天王町の攻防戦2
~ 浜松温泉喜多の湯、応接室 ~
施設責任者が応接室に佐久間と村松泰成を案内する中、他の従業員二名は山川、榎田とそれぞれ検証中である。佐久間は持参したバッグから三脚と小型カメラを設置すると、マイクテストを開始する。イヤホンを接続し、どこかと会話を始めるようだ。
「…テスト確認。こちら温泉施設、応接室。モニターと音声確認出来ますか、どうぞ」
「こちら浜松中央警察署、感度良好どうぞ」
(------!)
「おっ、おい。佐久間!これは、一体どういう事だ!」
「……こういう事だ」
おもむろにカメラを村松泰成に向ける。村松泰成と施設責任者は動揺を隠せない。施設責任者は納得がいかず、佐久間に物言いを付けた。
「刑事さん、流石にこれはちょっと困ります。何も聞いておりませんし、支配人に確認しなくては」
「…そうですか、では確認を。あらかじめ言っておきますが、これは殺人事件です。村松弁護士を潔白と判断する為に行う必要な任意聴取となります。まだ村松弁護士は被疑者でもなんでもないですが、現場不在証明を立証する事で晴れて捜査対象外として認知出来るんです。私と村松弁護士の二名だけでは立証は出来ず、また、施設責任者一名が加わっても、村松弁護士の潔白に繋がらない。村松弁護士と私は既知であり、利害関係者でもある。そこを打破するのは多くの目撃者が必要だ。その点を踏まえ、捜査に協力を。拒否される場合は、警察組織も別の手段を執らせて頂きます」
佐久間の雰囲気が突如変わった。この気迫に、佐久間が忖度なしの警告していると施設責任者は肌で感じ取り、次の瞬間、慌てて別室に向かったのである。施設責任者が退室する様を見届けてから、今度は村松泰成に忠告する。
「…泰成。これは友人としての発言だ。カメラも回っているし、隠し事は出来ない。だからこそ、あえて友人としての意見を言わせて貰う。良いか?」
「…聞こう」
「まず、昨夜の訂正だ。村松弁護士の証言を確認してから静岡県警察本部と調整しようと話していたが、警視庁の総意として順番を変えた。組織を守るための措置だ。…許せ」
(………)
「順番を変えたのは、村松弁護士の潔白はもとより、組織の情報共有化、村松弁護士を嵌めた犯人を絞るための措置。…これは本当だ」
「……信じるよ」
「うん、では話を戻すよ。施設責任者が許可した時点で、刑事として村松弁護士の矛盾点を突いていく。村松弁護士は勿論、感情的にもなるし、憎悪が生まれるだろう。逆にそうなって貰わなければならん。そこまで追い込んで話を聞かないと駄目なくらい、現在の立ち位置は危うい。友人としての見立てでは、村松泰成は完全に潔白だし、月並みな言い方をすると連続殺人事件の被害者だ。だが、刑事の目からは現場不在証明を立証出来ない限り、半々だ」
「何故だ?」
「村松弁護士は事件前、刑事に接触している。その時点で『記憶の中や夢』で被害者と遭遇した事実を告げ、そして現実の事件となってしまった。村松弁護士が犯人でないと証明が出来ない以上、仕方がないんだ」
「俺が嘘をついていると?…佐久間は俺を疑うのか?」
「友人としては疑わない、信じたい。…だが、刑事としては半分疑う。ジキルとハイドだよ」
「……二重人格者だと言いたいのか?」
「そうだ。記憶障害を起こしていても、人は殺せる。意識の深い底に殺意があった二重人格者が、人を殺す事案も過去に何件かあった。その点を鑑みると、もし村松泰成が二重人格者ならあり得るんだ。だからこそ、第一犯行の後で私は村松泰成に現場不在証明を立証出来る環境を整えろと進言したんだ」
「その発言は、友人としての進言ではなかった。…という事か?」
佐久間は、クビを横に振って否定する。
「親友として、村松弁護士ではなく、村松泰成を守るためだ。危険を冒しても試す価値は、今回ある。これで立証出来れば、少なくとも村松弁護士は第二犯行の犯人ではない。浜松中央警察署も見ている中で、潔白が証明されれば、第一犯行からも除外される事になるはずだ」
「…信じるぞ、佐久間」
施設責任者が、肩で息をしながら応接室に駆け込んでくる。
