、捜査メモを読み上げる。


「事件発生場所は、静岡県浜松市浜北区本沢合であります。遠州鉄道の小林駅から東に約三百メートル。この場所で、六月四日深夜、ひき逃げ事件が発生。翌六月五日、早朝四時に近隣住民より110番通報。現場検証と各防犯カメラ映像の解析、聞き込み等から村松容疑者が浮上。同六月五日、二十一時に身柄を拘束した。これが現段階での情報です」


「被害に遭われたのは、男性ですか?それとも女性ですか?」


「お亡くなりになったのは、加藤昭博さん。三十七歳、男性です」


「加藤昭博さんは、何故ひき逃げに?酔っ払っていたとか?」


「現段階で、詳細までは判明しておりません。駅に向かっていたのかもしれないし、買い物に行こうとしていたのかもしれない。ただ、アルコール反応は出ていません」


 再び、目映い光が、山ノ内たちを照らし出す。


「村松弁護士がひき逃げをしたという事は、事実と捉えて問題ないんですね?」


「…現時点での確率が、最も高いとだけお伝えします」


「少し発言に切れがないですね。その口振りですと、他にも犯人がいる可能性も視野に捜査を?」


「…まだ、身柄を拘束しただけです。重要参考人なのは、間違いありません」


「検察に送致するまで、まだ三十時間あります。静岡県警察本部は、現在真相()を固めている。そのように、報道陣(我々)は解釈しますが?」


「真実を明らかにし、身柄を検察に送るまでが警察の職務です。当然、送致までに新事実が出た場合は、村松弁護士を解放し、真犯人を送致。この原則は、変わりません」


(…何か、あるのかな?)

(歯切れが悪いよな?)

(…原則論なんて、普通持ち出すか?)


「…その言い方、何か隠してますね?きちんと、説明してくださいよ。この中継は、国民全てが見ているんだ。誰にだって、知る権利はあるんですよ」


「至極、当然でしょうな。だが、現段階では、状況証拠・物的証拠ともに『村松弁護士が最も犯行を行った』疑いが強い。その為、身柄を拘束したまでです」


「容疑が固まったので逮捕したとは、何故言わないんですか?逮捕したんでしょう?」


「…身柄を確保です」


 幾ら質問の角度を変えても、村松弁護士を逮捕したとは言わない捜査本部に、報道陣たちも困り果ててしまった。話が先に進まないのだ。


「では、何故、中途半端だと承知で発表したんですか?報道陣からの質問は、想定出来たでしょう?」


「それは、静岡県警察本部(こちら)が聞きたい。静岡県警察本部(我々)は、まだ被害者(ガイシャ)の身辺を捜査中であり、公表するに値しない内容であったため、秘密裏に動いていた。しかし、いつの間にか報道陣(マスコミ)に漏れ、現在に至る。報道陣(あなた達)こそ、情報源を教えるのが筋ではありませんか?」


(警察は、知らないんだ?)

(普通に知っているものとばかり)

(教えてやれよ、困ってるみたいだぞ)


「…匿名で、各局宛てにFAXが入りましてね。浜松中央警察署が、村松弁護士を何かの事件で逮捕したと。それで、どの局も我急げと駆け付けた次第です」


(FAXが匿名でだと?)


「FAXの発信先は?」


「確か、愛知県豊田市のコンビニからです」


(愛知県豊田市?…課長、前に鈴木警部と榎田巡査が聞き込みした場所では?)


