第一話 ログアウト不能事件
「確か、不人気の職業でパーティにはいらないって言われてるのがあったよな」
どうせなら、難易度の高い職業いわゆる上級者向けのモノで遊びたい。
「ええ、そうね――」
その後、簡単にシステムを聞かされる。
初めに職業を選ぶと、取得できるスキルがある程度決まるらしい。一定のレベルに達するごとにスキルポイントが貰え、たくさんあるスキルから好きなモノを選び取得していく。
最終的に取得したスキルを装備して、育てていく。
そうやって好き勝手に育てていくのだ。自分のやりたい戦闘に必要なスキルを。
ある程度どんなスキルでも取れるので、戦士系のスキルを取りながら、余ったポイントで魔法を覚えたりもできる。
自由度が高いが、攻略サイトではどのようなスキルを取得すると狩りの効率がいいなどは決まってるらしい。
「やる気ね、やる気満々ね」
熱心に聞く俺を見て、やる気になったと勘違いしたのか瑞希は瞳を輝かせる。それはもう無垢な子供のように。
いい加減高校生なんだから、少しくらい大人っぽくなってくれてもいいだろうに。
……こいつに大人っぽさは厳しいか。
寄せられる顔を押し返しながら、
「接近戦職で何かないか?」
「あるわよ、いっぱい。すぐに思い出せるのだと……空戦士、銃騎士、聖騎士なんかが微妙ね、実際にやってみたことあるけど私は無理だったわ。今思い出せるのはそれくらいかしら。あ、私の友達が銃騎士やるって言ってたわね」
「そうか。中々根性のあるヤツなんだな」
瑞希の友達が選ぶのなら被らないのにしよう。
「聖騎士なんて、結構人気ありそうだがな」
他の二つは初めて聞くような職業だが、聖騎士はパラディンと呼ばれたりして強いのだが。
「聖騎士よりも暗黒騎士のスキルが優秀なのよ。聖騎士がもつガード系スキルは状態異常になりにくい『バッドガード』があるけどクローズド、オープンではそこまで活躍することがなかったわ」
MMOはどちらかというと専門外だ。状態異常攻撃をしてくるような魔物なんて、ゲームの序盤から多くないだろう。少なくとも一般的なゲームなら。
そこまで長くプレイできないベータテストでは、人気が出にくい理由も分かる。
おまけにデータは削除されるらしいしな。
みんなLv1からのスタートだ。
「暗黒騎士には攻撃してきた相手にランダムで状態異常をばら撒くガード系スキルがあるのよ。それが序盤だと敵が麻痺になったり毒になったりとで大活躍だったのよ。でも、私は正式サービスでは聖騎士の方が活躍すると思うわ。このゲーム、スキルやアクセサリだけではすべての状態異常を守ることができないの。まあ、それが普通だけど一人用のって全部無効とかできるわよね? そこにきて、聖騎士は前半こそ頼りないけど、後半は優秀な犠牲――盾に育つの。問答無用で状態異常を大幅に軽減できるので、聖騎士もきっと陽の目を見るわ。いいえ、確信できるわっ。デバフついでだけど、対人戦では相手のガードしている状態異常の裏をどれだけかけるかが勝利の鍵だと思うのよ。まあ、私はデバフスキルが少ない職業になるつもりだから、あんまり意味ないけれど。そういう駆け引きがあって面白そうよね!! あー、あと――」
瑞希の顔がう、潤っている。
自分の中に溜めていた知識を吐き出せて、よっぽど気持ちよかったのだろう。水を得た魚だ。
止まることを知らない彼女の口からはさらに言葉が発せられる。
「……あぁ……あぁ」
悪いが、途中から聞き流させてもらった。
もう、何がなんだか。
そこまでMMO用語はなかったはずなので、言っている内容は分かる。
怖いな、ゲーム好きって。
瑞希に、ネットでちょっと調べると伝える。お前はもういいから、一人でゲームの妄想でもしててくれという意味を込めたのだが。
「分かったわ」景気よい返事と共に瑞希も俺の部屋までついてきやがった。
横から下手に口出しされないのを祈りながら、ネットで職業を調べ始める。肘をテーブルについて、ボケーと画面を眺める。
さっき言っていた三つの職業。聖騎士は瑞希の考察から選択するのはやめよう。
「種族も結構あるんだな」
ざっと八つの種族が表示される。種族にあった職業なども一緒に提示されるが、見ない。
選ぶ際に多少影響を受けるかもしれないからな。
