247日目の騎士
俺がこの塔の一室に閉じ込められていったいどれだけの月日が流れたのだろうか。かつて誇り高き騎士団の団長として、様々な者達から羨望の眼差しで見つめられていたのは遠い昔のことのようだ。今でも室内で出来る鍛錬を一日も欠かさず行っているが、衰えた筋力を見る限り以前のように戦うことは難しいだろう。このまま腕が鈍る一方では、此処を脱出する際に恋人である姫様をお守りすることが出来るのか不安で仕方がない。だが不安要素はそれだけではないのだ。今の俺には姫様の現状を知る術がなく、姫様がご無事なのか不明なのだ。姫様は神から愛された尊き方なため命を奪われる心配はないだろうが、容姿のみならず内面までもが光り輝くように美しいこの世の者とは思えないほど素晴らしい方だ。下賤な者達から辱めを受けていなければ良いのだが……。姫様が健やかに過ごされているかだけでも知ることが出来ればどんなに良いか!
「元団長ご機嫌いかがっすか?心優しい元部下が面会に来てあげましたよ。いやぁ、それにしても鬼神とすら謳われ他国から恐れられた姿は影も形も見当たりませんね!!大人しく観念して皇女殿下の旦那様になったらどうっすか?皇女殿下のよう尊き方から求婚されるなんて名誉なことっすよー。まぁ俺はあんな人外との婚姻は死んでもごめんですけどね!」
姫様のことを想い苦悩していた俺の元に、ヘラヘラと軽薄な笑みを張り付けた元部下が耳障りなことを言いながら面会と称して現れた。相変わらず礼儀というものを知らない奴で、相手が上司だろうと皇族だろうと関係なく自分より上位の存在などいないと本気で思っている馬鹿だ。だからこそ、現皇帝のたった一人の愛娘である皇女を平然と侮辱する言葉を使う。騎士としても人としても底辺を這うような存在だな。だからこそ俺は、この男を信用するに値しないと判断して重要な位置に置くことをしなかった。
「それにしても思ったより痩せ細ってないっすね。もしかしてまだ生真面目に鍛錬なんてしちゃってるんすか?」
「お前と違って王国伝統の鍛錬は欠かさず行っているからな。そういうお前は今も訓練をさぼっているのだろう。以前より腹回りが一回りも二回りも大きくなっているようだが?」
「俺は誰かさんみたいな脳筋と違って優秀な頭脳を持ってるんでね!だからこそ今はきちんと能力を認められ、一個師団を任されるほどの地位に君臨してるんっすよ。王国ではあんたを筆頭に無能な馬鹿ばかりで、俺みたいな本当の天才は有象無象に埋もれるしかなかった。だから俺は皇女殿下があんたに横恋慕して戦争を仕掛けてきた時裏切ることにしたんす。まぁ言ってしまえばあんたらの自業自得っすねー。」
「優秀な頭脳?楽することや自分の保身しか考えない愚鈍なうえに鈍才で鈍重な奴がよく言う。その立場も一時的なものでどうせすぐ捨て駒にされるのが落ちだろうよ。まぁその前に俺がお前に引導を渡してやるがな。」
相変わらずの自信過剰ぶりに思わず嘲笑が零れる。おそらく重宝されていると思っているのはこの男だけで、周りはこの男の能力を正確に把握しているだろう。ただでさえ自身の欲のために仲間を裏切るような奴は、全てが終わってから切り捨てられ易いというのに、この程度の能力しかない奴を残して不穏な芽を育てるような愚行は皇国とて犯すまい。この男が何らかの罪を着せられて処分されるのは時間の問題だろう。放っておいても長くは生きられない奴だが、姫様や俺達を裏切ったこの男だけは必ず俺の手で殺してやらなければ気が済まない。そのためにはやはりこの塔を一刻も早く脱出しなければならないな。
「戯言言うのは止めてもらえないっすか!?いくら温厚な俺でもいい加減怒りますよ?その気になればあんたの命なんて簡単に奪える立場にいるんすからね。俺の気分次第であんたもあんたの大好きな姫さんも終わりっすよ!」
「俺を殺せば皇女殿下の怒りを買うだけで、その結果お前の寿命が縮むことになるだけだろう。それに、姫様に何かあれば俺は自害するだろうから結果は俺を殺した時と同じになるな。どうあがいてもお前にはどうすることも出来ず、終わりが早くなるか遅くなるかだけの違いでしかない。お前が俺達を裏切って手に入れたものなんてその程度でしかなかったんだよ。」
裏切者とはいえ敵に良いように操られたこの男に、俺はどこか憐みのような感情を覚え始めているようだ。そのせいか、初めは責めるような口調だったのが段々と慰めるかのようなものに変わってきている。あいつもそれを薄々感じているのか、先ほどまで饒舌だったのが嘘のように顔を真っ赤に染め上げながらも反論一つせずに足早に部屋を出て行ってしまった。
あいつが出ていき再び静寂が訪れた部屋で、俺は今まで以上に皇国に対して強い怒りが湧き起こってくるのを自覚した。裏切る決意をしたあいつが愚かだったのは承知しているが、人の心を弄び絡繰り人形のように好き勝手操ったあげく使い捨てようとしている皇国のやり方には憎悪すら覚える。やはりこの世界のためにも、皇国をこのままのさばらせておくわけにはいかない。早急に姫様を救いだし、神の名の元に王国を再建し世界を平和に導かなければ!