(…鈴木に伝えろ。再度、事件関係者(マルタイ)の身辺調査、FAXの送信履歴の確認、防犯カメラ映像の解析を急がせるんだ)


「そのFAXを一部提供ください。静岡県警察本部(我々)も、真偽を検証します」


「そんな事言って、情報提供者に何かするのではないでしょうね?」


「…そこの記者、どこの局だね?静岡県警察本部(我々)が、圧力を掛けるとでも言いたいのかね?名乗りたまえ」


 説明会場が、山ノ内の気迫によって凍り付いた。


「…静岡めんこいテレビの佐々木です」


「6系列か?…良かろう。そこまで言うのなら、この情報(ネタ)で捜査が進展したら、情報を真っ先にくれてやろう。その代わり、君の局も責任をもって、捜査に協力して貰うぞ?」


 佐々木は、カメラに向かって、放映中の司会者に意思確認すると、即時に許可が下りた。


「…局から許可を得られたので、喜んで協力しますよ」


「良し、決まった。この会見をご覧の全国民の皆さま。静岡県警察本部(捜査本部)では、真実を追究するために、継続捜査を展開していきます。身柄を拘束しても、100%の確信がない以上、それは事件解決ではありません。村松弁護士は、全国の皆さまがご承知の通り、敏腕弁護士です。一月に俳優の三谷さんが、村松弁護士によって逆転無罪となりました。犯人を送致したのは、静岡県警察本部(我々)であり、苦労した事件でした。静岡県警察本部(我々)にとって村松弁護士は、裁判では戦う相手でもあった。しかし、これは司法の判断であり、あの裁判がきっかけで、村松弁護士を拘束した訳ではありません。警察は、司法に公正な判断を求める機関であり、弁護士もまたしかりです。もう一度言わせて頂きます。100%の確信がない以上、それは事件解決ではありません。どうか、この事を察して頂き、配慮をお願いしたい。…以上、会見を終了します」


 会場中の誰もが、『村松弁護士は、犯人のはずなのに、警察は肯定をしない。まだ明かせない事情があるのだろう』と思える会見となった。当然、30時間後には、検察に送致される事を見越した山ノ内の発言である。肯定も否定もせず、真意を逆に訴えたこの発言は、質問はおろか、『村松弁護士が本当に犯人か?』まで、国民の目に止まる事となり、身柄を拘束した事は、『真犯人から身を守る為だったのではないだろうか』と問題をすり替える結果に繋がった。これにより、山ノ内は見事に『誤認逮捕』を払拭させ、強引ではあるが、無事に幕引きさせたのである。


 警視庁で静観していた安藤も、一安心した。


(…全く。山ノ内も、会見が上手くなったじゃないか。今の会見を観た国民は、村松弁護士が真犯人(ホンボシ)とは思うまい。ましてや、まだ背後に誰かいると勘ぐりたくなる。検察も同意見だろう。何より、真犯人(ホンボシ)が、これを観ていたらどう思うか?窮地を期待して密告をしたのだろうが、今のままでは、村松弁護士の命を奪うことも至難の業だ。尻に火がついたのは真犯人(ホンボシ)かもしれないな)


 タクシーの車内で、ラジオ放送を聞いていた佐久間も大いに感心した。


(さすがは、山ノ内課長。危機をものともせず、世論を味方に付けたか。真犯人(ホンボシ)も、この会見を観ていたはずだ。急がねばなるまい)



 ~ 村松弁護士事務所 ~


 逮捕の報を受け、野次馬や報道陣が殺到してると思いきや、事務所前には誰もいない。それどころか、何事もなかったように、通常営業している。これには、佐久間たちも困惑した。


「驚いた。てっきり、中にも入れないのだろうと思っていたが」


「本当。報道陣なら、直ぐにでも押しかけるのに。会見が効いたのかしら?」


 おそるおそる事務所の玄関を開ける。


「いらっしゃいませ、村松弁護士事務所にようこそ」


 受付が、ごく普通に接してくれる。


「あの、警視庁捜査一課の佐久間と申します。村松弁護士の奥さんはおられますか?」


 受付は、すぐに内線連絡をする。


「只今、奥様あてに警視庁の佐久間様がお見えです。…はい、そうです。…はい、その様に伝えます」


「すぐに来られるようです、応接室でお待ち頂きたいと。どうぞこちらへ、ご案内します」


 三分後。


「わざわざ、すみません」


「事務所まで押し掛けてしまい、申し訳ありません。表には、野次馬や報道陣がいませんね、会見が効いたみたいだ」


 妻も、不思議そうな表情で頷くばかりだ。


「ニュース速報が流れた時は、少しの間、悪戯電話があったくらいです。それ以外は、いつもと変わりません。村松がいないくらいのものです」


「安心しました。気丈に振る舞う訳でもなく、自然体だ」


「村松が襲撃されてから、また何かの事件に巻き込まれるかもしれないと、覚悟はしてましたので。それに…」


(………?)