「しっ、支配人の許可が下りましたので捜査続行でお願いします。部外者の施設責任者は退席した方が宜しいでしょうか?」
「いえ、ここに居て頂いて結構です。施設責任者のあなたにも質問があります。では、泰成。…いや、村松弁護士。ここからは警視庁捜査一課の刑事として任意聴取します」
~ 任意聴取開始 ~
任意だが、モニター越しに浜松中央警察署内で関係者一同が刮目する中、聴取が開始される。
「村松弁護士。まずは三月二十七日、この温泉施設に到着したのは何時ですか?」
「夕方の五時過ぎです」
「あなた一人で来店を?」
「そうです」
「施設責任者は把握を?」
「いえ、ご来店は見ておりません。ですが、二十時過ぎに食事処から出て来られるお客様を拝見しております」
「そうですか。では、時間を飛ばします。二十三時から翌日の五時まで、どこで何をしていましたか?」
「…二十二時には仮眠ルームで就寝し、翌朝六時過ぎまでは動いていません」
「…本当ですか?…一度も仮眠ルームから絶対に出ていませんか?」
「……小便に一度、行ったような?」
「施設責任者は見ていますか?」
「…はい。廊下で待機中、確かにトイレに入られていました」
「それは、何時頃ですか?」
「二時前後だったと思います」
「それを証明する事は出来ますか?」
「証明…ですか?…腕時計を見て、『ああ、まだ二時か』と思ったくらいです。証明って言われても難しいです」
「そうですか。では次の質問です。村松弁護士、小便は何分くらい時間を掛けましたか?」
「本気で言っているのか?」
「勿論です。何分トイレに入っていたかを答えてください」
村松泰成は少しずつ感情が高ぶっている。普段、自分が誘導尋問をしている事を目の前でされており、屈辱以外何ものでもないからだ。
「…五分くらいだ」
(…少し口調が荒くなってきたな)
「結構です。では次にお伺いします。村松弁護士、あなたは私が不特定多数の場所での宿泊を進言した際、何故この施設を選択されましたか?」
「昔から利用しているし、居心地も良いからだ」
「確かにここは居心地が良いし、立地的にも良い。遠州鉄道の『八幡駅』と『積志駅』のほぼ中間ですからね。…深夜なら車を飛ばせば、十分前後で到着出来る」
「…何が言いたい?」
「トイレの窓から外へ出て、犯行が可能かもしれないと言っているのですよ」
瞬間湯沸かし器の如く、村松泰成は応接テーブルを手で勢いよく叩きつけた。
「ふざけるな!幾ら佐久間だって言って良い事と悪い事がある、悪意があり過ぎる!」
「…疑うのが本業なんですよ。片道十分、往復で二十分、犯行五分。…最短で計二十五分。これで犯罪成立です。施設責任者、もう一度伺います。村松弁護士がトイレから出て来た時間を覚えてらっしゃいますか?」
村松泰成は、すがるような目で施設責任者を見る。
(キチッと答えてくれよ、ちゃんと見ていたよな?)
「…よっ、よく覚えていませんが、十分も掛かってなかったと思います」
(よく覚えていませんじゃない。覚えてるだろう、見てただろう?)
「時計を見ましたか?」
「いえ、時計は見ておりません」
「寝落ちしていて、時間の間隔が飛んでしまったという事はありませんか?この仕事は長丁場だ。うっかり寝てしまう事だってあるんじゃないですか?」
「…それは否定しませんが、この日はキチッとしてましたよ」
佐久間が、この言葉にピクッと反応するのを村松泰成も見逃さない。
(馬鹿やろう!何だその、『この日は』って。印象が悪くなるだろうが)
「…それは村松弁護士から依頼されたからではありませんか?…話して頂けませんか?」
「ふざけるな!誰もそんな依頼などするものか!」
「施設責任者、村松弁護士から金を受け取っていませんか?…幾ら貰ったんです?…正直に話してください、施設責任者のためですよ。ここで村松弁護士を庇って、何かあれば施設責任者やこの施設自体が共犯罪となってしまいます。…それでも良いんですか?」
「おいおいおい、佐久間。本当にいい加減にしろよ。刑事だからって支離滅裂すぎやしないか?誘導尋問するなら、もっとやり方があるだろうが?おい、聞けこの野郎!」
(……そろそろ、頃合いか?)
