佐久間の要請
~ 静岡県警察本部捜査一課 ~
「おはようございます、山ノ内課長」
「やはり、飛んで来たな。朝一からとは良い心掛けだ、佐久間警部」
名前を最後に付けることで、同じ警察組織でも、互いの捜査に対する見解に『見えない壁』があると、捜査一課内の課員たちは肌で感じた。二人とも表情は穏やかであるが、目は笑っていない。佐久間が村松弁護士逮捕の報を受けて、飛んで来たのは明白だからだ。
『捜査の鬼』と呼ばれる山ノ内捜査一課長に佐久間はどう話を持っていくのか、課員たちは業務の手を止めて刮目している。
「課長。早々に安藤課長に連絡を入れて頂き、助かります」
「佐久間警部には助けられているし、安藤も同期だ。せめてもの情けだよ。…まず、静岡県警察本部から尋ねる。時間の無駄だ、直球で話をするぞ」
「…承知しております」
八時三十五分にして、一触即発である。周囲がこの空気に耐えられない。
「警視庁は、静岡県警察本部と連携するのか、軋轢を生んででも抗うのかどちらを選ぶ、佐久間警部?佐久間警部は、警視総監の代役で来たのだろう?安藤も先程の電話口で言っていたぞ、『全ての権限は佐久間にある。警視総監の布施も、佐久間に一任した』とな。つまり、佐久間警部の発言は、警視庁の総意そのものだ。答えによっては、静岡県警察本部も相応の態度で臨まねばならなくなった。考えを示したまえ」
(…聞いたか?)
(警視総監の了承得ているらしいぞ)
(佐久間警部って何者なんだ)
山ノ内の今の発言で、佐久間が警視庁の代表として来たことは確定している。捜査方針の違いから、同じ行政機関でも仲違いし、当面の間、捜査協力を見送る例が稀にあるのは事実である。村松弁護士の逮捕を命じる前に、安波警部が躊躇したのも、警視庁と静岡県警察本部の仲違いが生まれるだろうと脳裏をよぎり、判断を鈍らせたからだ。全員が、佐久間の発言に固唾を呑む。
「警視庁は、特に意見しないし何もしませんよ、課長」
(------!)
「本気と捉えて良いんだな。後から、踵を返すことはなかろうな?」
「勿論です。警視庁は、前言のままです。捜査権は、静岡県警察本部と山ノ内捜査一課長にあり、警視庁は、あくまでも一歩引いた捜査を行う。これは、現時点でも変更はありません。静岡県警察本部が、村松弁護士を容疑者として、逮捕したのであれば、組織としては支持します。そのため、何もしません」
(そういう事か)
「今、『組織としては』と言ったな。友のため、茨の道を進むのか?」
(どういう意味だ?)
(さあ?)
(課長たちのやりとりは分かり難いな。直球勝負じゃないのか?)
(黙って聞けよ)
「警視庁捜査一課、佐久間としては、今までの捜査経過を知っているし、妥当であると思っています。そのため、安藤課長には三週間の期間限定ですが、『休暇申請と辞表願』を預けております」
(------!)
(------!)
(------!)