「ええ。私は森人か武器人にしようと思ってるのよ」
「どんな種族なんだ?」
どちらもあまり聞かない名だ。
「森人はエルフに近い種族ね。武器に精霊を纏わせたり、大地からMPを吸収したりするわ。武器人は武器が擬人化した種族って設定ね。そのおかげか、種族技に武器解放っていう強力な技があるのよ」
「人気のない種族は?」
「人間ね。特徴もなく、種族技もアビリティが増えるだけでそこまで必要なモノではないし」
「種族はあっさり決まったな」
「なら私は武器人ね。人間との相性がいいし」
種族についてはこのくらいでいいか。俺は改めて職業を見返す。
「あ、この職業も面白そうね。あーでも、これも……うぅ」
うるさい。
口出しこそしていないが、俺の肩に手をかけもみもみ動かしてくる。
もどかしそうに、色々な職業を見ては唸っている。
このゲーム、職業が本当に多い。職業の多さがゲームのウリでもあるようだ。
肩を揉むならもっと力を入れてくれよ。心で呟くがもちろん聞こえるわけがない。
「あっち行っててくれよ。背後霊じゃねえんだから、いつまでも纏わりつかないでくれ」
回転するイスを利用し、軽くなぎ払ってやる。
はじかれた瑞希は俺のベッドに着地。そのまま顔を押し付ける。
「アキ、兄の匂いっ!」
「人の布団に顔を押し付けるな。よだれもたらすな」
「アキ兄っ! 私ここで寝ていいわっ!」
「俺が嫌だ」
「なら、布団を持って帰るわっ。そのくらいならいいわよね」
「俺は何をかけて寝ればいいんだよ。腹が冷えたらどうするんだ」
「私の布団よっ。え、エッチなことに使えばいいじゃないっ。今なら、ニーソックスもつけるわよ」
「人を何だと思ってやがるんだお前は」
ニーソは好きだが。
結局気持ちよさそうに寝そべってしまった。
……いつから、こんな変態になってしまったのだろうか。考えても無駄か。
目的の職業はすぐに見つかったので、二つを並べてみることに。
空騎士は空中戦がウリのようだ。だが、評価は最悪。ソロならいいかもしれないが、パーティでは全員同じ職業でもないかぎり戦いにくいらしい。
理由は、空中戦だからだ。なんとも悲しい。ウリがマイナス評価の原因なんて。
最たるものがクリティカルアッパーと呼ばれる敵を打ち上げ、体が勝手に敵を追尾するスキルがある。
だが、打ち上げる高さが異常だ。敵が約10m打ち上げられるらしい。
接近職は当たらないし、魔法職も狙いにくい。
おまけに着地時に落下ダメージをくらうらしい。相手もくらうのだが、最悪だな。
「あっ、クリティカルアッパーに修正入るらしいわ。確か、敵を打ち上げるだけの技になるのよ」
マントのように俺の布団をまかないでくれ。
「へぇ、そりゃ随分と便利になったんだな」
それだと人気でるかもな。
「まあ、前に比べればね。時間稼ぎには使えるけれど、空戦士以外の職業は取れないのよ。これだけだと確かに有用そうだけど、他の職業でもスタン系の技があるわ。それに空戦士はHPが他の前衛職に比べると高くないからやはり前衛はつらいわね」
MP切れは起こしにくいけれどと瑞希は鼻を布団に押しつける。
「まあ、器用貧乏なところは直らないってことか」
「ええ。どちらにしろプレイヤースキルが必要よ。そして、多くの廃人プレイヤー……それも、プレイヤースキルが高い人間は無難な職業を選ぶ人たちが多い。だって、そっちのほうが強いもの」
「どちらにしろ、多くは増えない職業って事か」
「空中戦が難しいのも難点ね」
「俺はワイヤーを使って戦闘を行ったことあるぞ」
「そんなのレアケースすぎるわ」
瑞希がジト目になったので、肩をすくめる。
面白い職業だ、さらにソロならいいというのが最高だ。他のパーティーに誘われにくくもなるだろう。
次に銃騎士を見てみる。
銃騎士は回避系の盾職で、圧倒的な攻撃力を誇っている。盾職なのに、攻撃もできる! というのが公式サイトでのキャッチコピーみたいなものだ。
上級者向けの職業だ。
回避系盾職というものがそもそも地雷らしい。
ステータスが高くても敵の攻撃を避けるのはプレイヤー。
このゲームは基本、敵の攻撃にMISSはない。攻撃に当たれば、レベル差がどれだけあってもダメージはくらってしまい、ひるんだりする。