「何かありましたね、事情を教えてください」


「…奥様」


「…みんな。この刑事さんはね、村松の親友で、信頼出来る優秀な方よ。村松からは、不測の事態には、全て話すよう言われています。それに、村松を救える唯一の人だと思って接して欲しい。…この通りよ」


(………)


 従業員たちも、妻につられて頭を下げると、佐久間たちも深く頭を下げた。佐久間は、何故自分が捜査に関与する事になったのかの事情を全員に説明し、妻は勿論、従業員たちも詳細を知らなかった分、事件の深さに驚愕したが、何としても村松弁護士を助けようと団結した。


「まず、事実確認の前にお尋ねします。今いる人員(メンバー)が、従業員さん全員ですか?」


「そう言えば、良子ちゃんがお休みです」


「あら、本当だ?」


「生理痛で休むってメール入ってました」


「…だそうです」


「それは、仕方ないですね。…では、事実確認をしていきましょう。皆さんは、村松弁護士が弁護した人間が、今年だけで、既に三人死んでいる事を知っていますか?」


(------!)

(------!)

(------!)


 一同が驚きの声を上げる。川上真澄は、静かに全員の挙動を確認している。目で『嘘を言っている素振りなし』と佐久間に伝えた。


「では、二人目の殺人事件後、村松弁護士が現場不在証明(アリバイ)を聞かれた話を、知っている人はいませんか?」


 妻だけが、挙手をした。


「一人目は二月十三日深夜から二月十四日の未明に殺され、二人目は三月二十七日に殺されています。この二日について、村松弁護士の行動を把握している方はいらっしゃいませんか?」


「業務時間なら、私が把握しています」


「お名前は?」


「村上と申します」


「村上さん。では、その日のスケジュールを教えてください」


「はい。二月十三日夜は、浜松市中央区の柴山和俊税理士の事務所に行っており、二十一時に戻られました。二月十四日は、業務開始時から過払い金請求の相談を受けておりまして、十五時に早終いされました」


「ああ、それ覚えてる。バレンタインなので、みんな早く帰って良いよって言ってくれました」


「そうですか。では、三月二十七日はどうですか?」


「午前中は、小松地区に在住の方の財産放棄相談、午後は、十六時まで遺産相続の相談を受けていましたね。何度も、腕時計を見ながら、『もう健康ランドに行く時間だ!』ってバタバタしてました。詳しくは知りませんが、何でも、二ヶ月くらい健康のために、夕方から朝までは寝泊まりするんだって張り切っていましたよ」


(あの事か)


 当時の様子を思い出したのか、妻は笑いを堪えている。


「それは、私が提案したんです。実は、以前から村松弁護士から相談に乗っていました。第一殺人事件の現場不在証明(アリバイ)を聞かれた村松弁護士に、第二殺人事件が起きた場合、潔白を証明出来るように、当面の間、不特定多数の場所で寝泊まりするよう促したという訳です」


 これには、全員が『ああ、そういう事だったのか』と納得している。


「次に、何者かに襲撃を受けた件ですが。…これは一旦飛ばしましょう。伺いたいのは、六月四日の夕方から二十一時までの事です。ある程度の情報は把握していますが、信憑性を問うために、内容を伏した状態で確認作業をしたい。何でも結構です、知っていれば教えてください」


(……どうする?)

(…あれは、まずくない?)

(口外しないようにって言われてたよね?)