(…やはり、そうか)
「三日間の休暇取得ならば、送致を阻止するために動くと思ったが、『勾留も視野に入れた』んだな」
「はい。熟練の安波警部が、苦悩の末逮捕に踏み切りました。相応の決断をした事から、これを覆すには72時間では無理です。なので、残り20日間に自分の刑事人生全てを賭けて、親友を救います。これは警視庁捜査第一課警部の立場ではなく、私事都合なので一刑事としての意地とお考えください」
「…検察が事件を認知し、勾留請求をしなければ即確定だ。それでも勝負するのか?」
「起訴された時点で、私の負けです。でも村松弁護士は、絶対に被疑者として容疑を認めないでしょう。この事から、検察は勾留請求を最大限行う流れになるはずです。つまり、20日間のうちに勝負をつけます」
(………)
山ノ内は、どこかに電話を掛ける。
「…山ノ内だ。弁護士でなければ、家族でも面会出来ないんだったな?…なら安波、お前が同席して捜査に必要な確認として、留置場で村松弁護士と接しろ。…ああ、静岡県警察本部に来ている。一時間後には、浜松市に行くはずだ。後は、頼んだぞ」
「……山ノ内課長」
「敵に塩を送る…か。面会出来ないんじゃ、仕方あるまい。あくまでも、静岡県警察本部の安波が、緊急性を伴う必要な事項を聞くために、一時的に留置所に入る。佐久間警部は、筆記係で補助するために、安波に要請された。それを忘れるんじゃないぞ。既に、逮捕から12時間が経過している。無駄話している時間はない。…行ってこい」
「……ご配慮、感謝します」
立ち去る佐久間に、どうしても聞きたい事が山ノ内にはあった。それは、山ノ内自身が、事件当初から疑問に思っていた『事件の全体像』である。昨夜、安波警部から村松弁護士の逮捕報告を受けた時、実際のところ、『ある種の違和感』を払拭出来なかった。状況証拠が揃った以上、村松弁護士の身柄を拘束した安波警部の行動は、否定される事はないはずである。しかし、刑事の感が、山ノ内に『違う』と待ったを掛けている。佐久間も、自分と同じ気持ちだからこそ、進退を賭けて臨もうとしている事が、痛いほど理解出来るのだ。
「これで終わると思うか?」
課員たちは、誰もが山ノ内の質問が『的を射ていない』と勘違いする。だが、佐久間もまた、山ノ内の心中を瞬時に察した。そのため、『静岡県警察本部では、まだ腹を見せない』と決めていた佐久間も、先を見据えた回答をすることにした。
「ここまでが、序章だと思ってます。本番は、おそらくまだ始まっていません。次に起こる『第四殺人』が本当の事件。だからこそ、安藤課長に辞表願を預けました。私の全てを注ぎ、これを全力で阻止します」
(------!)
「方策は、あるのか?」
「それは、既にここにあります」
佐久間は、そっと自分の頭を指差した。
「まだ、朧気ですが、真犯人の印象が、浮かび始めてきました。次の第四殺人には、今回の村松弁護士逮捕が必須でした。親友の救出と真犯人の身柄拘束。これを同時に対処したいと思います。…では、課長。失礼いたします」
山ノ内にも、佐久間の着地点が読めない。だが佐久間は、自信をもって先を見据えている。静岡県警察本部の誰もが分からない先の事をである。
(…安藤。この男こそ、本当に上に立つ者の姿だと確信したぞ。組織を守りつつ、時には組織とも平然と戦い、たとえ組織の後ろ盾がなくても、凶悪犯には一人でも毅然と戦える。自らが先頭に立ち、背中で部下を守りやがる。こういう男に憧れて目指していた事を、今更ながら思い出したよ)
山ノ内は、立ち去る佐久間の背中に、かつての自分を重ねた。そして、部下たちに発破を掛ける。
「警視庁の刑事一人に事件を解決されたら、それこそ恥の上塗りだぞ。村松弁護士を逮捕したからといって気を抜くんじゃない。まだ第一犯行と第二犯行の真犯人が確定していないんだ。不退転の覚悟で、走り抜け!」
~ 九時五十二分、浜松駅6番線ホーム ~
「佐久間警部!」
(……ん、この声は?)
