表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶殺人 ~ 佐久間警部の暗躍 ~  作者: 佐久間 元三
交差する思惑
10/31

天王町の攻防戦2

 ~ 浜松温泉喜多の湯、応接室 ~


 施設責任者が応接室に佐久間と村松泰成を案内する中、他の従業員二名は山川、榎田とそれぞれ検証中である。佐久間は持参したバッグから三脚と小型カメラを設置すると、マイクテストを開始する。イヤホンを接続し、どこかと会話を始めるようだ。


「…テスト確認。こちら温泉施設、応接室。モニターと音声確認出来ますか、どうぞ」


「こちら浜松中央警察署、感度良好どうぞ」


(------!)


「おっ、おい。佐久間!これは、一体どういう事だ!」


「……こういう事だ」


 おもむろにカメラを村松泰成に向ける。村松泰成と施設責任者は動揺を隠せない。施設責任者は納得がいかず、佐久間に物言いを付けた。


「刑事さん、流石にこれはちょっと困ります。何も聞いておりませんし、支配人に確認しなくては」


「…そうですか、では確認を。あらかじめ言っておきますが、これは殺人事件です。村松弁護士を潔白(シロ)と判断する為に行う()()()()()()()となります。まだ村松弁護士は被疑者でもなんでもないですが、現場不在証明(アリバイ)を立証する事で晴れて捜査対象外として認知出来るんです。私と村松弁護士の二名だけでは立証は出来ず、また、施設責任者(あなた)一名が加わっても、村松弁護士の潔白に繋がらない。村松弁護士と私は既知であり、利害関係者でもある。そこを打破するのは多くの目撃者が必要だ。その点を踏まえ、捜査に協力を。拒否される場合は、警察組織(我々)も別の手段を執らせて頂きます」


 佐久間の雰囲気が突如変わった。この気迫に、佐久間が忖度なしの警告していると施設責任者は肌で感じ取り、次の瞬間、慌てて別室に向かったのである。施設責任者が退室する様を見届けてから、今度は村松泰成に忠告する。


「…泰成。これは友人としての発言だ。カメラも回っているし、隠し事は出来ない。だからこそ、あえて友人としての意見を言わせて貰う。良いか?」


「…聞こう」


「まず、昨夜の訂正だ。村松弁護士(お前)の証言を確認してから静岡県警察本部(県警)と調整しようと話していたが、警視庁の総意として順番を変えた。組織を守るための措置だ。…許せ」


(………)


「順番を変えたのは、村松弁護士の潔白はもとより、組織の情報共有化、村松弁護士を嵌めた犯人(ホシ)を絞るための措置。…これは本当だ」


「……信じるよ」


「うん、では話を戻すよ。施設責任者が許可した時点で、刑事として村松弁護士の矛盾点を突いていく。村松弁護士(お前)は勿論、感情的にもなるし、憎悪が生まれるだろう。逆にそうなって貰わなければならん。そこまで追い込んで話を聞かないと駄目なくらい、現在の立ち位置は危うい。友人としての見立てでは、村松泰成は完全に潔白(シロ)だし、月並みな言い方をすると連続殺人事件の被害者(ガイシャ)だ。だが、刑事の目からは現場不在証明(アリバイ)を立証出来ない限り、半々だ」


「何故だ?」


村松弁護士(お前)は事件前、刑事()に接触している。その時点で『記憶の中や夢』で被害者(ガイシャ)と遭遇した事実を告げ、そして現実の事件となってしまった。村松弁護士が犯人(ホシ)でないと証明が出来ない以上、仕方がないんだ」


「俺が嘘をついていると?…佐久間は俺を疑うのか?」


「友人としては疑わない、信じたい。…だが、刑事としては半分疑う。ジキルとハイドだよ」


「……二重人格者だと言いたいのか?」


「そうだ。記憶障害を起こしていても、人は殺せる。意識の深い底に殺意があった二重人格者が、人を殺す事案も過去に何件かあった。その点を鑑みると、もし村松泰成(お前)が二重人格者ならあり得るんだ。だからこそ、第一犯行の後で私は村松泰成(お前)現場不在証明(アリバイ)を立証出来る環境を整えろと進言したんだ」


「その発言は、()()としての進言ではなかった。…という事か?」


 佐久間は、クビを横に振って否定する。


()()として、村松弁護士ではなく、村松泰成を守るためだ。危険(リスク)を冒しても試す価値は、今回ある。これで立証出来れば、少なくとも村松弁護士は第二犯行の犯人(ホシ)ではない。浜松中央警察署(所轄)も見ている中で、潔白が証明されれば、第一犯行からも除外される事になるはずだ」


