検討⑥
病院から駅までの通路、俺は暗号の事を考えていた。
どんな風に伝えればいいのだろうか。おじいさんからは全てを伝えてほしいと言われたが正直難しい。
不意に、横を歩いていた先輩の顔が正面に現れたので足を止めた。
「悠真くん、話聞いてた?」
「すいません、聞いてませんでした」
もう一度話してほしいと言ったが、聞き入れてもらえなかった。二度も話すような内容ではなかったのか、先輩はむうーと唸って口を尖らせている。
とりあえず、ここは話題を変えよう。
「おじいさん、元気そうでしたね」
「そうでしょ、次は何のルールブック持ってくことになるやら」
「担当の松本さんもいい人でしたね」
「……」
返事がない。それどころか少し機嫌が悪くなった気がする。
「先輩?」
「ん? なに?」
「どうかしたんですか?」
「ちょっと考えごとしてた」
話をしている真っ最中だったのに。
俺も人の事は言えないが、もしかしたらさっきの仕返しかもしれない。おじいさんと別れてからそんなに時間が経っていないため、まだ子供っぽいところが残っている。
「悠真くん、ちょっと寄り道していかない?」
そう言って立ち止まったのはファミレスの前だった。そういえば先輩の空腹アラートは既に
発令されていた。
「駅の反対側にもお店あるんだけど、どっちがいいかな?」
そっちは確かハンバーグの専門店だ。先輩に合わせて食べるのは難しいだろう。量的に。
「あ、もしかしてもう家で夕飯の用意されてたりする?」
「それは大丈夫です」
連絡を入れておけば冷蔵庫に入れといてくれる。改めて母に感謝。今回は実の母。
「先輩こそ、食べてからだと遅くなりますけど大丈夫ですか?」
大丈夫大丈夫、と先輩に手を引かれて店内へと入っていく。そんなにお腹空いていたのかと思いながら、お二人様禁煙席へと案内された。
「今日は来てくれてありがとね。おごりだから好きなの注文していいよ」
「そんな……悪いですよ」
先輩と後輩とはいえ、自分の分くらいは払いたい。逆におごるくらいしたほうが男らしいのか。松本さんが遠まわしに進めてきた恋愛小説を今度読んでみよう。
「あ、ごめん、正しくは私じゃなくておじいちゃん、ね。断られると私が怒られちゃうよ」
さっきの呼び戻したのはこのことだったのか。
そう言われてしまっては断ることもできない。
あのおじいさんと男気対決なんてするわけもなく、三十六計逃げるに如かず、お言葉に甘えよう。
先輩は微笑んで、ありがと、と言った。
「荷物持ってもらったし、おじいちゃんもお見舞いに来てくれたお礼をしたがってたからよかった」
孫の手助けをしたことに対するお礼という意味もあるのだと思う。むしろ、そっちがメインで、お見舞いのお礼というのは建前だろう。
それとも、暗号の答えを伝える機会を作ってくれたのだろうか。
「私はチーズインハンバーグにしようかな」
ハンバーグ、好物なのか。
「じゃあ、たらこパスタにします」
せっかく作ってくれた機会だが、俺自身まだ整理できてない。どう伝えればいいか、もう少し考えてからでないとうまく説明できないだろう。
おじいさんには申し訳ないが、今回はただの夕飯になった。
改札に入ったところで先輩が振り返った。
「私こっちだから」
「先輩、明日の放課後にいつものところで会えませんか?」
先輩が一瞬驚いた顔をした。
「……うん、大丈夫だよ。部活の後だからおそくなっちゃうけど」
「勉強して待ってますよ」
先輩はフフッと笑ってから、また明日、と手を振った。それを見送ってから俺もホームに向かった。
紙袋を渡し忘れたことに気付いたのはそのすぐ後だった。
久しぶりに全力で階段を駆け上がり、反対のホームまで駆け下りてなんとか間に合った。




