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極道生徒は友達が欲しい  作者: はやぶさ
8/11

松岡ジム

いつもより長めですが、よろしくお願いします。

高校生活が始まって初めての休日、猛は地図を片手に街を歩いている。


(あれ?さっきもここ通らなかったけ?今どこだここ?あッ、あそこが本屋さんだから...ここを真っすぐだな)


猛が今向かっているのは、『松岡ジム』という、一般者向けのトレーニングジムも経営しているらしい、ボクシングジムである。


猛は小学生のころからボクシングに打ち込んでいる。きっかけは、小学生時代の同級生竹田くんが、サッカーを習っていて人気者だったからだ。そんな竹田くんを見て、猛は、自分も何かスポーツをすれば人気者になれると思った。猛が家族にそのことについて相談したところ、猛の両親は体の大きい猛には、ボクシングなんか良いんじゃないかと言った。そしてボクシングを始めた猛だったが、自分からスポーツを始めたとは、恥ずかしくって言い出せなかった。かといって、ボクシングを披露するような機会も当然なかった。結局猛のボクシングで人気者作戦は失敗したのである。加えて、もちろん当時から無口で、同級生より体も大きく、今と変わらない髪色をしていた猛である。そんな奴がボクシングで、日に日に筋肉がついてさらにデカくなっていたり、よく顔や体に怪我を作るようなったのだ。より一層猛は、みんなから避けられるようになってしまった。少々馬鹿な猛はもちろんそれには気づいていない。


結局ボクシングをやっても何も変わらなかった猛だが、ボクシングはずっと続けている。ボクシングが、単純に楽しかったからだ。人見知りが治らなくて、友達ができなくて、日ごろ悩みの多い猛だが、ボクシングをしている時そんなことは、一切気にならなくなる。体を鍛える時、ミットやサンドバックを打つ時、試合の時、日常から解放されてボクシングに打ち込むと、猛は楽しくなる。


そんなわけで東京でもボクシングをしようと思っている猛は、調べた限り自宅から一番近いボクシングジムに入会しようと思ったのだ。それに早速猛には一度忘れてしまいたい悩みがある。それは学校の隣人瑛実についてだ。


つい先日、猛は瑛実にわざわざ教科書をいただいてしまった。何かお礼をしたほうが良いよね?と猛が家族に相談したところ、お礼という立派な名目で瑛実のことを誘うことができて、そこを足掛かりに友達になれる!大チャンスだと興奮された。


なので、ここ最近猛は、瑛実が一人の時に何度も話しかけようと接近を試みている。しかし、どうしてか瑛実はそんな時、トイレに入ってしまったり、友人の方へ行ってしまったり、とにかくタイミングが猛と合わない。猛は勇気を出そうとしても空回りする現状に、歯がゆい思いをしている。これはもちろん、瑛実が猛に近づかれそうになる度に逃げているのだ。教科書をたかられたあたりから、自分は猛に目を付けられてると瑛実が戦々恐々としていることに、わりと馬鹿な猛が気づけるはずもない。


こういう時はリフレッシュしようと、早速ボクシングジムに向かう猛は、何度か道に迷った末『松岡ジム』にたどり着いた。


ジムの規模は、猛の想像より大きかった。建物の1階から3階はトレーニングジムで、4階がボクシングジムになっているようだ。早速猛は入会するためにジムの受付に向けて足を進めた。






女子高生にとっては貴重な休日の午後、『松岡ジム』の受付で、『松岡ジム』会長の娘、松岡美波まつおかみなみはお手伝いをしていた。


「今日は美波ちゃんが事務やってる日か!よーし、おじさん張り切っちゃうぞ!」


「いつも張り切れこのバカ。娘にちょっかいかけるな。早く練習始めるぞ」


「あ痛!ってて、それじゃまたね美波ちゃん」


「ははは、黒田さん、頑張ってくださいね」


4階に向かう美波の父隆夫たかおと美波が小さいころからのこのジムの会員にエールを送る。黒田はプロのライセンスを持つ28歳のボクサーだ。次の試合にむけて最近は練習に力が入っている。


(やっぱり何かスポーツに真面目に取り組む男性って、格好いいな)


美波はスポーツが大好きだ。ボクシングはもちろん野球やサッカーも好きで、毎年夏は甲子園中継を見ながら必死に戦う高校球児に目に涙を浮かべながら応援している。そんなスポーツが好きな美波は、高校2年の貴重な休日を消費してまで、実家の手伝いをしている。将来の夢はトレーナーになって、アスリートの支援をすることだ。今度父に相談をして、事務ではなくトレーナーの手伝いができないか相談してみるつもりだ。


美波が事務をテキパキとこなしていると、自動ドアの開く音がした。「いらっしゃいませ」と、いつもの対応をしようとする美波は、思わず硬直した。


やくざだ。やくざがいる。


美波のいる受付には、身長は190cmくらいで、服の上からでもわかるほど筋肉を盛り上がらせた体に、顔に2本のの傷跡が残っているとんでもない頭をした男、猛がやってきた。


(どうしてうちにやくざが?もいかしてお父さん借金してるの?取り立てに来たの?)