「…信じるぞ、佐久間」



 施設責任者が、肩で息をしながら応接室に駆け込んでくる。


「しっ、支配人の許可が下りましたので捜査続行でお願いします。部外者の施設責任者()は退席した方が宜しいでしょうか?」


「いえ、ここに居て頂いて結構です。施設責任者のあなたにも質問があります。では、泰成。…いや、村松弁護士。ここからは警視庁捜査一課の刑事として任意聴取します」



 ~ 任意聴取開始 ~


 任意だが、モニター越しに浜松中央警察署内で関係者一同が刮目する中、聴取が開始される。


「村松弁護士。まずは三月二十七日、この温泉施設に到着したのは何時ですか?」


「夕方の五時過ぎです」


「あなた一人で来店を?」


「そうです」


「施設責任者は把握を?」


「いえ、ご来店は見ておりません。ですが、二十時過ぎに食事処から出て来られるお客様を拝見しております」


「そうですか。では、時間を飛ばします。二十三時から翌日の五時まで、どこで何をしていましたか?」


「…二十二時には仮眠ルームで就寝し、翌朝六時過ぎまでは動いていません」


「…本当ですか?…一度も仮眠ルームから絶対に出ていませんか?」


「……小便に一度、行ったような?」


「施設責任者は見ていますか?」


「…はい。廊下で待機中、確かにトイレに入られていました」


「それは、何時頃ですか?」


「二時前後だったと思います」


「それを証明する事は出来ますか?」


「証明…ですか?…腕時計を見て、『ああ、まだ二時か』と思ったくらいです。証明って言われても難しいです」


「そうですか。では次の質問です。村松弁護士、小便は何分くらい時間を掛けましたか?」


「本気で言っているのか?」


「勿論です。何分トイレに入っていたかを答えてください」


 村松泰成は少しずつ感情が高ぶっている。普段、自分が誘導尋問をしている事を目の前でされており、屈辱以外何ものでもないからだ。


「…五分くらいだ」



(…少し口調が荒くなってきたな)



「結構です。では次にお伺いします。村松弁護士、あなたは私が不特定多数の場所での宿泊を進言した際、何故この施設を選択されましたか?」


「昔から利用しているし、居心地も良いからだ」


「確かにここは居心地が良いし、立地的にも良い。遠州鉄道の『八幡駅』と『積志駅』のほぼ中間ですからね。…深夜なら車を飛ばせば、十分前後で到着出来る」


「…何が言いたい?」


「トイレの窓から外へ出て、犯行が可能かもしれないと言っているのですよ」


 瞬間湯沸かし器の如く、村松泰成は応接テーブルを手で勢いよく叩きつけた。


「ふざけるな!幾ら佐久間(お前)だって言って良い事と悪い事がある、悪意があり過ぎる!」


「…疑うのが本業なんですよ。片道十分、往復で二十分、犯行五分。…最短で計二十五分。これで犯罪成立です。施設責任者、もう一度伺います。村松弁護士がトイレから出て来た時間を覚えてらっしゃいますか?」


 村松泰成は、すがるような目で施設責任者を見る。


(キチッと答えてくれよ、ちゃんと見ていたよな?)


「…よっ、よく覚えていませんが、十分も掛かってなかったと思います」


(よく覚えていませんじゃない。覚えてるだろう、見てただろう?)


「時計を見ましたか?」


「いえ、時計は見ておりません」


「寝落ちしていて、時間の間隔が飛んでしまったという事はありませんか?この仕事は長丁場だ。うっかり寝てしまう事だってあるんじゃないですか?」


「…それは否定しませんが、()()()()キチッとしてましたよ」


 佐久間が、この言葉にピクッと反応するのを村松泰成も見逃さない。


(馬鹿やろう!何だその、『この日は』って。印象が悪くなるだろうが)


「…それは村松弁護士から依頼されたからではありませんか?…話して頂けませんか?」


「ふざけるな!誰もそんな依頼などするものか!」


施設責任者(あなた)、村松弁護士から金を受け取っていませんか?…幾ら貰ったんです?…正直に話してください、施設責任者(あなた)のためですよ。ここで村松弁護士を庇って、何かあれば施設責任者(あなた)やこの施設自体が共犯罪となってしまいます。…それでも良いんですか?」


「おいおいおい、佐久間。本当にいい加減にしろよ。刑事だからって支離滅裂すぎやしないか?誘導尋問するなら、もっとやり方があるだろうが?おい、聞けこの野郎!」




(……そろそろ、頃合いか?)




