異変
湖の木こり亭は、人の良さそうな老夫婦が経営している宿だった。
サービスも良く、金を払えば、簡易的な露天風呂にも入れた。
この世界の夜空は日本にいた頃と違って、満天の星空が、煌びやかな宝石を散りばめたように輝いていた。
その光景に感動して、目尻に何かが光ったのは……ここだけの秘密にしておこう。
翌朝。
老夫婦に宿の代金として、銀貨一枚を支払った。また、風呂の料金は、大銅貨五枚だった。
此処には、また入りに来たいと思う。
お礼を告げてから、今日しなければならない事を、頭の中に思い浮かべる。
(一番優先すべき事は、今のとこ金稼ぎかな。第二に、強くなる事。この二つは、冒険者ギルドの依頼でも受ければ解決するだろう。金がある程度安定して稼げるようになってから、情報収集をしていこうか。……何か柄にもなく、ワクワクするな。)
悠は、冒険者ギルドに向かって歩いていく。その足取りは軽く、スイスイと進んでいく。
ギルドに着くと、何かザワザワした雰囲気を感じた。何かあったのかと思い、近くにいた筋骨隆々の、戦士風の男に話しかけてみる。
「あのー!何故、ここまでザワついているのかご存知でしょうか?」
「ん?何でも、今度戦争があるって噂だろ?それでよ、俺たちも冒険者である前に、王国民だ。だから戦力になりそうなのは、ある程度引っ張ってかれたり、志願した奴等が戦争に行って、武勲を挙げて貴族様に召し抱えられてやるって息巻いてんのさ。」
(ここらを治めている貴族は確か、クリムゾン辺境伯だった気がする。召集されるとすれば、クリムゾン家の軍に配属されるだろう。俺も、後少しレベルが上がったら行ってみたいが、まだ早い。焦りは禁物だ。)
「そうだったのですか。ありがとうございました。」
「いいってことよ!また縁があれば会おうぜ!じゃあな」
そう言って男は討伐依頼を受けたのだろうか、片手で巨斧を肩に担ぎながら退出していく。
……この世界の戦士って力強すぎないか。
カウンターに着くと、昨日と同じ受付嬢がいるところに並ぶ。
今日は昨日よりも人が多く、賑やかで浮かれている気がする。やはり戦争に、一攫千金を夢見ているのだろうか。
「ユウさん!おはようございます。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「えーと、今日は討伐依頼の中で、効率良くお金になる依頼を受けたくて来ました。」
冒険者は、現在のランクの一つ上のランクの依頼までなら、受けることが出来る。
だが、受けた依頼を達成出来なければ罰則金が発生するし、ランクが一つ上がるだけで難易度は跳ね上がる。
「承りました。それでは、ご用意いたしますので少々お待ち下さい。」
事務的な口調でそう告げ、依頼を確認している。セナの素朴な可愛らしさとのギャップがまた良い。
依頼書には、討伐依頼、採取依頼、雑用依頼など様々な依頼がある。
その中で討伐依頼は、二つに分別される。常時討伐依頼と、非常時討伐依頼だ。
●常時討伐依頼・・ゴブリンや、オークなど、討伐しなければ、果てしなく増え続けるモンスターなどが対象になる。報酬はギルドカードの、対象モンスター討伐数を確認して、討伐数に応じた報酬が支払われる。
●非常時討伐依頼・・オーガ等危険なモンスターが、街道の近くに出没したりした時に、商人等の通行人を襲うのを、事前に防ぐために張り出される依頼だ。報酬は常時討伐依頼よりも高額になっていて、腕が立つなら非常時討伐依頼が効率良く稼げる。
「お待たせしました。この依頼などは如何でしょうか?」
そう言って、差し出された羊皮紙を見る。
常時討伐依頼のようだ。内容はゴブリン討伐だった。ランクEの依頼で、一体討伐すると銀貨2枚で、討伐数は指定されていないから、稼ぎ甲斐がありそうだ。
「じゃあ、この依頼でお願いします!」
「はい、承りました。ゴブリンは南の森に生息しています。それでは、お気を付けて行ってらっしゃいませ。」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ぐはっ…!?」
戦士だろうと、推測される冒険者の男が、2メートルを遥かに超えた、人型のモンスターに棍棒で薙ぎ払われ吹き飛ばされる。
その隙に、男のパーティメンバーらしき女の魔法使いが呪文を唱え、直径20センチほどの火の玉を発射する。
火の玉は、人型モンスターに当たるが緑色の皮膚には、火傷の痕すら刻まれていない。
「なっ…!?こいつ魔法も効果がないなんて!」
自分の得意な、火属性の魔法を被弾しておきながら、無傷の怪物を見ておもわず絶句してしまう。だがその一瞬が生死を分けるのが戦闘だ。
火の玉をぶつけられ怪物は、機嫌斜めに咆哮をあげると標的を戦士から女魔法使いに変えた。
土が抉れるほどの踏み込みで、女魔法使いに迫ってくる。
僧侶は、戦士に回復魔法を掛けているが、恐らく間に合わないだろう。
怪物は、自分の間合いに入ると棍棒を使わず、女を素手で殴り飛ばした。
その衝撃で、女魔法使いは吹き飛ばされ意識を失った。
「ミア!?…待ってろ!今助けに行く!!」
まるで、怪物から姫を救い出す勇者の様に、復帰した戦士が、再度果敢に怪物へ飛び込もうとするが僧侶が窘める。
「バトラー!此処は一度撤退しよう!このままでは……パーティは全滅だ!」
「ハンス!!テメェふざけんなよっ!!ミアを見捨てる気かよ!……俺らが撤退したら女のアイツは、ゴブリン共に子を孕まされて、死ぬより酷い目にあう可能性もあるだろうがぁっ!!!」
「落ち着け!…悔しいが俺たちではあの怪物には、歯が立たん!ギルドに戻って応援を呼ぼう!」
「行くなら…ハンス!テメェ一人で呼びに行け!俺は、コイツを足止めしてミアが連れ去られねぇように命張って食い止める!……だから、テメェは死ぬ気で応援呼びに行けぇ!!!」
そう言うと、ハンスを村の方へ向けて突き飛ばす。直後バトラーは、怪物に向き直り油断無く構えを取る。
「バトラー!!応援を呼んで直ぐに戻ってくる!だから……絶対に死ぬなよ!!」
バトラーの牽制によるものなのか、怪物はハンスを追ってはこなかった。
この後、ハンスは村に辿り着き、ボアの村冒険者ギルドで非常時討伐依頼が張り出されることとなる。
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