250日目の魔術師
日もまともに射さない薄暗い部屋が、今の私が自由に動けることを許されたたった一つの部屋だった。元は大国の宮廷魔術師のトップに君臨し、最強の名を欲しいままにしていた私だが戦争に負け魔術を封じられたままこの塔の一室に閉じ込められたのだ。そんな私にも月に何度か面会と称して顔見知りの奴らがやってくるが、全員私を飼い殺しにする命を受けた裏切者達ばかり。中には共に研鑽し魔術の腕を競い合った兄弟弟子や、共に国に忠誠を誓った同僚達もいて酷く失望させられたことも数少なくない。そんな暮らしが数年続いた時更なる絶望が私を襲った。私のたった一人の弟子であり最愛の恋人でもあった少女が自ら命を絶ったと告げられたのだ。自殺した理由は今でも判明していない。彼女は私に劣りはするが、それでも天才と称しても問題ないほどの魔術の使い手で、魔道具の作製に関して言えば私以上の腕前を持っていた。そのせいで利用価値があると判断され私の隣の部屋に閉じ込められていたのだが、こんなに近くにいたのに彼女を救えなかったという自責の念が何年経っても私を苛む。
彼女が死んでから五年の月日が流れたが、未だにこの塔を脱出することは叶わないでいる。脱出の方法はいくつか考えついたのだが、やはり左腕に填められた魔封具が障害になっていて実行に移すことが出来なかった。しかし、そんな私にも神は見放さなかったのか希望持てる情報を手に入れた。今日の面会予定者の名前を知ることが出来たのだ。その人物はかつての同僚騎士で、敵国の上司や権力者に取り入ることで今では中枢に入り込むまで成り上がっていると聞く。そんな奴なら魔封具を解除するための魔道具を所持している可能性が高いし、なにより気位や自尊心ばかりが高く騎士としての腕は高くない奴なので隙をつけさえ出来れば私でも倒すことは可能だろう。そんな風に考え込んでいる間に時間になったのか、かつての同僚騎士は乱暴に扉を開けるズカズカと我が物顔で部屋へと入ってきた。
「久しぶりだな最強の筆頭魔術師様?おっと元最強の元筆頭魔術師様だったな!ついつい癖で以前のように呼んでしまったよ」
「言いたいことがそれだけなら早々に立ち去ってもらおうか。私はお前の顔を見るだけで吐き気を覚えるんだよ。」
少しでも隙を作りやすくするためにあいつを逆上させようと、多少の演技をしてでも神経を逆なでする言動をとろうと思っていたが、王国時代からなんら変わらぬ傍若無人ぶりについ演技ではなく本気の溜息が零れてしまった。そんな私の態度が気に食わなかったのか、あいつは顔を歪めながら私を睨みつけている。しかし今の優位な立場を思い出したのか、以前ように無駄に突っかかってくることはなく偉ぶった態度で幾度となく聞いた台詞を吐く。
「そろそろ私達の狗になる決心はついたか?お前を飼い狗にすることが出来れば、私の地位は今以上のものになるのは確実なんでさっさと欲しいんだがなぁ。」
「黙れ裏切者が!誰がお前達のような下種の言いなりになるものか。この魔封具さえなければお前など私の最強の魔術で一瞬のうちに消し炭にしてやれるというのに!しかし何故お前達程度の者がこれほどまで強い魔封具を用意出来たのだ?世界最強である私の魔術を含め、ありとあらゆる魔術を無効にする魔封具などそう簡単に手に入るはずがない。おまけに魔封具に破壊不可の魔術をかけることで、物理的に破壊することも出来なくなり最強の私ですら封じることが出来る最強の魔封具となっている。こんな魔封具を作り出せることが出来る者は限られているはずだが…………まさかお前達は!?」
「ご名答!!その魔封具を作ったのはお前の愛弟子にして恋人である彼女だよ!あの子はお前と違って純粋な子でね……おかげでお前のために必要だと嘘をつけば騎士である私の言うことならば間違いないと、欠片も疑わずに簡単に最強の魔封具を作り上げてくれたよ。あの国は正直お前のおかげでもっていたようなものだからな。お前さえいなければ簡単に攻め滅ぼすことが出来た……本当に彼女には感謝しているよ。」
「まさか彼女が五年前に自殺したのは……。」
「自分が作った魔封具を悪用されたことに気が付いたからじゃないか?しかし彼女に自殺されたのは私にとって痛手だった。二人とも上手く飼い狗に仕立て上げるつもりだったからな。だがまぁ、お前の方が利用価値が高いし『二兎追う者は一兎も得ず』とも言うしな。これからは今まで以上に責め上げるつもりだから覚悟しておくんだな!」
つい口から洩れた私の推測は否定されるどころかあっさりと肯定され、そのうえ私を出しに彼女を利用したことを告げられ愕然とした。まさか自分のせいで彼女が巻き込まれたとは思いもよらず、あいつが私を嘲笑いながら出ていくのを呆然と見送る。その時の私は脱出の機会を窺うことよりも、彼女のことを思うことで一杯だったのだ。彼女はとても純粋で争うを嫌うような優しい子だったのに、その意思がなかったとはいえ国を滅ぼす手伝いをしてしまった。私はようやく彼女が命を絶った理由を理解したのだ。彼女は祖国を滅ぼしたという自責の念と、私を陥れてしまったという後悔から己の死を持って償う以外ないと思い立ったのだろう。この真実に気が付き私も直ぐさま彼女の後を追おうかと考えた。だが、このまま私も命を絶ってしまえば彼女の無念を晴らす者が居なくなってしまうと考え思い止まることにした。この塔には他にも私と同じ立場の者達が複数いるのだ。彼らと協力すれば奴らを討ち滅ぼすことも難しくはない。必ずや彼らと共にここを脱出し祖国を再建して彼女の無念を晴らしてやろう!