「では質問を変えましょう。村松弁護士、あなたは館内施設を隈無(くまな)く知っている。いつも利用する場所はどこですか?」


「受付、温泉施設、トイレ、リラックスサロン、食事処、仮眠ルームだ」


「実はリラックスサロンの方からの証言で、村松弁護士が小窓を何度も点検(チェック)していたという目撃証言があるんですが…」


(------!)


「何だって?いっ、いやいや、それは絶対にない。そりゃ、嘘だ。佐久間(お前)は嘘をついている」


「何故、私が嘘をつく必要があるんです?」


 佐久間の目が真っ直ぐ村松泰成を捉えている。


「だって、今日来たばかりじゃないか?」


「私が村松弁護士に不特定多数の場所を進言した時、実はこの温泉施設を捜査対象としていました。幼馴染みですからね、どこを選ぶかは想定しやすい。その時はまだ第一犯行が起きたばかり、八幡駅しか判明していませんでしたがね」


(------!)


 浜松中央警察署では、任意聴取の様子を関係者一同でチェックしているが、この質問に会議室内は大いにざわついた。


「おい、やっぱり凄いぞ佐久間警部って。一体、何手先読みしてるんだ?不特定多数の場所だって星の数ほどあるぞ。何故、ピンポイントで絞れるんだ?」


 捜査一課長の山ノ内だけは、その真意を汲んだ。


(…そういう事か。佐久間、それは虚勢(ハッタリ)だな。怒らせるだけ怒らせて、不確かな情報で横から揺さぶる。…尋問の超上級者(スペシャリスト)でもある訳か、楽しませてくれる)


(………)


 村松泰成の思考が完全に止まってしまった。


 身に覚えがないからだ。だが、自分に身に覚えがない事を目の前の刑事は、平然と『事実だ』と突きつけてくる。…どれだけ自分を監視している?…どれだけ先手を打って周囲を固めている?


(…佐久間(こいつ)の進言通り、不特定多数の場所を選択した。自分を守るためだ。…佐久間には話していないが、自分に有利な現場不在証明(アリバイ)を証言をして貰えるよう心付金(チップ)は三人に包んだ。宿泊は事実だし、外出は勿論、犯行には手を染めていない。純粋に自分の現場不在証明(アリバイ)を正しく証明して欲しい、それだけのために取った行動。この事がバレたら、完全にこの刑事は俺を疑い、これを見ている捜査関係者たちから嫌疑を掛けられるだろう。…もしかして、誰かに金を渡すところを目撃されたのか。…だとすれば、ヤバい)


「村松弁護士、顔色が変わりましたよ。…その顔は賄賂を贈ったが佐久間(目の前の刑事)に見透かされていないか心配だと書いてありますよ?…金を握らせましたね?」


(------!)


「なっ、何故それを!」


(しまった!)





 その瞬間、時間も音も。……全てが遠のいていく。





(………)




「……もうこれくらいにしましょう。…村松弁護士、幾ら包んだんです」


「…一人に五万円、…計十五万円だ。……すまん」


「それは現場不在証明(アリバイ)を作るためか?」


「いや、有利に確実な証言をして欲しくて」


 佐久間はネクタイを緩めると、応接室の外に待機している山川たちに声を掛ける。


「もう入ってきていいぞ」


(……?)


 鬼のような形相をしていた佐久間は消え、いつもの佐久間である。山川たちが入室すると同時に、止まった時間と音が戻ってくる。


「佐久間?」


「泰成、お前は潔白(シロ)だよ。………悪かった、どうか勘弁してくれ」


 目を真っ赤に腫らし、肩に手を置く佐久間。触れる手の平がこの上なく熱く湿っている。


「終わったって?…賄賂使ったんだぞ?」


「そんな事は分かっているさ。誰だって自分に有利になるよう知恵を絞る。重要なのは()()じゃない」


(……?)