JR新幹線こだま637号・新大阪行が、浜松駅6番線ホームに到着すると、安波警部が単身で出迎えていた。
「山ノ内課長から、再度連絡を貰ってたんです。静岡県警察本部としては、公に佐久間警部の行動を歓迎は出来ない。その為、パトカーで送迎することも出来ない事をご容赦願いたい。まずは、この件を佐久間警部にお伝えしたかった」
佐久間は、ニコリと安波に手を差し出し、安波もホッとした表情で握り返す。
「村松弁護士を逮捕した安波警部の苦悩、私は支持してますよ。それに、こうして浜松駅まで出迎えてくれた誠意と真意、有り難く頂戴しました」
安波は、心を見透かされ、苦笑いする。
「やはり、お見通しでしたか。浜松中央警察署に行けば、静岡県警察本部・浜松中央警察署・浜松東警察署合同の捜査本部が設置されています。合同捜査本部で、個人的に動こうとする佐久間警部に捜査状況を公式に説明する事は出来ません」
「至極当然です。静岡県警察本部が苦労して逮捕した犯人を、否定するために来たのですから。誰でも同じ措置を執ります」
佐久間の考えを聞いて、安波は安心した。自分が逆の立場でも同じように答えたからである。だが、佐久間はどうやって個人の力で捜査を展開していくのか?そこで安波は、佐久間から情報を少しでも引き出そうと試みる。
「駅から少し離れますが、喫茶店でお茶でもしませんか?昨日の詳細をお伝えしたいのと、佐久間警部の考えも伺ってみたい。自分の中で、どうしてもモヤモヤが解決しません」
(…村松弁護士が、本当に犯人かどうか半信半疑だからだな)
「そうですね、私も美味しいコーヒーが飲みたい。でも、お願いがあります。もう少しだけ反対ホームでお待ち頂けませんか?」
(………?)
「反対ホームですか?」
「ええ、間もなく到着するはずです」
~ 十時十五分、浜松駅5番線ホーム ~
JR新幹線こだま640号・東京行が、定刻通り5番線ホームに到着すると、一人の女性が何やら文句を言いながら、ホームに降り立った。
「もう、いつも突然なんだから」
ゆっくりと背伸びをする女性に、佐久間が近づく。
「佐久間警部、この女性は?」
「助手のワトソンです」
「それは男でしょ」
「失礼、彼女は…」
女性は、ニコッと愛想笑いを浮かべ、安波の手を握りながら挨拶をした。
「ある時は、私立探偵。ある時は、一人の母親。そして、またある時は、ミステリー作家の川上真澄です」
「…気は済んだかな?」
「やってみただけよ、今書いている小説のイメージに近いしね。…では改めて、川上真澄です。警視庁捜査一課の佐久間警部とは既知の仲で、たまに警視庁の捜査を手伝っています」
「はあ、そうなんですか。静岡県警察本部の安波です、よろしく」
「よろしくお願いしますわ」
安波も、この展開は想定していなかったのか、どう対処して良いか途方に暮れる。
「彼女の本業は作家なんですが、私と一緒に難事件を度々解決しています。今回の事件、私一人では限界があるし、彼女の知恵を少々借りたいと思いまして。昨夜遅くですが、要請をしました。私と彼女は、表だって浜松中央警察署内を彷徨く訳にもいかない、その為の措置です。ご理解ください」
「分かりました。では、こんな所で何ですから」
(………?)
「美味しいコーヒーを飲もうって話してたんだよ」
瞬時に何かを悟った川上真澄は、思った事を口にする。
「…そういう事ね。訳ありで所轄署じゃ話せないから、先に忖度するんだ。安波警部さんって、優しいわね。これだけでも、今の二人の状況が、何となく分かったわ」
(------!)
「佐久間警部、川上真澄にはどこまで話を?」
(………?)
「まだ何の情報も伝えていませんよ。先入観に囚われると、今回の事件は絶対に解決出来ませんからね。今日から20日間、一緒に行動する旨だけ伝えています」
(…これが本当なら、相当の切れ者だ。佐久間警部からも信頼を得る…か)
~ 遠州鉄道、新浜松駅近くの喫茶店 ~
店内入口でコーヒーと紅茶を注文すると、最奥の席を選び、周囲に注意しながら会話を始めた。
「佐久間警部。捜査状況を説明する前に、大変申し訳ありませんが、彼女の素性をもう少し聞かせてください」
佐久間は、笑顔で頷いた。
「勿論です。彼女の名前は、先程申した通り川上真澄さんです。現在は、本名で執筆をされています。今までは九条大河のペンネームでしたがね」
(九条大河?九条…九条…。って、あの九条大河か!)
