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246日目の姫君

 わたくしの名はイシュタム・ペルセポネー。ついこの前までは優しいお父様やお母様、愛しい恋人や真面目な使用人達に囲まれいつまでもこの幸せは続くのだと信じておりました。ですが今では狭い部屋にたった一人閉じ込められ、全てを奪われたペルセポネー王国唯一の王族と成り果ててしまったのです。

 何故このようなことになったかと言えば、蛮族の集まりであるユースティティア帝国に攻め滅ぼされてしまったからなのです。ユースティティア帝国は以前より、肥沃な土地や様々な鉱脈を多く持つペルセポネー王国を我が物にせんと幾度となく戦争を仕掛けてきていました。ですが、ペルセポネー王国には世界最強と謳われた師匠(せんせい)を筆頭に優秀な魔術師が多く、今までは帝国軍をなんなく返り討ちにしてきたのです。そのことに業を煮やした帝国軍は、卑怯にも我が国の騎士を甘言により惑わしわたくしを人質として捕らえることで師匠達を封じ瞬く間にペルセポネー王国を蹂躙していったのです。そして人質の価値がなくなったわたくし、師匠や騎士などの力があり今後利用価値がありそうな者達を地方の塔に閉じ込めてしまったのです。

 これがわたくしの現状です。何故王族であるわたくしが生かされたままなのか疑問に思いましたが、わたくしは月の女神にして我が国の守護神であるリリス様の愛し子として類まれな加護を頂戴している身。わたくしを害してリリス様の逆鱗に触れることを恐れたのだろうと結論をつけました。それにわたくし自身も、師匠には劣るもののそれなりに力のある魔術師ですから価値があるとでも思っているのでしょう。誇り高きわたくしが、蛮族共の言いなりになるなどと思われているのは憤りを覚えますが、此処を師匠達と脱出しペルセポネー王国を取り戻す為だと思えばなんとか耐えることが出来ます。

 そんなある日、毎朝の日課であるリリス様への祈りを捧げていた最中に面会と称して誰かが訪ねてきたようです。囚われの身であるわたくしでは、面会を拒否することが出来ないことを分かっているのかその人物はわたくしの許可を求めることなく部屋へと入って来ました。


 「よくもわたくしの前にぬけぬけと顔を出すことが出来ましたわね……アーサー・ランスロット副団長!!気高き騎士団の副団長ともあろう者が敵国の甘言に惑わされ自国を売り渡すなど嘆かわしい。ですが今からでも遅くはありません。我らが神、リリス様に許しを請い敵国を打ち滅ぼすのです。」


 部屋へと入ってきた者の顔を見た瞬間わたくしは怒りのあまり声を抑えることが出来ませんでした。何故ならその人物はわたくしを人質として捕らえた張本人だったのですから。そのまま怒りに任せ彼を罵ろうとしましたが、裏切りの騎士といえども元は我が国を愛し守ってきた者であったことには変わりはありません。正道を説けば必ず分かってくれるはずだと、そんな思いが浮かび冷静さを取り戻したわたくしはアーサーの目をジッと見つめながら静かな口調でそう告げました。


 「生憎と私は副団長なんぞに戻る気はサラサラないんですよ。何せ今の私はユースティティア帝国軍の総司令官ですからね。帝国軍の全てを束ねる総司令官と一介の副団長とでは比べるまでもなく総司令官の地位を選ぶに決まっているでしょう。それよりもそろそろ観念して我等に下ってはいただけませんかねぇ。そうすれば空の下に出ることが叶いますよ?」


 しかし帰ってきた答えはわたくしが求めたものとは正反対のものでした。ニタニタと下卑た笑みを浮かべたアーサーは、見下すようにわたくしを見ると奴隷契約を結ぶようにと告げてきたのです。今までも様々な者達から告げられてきたことですが、裏切者とはいえ自国の者から言われたことは今までで最も心に突き刺さりました。思わず涙が零れそうになりましたが、たとえ誰に何と言われようともわたくしが屈することは許されません。


 「誰が下るものですか!わたくしは誇り高きペルセポネー王家の血を引き継ぐもの。必ずや悪を滅し我らが神の名の元に王国を再建してみせましょう。」


 「本当に残念で仕方がありませんよ。奴隷契約とはいえ我がユースティティア帝国は、姫様方を丁重にお迎えする準備は整っているんですがね。それに姫様のお養父様(おとうさま)お養母(おかあさま)も一日も早く共に暮らせることを望んでいるというのに。現に何度もこんな辺鄙な地へと足を運ばれているでしょう?さっさと諦めるのが賢明ですよ。」


 「わたくしの父と母は亡くなった二人のみ。あのような者達を認めたことなど一度たりともありません。言いたいことはそれだけですか?なら早々にわたくしの前から立ち去りなさい。不愉快極まりない!」


 「やれやれ、相変わらず強情な方だ。……仕方がありませんね、今回はこれで引き上げると致しましょう。ですがまた近いうちに伺いますのでその時は良い返事を期待しておりますよ。」


 まるで我儘を言う幼子を相手にするような物言いで言い放ったアーサーは、無言のまま踵を返すと部屋を出ていきました。アーサーが居なくなりまた一人になったわたくしは、思わず近くにあったクッションを掴むと部屋の扉へと投げつけてしまいました。ペルセポネー王国の姫として相応しくあるようにと、幼少の頃から厳しく躾けられてきたわたくしとしては淑女らしからぬ行動だと重々承知しておりましたが、そうでもしなければわたくしは自身の魔力を暴走させてしまう恐れがありました。そんなことになればわたくしの命は勿論この塔にいる者全ての命を奪ってしまったでしょう。それほどまでにアーサーの言葉にわたくしは怒り心頭だったのです。


 「この部屋に魔術を封じる呪い(まじない)が施されいなければ簡単に脱出することが出来るというのに!ですがわたくしは諦めません。どれだけ時間がかかろうとも必ずやユースティティア帝国に正義の鉄槌を下してやりましょう!!」


 囚われの身になってから今日(こんにち)まで、一度としてペルセポネー王国の再建を諦めたことなどありませんが、アーサーと話をしたことでその思いを今まで以上に強くすることが出来ました。わたくしと同じく、囚われの身となっている他の者達も同じ思いを抱いていてくれていることでしょう。あぁ、彼らは今どのような状態にあるのでしょうか……。今のわたくしでは彼らの現状を知る(すべ)はありません。我らが神リリス様。どうか彼らのことをお守り下さいませ。

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