「では質問を変えましょう。村松弁護士、あなたは館内施設を隈無く知っている。いつも利用する場所はどこですか?」
「受付、温泉施設、トイレ、リラックスサロン、食事処、仮眠ルームだ」
「実はリラックスサロンの方からの証言で、村松弁護士が小窓を何度も点検していたという目撃証言があるんですが…」
(------!)
「何だって?いっ、いやいや、それは絶対にない。そりゃ、嘘だ。佐久間は嘘をついている」
「何故、私が嘘をつく必要があるんです?」
佐久間の目が真っ直ぐ村松泰成を捉えている。
「だって、今日来たばかりじゃないか?」
「私が村松弁護士に不特定多数の場所を進言した時、実はこの温泉施設を捜査対象としていました。幼馴染みですからね、どこを選ぶかは想定しやすい。その時はまだ第一犯行が起きたばかり、八幡駅しか判明していませんでしたがね」
(------!)
浜松中央警察署では、任意聴取の様子を関係者一同でチェックしているが、この質問に会議室内は大いにざわついた。
「おい、やっぱり凄いぞ佐久間警部って。一体、何手先読みしてるんだ?不特定多数の場所だって星の数ほどあるぞ。何故、ピンポイントで絞れるんだ?」
捜査一課長の山ノ内だけは、その真意を汲んだ。
(…そういう事か。佐久間、それは虚勢だな。怒らせるだけ怒らせて、不確かな情報で横から揺さぶる。…尋問の超上級者でもある訳か、楽しませてくれる)
(………)
村松泰成の思考が完全に止まってしまった。
身に覚えがないからだ。だが、自分に身に覚えがない事を目の前の刑事は、平然と『事実だ』と突きつけてくる。…どれだけ自分を監視している?…どれだけ先手を打って周囲を固めている?
(…佐久間の進言通り、不特定多数の場所を選択した。自分を守るためだ。…佐久間には話していないが、自分に有利な現場不在証明を証言をして貰えるよう心付金は三人に包んだ。宿泊は事実だし、外出は勿論、犯行には手を染めていない。純粋に自分の現場不在証明を正しく証明して欲しい、それだけのために取った行動。この事がバレたら、完全にこの刑事は俺を疑い、これを見ている捜査関係者たちから嫌疑を掛けられるだろう。…もしかして、誰かに金を渡すところを目撃されたのか。…だとすれば、ヤバい)
「村松弁護士、顔色が変わりましたよ。…その顔は賄賂を贈ったが佐久間に見透かされていないか心配だと書いてありますよ?…金を握らせましたね?」
(------!)
「なっ、何故それを!」
(しまった!)
その瞬間、時間も音も。……全てが遠のいていく。
(………)
「……もうこれくらいにしましょう。…村松弁護士、幾ら包んだんです」
「…一人に五万円、…計十五万円だ。……すまん」
「それは現場不在証明を作るためか?」
「いや、有利に確実な証言をして欲しくて」
佐久間はネクタイを緩めると、応接室の外に待機している山川たちに声を掛ける。
「もう入ってきていいぞ」
(……?)
鬼のような形相をしていた佐久間は消え、いつもの佐久間である。山川たちが入室すると同時に、止まった時間と音が戻ってくる。
「佐久間?」
「泰成、お前は潔白だよ。………悪かった、どうか勘弁してくれ」
目を真っ赤に腫らし、肩に手を置く佐久間。触れる手の平がこの上なく熱く湿っている。
「終わったって?…賄賂使ったんだぞ?」
「そんな事は分かっているさ。誰だって自分に有利になるよう知恵を絞る。重要なのはそこじゃない」
(……?)