「あの『紅の挽歌』事件の?」
「その通りです、世間には出回っていませんがね」
「その事件なら、静岡県警察本部も応援を出しました。愛知県警察本部からの要請で、豊橋市大樹寺付近の堤防を、パトカーで封鎖しましたから」
「その節は、助かりました」
安波は、少し興奮気味だ。周囲を見渡し、小声で話しを続ける。
「でも、九条大河は死んだはずでは?」
「ええ、世間的にはね。でも、九条大河は、この通り生きていますよ」
安波は、丁寧におしぼりで手を拭いた後、川上真澄に握手を求めた。
「改めて自己紹介をさせてください。静岡県警察本部の捜査一課警部をしている安波です。九条大河作品、何冊も持っていますよ。あの緊張感が堪りません、昔からの大ファンです!」
感動で、安波の手が震えている。
「ふふ、ありがとうございます。どんな作品がお好きでしたか?」
「永遠の春、忘却の彼方、荒野への疾走、オホーツクに消えた女。それに何と言っても、藤原家殺人事件。まさかの人物が真犯人とは。…あれには、良い意味で裏切られました」
「安波警部も、中々、玄人好みですね。…私も大好きですよ、取材に苦労した分、思い出深い作品です」
川上真澄は、余程嬉しかったのか、短編小説を取り出すと、巻末に署名して安波に手渡した。
「来月発売予定の試供本ですわ。良かったらどうぞ」
(うおおおお!)
「家宝にします!……佐久間警部。素性を聞かせろなんて、とんだ失礼を申しました。あの事件を解決した佐久間警部が、今こうして九条大河を同伴されている。これだけで、信用に値する。…いや、それ以上だ」
佐久間と川上真澄は、目を合わせて笑った。
「飲み物が来てから、昨日の詳細を説明します。川上真澄さんには、連続殺人事件の概要を」
「ええ、よろしくお願いします」
~ 一時間経過 ~
安波は、これまでの事件経緯と村松弁護士逮捕までの流れを説明している。佐久間たちは、メモを取りながら、不審な部分を洗い出そうとしていた。
「村松弁護士は、二箇所の事件現場に、ほぼ同じ時間帯で現れたという事ですね?」
「はい、防犯カメラ本体の校正記録も確認しました。品質も確保されて信憑性もあり、正確な記録として残っています」
「うーん。…じゃあ、どちらかが偽者って事になるわね。ちなみに、村松弁護士っていう人を逮捕した決め手は何だったのかしら?」
「加藤昭博が、殺された時刻は二十二時二十五分です。小林駅前から時速七十キロメートルで、二十二時二十四分に通過。三百メートル離れた事件現場まで換算しても、移動速度と移動距離の整合性が取れました。犯行直前の画像がある以上、真犯人が他にいるとは考えにくい」
「佐久間警部はどう思う?」
「船明ダムの駐車場で見かけた村松弁護士が、本物のような気がするけどね。二十一時から二十一時三十分まで苛々しながら誰かを待っていた。この仕草は、私のよく知る村松弁護士だよ。小林駅前から船明ダムまでの所要時間も整合性が取れているしね。何よりも、護岸の上から下を気にして見たところが、話を聞くだけで目に浮かぶよ」
「でも、村松弁護士はどうして下を見たのかしら?防犯カメラがあるって事を、知らない訳でもあるまいし。弁護士だし、頭はそこそこ切れるはずよ。ましてや、自分が渦中にいる事も承知のはずだし。安易に不審な行動はしないと思うんだけどな」
(………)
佐久間は、防犯カメラの比較映像を見ながら、何か思いついたようだ。
「村松弁護士は、事件前に加藤昭博と連絡を取り合ったんじゃないかな。先程の経緯説明では、十五時の段階で、加藤昭博と岡田順平が揉めた。岡田順平の恋人談では、二十時三十分の段階で、音信不通となった。…ここから、ある仮説が生まれるんですよ」