ダメージが0の場合は、MISSではなくGUARDになる。防御力が高いと起こる現象だ。
そのせいで、回避系職はただ突っ立っていればすべてMISSになるということではないのだ。
敵の動きを予測し、回避。パーティを組むのなら仲間との立ち位置も考える必要がある。なんとも気苦労が絶えない職業だ。
おまけに銃弾は仲間に当たると、1秒にも満たない程度だがひるませてしまう。
これにより、魔法の詠唱やスキルの溜めが中断されるという最悪な仕様。
これはオープンベータでも修正されなかったらしい。仲間が範囲魔法に巻きこまれた場合もスーパーアーマー状態以外のすべての動きが中断されるのだから、仕方ないのかもしれない。
空戦士は確かにいいが、他の戦闘職に比べると見劣りがある。
銃騎士のスキルを見た感じ、主な武器は拳銃、散弾銃、狙撃銃、短剣。
パーティでのデメリットは俺には皆無だ。ソロプレイがしたいから、ソロ系職を探しているのだから。
軽く、纏めてみよう。
空戦士は、空中戦をウリにした器用貧乏職業。あらゆる戦場に対応できるが、一点特化の職業のほうが強いMMOでは日陰の存在だ。空中戦自体が難しいらしいし。
銃騎士も似たようなもの。散弾銃は仲間の動きを阻害し、回避は自力で頑張らなければいけない。あらゆる戦場に対応できるが、こちらも目立つことはない。狙撃銃なんてあるが、モンスターは自分の近くに出現するようになっているので、出番もない。
迷う必要もなかったな。選択肢はそもそも限られていた。
俺はブラウザを閉じる。
「決まったのかしら?」
軽いトリップをしていた瑞希も俺が職業を選び終わったのを察知したようだ。
顔は真っ赤で今も鼻を布団に押し付けている。
「まあな」
ベッドから力技で剥ぎ取り、瑞希の手を取って部屋から追い出す。
「どっちにしたの? あ、ちょっと待って。考えるわ」
俺の眼前に翳した手を顎に持っていき考え始める。待つのも面倒だ。
「空戦士だ」
「銃騎士ね! ……え?」
「答えるのが遅かったな」
「酷いわ……アキ兄。ヒド兄ね」
ちょっと落ち込んだ様子の瑞希に俺は特に何も感じないが一言。
「悪かったな」
「本心?」
「すくなからず」
「……そっ。それで、空戦士を選んだのはやっぱりソロプレイだから? ちょっとくらいパーティーを組むっていうのは……」
俺がソロプレイに拘る明確な理由はない。ただ、単に他人と関わって楽しむよりは自分のペースで地道に楽しみを模索するほうが好きなんだ。
ギルドやパーティのように、時間を決めたりして一緒にプレイするのは……正直合わない。
だから、一人用のゲームばっかやっているのだ。
いつでも自由にやめられるようなパーティーならいいんだがな。
たぶん、瑞希たちのパーティーはそういうパーティーなのだろう。
「面倒なんだ、そういうの」
「私の知り合いの人たちは皆ガサツというかマイペースというか……とにかく細かいことは気にしないわ。ちょっとくらい一緒にやらない?」
皆ガサツって……それはそれで嫌だな。
「悪いが、遠慮させてくれ」
「でも、アキ兄も一緒にやるって皆に言ったわ。どうしてくれるのかしら?」
「……勝手な」
どうもできん。
これ以上話していても俺が根負けするかもしれない。
ゲーム開始の11時まで後10分だ。
無理やり会話を終わらせてしまおう。
リビングに置いてある『トリップ』まで行き、一度立ち止まる。
「ほら、やるんだろ? 家に戻れよ」
後ろをついていくる瑞希の背中を玄関の方へ押す。
「きゃっ、アキ兄の強引。絶対、一緒にやるのよ。ログインは何時ごろ?」
「午後の……一時くらいだな」
「そっ。それじゃあ、私待ってるからっ。ログインしたら連絡しなさい。名前はたぶん、スイにするから」
「分かったよ」
やれやれ。ようやく、去ったか。
そろそろ昼か。
『トリップ』に『フィニスオンライン』のカセットが入っているのでわざわざ変えてゲームをする気も起きず、結局午前中はVRMMOの情報収集と拳銃の手入れに時間を割いた。
日本では申請さえすれば一部の限られた人は刀や銃器の所持が認められている。これは凶悪な犯罪が増えたことに対するせめてもの抵抗だ。
俺は――俺の家系は昔から小鳥遊家の護衛を務めている。