涙を堪え、言葉を詰まらせそうな佐久間の代わりに山川が解説を始めた。
「佐久間警部が言いたかった事は、偽情報に踊らされなかったという事実だ。警部がこの場所を知ったのは昨日。だから、リラックスサロンもこの温泉施設もマークしたという事実もない。…警部特有の方便だよ。弁護士のお前さんが冷静な判断が出来る状態なら、見抜けただろうよ。でも、頭に血が上っている状態では、思考は通常以下だ。その状況でもお前さんの証言はぶれなかった。だから潔白と警部は確信し、終わらせたんだ」
「実はな、泰成。事情聴取の途中、ドアの外で気配がしたんだ。山さんが一早く監視カメラの解析を済ませたと分かった。怪しければ何時間もかかるが、通常なら早送りですぐに検証は終わるからね」
「…この野郎。本気でチビリそうになったじゃないか!よりによって、この村松泰成を嵌めやがって」
容赦ないヘッドロックが始まる。佐久間がヘッドロックを掛けられることなど山川は初見であり、思わず『ほおおおぉ』と感心し魅入ってしまった。
「悪かったって。…でも、これで村松弁護士の潔白は証明出来ました。村松弁護士は第二犯行の犯人ではありません。捜査対象外として『認知』で宜しいですね、山ノ内捜査一課長」
モニターから山ノ内の力強い声が聞こえる。
「ご苦労だった。村松弁護士の件、静岡県警察本部捜査一課として認知する。…村松弁護士。仕方無いとはいえ、村松弁護士にとんだご無礼を。…ご容赦ください」
村松泰成は、丁寧に頭を下げる。
「…こちらこそ助かりました。やはり、佐久間は親友です。警視庁と静岡県警察本部に依頼して良かったと心底思います。…まあ、佐久間のせいで寿命は五年ほど縮まりましたが」
応接室と浜松中央警察署内で同時に笑いが起こった。
「では、山ノ内課長。この辺で失礼します。何か捜査に進展があれば、忌憚なく私を呼びつけてください。直ぐに課長のもとに駆けつけます」
「安藤に、くれぐれもよろしくな」
「はっ、失礼します」
モニターが切れた瞬間、それまで張りつめていた空気が消え、浜松中央警察署の会議室では全員が脱力した。特に鈴木警部の脱力感は群を抜いた。
(俺は絶対にあの男には勝てない。…役者が違い過ぎる)
「…凄い尋問だったな」
「テレビドラマみたいだったよ」
「本当に同じ同僚か?」
「あれを筋書き用意しなくて即興でやるのか、警視庁は」
「馬鹿、あれは佐久間警部だから出来るんだ」
他人事のような台詞に間髪入れず、山ノ内は一喝する。
「刑事なら、あれくらい当たり前だ。静岡県警察本部所属なら超えてみせろ!」
(------!)
「はっ、はい!」
「承知しました!」
(…ふん。佐久間みたいに出来れば、誰も苦労しないわい。…それにしても、相手の知能と状況を見極めながら尋問する能力。一体、どれだけ修羅場を潜ってきたのか?…あの安藤が叩き上げたんだろうが、末恐ろしいな)
「泰成、良かったな」
「ああ、これでこの生活ともおさらばだ」
安堵はつけたものの、まだ事件は振り出しのままだ。佐久間は、村松泰成の肩に手を置き、忠告する。
「なあ、泰成。潔白は証明されたが、村松弁護士が窮地である事には変わりはない。犯人の特徴からして、今後もジワジワと嵌めようとするだろう。念を押すが、軽率な行動だけは避けるんだ。大丈夫だと思うが、隙を見せたら直ぐに嵌められるぞ」
「…肝に命じるよ。それにしても、心底佐久間が憎いと思ったよ。初めて殺意を抱いたかもしれん」
「そりゃあ怖いな。だが、これが刑事、嫌われてなんぼだよ。真相のためには、肉親にさえ非情に徹しなければならん」
「俺は少し考えを改める必要があるな」
(……?)
「佐久間たち警察組織が、どんな想いや苦労で犯人を逮捕して検察に送るか。追われる状況で垣間見た気がするよ。…だからと言って、弁護士を辞める気はないぞ。気心を理解したという事だからな」
「はいはい」
「子供にも教えているが、『はい』は一回だ」
「分かったよ、泰成。……またな」
こうして、友人の危機を紙一重で救えた佐久間は、やっと帰路につく。
だが、これが新たな事件の始まりとは知る由もない。




