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検討①

 真面目に考えるとはいえ、暗号だけでは暗号は解けない。


 取っ掛かりが必要だ。


「まだ何も閃かないです。ところで、おじいさんの調子はどうですか?」


「相変わらず元気いっぱいだよ」


 入院といっても重い病気に掛かったからではなく、足を骨折したからだ。


 もともと生命力の塊みたいな人だったため、骨折程度で衰えるわけも無く、むしろ動けないせいでエネルギーが有り余っているのかもしれない。


 先輩は思い出すように空を見上げながら続ける。


「昨日も怒られちゃったよ。部活のこと相談してたんだけど、いつの間にか愚痴になってて」


「一喝ですか?」


 先輩は困ったように笑った。どうやら当たったらしい。部活の事というと記録が伸び悩んでいるのだろうか。


 陸上に関して全くの門外漢なのでよく分からないが、長距離は先輩に向いた種目だと思う。


 先輩は勉強も運動もそつなくこなす。それは才能というより努力の結果だ。日々の積み重ねによって人よりも秀でた実力を身に付けている。


 そんな気がする。


 それもある種の才能かもしれないが。


「三喝くらい、かな。病室なのに」


「そこも相変わらずですね。もう歩けるんですか?」


 首を横に振った。


「本人は歩く気まんまんなんだけどね。ドクターストップっていうやつ」


 要するにまだ治っていないわけだ。年齢を考慮すれば妥当なところだろう。


「病室じゃすることもなくてヒマそうですね」


 暗号という珍しく遠回しな表現をしたのもそのせいかと思ったが、先輩は口元を緩ませて否定していた。


「それがそうでもないみたいでね――」


 子供のような無邪気な笑顔で話し出す。


「片岡さん、あ、となりのベッドの人なんだけどね。その人と毎日戦ってるよ」


「喧嘩、なわけないですよね」


 おじいさんは、語気は強いが手を上げるような人ではない。そもそも、いくら元気と言っても足を折って取っ組み合いの喧嘩は出来るわけもない。


「もちろん違うよ。一言で言うと頭脳戦」


 病室で頭脳戦とは穏やかではない。


「昨日は神経衰弱で三戦三勝したって喜んでた」


 そんなことだろうと思っていた。


 確かにこの上なく頭脳戦だ。他にも将棋や囲碁、オセロ、花札などで勝敗を争っているらしい。このペースなら近日中にはメジャーなボードゲームは制覇するだろう。


 あっ、と先輩が急に声を上げた。


「チェスのルールブック買ってくるように頼まれてたんだった。あと歴史ものの小説も買ってこなきゃ」


 ついにルールも知らないものにまで手を出したか。ただ、張り合う相手がいたのは運がよかったと思う。


 入院を機に認知症が進行するなんて話をよく聞くが、この様子ならその心配はないようだ。


「ルールを知らないゲームじゃ分が悪いですね」


「隠れて練習するんじゃないかな。すごい負けず嫌いだし」


 先輩が笑うのでそれに釣られて俺も笑った。


「先輩はチェスできましたっけ?」


「ツークツワンクしか知らない」


 高等技術過ぎる。


 知らないような口調だが、知っているということなのか? 


 むしろ、得意ということなのか?


 なんてリアクションに困る返答だ。


「そ、そういえば、小説くらいなら病院の売店に売ってるんじゃないですか?」


 困った時の話題転換。先輩はチェスができない、と思うことにした。


「そうなんだけどね、車椅子は面倒くさいってあんまり動かないんだよね」


 先輩のため息。


「体が動かない分、頭を動かすってハンドグリップにぎにぎしてたけど」


「頭も体も鍛えてますね」


「文武両道が口癖の人だからね」


 おじいちゃんっ子の先輩はまさにそれを体現している。


 それからもおじいちゃんトークは止まらなかった。担当医が気立てのいい人だとか、看護師は一本筋の通っている人だとか。不謹慎かもしれないが、入院生活は満更でもなさそうだ。


 気付くと時計の針が八時を指そうとしていた。


 先輩は話を切り上げ、そろそろ帰ろうかと立ち上がった。


 ここは坂の途中、街灯の少ない裏道。年下とはいえ男として途中まで見送るのが常だった。今日も途中まで一緒に帰る。


 道が狭く横に並べないため会話は少ない。


「今日はありがと」


 大通りの交差点、ここで別れる。


「私ばっかり話しちゃったね」


「先輩の話、楽しかったですよ」


 暗号解読のヒントが無かったわけでもない。ある程度推測することも出来た。


 問題は先輩という主観を元にした推測であるということだ。


 正しいのか、まるで見当違いなのか分からない。


 確認する方法はひとつ。


「お見舞い、一緒に行ってもいいですか?」


 本人に確認するしかない。本当であればこの時ズバリと謎解きをしたかったのだが、曖昧な根拠の話をするのは嫌だ。


 先輩の顔を覗くと、いつもと変わらない優しい微笑を浮かべていた。


「お見舞い来てくれるの? 悠真くんならおじいちゃんも喜ぶよ」


 次にお見舞いに行くのは明後日らしい。推測の再検討をするには十分な時間と言える。むしろ土産の品は何がいいのか、センスを問われるそちらの方が問題だ。


「もしかして緊張してる?」


「そんなことないですよ」


「だよね。もう何回も会ってるし」


 それは気を使う必要はないと受け取っていいのだろうか。いや、そんな深い意味はないか。


 信号が青に変わった。


「それじゃ、明後日にね」


 先輩は手を振って信号を渡っていく。手を振り返すのも躊躇われ、俺は軽く一礼した。少し他人行儀な感じもしたが、それくらいがちょうどいい距離感だと思う。


 明日は早く家に帰り、見舞いの品を買いに行こう。そのためにも日中の内に目星をつけておかなければならない。


 定番のもの。

 おじいさんの好きな物。

 奇を衒う物。


 とりあえず誰かに相談だ。

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