 急に、誰もが口を閉ざした。思い当たる節があるようだが、モジモジしている。そんな様子を見かねた妻が、発破を掛けた。


「全員口を開けて。最初に言ったけれど、守秘義務は関係ないわ。もし、何か口止めされていたとしても、突破口を見つけない限り、村松弁護士(あの人)は帰って来ない。お願いだから、ありのままを話して」


 本当に大丈夫なのか?と互いに顔を見合わせる。


「…村松弁護士(せんせい)が、このまま送致されたら守秘義務も何もないわ。私たち、事務職も村松弁護士(せんせい)も両方失ってしまう。それでも良いの?」


「…なら、村松弁護士(せんせい)とやり取りした私から話ます」


「えーと。失礼ですが…」


「安部です」


「では、安部さん。お願いします」


「六月四日の十九時半頃だったと思います。加藤って方からの電話を私が取り次ぎました。村松弁護士(せんせい)は、当初穏やかに話していましたが、突然怒りだし、『裁判って何を馬鹿な事を!』と立ち上がりました。みんな、何事かと思い聞き耳を立てていたら、今度は『止めなさい!そんな所行っちゃ駄目だ。逆に殺られたらどうするんだ?話を聞いてやるから』と、二十一時に小林駅まで来るよう説得していました」


(…留置場での証言と一致する)


「それで、その後はどうなりましたか?」


村松弁護士(せんせい)は、自分が車を出すからと、車番を教えていました」


「車番を教えてください、メモを取ります」


「はい、車番は浜松 400 む1234。紺のセダンです」


(やはり、二件と絡む同種・同ナンバーだ)


「事情は分かりました。他に変わった点はありませんでしたか?落ち合う時間まで、村松弁護士はずっと弁護士事務所(ここ)に?何時頃、出て行きましたか?」


「…変わった点ですか?」


「みっちゃん、あったじゃない?…ほら、良子ちゃんが」


 安部も、何かを思い出したようだ。


「そう言えば、電話を切った後、村松弁護士(せんせい)が『この事は他言無用』と『みんなに話すが、今夜相談を受ける男は、何か犯行を起こそうとしている。何としても未然に食い止めたい。明日、ひょっとしたら休むかもしれない』って言ってました。それと、その時に良子ちゃんが、『()()()使うのなら、燃料が入っていません。ちょっと行って、給油して来ましょうか?』って給油に行きました」


(…不在の女性が、給油を?)


 川上真澄も、何か気に掛かったようだ。


「念のため、契約給油会社(スタンド)の場所を聞いても良いかしら?」


「何故、契約給油会社(スタンド)があると?」


「業務車両なら、契約給油会社(スタンド)があってもおかしくないわ。だって、駐車場に同じ紺のセダンが五台もあるし。そういう事務所は、ほぼ近くに契約場所を確保するものよ」


 妻も、この発想に心底感心しているようだ。


「流石は、佐久間警部の助手さんね。契約給油会社(スタンド)なら、道本方面に向かって二俣街道を南下すると、浜名歯科クリニック手前にあるわ。佐久間警部なら、場所が分かるはずよ」


「そこなら、良く知っている。後で確認しよう」


「はい、警部」


「良子さんに伺いたかったんですが、不在では仕方ないですね。ちなみに名字は?」


「良子ちゃんですか?名字は、伊藤です」


(…伊藤良子か)


「では、最後に。村松弁護士は、何時に弁護士事務所(ここ)を出発し、何時に戻ってきましたか?」


村松弁護士(せんせい)は、二十時五十二分に発たれました。戻って来たのは…」


村松(あの人)が戻って来たのは、確か二十二時五十分頃です。内線で、私が弁護士事務所(ここ)に呼ばれました」


(………?)