瑞希の本名は小鳥遊瑞希。俺と瑞希の関係はまあ、そんな感じなんだ。
現在俺は日本にある犯罪者逮捕のスペシャリストを育成する学校に無理やり通わされている。
将来、普通の生活を送りたい俺は力を抜いて、この家から勘当されるのを待っている状態だ。
だが、あの親父は中々俺を見限らない。案外早く捨てられると思っていた俺にとっては最悪な状況だ。
拳銃の安全装置のレバーがあがってるのを確認してから机に置く。
部屋を出て、リビングに戻る。
昼飯を食べたら、約束してしまったしログインしてやるか。
お湯を沸かして、キッチンの棚にしまってあるカップ麺を取り出す。
『陸』と書かれた紙が貼ってある。これは兄のモノだ。
構いはしない。蓋をあけてお湯を注ぐ。出来るのは三分後だ。
その間にテレビをつけて、面白いテレビがやっていないかチャンネルを回しながらテーブルに腰掛ける。
肘をついて怠けたポーズを取ろうとして、頭が手から外れる。
な、なんだ? ニュースのチャンネルに気になる文字を見つけてしまった。
慌てて立ち上がり、テレビの前に移動して食い入るようにニュースを見る。
見間違いじゃない。
そこには、VRMMO『フィニスオンライン』ログアウト不能事件と大きなテロップが表示されている。
待て、待つんだ。
瑞希がやっているゲームの名前は。確認するようにパッケージを見ると、『フィニスオンライン』。
……不運なヤツだな。舌打ちをしたくなりながら、携帯がポケットの中で震えるのを感じ取り出す。
透き通るような青色をした携帯の画面をタッチすると、電話相手が映像として映し出される。
チッ、親父だ。
「もしもし? 仕事で忙しいんじゃないのか。仕事サボってもいいのか?」
親父の後ろに映る映像を見る限り、どこかの書斎か?
『いきなり突っかかるな。まあ、いい。今瑞希様は何をしている?』
「VR世界に旅にでも行ってるんじゃないのか?」
『……やはり、手遅れだったか』
渋めの声をさらに低くし、明らかな苛立ちを表情に浮かべる。
そんな声を出されても困る。そろそろカップ麺も出来る頃だったのでスピーカーフォンにしてテーブルに放り投げる。
『お前は[フィニスオンライン]のニュースは見たか?』
「なんか、あったらしいな」
以前にもデスゲームの事件があった。やはりVRMMOは実現するべきじゃなかったな。
湯気があがり、鼻腔をくすぐる醤油の匂いを感じながら、割り箸でラーメンをすする。
『人の話を聞く気はあるのか?』
「ないな」
中にある細かい具を口に運び、笑ってやる。
『そうか。まあ、いい。今お前の家に[フィニスオンライン]があるらしいな』
「人の私生活を覗くなんて最悪な趣味してるな」
『聞いただけだ。今からお前に指令を与える。現在、まだ使われていない[フィニスオンライン]の回収が始まっている。回収が済み次第VRに慣れた人間がログインする』
「みんなで遊ぶのか? そりゃ、楽しそうだ」
『ゲームクリアで解放されるらしい。どこまでが本当なのか分かりはしないがな』
罠かもしれないってことか。
そんなのに、息子を参加させるつもりか。
「つまり、あんたは俺が真っ先に助けに行った事実が欲しいんだろ? 小鳥遊家に恩を売るために」
『言い方は悪いが、大体合っているな』
「カケラも瑞希を心配しないんだな」
『それはお前の仕事だ。いいか? すぐにログインしろ』
元々ログインするつもりだったが、親父に入れと言われてからだと複雑な心境だ。
「……ちっ。だが、俺はゲームをクリアするつもりはないからな」
『元々期待なんてしていない』
「そうだな。後は、夏休みの宿題をなしにするように学校に交渉しろ」
『自分で報告書を提出するんだな』
冷たく言い放ち電話を切られる。
くそ、相変わらず最悪だぜ。
俺はラーメンをかきこみ、余ったスープを水道に流してゴミ箱へ投げる。
瑞希が全く関係ないなら、別に親父の言うことなんて聞くつもりはない。
瑞希を見捨てられないのは、幼い頃からの付き合いがあるせいだ。赤の他人ならどうでもいいが、あいつは家族的な意味合いで大切な人間だ。
曲がりなりにも好意を寄せられているし。
「だったら、盛大に楽しませてもらうからな!」
VR機へ座り、ヘッドギアを被り電源を入れた。