「…あっ、そうか。はいはい、そういう事ね♪」
川上真澄も、何かに気がついたらしい。安波だけが、仮説の意味を理解出来ない。
「お二人とも、何を気がついたんです?」
「佐久間警部、私が説明しても?」
「ああ、どうぞ」
川上真澄は、メモ帳に簡易的な相対図を書き込みながら、解説を始めた。
「この相対図を見て。おそらく十五時の段階で、岡田順平は加藤昭博に金を請求し、強請ったんだと思うの。その玩具店が、加藤昭博にとって、どの程度の思い入れがあるのかは不明だけれど、このご時世に、正社員になれたんだから、絶対に辞めたくなかったはずよ。そこで加藤昭博は、自分の過去を知る岡田順平を殺そうって思った。殺したら、自首でもしようと思ったんじゃない?世話になった村松弁護士が、脳裏をよぎり、犯行前に相談をした。話を聞いた村松弁護士は、直ぐに犯行を止めようとした」
(…ほぼ一緒の見解だ。以前より、勘が鋭くなったな)
「何時の段階で、加藤昭博から電話を受けたかは、弁護士事務所で裏をとれば良いんじゃないかしら?村松弁護士は、おそらく加藤昭博に『二十一時に落ち合おう』と持ち掛けた、…どこだっけ?」
「小林駅前」
「そうそう、小林駅前に来るよう指示していた。でも、三十分経っても加藤昭博は現れない。だから、ずっと苛々してたんだと思う。そして、加藤昭博が自分の指示を無視して、船明ダムに向かったのだと思い、車を急発進させた。二十二時十分、船明ダムに到着した村松弁護士は、二人が決闘する話を聞いていたので、結末がどうなったかを知るために、恐る恐る上から覗いた。でも、土壇場で怖くなり踵を返した。…これでどうかしら?仮説としては、十分に成立すると思うわ」
「うん、そんなところだろう。玩具屋の店長と岡田順平の勤め先、これらの裏を取っていませんか?」
「いや、まだだと思います」
「では、岡田順平の職場、…うなぎ屋でしたね。その場所から、裏を取ることにしましょう」
「玩具屋ではなく、岡田順平の職場を先にするのは何故です?」
「勿論、真犯人が岡田順平をそそのかした疑いがあるからです。加藤昭博と岡田順平。この二人が、本当に偶然に再会をしたのか?誰かが、加藤昭博の所在を吹き込んだのでは?と疑ってみましょう。まず、村松弁護士を嵌めるためには、これまで通り、村松弁護士が弁護した人間を利用する必要があります。どの過程で、加藤昭博に目を付けたのかは分かりませんが、加藤昭博を利用するにはどうしたら良いか?犯人は、加藤昭博の経緯を調べていく内、裁判後に離職した事に目を付けた。前職で、因縁がありそうな人間がいないかを探ったんだと思いますよ。そして、岡田順平の存在と性格を把握したうえで、加藤昭博の所在を教える。後は、勝手に二人が接触するのを待つだけです。私が真犯人なら、このように誘導していきます」
(…駄目だ。この二人は、自分とは役者が違いすぎる)
「安波警部。もう一度、解決していない内容を整理してみましょう。極力、簡潔の方が良い」
佐久間は、白紙のコピー用紙に課題点を整理していく。
【未解決の内容】
○第一殺人:松本剛(絞殺)二月十四日未明、遠州鉄道『八幡駅』付近で遺棄
原告側の現場不在証明:確認済
○第二殺人:中田光治(絞殺)三月二十七日未明、遠州鉄道『積志駅』付近で遺棄
原告側の現場不在証明:確認済み、村松泰成の現場不在証明:確認済
○第三殺人:加藤昭博(ひき逃げ)六月四日二十二時二十五分、遠州鉄道『小林駅』付近で遺棄
村松泰成の身柄を確保(犯行映像より)
○加藤昭博⇔岡田順平(元同僚)⇔真犯人(元の職場)接触を捜査する
【現在実施中で、終わってない捜査】
○村松弁護士の担当事件(逆転勝訴のみ)
・平成十三年七月 浜松市浜北区幼児誘拐事件