「奥さんが?」


「…はい。船明ダムに行ったら、誰なのかは分からないが護岸の下に見たって。駐車場には、防犯カメラがあるはずだから、自分は間違いなく疑われてしまう。現場不在証明(アリバイ)を聞かれても、『自宅にいた』と言えば、夫婦揃って疑われるから、苦肉の策だが、この事務所内で翌日の夜まで動かず、万が一の証拠として録画をしておくと。自分が捕まったら、佐久間が絶対に助けにきてくれるだろうから、その時に録画映像を渡してくれと」


「それは、凄いわね。そこまで考えているという事は、事務所の防犯カメラ本体の校正記録もバッチリですね?」


「はい、それはもう」


「カメラはどの位置です?」


「入口からのカメラと、観賞用サボテンの中です」


(ほう?泰成は、自分の机脇にそんなものを仕込んでいたか)


 入口からのカメラ以外は、どの従業員も知らぬ事だ。一同が驚きを隠せない。


「みんな、勘違いしないで。村松はね、自分しか角度的に映してないわ。今だから言えるけれど、村松は昨年から()()()()()抱えていた。そして、いつか自分が事件に巻き込まれると予想していた。石橋を叩いて渡る村松だからこそ、取った行動だと笑って許して欲しい」


「…ではまだ、この映像は録画中ですね?」


「はい」


「では、丁度いい。警視庁捜査一課が証人として、今ここにいる事も記録されている。この録画映像を、静岡県警察本部の安波警部宛てに、()()持って行ってください。私からも、安波警部本人に携帯で連絡しておきます。静岡県警察本部(身内)を疑いたくありませんが、()()()()()()()()()()、決して渡さぬようお願いします」


「分かりました」


「それと、浜松中央警察署に行く人数ですが、単身ではなく複数でお願いします。この状況下だ、誰が犯人(ホシ)か分からない以上、危険を回避する意味でもお願いします」


「佐久間警部、ちょっと」


 川上真澄が、佐久間に耳打ちする。


「丁度いい機会だから、村松弁護士のパソコンも見ておきましょうよ。浜松中央警察署(所轄)が証拠品として押収する前に」


「そうだね」


「奥さん。村松弁護士は、昨夜二十一時に身柄を拘束されるまで、どこで何をしていましたか?戻ってから、ずっとこの部屋に留まっていましたか?」


「はい、仰る通りです。一昨日、先程の事を告げると、このソファーで朝まで寝ていました。朝、従業員が来てから、一度だけ自宅で入浴して、またすぐにこの弁護士事務所へ。二十一時前、浜松中央警察署の方が見えて、そのまま身柄を拘束されました」


「村松弁護士は、どのような様子でしたか?少し抵抗したとか?」


 妻は、静かにクビを横に振った。


「拘束される事は、予想してましたから。無言でパトカーに乗り込みましたわ」


浜松中央警察署(所轄)は、身柄拘束後、何か証拠品を押収しましたか?」


「いいえ。まず、身柄を確保するだけだって言ってました。送致まで48時間あるし、証拠隠滅を図る人間でない事も分かっているから、捜査展開次第でまた伺うと。それだけ言って引き上げて行きました」


(……そういう事か)


「佐久間警部。ひょっとして、安波警部が?」


「…そうだろうね。身柄拘束の一報は、すぐに警視庁(うち)静岡県警察本部(向こう)の課長同士で。そして、その情報は直ぐに私の耳へ入る。佐久間の事だから、翌日の早い段階で現場検証をする。『それまでは黙って泳がしてやろう』って、安波警部なら考えそうだ」


(安波警部、感謝します)


「そうと決まれば、証拠品を押収される前に、事務所内部と村松弁護士のパソコンを見せて頂いても構いませんか?」


「ええ、主人から暗証番号を聞かされています。二段階認証で、一個目の暗証番号入力してから、次の暗証番号入力まで二十秒しか猶予はありません。宜しいですか?」


 佐久間に、暗証番号が書かれたメモが手渡される。


「二段階認証とは、用心深い。いつから、この様な手法を?」


「第一殺人事件で、村松が現場不在証明(アリバイ)を聞かれた時からです」


「…そうですか。では、試してみよう」


「ちょっと怖いわね」


 パソコンの電源を入れると、すぐに『Ctrl』+『Alt』+『Delete』キーを押す画面となり、まず一つ目の暗証番号を入力する。


(…4867CD)


