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検討④

 俺は素直に先輩から暗号についての相談を受けたことを白状した。


「そうか、この手の事はあの子は不得手だからな。君を頼ると思ってたんだ」


 本をベッドに隠しながら、おじいさんはカカッと笑った。


「それで、暗号は解けたのか? いや、君には簡単過ぎただろうな」


 言葉を挟むのを拒むように続けざまに話す。


「知りたいのはどこまで分かったか、ということだ。正直なところ碧には暗号の解答さえ分かってくれればそれでいいと思っている。ただ――」


 確固たる意志を宿した鋭い視線を真直ぐ向けられた。


「悠真くん、君ならもっと先まで分かるんじゃないかと期待しているんだ。どこまで分かったのか、ぜひ聞かせてくれ」


 爛々と光る瞳。単純に楽しんでいるようだった。無邪気な好奇心というやつだろうか。


 そんなシリアスな話をしているわけではない。祖父が孫に出した暗号を答えるだけだ。ただ、散りばめられたカケラからどれだけ全貌を把握できるのか、それを試されている。


「まだ確証がなく、一部憶測の域を出ない状況ですが?」


「ぜひ頼む」


 おじいさんはピンと背を伸ばしたので、釣られて姿勢を正す。


 さて、どこから話そうか。


「最初暗号を見たとき、短い文なのでここから法則を推測することは困難だと思いました」


 それから先輩に病院での話を聞いたことを説明した。どんな風に過ごし、どんな人と接しているか。もちろん片岡さんの名前は出さず、隣のベッドを指した。


 そこまで話したところで、なるほどな、とおじいさんが簡単の声を漏らした。


「そうやって暗号の法則を考えたのか」

「はい、ただひとつ分からないこと……いえ、判断しかねることがあります」


 一呼吸。


「暗号の答えを教えていいんですか?」


 答えだけを伝えていいのか、或いは答えにたどり着くように導くだけにした方がいいのか。この選択を間違えば暗号という方法を用いた意味が無くなってしまう。


「ふむ、実に君らしいな。だが、そのまま答えを教えてやってくれ。答えを導き出した過程も忘れずにな」


「分かりました。そうします」


 おじいさんは小さく頷き、さっそくその過程を聞かせてくれと目で訴えてきた。


 先輩の話から俺が考察したこと、それを話そうとしたところで背後に人の気配を感じた。


「東雲さん、お加減いかがですか? 熱と血圧測りますよ」


 振り返ると看護師が立っていた。年は二十半ばだろうか、柔らかな声とは対照的な切れ長の目が印象的だ。名札を見ると松本と書いてあった。


 視線が俺に向けられる。


「あら、お孫さん?」

「いや、孫の彼氏だ」

「いえ、ただの後輩です」


 即否定出来た自分を褒め称えたい。一切迷うことなく虚勢を言葉と行動にすることができた。


 何か悟ったような松本さんの笑みが刺さる。


「今日は碧ちゃん来てないんですか?」


「来ているよ。もう戻ってくるんじゃないか」


 話をしながらでも慣れた様子で体温と血圧を測り終えた。胸元のポケットからペンを取り出して用紙に記録していく。


 学生が使うようなリフィルを入れ替えるタイプで花柄の四色ボールペンだ。ひょっとしたら、年齢は二十前半なのかもしれない。


「おじいちゃん思いのいいお孫さんですね」


「もう十七になるというのにいつまでも甘えてきて困りものだよ」


 そう言ったおじいさんの顔は満更でもないようだった。孫に好かれて嫌な祖父はいない。


「そんなこと言って、かわいいじゃないですか」


 ねえ、と松本さんは俺に向かって言ってきた。


 これは確信犯の顔だ。もちろん犯罪者ではないので厳密には、故意に話を振った、悪く言えば悪意をもって話を振ったというべきだろう。


「あ、はい。ここでは少し子供っぽいですが、学校では落ち着いているので大丈夫ですよ」


「そうか。それならいいんだが」


 おじいさんは安心と落胆を足して割ったような顔をしていた。孫の成長が喜ばしい反面、自分から離れていきそうで不安なのかもしれない。ジレンマの真っ只中というわけだ。


「誰が子供っぽいって?」


 その声は背中から聞こえてきた。柔らかいがハキハキとした口調。


 聞き間違えるはずのない先輩のものだった。


「お待たせ、お茶買ってきたよ」


「ありがとうございます。あ、いや、すいません。そんな深い意味はなかったんですが」


「分かってる分かってる。悠真くんは真面目だなー」


 そう言いながら頭を撫でてきた。子供っぽくないぞと先輩風を吹かせようとしているらしい。少し間違っている気がするが。


「松本さん、こんにちは」


「こんにちは、碧ちゃん。今日はいつにも増してかわいいね」


 あなたはホストですか。髪型もよく似合っていると褒めちぎっている。


 そういえば、先輩がお見舞いに来るのは学校終わりがほとんどだった。松本さんも先輩の私腹を見るのは初めてなのかもしれない。それなら納得だ。


 先輩は少し恥ずかしそうに頭を押さえていた。


「自分じゃ出来ないんですけどね」


「お母さんにやってもらったの?」


「はい、お見舞い行くだけなのに変に気合い入ってて」


 そっか、と松本さんは俺の方を見てにっこりと笑った。


 白衣という最も天使に近い制服にも関わらず悪魔のような笑みだ。ただの後輩だと言ったのに。


 いや、そのせいか。


「東雲さん、熱も血圧も平常ですね」


「右足以外健康そのものだ」


「そうですね、でもあんまり片岡さんと張り合って血圧上げないように気を付けてくださいね」


「う、うむ。至って冷静だが、気を付けよう」


 松本さんはボールペンと同じ花柄のメモ帳に何かを書き留めて、ポケットにしまった。


「それじゃ、またね碧ちゃん」


 先輩が深くお辞儀したので、俺も釣られて頭を下げた。松本さんはすぐ隣のベッドへと向かった。片岡さんの熱と血圧も測るようだ。


 おじいさんは小さく息を吐く。


「ボードゲームなんぞで熱くなったりしていないんだがな」

「かなり熱くなってるよ」

「あれは相手を油断させるための策だ」

「終わった後もテンション高かったくせに」


 二人は息ピッタリだ。少しおじいさんが押され気味だ。


「まったく、ああ言えばこう言うな」


 同意を求めるようにおじいさんの目が俺に向けられた。先輩もその視線を追うようにしてこちらを見てくるので何とも答えづらい。肯定すれば先輩を否定することになり、否定すればおじいさんを否定することになる。


 そうすると三択目を選ぶしかない。

 ハハハ、と俺は苦笑いを浮かべた。


「まったく、最近は口ばっかり達者になりおって」


「成長してるんだよ」


 お互い文句を言いながらもどこか楽しそうだった。言葉の端々に優しさのような、絆のようなものが感じられる。


 本当に仲がいい。

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