(原告:河合達彦、当時四十三歳。被告:野中英二、当時三十九歳)
両者の現場不在証明:確認未
・平成十七年六月 浜松市北区無差別通り魔事件
(原告:富永宏、当時二十八歳。被告:川上敬吾、当時三十歳)
富永:確認済(挨拶段階で×) 川上:確認未
・平成十九年五月 浜松市北区婦女暴行事件
(原告:桜庭光恵、当時三十八歳。被告:渥美直樹、当時三十二歳)
両者の現場不在証明:確認未
【村松弁護士に特化した問題】
○頭部の電子標識器具(いつ、どこで)
○昨日の現場不在証明(聞き方の工夫が必要)
○何故、ここまで執拗に恨まれるのか(誰に)
○防犯カメラに映る、二人の村松泰成と二台の車(車種、車番等)
二箇所とも、容姿が肉眼で確認出来るか等
佐久間の手によって、次々と問題点が浮かび上がっていく。安波も、自分なりに整理しているが、改めて見ると、捜査線上に虫食いの穴が目に付く。
「今までの内容から、控除出来るものは消しました。船明ダムの県道箇所を含もうかと考えましたが、他に優先することがありますので…」
(………?)
「失礼ですが、佐久間警部はどの部分を捜査していくつもりですか?」
「勿論、最短距離で捜査します。時間は、残り19日と11時間しかありません。一点お願いしたい事があります。まだ捜査出来ていない原告と被告の所在三件のうち、上から二つを至急調べて欲しいんです」
思わず、川上真澄が溜息をついた。
「…分からないわね。でも条件をつけると言う事は、何か思いつく事があるのよね。…佐久間警部っていつもそう。何で、その二つなの?」
「少しだけ、思うところがあってね」
「分かりました、すぐに手分けして調べさせましょう。既に、鈴木警部が調べているかもしれない」
「ありがとうございます。村松弁護士と接見後、佐久間と川上真澄は、直ぐに地下に潜ります。何か進展があれば、適宜報告するし、真犯人接触の際は、協力を要請します。手柄は、静岡県警察本部で結構です」
(課長の顔を立てると言う訳だ)
「…分かりました。公式には、互いに知らぬ存ぜぬで」
「ええ、それでお願いします」
~ 浜松中央警察署、留置場 ~
佐久間は、緊急的に確認する必要な事項の筆記係として、安波警部と共に留置場に入った。安波は、わざと他人行儀で村松弁護士に話しかける。
「村松弁護士、ご機嫌は如何ですか?」
「最悪に決まってるだろ…う?」
(------!)
「よお、犯罪者!」
「佐久…間?」
佐久間が、何度もウインクしており、安波の様子もおかしい。弁護士である村松泰成は、瞬時に面会のルールを思い出し、咄嗟に、口を両手で塞いだ。
「『とんだ事になったな、眠れなかっただろ?』と佐久間警部が仰っていたので、伝えます」
(…危ない、危ない。そう言う事か)
「まあね、でも遅かったな。送致前の俺には、弁護士じゃなければ会えないはずだから、『どんな忖度したんだ?』って伝えてくれ」
「私は、安波警部の筆記係だ。だから、独り言しか言えないし、筆記するうえでの質問しか出来ない。加藤昭博から、村松弁護士が連絡を受けたのか、村松弁護士から連絡を取ったのか、どちらだったかな?正しく筆記出来なくて困っているんだよ」
(そういう事か。…ベタな演技しやがって)
佐久間らしいやり方だ。
村松泰成も、自分の置かれている状況を忘れ、大笑いしてしまった。それほど、佐久間の仕草が滑稽だからである。
「なら、このように筆記すれば良い。十九時三十分頃に、加藤昭博から連絡を受けた村松弁護士は、船明ダムで誰かと決着つける話を聞いた。過去、世話になった弁護士に再び事件を起こすから、自分の弁護をもう一度だけ、引き受けて貰えるかってね」
(------!)
