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記憶殺人 ~ 佐久間警部の暗躍 ~  作者: 佐久間 元三
挫折と希望
12/31

渇望と再会 1

 ~ 四月十三日、JR新幹線ひかり461号 岡山行 ~


 佐久間は単身、浜松市へ向かっている。


 早朝の四時過ぎに浜松中央警察署経由で佐久間の元へ緊急連絡が入ったからだ。


 村松弁護士昏睡の報は、否応なく心を(えぐ)った。


 あの日、村松泰成と別れてから嫌な予感しかなかった。やがて村松泰成の身に危害を加える事になるだろうと。それ故に別れ際、口を酸っぱくして嵌められぬよう忠告したのだ。


 状況が見えず、着の身着のまま東京駅からJR新幹線に飛び乗った。課長の安藤だけには簡潔に伝え、本日予定していた傷害事件の張り込み代替えを依頼した。家を出る時、千春が健気に送り出してくれた。それだけが佐久間を支えている。


(…泰成、まだ逝くな。着くまで絶対に逝くんじゃないぞ)


 安否を祈りつつ、時計の針がいつもよりも遅く感じ、もどかしい。最速で向かっている事には変わりが無いが、何も出来ない自分に苛立ちを覚えてしまう。


(まだ逝くな、まだ逝くな)



 ~ 八時三十分、浜松駅 ~


「佐久間警部、こっちです!」


 浜松中央警察署の榎田が、佐久間の到着を今か今かと待ち構えていた。既に南口でパトカーが待機してくれている。


「ありがとう、助かるよ。何か情報は?」


 サイレンを回したパトカーが急発進する。


「それが、まだ昏睡状態から醒めていません。身体自体の損傷はなく、それだけが救いです。何かの薬を盛られたようです」


「良かった、とりあえず死んでいない。…今はそれだけで十分だ」


(楽観は出来ないが、悲観する事もない。事件対象者(ターゲット)が泰成なら、確実に息の根を止めていたはずだ。状況が分からない以上、下手な詮索は避けよう)


 パトカーは猛スピードで二俣街道を北へ進んでいく。


「榎田くん。村松弁護士はどこで被害に遭ったのか聞いているか?」


「浜北区道本の於呂神社というところです」


「於呂神社?…道本?…どこかで聞いた気がするな。悪いが、病院の後で寄ってくれないか?検分したい」


「了解です。しっかり掴まっていてください、もう少し飛ばします」


 二俣街道から秋葉街道へ入ると、貴布祢地区に差し掛かった。


「村松弁護士は、浜松赤十字病院に搬送されています。あと五分程で到着です」


「浜松赤十字病院?初耳だ、昔は無かったな」


(…泰成、すぐ行く)



 ~ 浜松赤十字病院、集中治療室 ~


 集中治療室前では、どこか見覚えのある中年の男性が、廊下をウロウロしていた。


(------!)


「佐久間じゃないか!」


「柴山か!」


 二十五年ぶりの再会で思わず抱擁する二人を、治療中の看護師が『雑談なら外でやれ』と目で釘を刺す。無言で詫び、佐久間たちは一度、集中治療室から出て話すことにした。


「何故、柴山(お前)浜松赤十字病院(ここ)に?」


「昨夜遅くまで一緒だったんだ。出勤直前に、泰成(あいつ)の奥さんから電話貰ってな。仕事放り出して、慌てて飛んで来た。佐久間こそ、よく分かったな」


「早朝に浜松中央警察署(所轄)経由で連絡を受けてな。…どんな様子だ?」


「…医者が奥さんに『即効性の睡眠薬でも盛られたんだろう』って説明していたのをドア越しに聞いた。それ以上は良く分からん」


「睡眠薬なら、じき集中治療室から出られるさ。一先ず安心だ」


 柴山は周囲の警察官たちから佐久間を遠ざけ、廊下の角へ連れて行く。


「…泰成は何かの事件に巻き込まれているのか?」


「何でそう思う?」


 柴山は少し躊躇いながらも、昨晩の様子を話し始めた。


「昨夜、柴山事務所(うち)村松弁護士事務所(あいつのところ)で合同の花見をしたんだ。夜桜を見ながら、急に泰成(あいつ)が泣き出してさ。こう、何かしみじみとだな。まるで人生の終末を予感する感じにだ」


 柴山は当時の様子を仕草を真似ながら、佐久間に訴える。


(泰成がそんな感傷的に?)


「他にも何か気になる点はあったか?…例えば誰かと会う約束だとか」


 柴山は何かを思い出そうとするが、クビを横に振った。


「特段思い当たる節はないな。…あるといえば、先日佐久間(お前)に会ったと嬉しそうに話したくらいだ」


「ある捜査で接点が出来てね。それで先日会ったんだ」


「…そうか。でも今日会えて良かったよ。飲んだ時に文句言ったから、きっと泰成(あいつ)が会わせてくれたんだ」


「…そうだな。昔から、泰成(あいつ)はお節介焼きだったからな」


 集中治療室から声が掛かる。何とか危機を脱したようだ。


 医師から佐久間だけ呼ばれると、柴山は少し寂しそうだが、佐久間を立て一歩退く。


「すまん、後でちゃんと教えるよ」


「ああ、行ってくれ。俺のことは気にしなくて良い」


 集中治療室の最奥にある二畳程の説明室で、医師がレントゲンを並べていく。配偶者の妻ではなく、刑事の佐久間だけ呼ばれたことから、嫌な予感が脳裏をかすめた。


「浜松赤十字病院の室長、高野と申します」


「警視庁捜査一課の佐久間です。村松弁護士とは級友です。私に話しというのは?」


 高野は扉を閉め、他の者に会話が聞こえない配慮をしたうえで説明を始めた。


「使用された薬についてですが、分かりやすい表現だとクロロホルムです。専門的にはハロホルム反応に該当します。発がん性が高いトリクロロエチレンでなくて良かったですね」


「…吸入麻酔薬ですか。それ以外に何か?」


「これをご覧ください」


 頭部の部分に、一センチメートルほどの四角い白い影が映し出されている。


(------!)


