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 時計は十一時四十五分を指していた。


 育ちざかりの高校一年生にとって最も空腹を感じる時間。


 教師の言葉が何かの呪文のように聞こえる時間。


 英語の授業なのだから呪文に聞こえてもさほど不思議ではないが。


 教師もそれが分かっているため、上の空で黒板を見ているだけの生徒を注意して無駄な時間を費やすようなことはしなかった。やる気のあるやつだけが聞いていればいい、やる気がないやつは邪魔をしなければいいといったところだ。


 もちろん俺は前者だ。真面目にノートを取っている。他にやることもないし、何かに集中していた方が体感時間は短いから。理由を含めると後者と大して変わらない気もするが、これで学力と成績が上がればラッキーだ。


 真面目ではないが不真面目でもない、いわゆる中間。


 成績普通。身長平均的。趣味特技無し。無個性な自分らしい時間の使い方だと思う。


 机の上に置いていたスマホが光った。


『佐藤悠真殿』


 メッセージが届いた。差出人の名前の名前を見て、シャーペンを握る手が思わず止まる。


 東雲碧。


 彼女は同じ学校の先輩で、故あってこういったメッセージがたまに届く。堅苦しい挨拶の時の内容はだいたい決まっているのだが、本題に入る前に少しだけ無駄話をしたかった。


『先輩、おはようございます』


 とは言ったものの、あと十分でお昼だった。


『おはよー、もうお昼だけどね』


 案の定指摘された。


『まだ午前中なのでご勘弁を』


 返事は笑顔のスタンプ。


『もしかして、また何かあったんですか?』


『そうなの。ちょっと助けてほしくて』


 そのメッセージを読んだところで教師が授業の終わりを告げた。スマホに気を取られて気付かなかったが、いつの間にか時計が十二時を指していた。


 教師が教室を出ると途端に騒がしくなる。友達同士でお弁当を広げる人や購買に駆けだす人が三々五々散っていく。


 スマホを見ると既にメッセージが届いていた。


『それで、今日の放課後空いてない? 部活の後になるから遅くなっちゃうんだけど……』


『大丈夫ですよ』


 俺は即座に返事を送った。


 その言葉を待っていた。厳密には文字だが、この際それはどうでもいい。


『ありがとう。いつもの場所でね』


 俺は心の中で両手を上げて喜んでいた。教室でなければ飛び跳ねていたかもしれない。


 深呼吸をして、返事を送る。


『了解です。それまで勉強して待ってます』


『偉いね。でも、授業中にスマホ使っちゃダメだよ』


 気を付けます、と打ったところでふと気づいた。


『先輩も授業中ですよね?』


『私は体育だったから問題なし』


 着替え中なら確かに授業中ではないわけだ。先輩から連絡が来るのはいつも朝か夕方。授業中に連絡が来るのは珍しいと思っていたが、そういうことだったのか。


 なんとなく悪い気がしてそこで話を切り上げた。


『では、放課後に』


『部活が終わったらまた連絡するね』


 スマホをポケットにしまった。


「悠真、東雲先輩から連絡あっただろ?」


 急に横から声を掛けてきたのは大泉壮介だった。一八〇以上ある身長に体育会系らしい短髪とムキムキ。座った状態で見おろされると威圧感が半端じゃない。


「な、なんでわかった?」


 壮介は前の席に座った。


「そりゃ、その顔見れば分かるよ」


 顔に出ていたのか。教室の窓際、最後尾の席でスマホを見ながらニヤついていたなんて、なかなかどうして恥ずかしい奴じゃないか。


 壮介は自前のお弁当の他に購買でコロッケパンとカツ丼まで買ってきていた。さすが運動部。俺の弁当は彼の半分ほどの大きさしかない。胃の大きさは半分以下なので問題はないのだが。


「で、また密会するの?」

「ぶっ!」


 思わず吹き出してしまった。ご飯粒が変なとこに入って咳が止まらない。


「人聞きの悪いことを言うな。ただ手伝いしてるだけだ」


 分かっているよ、とそのがたいに似合わない、いや、威圧感を打ち消すような壮介の温厚な顔が更に柔らかく微笑む。


「まあ、でも悠真は運がいいよ」


 俺は相槌の代わりに視線を送った。


「あの東雲先輩にお近付きになれてさ」


「オーバーな言い方だな」


「そんなことないって」


 自前の弁当を平らげ、カツ丼の蓋を開けながら壮介は続ける。


「成績優秀、眉目秀麗、才色兼備の学校のマドンナだぞ?」


「マドンナって……お前は何歳だ」


「いまどき言わないか。じゃあ、そうだな――」


 壮介は箸を持ったまま顎に手を当ててわざとらしく考えるポーズをとった。


 カッと目が開く。


「完璧超人」

「厳ついネーミングだな」

「万能型女子高生」

「どこの新型ロボットだ」

「学園アイドル」

「流行りものの影響受け過ぎだ」

「聖人君子」

「それは……当たらずとも近からず」

「それは完全に違うってことだよね?」

「するどいな」


 俺が笑うと、壮介も釣られて笑った。


 本当のことを言うと、自分の幸運と先輩の印象に関しては壮介と同じ意見だった。


 学年トップクラスの学力で部活でもエース。人当りもよく、次期部長兼生徒会長候補とも言われている先輩。軒並み平均の俺が個人的に頼みごとをされるという現状は本当に偶然が重なった結果に過ぎない。その点では運に恵まれたと言えるだろう。


 いつの間にか壮介はカツ丼を食べ終え、最後のコロッケパンを頬張っていた。


「ま、とにかくさ、俺が言えることはひとつ、だ」


 飲み込んでからしゃべれ。


「悠真、夜道は一人で歩くなよ」

「怖いなっ! アドバイスがリアルすぎて怖い!」


 楽しい昼食の時間になんて物騒な話をするんだ。人気者の先輩と放課後に二人きりで会うため有り得ないとも言い切れない。そんな治安の悪い地域ではないのだが。


「それは冗談だけどさ、がんばってこいよ。堅忍不抜の意思だぞ」


 壮介にしては難しい語彙。聞いたことのない四字熟語だ。


「堅忍不抜、辛く苦しいことがあっても我慢し、揺るがない強い意志を貫くこと」


「なるほど……」


 辞書を丸暗記したような説明口調だったが、なるほどたしかに説得力がある。


 スポーツマンらしい激励に不思議と緊張が解け、やる気が出てきた。


 授業はあと二つ。


 先輩に会うまでに何を話すか考えておこう。


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