安波は、驚きを隠せない。昨晩、何を聞いても黙秘するか、自分は潔白だと主張するだけの男が、いとも簡単に自供し始めたからである。
「昨夜、何故その事を話さなかった?」
「加藤昭博を殺したか殺してないかなど、くだらない質問しかしないから無視したまでだ。俺は弁護士だぞ、自分の弁護くらい自分で出来る。それに…。いや、何でもない」
(………?)
このやり取りを聞いた佐久間は、再び筆記する仕草をしながら、独り言を言った。
「えーと、もう一度整理というか要約します。筆記するメモを読み上げるので、合っているかお答えください。加藤昭博に関して、下手な口を開けば、過去に裁判で勝ち取った無実が、覆ってしまう可能性を恐れた村松弁護士は、口が裂けても加藤の行動を肯定することが出来ずに困っていた。せっかく第二の人生を歩んでいるのだから、何としても犯行を止めたい。だが、警察だけには事前に相談する事が出来ない」
(…全く、お前には負けるよ)
「筆記が大変そうだから、ゆっくりと話してやる。良いか、よく聞けよ。二十一時頃に誰かを殺すため、船明ダムに行くと言い張る加藤昭博を制止するため、村松弁護士は、相談に乗るから小林駅に来るように指示をした。小松駅と間違えないように、駅名を指定してだ。だが、三十分待っても一向に姿を見せない。加藤の性格が、猪突猛進だった事を思い出した村松弁護士は、慌てて船明ダムに向かった。免停覚悟で、信号無視までしてな。二十二時十分だったと思うが、船明ダムの駐車場に到着した村松弁護士は、駐車場を見渡すと一台の車が駐まっていたので、心の中で勝負がついたと思った。警察に電話しようか?でも、第二殺人で疑われた自分が何故、次の犯行現場にいる?余計な嫌疑を掛けられる危険性もある。村松弁護士の心は揺れた。…とりあえず、遺体があるかどうかだけでも確認しようと護岸の近くまで行った。遠くに、何かがテトラポットの隙間から見えた」
「…なるほど、長文だな。この時、人命救助するかどうかも悩んだと考察する」
この一言に反応したのか、当時の感情が蘇った村松泰成は、話を続けた。
「…これも追記してくれ。護岸下に何かを見つけた村松弁護士は、もし加藤昭博だったら、その命を救いたいと思った。だが、暗闇の中、護岸を下りる体力も自信もなく、また、船明ダムでの判断が、今後の弁護士人生を左右しかねないと悩んだ末、見て見ぬ振りをする事を、心の中で詫びた」
(………)
安波は、防犯カメラ映像の分析結果を思い出していた。
(…何かを口ずさんでいた。…南…無?……南無阿弥陀仏か!)
「防犯カメラでの村松弁護士は、確かに南無阿弥陀仏と口ずさんでいた気がします」
(……ほう、よく気がついたな)
それを聞いた村松泰成は、二人を見て笑った。
「佐久間は、憎たらしいくらい村松泰成を知っているな。ひょっとして、ずっと傍で見てたんじゃないのか?それと、安波警部。…ご名答だ。監視カメラの事は、頭の片隅にあった。本当は、弔ってやりたかったんだが、疑われるのが嫌で、呟いてたんだよ」
(思った通りだ。ならば…)
佐久間は、ずっと温めていた言葉を切り出した。
「では、安波警部。粗方、文章の構成が纏まりましたので宜しいかと。時間検証は済んでいるし、面会前の推察とも、ほぼ合致します。ただ、最後に確認したいのですが、村松弁護士の頭部に入っている電子標識器具は如何いたしましょう?」
(------!)
