跋
午前八時十五分。
八時半から授業が始まるため教室には多くの生徒が席に着き、スマホをいじっている。
俺は机に頬杖をつきながら、後ろのドアに目をやっていた。
いつもこのくらいの時間に彼は来る。
朝一番で報告しようと待っていた。といっても、もうすぐ授業が始まるので必然的に教室で待機しているだけなのだが。いづれにしても、早く来てくれないと話す前にチャイムが鳴ってしまう。
一限目開始十分前にようやく待ち人は現れた。
朝練を終えた壮介がおはようと言って自分の席に向かうところを呼び止めた。
「壮介、昨日は助かった」
少し間を空けて、なんのことを言っているのか気づいたようだ。
「ああ……まあ、大したことやってないけど」
「いや、お前のおかげだよ。完全燃焼できた」
「完全燃焼、か――」
そう言って壮介は見下ろすようにジッとこっちを見てくる。
「真っ白に燃え尽きた、って感じじゃないみたいだね。しっかりと結果を残してきた?」
「一応、それなりに」
「よかったよかった」
「だから、直接礼を言いたかった」
「大したことしてないって。まあ、したことといえばきっかけを作ったくらいだよ。結果は悠真が自分で
つかみ取ったもんだし」
なかなか恥ずかしいセリフを普通に言ってしまうのがすごい。しかも、それが絵になっているので恥ずかしいやつにならないというのはある種の才能だと思う。これがイケメン補正というやつか。
「それに、東雲先輩と関わるようになってから少し変わってきたよね? よく考えるようになったっていうかさ」
「そうか?」
もともと慎重な性格をしているので考えてから行動していたと思うが、先輩を相手にその傾向がより顕著になっているということかもしれない。
「いや、考え方が変わったって感じかな。いままで以上に色々なこと考えているような気がする」
「そう、かもしれない」
自身のことすらろくに分からないというのに、他人のことを、更には他人の知人のことを理解しようとしているのだから考えるようになる。深く考えることが必要になってくる。
「悠真も大人になったなあ」
「親戚のおじさんか!」
ハ八ッと笑って壮介は教室にかけられた時計をチラリと見た。後ろでは予鈴が鳴り、立っている生徒は二、三人しかいなくなっていた。
「んじゃ、また後で」
「おう」
自分の席に向き直り、散歩歩いたところで振り返った。
「もしかして、今日も密会?」
「ただの手伝い、だ」
「やっぱり会うんだね」
俺としたことがなんて単純な誘導尋問に引っかかってしまったんだ。別に隠すつもりはなかったし、むしろ昼には相談しようと思っていたくらいなので別にいいけれども。
「昼飯、楽しみにしてるよ」
「しっかり勉強に勤しめ」
東雲先輩の影響を受けてきてる、なんて壮介は捨て台詞を残していった。
俺が先輩の影響を受けているのは間違いない。相手のことを考えれば考えるほど思考回路が似通ってくるし、それが言動に現れるのも至極当然だ。
ただ、俺と先輩は違う。年齢とか性別とかではなく、もっと本質的な部分で異なっている。どんなに先輩を尊敬し、妄信しようともあんな風にはなれないだろう。
それは、何も悪い意味ではない。
違うからこそ必要とされる。
互いの足りない部分を補える。
そんな関係になりえる。
そんな風に、今は前向きに考えている。
さて、もう授業が始まる。放課後に向けて何を話すか考えておこう。




