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問題

 舞鶴第一高等学校。


 略して舞鶴一高は丘の上に位置している。大きな桜の木を中心としたロータリーの先に四階建ての校舎が建っていた。その横には同じ高さの二階建ての体育館。少し前に耐震補強の工事が行われ、どちらにも無骨な鉄骨が筋交を作っている。


 学力の方は、昔は優秀だったが、少子化に伴って偏差値は下がり続けている。同じ学年でも学力はピンきりだ。


 待ち合わせの場所には学校から三分ほどで着く。民家に挟まれた細い道を抜け、坂を少し下りたところにある奥まったところだ。低い手摺と二人掛けのベンチしかない。強いて言うなら街灯くらいはあるが。


 いや、特筆すべきはそこではなかった。


 ここからは町全体が見渡せる。山に囲まれた田舎だが、この景色は値万両といったところだ。


 二階建ての家が並ぶ街並み。

 遠くに見える連峰。

 満天の星空。


 何もない場所にしか存在しない景色。


 俺はベンチに座りながらどこを見るわけでもなく町の方を見ていた。


 先輩からの連絡はまだ来ていなかったが、少し早めに学校を出ていた。先輩を待たせるようなことがないように、という名分のもと勉強に疲れたので切り上げてきた。


 先輩は陸上部の長距離に所属している。部活の終わる時間は日によって違うため、前もって待ち合わせをすることが出来ない。


 先輩が来るまでの時間潰しに図書館で本を借りていた。普段から本を読むほうではないので適当に新刊の中から選んだやつだ。ジャンルでいうなら心理学。相手の感情が手に取るようにわかる、と装丁に書いてあった。


 もちろん、言うまでもなく、そこに深い意味はない。


 時折吹く風にページをめくられそうになりながら、読んでいく。目次、序章、ようやく本題に入ったところで、不意に目の前が暗くなった。


「ごめん、待たせちゃったかな?」


 見上げると先輩が覗き込むようにして立っていた。肩まで伸びた黒髪を風に靡かせながら大きな瞳を真直ぐこっちに向けている。


 何気なくスマホを確認したが、メッセージは届いていなかった。


「さっき来たところですよ」


「いつも待たせちゃうから今回はついてから連絡しようと思ってたんだ」


 そう言いながら横に座り、肩にかけていたカバンを開けてゴソゴソと何かを取り出そうとしていた。視線を落としたまま言う。


「今日は急にゴメンね。本当は昨日電話しようと思ったんだけど、夜だったから止めたんだ」


 先輩の話し方は柔らかい。語尾が伸びているわけでもないし、ハキハキとしているにも関わらずそういった印象を受けるのは微笑を浮かべた表情のせいかもしれない。


「いつでも電話してもらって大丈夫ですよ」


 昨日はまっすぐに家に帰って出掛けもしなかった。夜もおそらくは先輩よりは起きていただろう。


「じゃあ、今度は電話するね」


 俺は努めて普段通りの声で返事をした。いまの感情は悟られなかった、と思う。


 先輩は探し物を見つけ、ガバッとそれを取り出した。


「はい、炭酸大丈夫だったよね」


 二本のペットボトル。レモン味の微炭酸のやつだ。華の女子高生なら紙パックの某紅茶とか思っていた。変に気取っていなくて、むしろいいのだが。


 先輩は一口飲み込むと大きく息を吐く。


「ふー、部活の後はやっぱりこれだよね」


 帰宅部の俺に聞かれても。レモンのさっぱりとした味も、口の中の程よい刺激も確かに好きだが。


 俺が肯定も否定もしないでいると、先輩はムッと口を尖らせた。


「あっ! おじさん臭いと思ってるでしょ?」


 慌てて否定すると、フフッと頬をほころばせた。


 冗談だったらしい。顔に似合わずお茶面な人だ。こういうことをするようになったのはつい最近なのでまだ慣れない。


「そ、それで、今日はどうしたんですか?」


 そうそう、と忘れていたようにカバンから一枚の封筒を取り出した。


「これ、おじいちゃんからの挑戦状」


「挑戦状?」


 その言葉とは裏腹に封筒は花柄があしらわれた可愛らしいデザインだった。ラブレターの間違いじゃないのか。祖父から孫に向けられた恋文。


 そんなわけないか。


 中の手紙も同じような花柄の便箋だった。


「……コアヌアヘビテ?」


 そう書いてあった。いや、それしか書いていなかった。達筆すぎるのか下手なのか分からないが、こんな雄々しいカタカナは初めてだ。


「これはなんですか?」


「だから、おじいちゃんからの挑戦状だよ」


「先輩のおじいちゃんってたしか――」


「うん、まだ入院中」


 先輩の祖父は情に厚く義理堅い、いかにも江戸っ子といった感じの人だ。何度か会ったことがあるが、子供がそのまま大人になったような無邪気なところがある。この暗号もそのひとつなのかもしれない。


 先輩は週に三、四回お見舞いに行っているらしく、時々こういった問題を持って帰ってくる。


 祖父から孫へ宛てた暗号。文字数を考えると文章ではないと思うが、衝撃の告白とかだったらどう伝えればいいのだろうか。


 先輩と気まずくなるのは嫌だ。


 気付くと先輩がジッとこちらを見ていた。


「あ、すいません」


「なにか分かった?」


 暗号の事を考えていたわけではなかったので何も分かっていない。


 真面目に考えよう。

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