「ピー………二つ目の暗証番号を入力してください。カウントダウンを開始します。20…」


 真っ黒の画面に、白文字の大きな数字が表示され、思わず入力する指が震える。


(…Sk4037)


「ピー………認証完了。システムを起動します」


 デスクトップに、色々なフォルダが出てくる。フォルダ数の少なさから、日頃から整理してパソコン管理をしている感が伺える。デスクトップ上には、マイコンピューターフォルダ、裁判(法人向け)、裁判(個人向け)、法規集、プライベート、そして『佐久間』と書かれたフォルダがあるのみだ。


(佐久間か。…分かりやすいが)


 フォルダを開く。


「ピー………三つ目の暗証番号を入力してください。カウントダウンを開始します。20…」


(------!)

(------!)

(------!)


 大きめな警告音が鳴り、一同の動きが固まった。


「奥さん、このパスワードは?」


「いえ、何も聞いていません」


「どうするの?爆発するんじゃ?」


「困ったな。一体どうしたら、……うん?何か質問が浮かんでくるぞ?」


「佐久間なら答えられるだろう。昔、好きな先生が使っていた言葉四文字は?」


(------!)


「分かるの?」


「…ああ。泰成(あいつ)らしいね。四文字なら、()()しかない」


 佐久間は迷わず、暗証番号を入力。


「●●●●」

「ピー………認証完了。システムを再構築し、起動します」


 佐久間に相談してからの時系列が、弁護士目線で加筆され、デスクトップ上に整列する。それは、村松弁護士が身柄拘束される直前まで、細かく更新されていた。


(…そういう事か、泰成らしいな)


「これを見てくれ、村松弁護士らしいよ。今までの記録が、日記のように理路整然と書かれている。自分が疑われていると知って、取った行動や犯人(ホシ)の予想、それに捜査記録と自身への接触記録なんかもね。…いつか逮捕されるか、命を狙われると悟っていたからこそ、ここまで周到に纏めたんだ。これは、貴重な証拠となるだろう。奥さん、このパソコンも安波警部の所に持って行ってあげてください」


「あの、…警察は、弁護士部分に関するフォルダも見るんでしょうか?ある意味、警察に知られたくない情報が沢山あって、…その、何と言うか」


「当然、見るでしょう。ですが、まだ時間があります。安波警部から村松弁護士本人に確認を取って、間違えて見た場合、今と同じようにシステムダウンするのか、爆発するのか、フリーズするのかを聞いてみます。復元処理(バックアップ)の細工をしてあるようなら、問題ないでしょうし、何重もの解除制限(ロック)を掛けている事から、おそらくクラウド管理までしているでしょう。悪い方向には行かないはずです。弁護士業務は、守秘義務だらけです。迂闊に手を出して、違法捜査だと訴えられたくはありませんから。静岡県警察本部(彼ら)だって、不用意に村松弁護士とは喧嘩したくないでしょう」


「…それなら安心です」



 ~ 十分経過 ~


 しばらくの間、パソコン画面を確認していた佐久間の手が突如止まり、目を瞑った。


 何か、妙な違和感を覚えたのだ。


 確認作業を川上真澄に変わって貰い、一メートルほど背後から画面を確認する。川上真澄も、無意識のうちに指で目を摘まんでいる。


(…何だ、このパソコンから伝わる違和感は?)


 佐久間は小声で、川上真澄に語りかけた。


「何か変じゃないか?文書の内容ではなくて、このパソコン自体が変だ。ブルーライトで目が疲れるという訳でもないが、どこか怪しい気がする」


「それは同感ね。こう、何か重たいというか、凝視しにくいというか」


(…ひょっとして。……十六時半過ぎか、頃合いだな)


 佐久間は、安波警部に電話を入れる。


「佐久間です。記者会見を見られませんでしたが、ラジオで聞いてましたよ。実は、村松弁護士事務所を捜査していたんですが、少しお願いが出来まして。…ええ、そうです。防犯カメラ映像などは、そのまま提供出来るんですが、パソコン本体を警視庁で預からして頂けないかと。勿論、留置場にいる村松弁護士に許可を得てから、内部データを全て複写したものを、お渡しします。別件で、このパソコン本体を調べてみたい事が出来まして。…ええ、お待ちしていますよ。では」


