松岡親子in新城一家 2
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「どうぞ、たいしたものでもございませんが」
「あ、どうもすいません」
「ありがとうございます」
猛の母が、リビングに案内された松岡親子にお茶と茶菓子を出す。お礼を言ってそれをいただいた松岡親子はまだプチパニック中だ。猛の家の中には、日本刀が飾られてあったり、高そうな掛け軸のような、いかにもやくざっぽいものは一切ない。いたって普通のリビングだ。主に猛について、山ほど聞きたいことができた松岡親子だったが、お茶を啜って心を落ち着けてとりあえず本題に入る。
「休日にお邪魔してしまって申し訳ありません。松岡ジムの会長をしています、松岡です」
「娘の美波です」
「これはご丁寧にすみません、猛の父です。こちらは家内です」
「よろしくお願いします松岡さん」
隆夫の差し出した名刺を受け取り、猛の父も名刺を出した。名刺を受け取った隆夫は書かれていた会社の名前が、この辺りにある一流企業であることを確認した。広域指定暴力団に勤めている可能性はこれで確実にゼロになった。
「...本日伺わせて頂いたのは、猛くんについてなんですが」
「はい、何でしょう?」
サンドバックを壊してしまったことを親に言い出せないでいた猛は、後で叱られるな、とどんよりする。
「単刀直入に申し上げますと、松岡ジムでは、猛くんを本格的に、プロとして育てていきたいと思っています。猛くんなら、世界タイトルも夢ではありません」
落ち込んだ猛に聞こえたのはそんな一言だった。しばらく言葉の意味を理解できなかった猛だったが、理解すると同時に、呆然としてしまった。
「ほ、本当ですか!?」
「す、すごいじゃないか猛!」
猛の両親は興奮した様子で猛に声をかけているが、あっけにとられている猛は何も返事ができない。
「それにつきまして、まずは猛くんのご両親のご意向を確認したいと思いまして」
「私たちとしては是非もありません。こちらから頼みたいくらいです。後は猛の意思次第ですね」
「ねえ猛、あなた小さいころからボクシングが大好きじゃない?才能があるって言ってくれてるみたいだし、プロ、目指してみても良いんじゃない?」
猛は両親の言葉を受けて、ボクシングについて考える。もともとは人気者になりたくて始めたボクシングだ。しかしやってみると、抱えている悩みをすべて忘れてしまうほどに、ボクシングは楽しいものだった。しかし、猛は今までボクシングを楽しいとしか思っていなかった。そんなボクシングで、猛がプロになって世界を目指す。
(...なんだよ、めちゃくちゃ面白そうだぞ)
もし世界チャンピオンになれれば、クラスの人気者レベルじゃない人気者になれるはずだという下心が出てきたのは否定はできない。しかし、それ以上に大好きなボクシングで、自分はどこまで行けるのか、
全てを忘れて、ただ目の前の相手と殴り合う緊張感は、世界ではどれ程味わえるんだと、興味が出てきた。
しばらく悩んだ末に猛は、笑顔を浮かべて、答えを出す。
「...やる」
「そうか!そうか!頑張れよ猛!」
「何かとご迷惑をおかけするかと思いますが、息子をよろしくお願いします」
「は、はい。お任せください」
美波と隆夫は、無表情で威圧感しか感じさせなかった猛が浮かべた、綺麗な笑顔に心底驚いた。
その後、プロを目指すにあたってのこれからの練習予定や、金銭の話など事務的な打ち合わせを終わらせた松岡親子は、新城家を出てジムに戻っていた。
「...新城くんのご両親、普通にいい人達だったよね」
「ああ、狐につつまれたような、とはまさにこのことだな」
「つままれただよ馬鹿...」
もともと2人は、猛ほどの人材を裏社会の人間のままにするのはもったいない、表世界で活躍させてやってくれと、やくざの組長に土下座して頼む覚悟を決めていたのだ。ところがどっこい猛の家はやくざではなく本当に普通の一般家庭だった。何故あんなにも人の好さそうな両親の元で、猛があんな極道を極め切ったような恐ろしい感じになっているのか、小一時間ほど問い詰めたいと2人は思った。
「それに、新城くんも悪い子じゃなさそうだしね」
「確かにな、ボクシングのことであんな良い顔できるんだ。悪いやつな訳はねえな」
美波が見る限り、猛のことは極道の男にしか見えない。猛は無口で、不愛想で、鋭い目つきで人を見ていて、派手な見た目にデカい体が相まって見る人に恐怖しか感じさせない。しかし、プロを目指すと言った猛の笑顔は、美波の大好きな、スポーツを愛する人の笑顔だった。
「サンドバック吹っ飛ばすほどのストレート持ってるやつなんだ、俺が必ず世界チャンピオンにしてやるよ」
「私もトレーナーとしてサポートするわ」
「はは!お前にトレーナーはまだ早いな!」
今日で、猛のことについて気になることはより一層増えたが、何はともあれ話はまとまったのだ。猛についてはこれから知っていけばいい。松岡親子の、これからの猛の展望についての語り合いは、ジムに戻ってからも続けられた。