美波は何故やくざがやって来たのかその理由を考えていると、無表情の猛(例の如く知らない人に緊張してるだけ)が美波に1枚の紙を差し出した。美波は紙に目を落とす。


(えっと...新城猛しんじょうたける、身長193cm、体重107kg...あれ?これ入会届?)


美波に差し出されたのは、ネットで誰でも印刷できるようにしてある『松岡ジム』のボクシングジムへの入会届だった。何故やくざがボクシング?真剣にやってる人もいるのに冷やかしや嫌がらせなら最悪だと美波は思いつつも、一応客であるらしいやくざ(猛)に対応する。


「えっと...当ジムのボクシングジムはプロを志すような方向けの、本格的なボクシングジムですが、よろしいのでしょうか?」


暗に冷やかしなら帰れと意味を込めて言った美波の言葉にやくざは黙って頷いた。


「...わかりました。それではご案内いたしますので、こちらにどうぞ」


何が目的だと疑いながらも、美波とりあえずは猛を4階へ案内する。空いてしまう受付を他の職員に引き継ぎする際、その人は猛をみて固まってしまっていた。


美波は4階に連れてきた猛を待たせて、足早に父に駆け寄った。ジムの面々は突如やって来た極道の男に驚いてこちらを見ている。


「...おい美波、うちに任侠者が何の用なんだ」


「良かった、借金してるわけじゃないんだね。うん、私もそう思ったんだけど、ここに入会希望らしいよ。これ、あの人の入会届」


「してねえよ。本気で言ってんのか...まあいい。何企んでるのか知らねえが、とりあえず動かせてみて、うちはプロ志向ってことで帰らせよう」


「お願いね、お父さん。うちには真剣にやってる人がいるんだから」


「わかってるよ。美波、あいつ連れてこい」


美波は父が断固として猛の入会を断ってくれるように願いながら、猛を父の前に案内する。


「入会希望者なんだって?まずは自己紹介から頼むわ」


やくざにそんな言い方しないでよバカァ!と、偉そうな態度の父に飛び掛かりそうになる美波。


「...新城猛しんじょうたける...15歳」


2人はその情報に驚く。


「15歳って、お前高1か?」


隆夫の問いに頷く猛。どうみてもやくざの若頭あたりにしか見えない猛がまだまだ子供、しかも美波の1つ下ということが2人とも信じられない。確認すると、入会届にも15歳ときさいされていた。


「...まあいいやとにかく、お前の入会はお前がどんくらいできるのか見てから決めることにする。いいな?服や道具あんのか?あんなら向こうで着替えてこい」


またも黙って頷く猛。更衣室に向かう猛を見ながら、美波は猛はやくざの跡取りで、もしも、入会を断ったらジムにやくざが大挙してくるのでは?と想像をしている。


数分後トレーニングウェアに着替えてやって来た猛は、手足に装着した赤のボクシングシューズと、グローブが様になっている。そんな猛を見て、隆夫と美波は驚く。


(すごい綺麗で、太い腕...どれだけトレーニングしたらあんな体になるんだろう?...腹筋も見たいな。って、いけないイケナイ)


大き目のダボっとしたTシャツから見える綺麗に鍛えられた猛の腕を見るだけで、数々のアスリートを見てきたちょっと筋肉フェチの美波はちょっと見とれてしまう。


「...お前ボクシングかなりやってたな?見事な体だ。あっちのサンドバック、ちょっと打ってみろや」


黙ってサンドバックに向かって構えた猛の姿は様になっている。ボクシング経験者だと確信した隆夫と美波は次の瞬間目を見開いた。




猛の放った右ストレートが、サンドバックを吹っ飛ばした。




強烈な音をたててはじけ飛んだサンドバックの留め金が、美波の足元に転がってくる。ジムの中にいた誰もが驚き固まって猛を見つめる中、いち早く再起動したのは隆夫と美波だ。


「...新城くん、ここで世界を目指そう」


「なあに、心配すんな。実家の方は、俺が土下座してでも説得してやるよ」


2人は態度を180度変えて、猛獲得に動き出した。猛をやくざの息子だと思ってる隆夫は、組長に土下座してでも猛の面倒を見させてもらうつもりだ。


サンドバック壊しちゃって大丈夫かと心配する猛をよそに、猛の実家への訪問の日時が決められた。


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