鬱々
虎さんと私は歩いています。
正確に言えば歩いているのは虎さんだけで私は虎さんの背中にいます。おんぶしてもらっています。そして虎さんは私の知っている世間一般の虎さんとはどうやら違うらしく服を着ています。さらに四足歩行ではなく二足歩行です。2mは越えるであろう巨体の背中は中々ふわふわとしていて快適であります。(あと、名前がわからないので取り敢えず虎さんと呼ぶことにしました。)
こうなった経緯は少し前。
「…お前、話せるのか。」
「……ほ?」
そう言って漸く私の上から退いてくれた喋る虎。
「お前は人間か」
「…あ、う、え?」
「何処から来た」
「………」
「……かっぷんか」
「…ぅえ?」
「…かっぷんか?」
「……あの、コップンカー…?」
「…普通に話せるのか」
「あ、はい。」
というやり取りがあって。
かと思えば唐突に背中に乗れと仰って。私重いのでと、今思えばそこじゃないだろという遠慮をし立ち上がろうとしたところで力が入らずへたり込み、虎さんの喉からグルゥという唸り声が聞こえたところで結局背中を借りた。
私をおぶってからの虎さんは黙々と何処かへ向かっている様子で。最初は緊張して乗っていた私も30分近く経ってから周囲や虎さんを悠長に観察するに至っていた。
さっきは気づかなかったが私はどうやら森にいるらしい。森にいるのがおかしいのは解るのだか余りに虎さんと森がマッチしているため違和感がなかった。森なんて入ったのは小学校の頃にやった少年少女森林探検合宿という悪しき行事以来な気がする。
虎さんの逞しい背中は動物特有の肩甲骨?的な骨がおぶさっている側としてはゴツゴツとしていて当たると痛いのだか、首に回した手に触れる毛の感触は想像するより柔らかくて艶艶しくてあたたかい。きっとこの虎さんは良いところの虎さんなのだろうと思う。(良し悪しがあるのかはわからないけど)
ここからではよくわからないのだが虎さんが着ている服もなにかキッチリとしていてより一層その風格を高めている気がした。
ぼうぼうと生い茂る草を踏み分けて道無き道を着々と進む虎さんの足取りからして目的とする場所があるのだと思うが景色は一行に変わらず森である。辺りも段々暗くなってきた。
ふと、森に1人で残された時の事を考えてしまう。全く今更ながらとても怖い。自他ともに甘ったれな私がこんな森で生き抜けるわけがない。どうする事も出来ずに野垂れ死ぬのがオチだ。これまで人生のうのうと生きてそれでも文句を言っていた自分に腹が立ってきた。もし、これが夢で覚めるのなら、夢でなくても戻れる方法があるのなら、もっとばあちゃんに優しくしよう。家族に認めてもらえる努力をしよう。そらと遠くまで散歩に行こう。
全部、帰れるのならの話だけど。
落ち着いてきた今はこのわけのわからない状況が悲しくて仕方が無い。どうしてという言葉ばかりが頭を巡る。
さっきまでは虎さんが怖くて、自分の人生がまさか虎に喰われて終わるだなんて思っていなかったのだけれど、今は虎さんにおぶってもらい森を歩いている。虎さんはまだ正直怖い。でも触れている身体から伝わるあたたかさというか雰囲気が、なんとなくだけど、悪い人ではないとそんな気がする。
虎さんの足音と虫の声が響く静かな夜の森で名も知らないこの大きな背中に顔を埋めること、それしか今の私にはできなかった。