 周囲が、佐久間のやり取りを不思議そうに見つめた。


「皆さん、先程の訂正です。静岡県警察本部が、村松弁護士事務所(こちら)に来ます。今、村松弁護士は留置場におりますが、ご家族はおろか誰も会えません。弁護士なら接見出来ますが、自ら弁護するようなので。そのため、先程の防犯カメラ映像の件とパソコンの件を、本人に確認してから伺うとの事です。小一時間くらい掛かりそうなので、お仕事を続けてください。私たちは、一旦、契約給油会社(スタンド)に行って、所用を済ませたら、直ぐ戻ってきます」


「では、乗せていきますよ」


「いえいえ、お構いなく。地元ですし、歩いても十分程度の距離です。時間もあるし、思い出に浸りながら歩きますよ。何度も関係者が立ち入りますが、お許しください」


 簡単に説明を済ました佐久間は、川上真澄と徒歩で目的地へ向かう。事務所では出来ない相談を、少しでも早く行う必要が生じたからだ。川上真澄も、佐久間と同じ疑問を抱いていたようである。


「ねえ、警部。伊藤良子が怪しいよね?」


「同意見だ。契約給油会社(スタンド)で、事実確認をしようじゃないか。判明したら、徹底的に身辺を洗ってみよう」


「それと、パソコンも何か怪しいわ。伊藤良子ってのが、何か細工をしたのかも」


「今までは、情報管理(セキュリティ)に力を入れてなかったようだからな。伊藤良子が、細工をしているとすれば、第一殺人事件の前という事になる。解明には、時間が掛かるかもしれないな」


「警視庁として預かるの?送致までに間に合うかしら?」


「うーん。組織を通せば、手続きだけでも面倒だからな。その点は、こうするつもりだ。…ボソボソボソ」


(------!)


「なーんだ、そういう事かあ。組織を使わないって言ってたから、変だと思ったわ。それなら、全く問題ないわね」


「ほら、見えてきた。あそこが、契約給油会社(スタンド)だ」


 契約給油会社で、六月四日の十九時三十分から二十時五十分まで、給油した履歴があるかを照会。案の定、伊藤良子が給油した事実はない。


「警部、伊藤良子の行方を捜す?」


(………)


「この事は、まだ事務所関係者(みんな)には伏せておくんだ。店長さん。今、とある事件で村松弁護士を捜査しています。誰に聞かれても、当日の照会記録や話を出さないようお願いします。もし、どこからか漏れたら、今度は、この店を疑わなければならなくなります。申し訳ありませんが、ご協力を」


 店長や従業員たちも、佐久間の発言に従うしかなく、無言で緊張しながら頷く。佐久間たちは丁寧に挨拶しながら、また来た道を戻ると、弁護士事務所前に差し掛かるところで、赤いライトが視界に入った。


(思ったよりも早かったな)


「佐久間警部、お疲れさまです!」


「鈴木警部に、榎田くんまで。…安波警部、ご足労を。重ね重ね、ご配慮感謝します。人数が多いほど、捜査資料の引渡しに信憑性が増すというものです。それに、皆さんに事務所に入る前、何点か耳に入れておきたい事があります」


静岡県警察本部(うち)も、記者会見で大見得切りました。昼間発言した事を一部訂正します。村松弁護士は、現在は容疑者(クロ)ですが、潔白(シロ)になる可能性が高い。この事件には、必ずや黒幕がいる」


(………)


「黒澤君枝ですか?」


(------!)

(------!)


「気づいてたんですか?」


「記者会見の様子は、ラジオで聞いていました。匿名のFAXが、愛知県豊橋市のコンビニであると聞いて、ピンときました」


(やった。佐久間警部もそう思ったんなら、当たりに違いない)


 佐久間は、間髪入れず釘を刺す。


「榎田くん。浮かれてるのはまだ早い。それはおそらく偽情報(フェイク)だぞ」


(------!)


