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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

心の在処

作者: 日野 遥

投稿するのを忘れていたためちょっと季節外れになってしまいましたが、楽しんでいただけると幸いです。

「俺、結婚するんだ。」

「―――。」


騒がしい居酒屋の筈なのに、一瞬音が消えてしまったような錯覚に陥った。


学生時代はクールな王子様とまでいわれた無口な男は、今の恋人と付き合うようになってから驚くほど饒舌になった。まあ、こいつは無口と言うよりは極端な人見知りで口数が少ないだけだと、長年友人をやっている俺は知っていたけれど。

高校大学社会人と友人関係を続けてきた中で、目の前の男が一番変わったのは間違いなくその恋人と出会ったことだ。

黙り混んでしまった俺が気になったのか、そいつは茶化してきた。


「なに黙ってんだよ。もうそんな気してただろ?」


そうだよ、そんな気はしていた。でもやっぱり、直接聞くのは破壊力が違う。


「…違うって。やっと決心ついたか、って思っただけ」


学生時代から付き合いはじめてもう大分たつ。周囲にもまだかまだかと囃されて何年もたっているくらいだ。慎重な性格はまだ変わってないということか。


相手の変わらないところを探そうとしていることに気付き、小さく俺は笑った。

別に昔のままが良かったとは言わない。その変化のおかげで俺たちは軽口をたたけるようになったし、冗談もよく言うようになった。それはとても楽しい。

ただ。

「昔は、俺ぐらいとしかまともにしゃべれなかったやつが結婚すんのかと思うと感慨深いものがあんなぁ」

「う、それに関しては言うなよ…」

そう、こいつはほんとに人とほとんど会話が成り立ってなかった。笑ってしまうくらい単語や文節でしか会話が出来ないんだからすごい。

俺は長くこいつといたから単語と文節だけでもそれなりに言いたいことが理解出来てしまっていたから、こいつもきっと楽だったんだろう。

みんなの憧れの王子様と心から会話をできるのが自分だけだということが、優越感であったことは否めない。


それに……俺は、この友人が好きだったから。`俺だけ`という歪んだ快感から、逃げられなかったのだ。


「ほんと、いつからだったかなぁ」

「何が?」

「いや、こっちの話。」


ジョッキを傾けながら俺は過去に想いを馳せた。

こいつの彼女は明るく、ハキハキして、ちょっと背は小柄だけれどごくごく普通の女だった。

責任感の強い彼女は、この男の無口さは将来的に困るであろうとこの男を変えていった。もちろん染み付いたしゃべり方や思考がそう簡単に変わるわけでもなく、あまりしゃべらなくても会話が通じてしまう俺は、よく彼女に、こいつを甘やかすなと叱られたっけ。


――ほんとにこいつのことが大切で、こいつのことを考えるのなら、好きなのなら、ほんとはそうするべきであったのだ。

だから、彼女のほうが、きっと正しい。

男だから、とかそういう問題以前に、こいつに抱く思いの形と強さが、そもそも間違っていたのだ。


「よし、今日は飲むぞ!!」


ドンッ、といきなりジョッキを置いた俺に相手は一度目を見開いたが、すぐにニヤリと笑った。


「お、祝い酒だな祝い酒。よし、俺かんぱーいっ!!」

「調子に乗んなよテメェ。親父さん、ビールもう一杯ずつちょうだい!」


こうなったらやけ酒だ。飲むに限る。

どうせ伝える気はなかった思いだ。これで踏ん切りが着くではないか。


言いたい言葉と一緒に、俺はひたすらに酒を飲んだのだった。





「いやー、のんだのんだ。」

「つか、何で俺の奢りなんだよ。ふつーそこはお前の奢りだろ!俺がめでたいんだからさ!」


冬の突き刺すような寒さも、酒で火照った体にはちょうどいい。

近所の公園の前を通りながら、すっかり酔っぱらった二人は会話を重ねていた。


「独り身の俺をおいて幸せになるんだろ?それくらいのご慈悲はくれたってバチは当たらないぞ、旦那様。」



嘘、本当はそんなこと思ってなんかない。ただ、こいつの結婚を祝う気持ちになれないだけだ。



「んじゃご祝儀は期待してるからな~」

「うっせぇ。じょーしき的な範囲内に決まってんだろ」

「ええー、そりゃねーよ!絶交だーっ」

「ははっ、やれるもんならやってみろよ」



いつもの軽口、いつものやりとり。


それでも、軽口と分かっていても言えない言葉だって、確かにあったのだ。



「うおっ!?」

暗いことを考えながら歩いていたせいか、酒の回った身体はについていかなかった足は縺れて前に倒れ込みそうになった。

来る衝撃に身構えたが、いつまでたっても恐れていた痛みはやってこない。

代わりに、体に回された腕が視界に入った。


「っあぶねーな。飲みすぎだぞ、お前。」


倒れそうになった俺の体を支えたのは、ダウンジャケトに包まれた友人の腕だった。


「…悪い、サンキュ」

「なんだよ、祝い酒兼おごり酒はそんなに旨かったか?」


ニヤニヤと笑いながら友人は言う。俺にとってはやけ酒だなんて言えなかった。


「…ああ、うまかったよ。お前にカミさんが出来たら、お前の愚痴や馬鹿話に付き合うことも減るんだろうなと思ったら、ついつい酒が進んじまってさぁ」



嘘だよ、嘘。本当はそんなこと思ってなんかない。

でも言えない。言わないからさ。



「またまた~ほんとは寂しいんだろ。お前、俺のこと大好きだもんなー?」



そう、いつもの冗談だ。的を得ていても、いつもの軽口だ。






だから気づかないで。






どうか、気づかないで。






その言葉が、いつもより、少しだけ震えたその言葉が、







「……そーだよ。お前のこと愛しちゃってるもん、俺。」







……本気だったと、気づかないで。



FIN

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