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検討⑤

 それからも愚痴、もといのろけ話が続いた。


 昔からどこに行くにもついてきたとか、今も変わらないとか、反抗期の時は毎日のように親と喧嘩してその度に泣きついてきたとか、今もことあるごとに相談してくるとか。


 そんなことないよ、と先輩がこまめに否定していたがおそらく本当のことだろう。


 動揺が声に表れている。


 しばらく話していると再び松本さんが病室に入ってきた。


 こちらに軽く挨拶して奥のベッドの方へと歩いて行った。


 白衣で悪魔的な無茶ぶりをする、花柄と同じくらい色恋沙汰が好きな人。

 対照的で同一的な人だな、と俺は思った。


 その後ろ姿を見ていると、窓の外の景色が目に入った。

 日が暮れて街灯の明かりが目立つようになっている。


 その視線に気付いたのは先輩だった。


「悠真くん、もしかして松本さんのこと見てた?」


 それは誤解だ。


「年上好き?」


 それは誤解、ではないがこの場合に限っては誤解だ。そもそも見ていたのは外であって、人ではない。


 そこだけは明確に否定した。


「ただ、外が暗くなってきたなと思って」


「もうそんな時間かー」


 学校が終わってからではあまり長居できない。相手の体調を考えればそもそも避けるべきことなのだろうが、祖父に孫ならば百薬の長だろう。


「悠真くん、時間大丈夫?」


「大丈夫ですよ」


 横からおじいさんが言う。


「親には連絡したか?」


「昨日の夜のうちに話しておきました」


 多少遅くなっても問題ない。もともと放任主義なところがあるのでそこまでうるさくないのだが。


「先輩は大丈夫ですか? 帰り道、暗いですよ?」


「子供じゃないんだから暗くても怖くないよ?」


 そういう意味ではないのだが、もしかしたら子供っぽいと言ったのを根にもっているのかも知れない。


「夜道は危ないですよ」


 あぁ、と先輩は頷いてから言う。


「大丈夫だよ。家、駅から近いし普段から一人で帰ってるしね」


 それもそうだ。学校帰りに病院に来ればいつもこのくらいの時間になっているだろう。


「それよりもお腹は空いてない? 育ち盛りの男子高校生くん」


「大丈夫ですよ」


 運動不足の体は極めて燃費がいい。壮介の半分のエネルギー摂取でも夜まで空腹を感じることはないのだ。それに、大部屋で食事をするというのも周りに迷惑だろう。匂いとか。


 先輩は驚いた顔をしていた。


「そんな遠慮することないよ?」

「少食なんです」

「我が家だと思ってくつろいでくれて構わないよ?」


 こんなクレゾールの匂いが漂う家は嫌だ。先輩にしては珍しく食い下がってくる。


 見かねたおじいさんが言う。


「碧、そんな無理強いするな」

「だって――」


 言い終わる前にクゥーと子犬の鳴き声のようなものが聞こえた。それが何かは恥ずかしそうに目を伏せて後悔している先輩の表情を見て分かった。


 ここは嘘でもお腹が空いたと言っておくべきだったのか。


「お前がお腹空いていたのか」


 そんな、とどめを刺さなくても。


「だって今日は何も食べてきてないもん」


 待ち合わせをしたせいで食べる時間がなかったようだ。バリバリのスポーツマンの先輩は既にエネルギー切れらしい。


「時間も遅いし、今日は帰ったらどうだ?」


「うーん」


 先輩は迷っているというよりもただを捏ねているように見える。おじいさんは提案するような口調だったが、実質決定事項だ。


「じゃあ、そうする」


 お腹を擦りながら口を尖らせている。そんなにお腹空いてたのか。


「また着替えが無くなったら持ってくるね」


 着替えとルールブックを入れてきた紙袋に洗濯物をいれていく。量は多いが重くはなさそうだ。次々と中にほうり込んでいく。


「あと、何か必要なものある?」


「そうだな……あ、いや、また後で連絡する」


 目の動きから察するに、おそらくまたルールブックを持ってくることになるだろう。


「そう、じゃあ今日は帰るからね?」


「ああ、気をつけて帰れよ」


「はーい」


「腹出して寝るなよ」


「出さないよ!」


 寝相はいい方だと自負してます、と俺に向かって先輩が真顔で言ってきた。頷くしかない。


「悠真くんもわざわざすまなかったな」


「こちらこそ、お騒がせしました」


「騒いでいたのは碧のほうだよ」


 荷物をまとめていた当の本人は心外そうにプクッと頬を膨らませている。やはり子供っぽい。


「おじいちゃんこそ楽しそうに話してたくせにー」


「客人をもてなしただけだ」


 よく言うよ、と先輩はそっぽを向いてトートバックを担いだ。そのまま紙袋を掴もうとしたので、手を差し伸べる。


「ありがと」


 先輩は紙袋を渡すと奥に行った松本さんに挨拶をしに行った。


 同室の患者さんも既に顔見知りのようで左右から碧ちゃん碧ちゃんと声が聞こえる。誰の見舞いに来たのか分からないような状態だ。この大部屋にいるのは全員おじいさんと年齢の変わらない患者ばかりで、週の半分は見舞いに来る先輩は孫みたいなものだろう。


 先輩自身も慕っているようで、あの人懐っこい笑顔を浮かべている。最近の体調や世間話など、身内と同じかそれ以上に親しげに話していた。


 話の止まらない様子を見かねた松本さんが言う。


「ほらほら、もう時間ですよ」


 鶴の一声。


 帰り道気を付けて、またおいで、と名残惜しそうな声を背中に受けながら、松本さんに肩を押されて先輩は戻ってきた。


「悠真くん、行こっか」

「はい」


 俺は立ち上がり、おじいさんに一言挨拶をした。


「ああ、今日はわざわざすまなかったな。揚げ饅頭うまかったぞ」


 孫に向けるような優しい笑顔だった。


「碧、ちょっと来なさい」


 三人で部屋を出ようとすると、おじいさんが先輩を呼び戻した。と同時に、ちらっと俺にアイコンタクトを送ったような気がする。


 聞き耳を立てるものでもないか。


 俺としても松本さんに聞いておきたいことがあったのでちょうどよかった。


「松本さんは映画とか見ますか?」

「ん? デートのお誘い、なわけないか。あんまり見ないかな、じっとしてるのがあんま好きじゃなくて」

「じゃあ、本とかも?」

「本はたまに読むよ。電車とか暇だから」

「ジャンルは、ビジネス書とかですか?」

「いや、そのへんはあんまり……今は恋愛もの。勉強になるよ!」


 なんの勉強だ。心なしか進められているような気もするし。


「まあ、頭使うのは仕事だけで十分だからね」


「はあ、なるほど」


 労働経験のない学生としては、ご苦労様ですと頭を下げるしかない。


 いや、お疲れ様ですが適切だったか。

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