「ちょっと待て、電子標識器具って何の事だ?俺の頭にだと?何も聞いてないぞ?俺はどうなる、死ぬってことか?」
(…演技ではなさそうだな)
「安波警部、言い忘れておりました。医師の話では、命に別状はないらしいです。だが、村松弁護士が襲撃された際、犯人が何の目的で入れたのか?それを佐久間警部は、絶対に究明してみせると仰ってました」
「そうかね」
「はい。だから、自暴自棄にならず佐久間警部を信じろと。それと、こうも仰っております。頭の良い村松弁護士なら、佐久間の捜査を信じて、最後まで徹底して容疑を否認するだろうと。それは、検察に送致されても変わらぬはずだと。20日以内に、佐久間警部が全容を解明し、必ずや親友である男を救いだすと」
(------!)
「確かに、佐久間警部はその様に言っていたな。それと、実現出来なかった場合は、辞職するつもりらしい。辞職願も捜査一課長に預けてあると、静岡県警察本部から聞いている。最後まで『果報は寝て待て』と言いたかったようだ」
(------!)
(…お前ってやつは)
「…安波警部。佐久間警部によろしく伝えておいてくれ。村松弁護士は、吹っ切れたと。何としても藻搔いて、最長まで検察に勾留請求させるってね。第二殺人でも救ってくれたんだ。自分の人生、親友に託したと。そう必ず伝えてください。…よろしくお願いします」
「…分かった。静岡県警察本部から、必ず警視庁の佐久間警部宛に伝えておく。少なくとも今の証言で、優先的に行うべき道筋が見えた。だが、全容を解明しない限り、村松弁護士の容疑は晴れず、起訴されてしまうだろう。だが、佐久間警部なら、必ずやこれを解明し、今後の捜査に疑義を突きつけられるはずだ。…そろそろ失礼する、緊急的に確認する必要な事項は以上だ」
(耐えろよ、泰成)
(ああ、頼んだぞ)
互いに、無言のまま目で会話する。安波は、羨ましくも見て見ぬ振りをした。
~ 浜松中央警察署、入口 ~
「どうもお疲れさまでした。お陰様で、船明ダムの村松弁護士が『本物である』と認知出来ました。だが、先程も言いました通り、新証拠が出ない限り、村松弁護士の解放は困難です。…その事は、例え佐久間警部でも例外ではありません。何か、これを覆す秘策でもおありですか?」
(………)
「どうでしょうか。鍵を握るのは電子標識器具だとは思いますが、まだハッキリとは。…悲観はしていませんよ、完全犯罪など成立しない。これは、私の持論ですがね、事件の仕掛けが少しだけ見えてきました」
(------!)
「何ですって?一体、どんな?」
佐久間はほくそ笑みながら、駐車場で待機しているタクシーに乗り込んだ。川上真澄も、腕時計を突き出して、次の目的地まで、急ぎたい事を暗に告げる。
「まあまあ、それは追々。その為にも、今から奔走しなければなりませんがね。静岡県警察本部に、ご迷惑は掛けません。幸せな結末で終わらせましょう」
佐久間たちを乗せたタクシーは、二俣街道を北へ移動していく。おそらく、加藤昭博が過去に勤めていた、天竜区へ向かうのだろう。
佐久間警部と川上真澄。
二人が、これからどんな手法で、この難事件を紐解いていくのか?自分では考えつかない手法で、捜査展開していくのだろうと感じながら、第二会議室へ向かう安波であった。