「これは一体?」


「…おそらく電子標識器具(マイクロチップ)だと思われます」


電子標識器具(マイクロチップ)?)


電子標識器具(マイクロチップ)自体は、珍しいものではありません。昔とは違って情報社会です。今では犬や猫だって、血統証付きの動物なら生まれてすぐ埋め込まれますからね。ですが…」


「埋め込まれた場所が悪いと?」


「いえ、そうではありません」


 高野は、しばらくの間沈黙し、言葉を選んでいるようだ。


高野医師(せんせい)?」


「…映画などで似た場面(シーン)を見た事ありませんか?よく捕虜が敵に捕まった時、頭に埋め込まれた電子標識器具(マイクロチップ)が爆発する。…あれです」


(------!)


「まさか!…テロじゃあるまいし。ある殺人事件で村松弁護士が関係しているのは事実です。名誉のために申しますが、村松弁護士は加害者ではなく被害者だ。テロ組織まがいの事件でもありません」


「…そうですか。レントゲンだけでは、性質までは分かりません。もしやと思って伺いました、無礼をお許しください」


「この電子標識器具(マイクロチップ)は放っておくとどうなります?移動して脳に損傷でも出るんでしょうか?」


「それは大丈夫です。この位置なら、一生放っておいても生きられますよ。ただ、患者自身がどう望まれるかにもよりますが」


「……しばらく考えさせてください。時期をみて私から村松弁護士には説明します、どうか家族の方へも…」


「…分かりました。この件は、刑事さんに一任いたします。ご家族も知らない方が良いかもしれません」


「ご配慮感謝します」


「医者が捜査介入すべきでないことは知っていますが、村松弁護士は何者かに命を狙われていますか?クロロホルムで眠らされる場面(シーン)は良く見かけますが、素人は簡単にてを出せません。やってみれば分かりますが、結構配合が難しいんですよ。クロロホルム自体は実際には多少吸引しても気を失うことはありません。せいぜい咳や吐き気、頭痛に襲われる程度です。麻酔性があることは事実ですが、これを発現させるためには相当量を吸引させなければなりません。それに、過度の吸引は腎不全を引き起こし、死に至らしめる可能性が高い。麻酔として用いるためには、吸引量と全身状態を管理された状態に置かねばならないんです」


「とおっしゃいますと?」


「専門知識を有した者の仕業ではないかと」


(------!)


 高野は、静かに話を続ける。


「麻酔としてクロロホルムを用いるためには、麻酔をかけられる側にも『麻酔される意志が必要である』ということです。クロロホルムが肌に触れると、状況によっては爛れを発生させ、一生消えることのない傷を負うことになります」


高野医師(せんせい)、今の発言に少し違和感を覚えました。村松弁護士は知っていて、これを受け入れたと?そのような事あり得るんでしょうか?」


 高野は、神妙な面持ちで静かに頷く。


「ゼロではありません」


(…現場不在証明(アリバイ)は証明された。もし犯人(ホシ)が泰成だったとしたら、今回何故こんな危険(リスク)を冒した?…いや、あり得ない)


「話が飛躍しすぎて少し戸惑っています、医学的な立場からお答え頂きたい。村松弁護士が誰かと共犯(グル)で自ら危険を冒したのか、ある犯罪に巻き込まれて今の状態にあるのか。それによって、この後の展開が大きく変わります」


「……90%、犯罪に巻き込まれてこの状態。残り10%は、自身で望んで受け入れた。でも、後者なら本当にあり得ない。電子標識器具(マイクロチップ)然り、一歩間違えたら即死ですから。村松弁護士がそうまでして犯罪を犯すとは、テレビを拝見する限り思えません」


「そうですよね。だが100%でない以上、また振り出しに戻ってしまいます。…こちらの事情です、どうか聞かなかったことに」


「あと三時間もすれば、五分程度は会話が出来るでしょう。予後を見て声を掛けますので、廊下か待合室でお待ちください」


「はい、よろしくお願いします」


 集中治療室から廊下へ出ると、村松泰成の妻と柴山が心配そうに佐久間に駆け寄ってくる。


「奥さん、お久しぶりです。あまり顔も出さず、申し訳ありません」


「村松がとんだご迷惑を。遠くからすみません」


「佐久間、どうだった?」


「ああ、大丈夫だ。あと三時間もすれば、目を覚ますそうだ。私だけ呼ばれたのは、事件性があるから守秘義務の観点から呼ばれただけ。何も心配ないよ」


 ホッと安堵する妻と柴山。


「佐久間さん。…実はこんなものが家の郵便受けに…」


(手紙?)


「奥さん、これはいつ?」


「朝、新聞を取った時は無かったと娘が言っていました。つい先程、娘が見つけて届けてくれたんです」


「…そうですか」


 佐久間は、念のためポケットから取り出した手袋を装着し、丁寧に開封する。


「佐久間、何て書いてある?」


(………)


「見ない方が良い。奥さん、申し訳ありませんが、この手紙は警視庁(我々)が預かります」


(……?)


「…分かりました」


「すぐに奥さんは高野医師(せんせい)に呼ばれると思います。一度外で捜査してから、三時間後に伺いますので、これで失礼します。悪いな柴山、やる事が出来た。今度ゆっくり話でもしよう」


「おい、佐久間?」


 お茶を濁すように、その場を立ち去る佐久間。


 後ろ姿が事件の重大さを物語っていると柴山たちは感じざるを得ない。

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