 涙を堪え、言葉を詰まらせそうな佐久間の代わりに山川が解説を始めた。


「佐久間警部が言いたかった事は、()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。警部がこの場所を知ったのは昨日。だから、リラックスサロンもこの温泉施設もマークしたという事実もない。…警部()()の方便だよ。弁護士のお前さんが冷静な判断が出来る状態なら、見抜けただろうよ。でも、頭に血が上っている状態では、思考は通常以下だ。その状況でもお前さんの証言はぶれなかった。だから潔白(シロ)と警部は確信し、終わらせたんだ」


「実はな、泰成。事情聴取の途中、ドアの外で気配がしたんだ。山さんが一早く監視カメラの解析を済ませたと分かった。怪しければ何時間もかかるが、通常なら早送りですぐに検証は終わるからね」


「…この野郎。本気(マジ)でチビリそうになったじゃないか!よりによって、この村松泰成(俺様)を嵌めやがって」


 容赦ないヘッドロックが始まる。佐久間がヘッドロックを掛けられることなど山川は初見であり、思わず『ほおおおぉ』と感心し魅入ってしまった。


「悪かったって。…でも、これで村松弁護士の潔白は証明出来ました。村松弁護士は第二犯行の犯人(ホシ)ではありません。捜査対象外として『認知』で宜しいですね、山ノ内捜査一課長」


 モニターから山ノ内の力強い声が聞こえる。


「ご苦労だった。村松弁護士の件、静岡県警察本部捜査一課として認知する。…村松弁護士。仕方無いとはいえ、村松弁護士(せんせい)にとんだご無礼を。…ご容赦ください」


 村松泰成は、丁寧に頭を下げる。


「…こちらこそ助かりました。やはり、佐久間(こいつ)は親友です。警視庁と静岡県警察本部(あなた方)に依頼して良かったと心底思います。…まあ、佐久間(こいつ)のせいで寿命は五年ほど縮まりましたが」


 応接室と浜松中央警察署内で同時に笑いが起こった。


「では、山ノ内課長。この辺で失礼します。何か捜査に進展があれば、忌憚なく私を呼びつけてください。直ぐに課長のもとに駆けつけます」


「安藤に、()()()()()よろしくな」


「はっ、失礼します」


 モニターが切れた瞬間、それまで張りつめていた空気が消え、浜松中央警察署の会議室では全員が脱力した。特に鈴木警部の脱力感は群を抜いた。


(俺は絶対にあの男には勝てない。…役者が違い過ぎる)


「…凄い尋問だったな」

「テレビドラマみたいだったよ」

「本当に同じ同僚か?」

「あれを筋書き用意しなくて即興(アドリブ)でやるのか、警視庁は」

「馬鹿、あれは佐久間警部だから出来るんだ」


 他人事のような台詞に間髪入れず、山ノ内は一喝する。


「刑事なら、()()()()()当たり前だ。静岡県警察本部(うちの)所属なら超えてみせろ!」


(------!)


「はっ、はい!」

「承知しました!」


(…ふん。佐久間(やつ)みたいに出来れば、誰も苦労しないわい。…それにしても、相手の知能と状況を見極めながら尋問する能力(スキル)。一体、どれだけ修羅場を潜ってきたのか?…あの安藤が叩き上げたんだろうが、末恐ろしいな)


「泰成、良かったな」


「ああ、これでこの生活ともおさらばだ」


 安堵はつけたものの、まだ事件は振り出しのままだ。佐久間は、村松泰成の肩に手を置き、忠告する。


「なあ、泰成。潔白は証明されたが、村松弁護士が窮地である事には変わりはない。犯人(ホシ)の特徴からして、今後もジワジワと嵌めようとするだろう。念を押すが、軽率な行動だけは避けるんだ。大丈夫だと思うが、隙を見せたら直ぐに嵌められるぞ」


「…肝に命じるよ。それにしても、心底佐久間(お前)が憎いと思ったよ。初めて殺意を抱いたかもしれん」


「そりゃあ怖いな。だが、これが刑事、嫌われてなんぼだよ。真相のためには、肉親にさえ非情に徹しなければならん」


「俺は少し考えを改める必要があるな」


(……?)


「佐久間たち警察組織が、どんな想いや苦労で犯人を逮捕して検察に送るか。追われる状況で垣間見た気がするよ。…だからと言って、弁護士を辞める気はないぞ。気心を理解したという事だからな」


「はいはい」


「子供にも教えているが、『はい』は一回だ」


「分かったよ、泰成。……またな」


 こうして、友人の危機を紙一重で救えた佐久間は、やっと帰路につく。


 だが、これが新たな事件の始まりとは知る由もない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