「何故ですか?」


「ここまで、手がかりを残さない犯人(ホシ)だ。匿名のFAXから足がつくと思えないし、時間稼ぎも見え見えだ。だから、ここから逆を考えなさい。時間稼ぎをするという事は、犯人(ホシ)は何かを警戒している。…それは、今捜査している内容が合っているという事だ」


「つまり、まだ捜査していない中に、事件関係者(マルタイ)犯人(ホシ)がいると」


 佐久間は、ニコリと頷いた。


「佐久間警部。それなら、静岡県警察本部(こちら)も踊らされている素振りをした方が良さそうですね」


「ええ、鈴木警部。無駄足になっても、豊橋市に行く素振りだけでもするべきだと思いますよ」


「では、喜んで豊橋市へ赴きますよ。それよりも耳に入れておきたい事とは?」


「全員、お耳を。…ボソボソボソ」


(------!)

(------!)

(------!)


「伊藤良子って女がですか?」


「はい。時間の関係で、現状は泳がします。ですが、彼女の身元・交友関係・過去の裁判での接点記録などを洗ってください。おそらく、まだ会っていない被告、原告のどこかと繋がるはずです」


「村松弁護士事務所の映像記録は回収し、確認します」


「お願いします。でも、一点だけ意見を言わせてください。村松弁護士は、身を守るためとはいえ、記録を残しすぎた。この行為は、逆に検察に怪しまれるかもしれない。検察へ証拠品として出すかは、中身をよく検証してからとしてください。昔から、()()()()()()()()()()()()


「分かりました。ちなみに、村松弁護士からは、パソコンの回収・複製・持ち出しの全てについて、了承を得ています。暗証番号(パスワード)入力を失敗した場合、確かにパソコンは壊れるそうですが、クラウドで復元出来るため、パソコン代だけ補償してくれれば、壊れても問題ないと」


「村松弁護士らしいですね。でも、これで安心しました。中身の複製は、静岡県警察本部に渡して、本物(オリジナル)は、警視庁で預かります」


 安波が、思いを告げる。


「パソコン解析なら、静岡県警察本部(うち)の捜査二課でも出来ます。稟議を回してからになる為、手続きの時間は要しますが」


「ええ、確かに。捜査二課検証(それは)は、私も考えました。でも、万が一、警察内部に犯人(ホシ)いたら事件は終了(アウト)です。静岡県警察本部(こちら)の捜査記録を、把握出来る者がいるか、盗撮・閲覧技術に長けた者が、犯人(ホシ)の手先として潜り込んでいるかもしれない。そう考えると、パソコンの本物(オリジナル)は、捜査本部に無い方が宜しいかと思います」


「…なるほど」


「少々、事態が動き始めました。表向きは、あくまでもですが、静岡県警察本部が主導。そして、警視庁は捜査に加わらない。ですが、裏では一つずつ真相を解明していく。これが、事件解決の最短です。その点をご理解頂き、今後も、暗躍しながら繋がっていきます」


 安波たちも、この意見に満足したようだ。


「分かりました。送致までは到底無理ですが、なるべく早期に決着つけましょう」


「ええ、よろしくお願いします」


「ちょっと、私を忘れないでよね」


「そういえば、この方は?同じ警視庁の方ですか?」


 安波が、得意気で庇う。


「馬鹿野郎。この人はだな、天才女性小説家の…」


「川上真澄です」


「小説家?……まあ、佐久間警部のお仲間なら、疑う余地はありません。我々は…」


「もう知ってるわ。鈴木警部に、榎田くん。よろしくね」


(………)

(………)


「まっ、まあ、ともかくだ。佐久間警部経由で、村松弁護士事務所の捜査資料を頂こう。…では、佐久間警部」


「ええ、お願いします。私たちも、まだ行くところがあります。急がないと日が暮れてしまう」

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