第2話
「やあ、お待たせ」
師匠がお茶を入れて戻ってくるまでに、床に散乱している本を部屋の端に積み上げた。
さすがに全部とはいかないが、本に埋まっていたテーブル周辺は片付いた。
「おお!3日ぶりに床を見たよ」
「3日ぶりですか~?」
「3日ぶりだって!?」
パッフェルは大して驚いてないけど、これは大事だ。
本を読んだら放りっぱなしの師匠が片付けなんかするはずがない。
一緒に暮らしてた時も、俺が片付けなければいつまで経っても散らかしっぱなしだ。
「ようやくブラウニーと契約したんですか。やるならもっと早くして下さいよ。そしたら俺も楽出来たのに……」
ブラウニーと言うのは、通称『家事妖精』と言われる妖精で、戦闘力は皆無だが家事が得意と言う変わった妖精だ。
彼らが1人いれば、一人暮らしで家事に悩まされることがないくらいだ。
妖精と契約出来ない一般人でも妖精語さえ話せれば、交渉して報酬次第でやってくれる。
一般人と関わりのある数少ない妖精だ。
俺は昔から師匠に『自分で片付けられないなら、せめてブラウニーを雇え]』と、何度も説得していた。
それがようやく実っ……
「いや、娘にやってもらったんだ」
「はぁぁぁぁ!?娘!?」
俺がここを出て行ってから5年。
出て行ってすぐ結婚して子供をもうけたとしてもまだ5歳のはず。
と、普通なら考えるだろうがその更に斜め上を行くのが師匠だ。
「今度は何を拾ってきたんですか?」
怒鳴りつけたいのを必死に抑えて師匠に尋ねる。この人は拾い癖と言うかなんと言うかよく孤児を拾ってくる。
それも、国の孤児院に溢れた問題児ばかり。
俺も師匠に拾われた口だが、拾われた時点で同じようなのがすでに2人。さらに後から2人拾ってきた。
いずれも何らかの問題を抱え、孤児院に入れなかった溢れ者たち。
俺が国を出る時には、それぞれの将来の為に師匠から離れたが、まさかまた拾っているとは思わなかった。
俺と同期連中で散々苦労しただろうに、この人は……
「いや、一応事情はあるんだよ?」
「訳ありなのは予想済みです。師匠が拾ってくるのは、どこかの貴族の隠し子とか、風習的に問題のある忌み子とか、王位継承争いに敗れた王子とか、そういうのばかりですからね」
「いや、子供の事情じゃなくて……もちろん、子供の方にも事情はあるけど」
「じゃあ、先生の事情って言うのは?」
「会った時に言ったけど、今は土地を貸して妖精魔法の講師をしているんだが、人気がなくてね」
「具体的には?」
「……去年まで生徒がいないくらい」
「マイナーなのは理解してますがそこまでですか……」
「でね。今年も生徒が居ないようなら、学科は閉鎖って事になってね。ちょうど、才能のありそうな孤児を見つけたから面倒を見る代わりに生徒になってもらったんだよ」
なんというマッチポンプ……
「なるほど。で、子供側の事情は?」
「東からの流れ者らしくってね。しかも混血児」
混血児か……
人間やエルフならともかく、自分の種族以外と交流を持たない純血主義種族だったらかなり大変だな。
そうでなくても両方の能力や見た目を受け継いだ混血児は嫉妬や嫌悪で嫌われやすいのに。
「その混血って言うのがダークエルフなんだよね」
ぶっと飲んでいるお茶を吹き出すのを必死に押し止めた。
ダークエルフとか極東方面の純血主義筆頭種族じゃないか!
他種族と交流こそあるものの、他種族を見下すし傲慢だし、それでも滅ぼされたり交流を打ち切られないのはそれだけ強く技術があるからだ。
ダークエルフの技術力は、時代1つ違うと言われるほどだし、エルフの弱点である肉体の虚弱性もなくエルフ以上の魔力の持ち主と言うとんでも種族だ。
「しかも、結構部族の重役らしいし、お相手は魔族のバジリスクらしいんだよ。」
「ぶはっ!?」
今度は我慢出来ずに吹き出した。
せめて、誰にも被害を出さないように顔は逸らした。
魔族と混血で種族がバジリスク?
魔眼持ちの上に純血至上主義の混血児とか、よく殺されなかったな、その子。
普通なら殺されてるぞ。
そんな子供を拾ってくる師匠も師匠だが……
「でね。入学させたはいいんだけど、最近中央からお呼びが掛かってさ。行かなきゃいけないんだよ」
「中央と言うと、中央魔法学院から? どうしてそんなところから?」
中央魔法学院と言えば、魔法大国にある魔法学院であり、最高峰の魔法教育機関だ。
どうしてそんな所から、師匠にお呼びがかかるんだ?
「学院繋がりでね。交流はあるんだよ。交換留学生も何人か受け入れているしね。で、向こうからぜひ来てほしいと言われてね。立場上、僕は学院勤務の教師だし、学院的にもこっちの方が立場が下だから行かざるをえないんだよ。アルディオはどう思う?」
「明らかにダークエルフ狙いでしょ。生まれはさておき、ダークエルフなんてレアな人材を欲しないわけないし」
ダークエルフはエルフ同様魔法使いの資質が高い上に、肉体的にもエルフより強い。
エルフの上位互換とでもいえばいいだろうか。
しかし、彼らは総じて尊大で傲慢。交流も自分から歩み寄ることはないし、同族以外に物を教わるなどありえない。
それが魔法学院に通っている時点で異常だ。
まあ、異常云々の話はさておき、生徒の質や将来は教師の未来をも左右する。
そんな優秀な生徒が居ればどの教師も自分の教え子にしたいだろう。
その生徒が活躍すれば、それだけ生徒の面倒を見た先生も有名になる。
『あの生徒を育てたのは私だ!』みたいな感じで。
「だろうね。。すでに毎日自分の学科に来ないかと転科勧誘に引っ張りだこだよ。彼女の方は僕に恩を感じているのか変わる様子はないけどね。始めはすごかったよ? 学院長自ら僕に転科させるように言ってきたくらいだからね」
また無駄なことを……
師匠は生徒の考えを大事にするタイプだから、自分からどこかの科に変われなんてことは絶対に言わない。
それでダメだったから生徒自身に説得を切り替えて、それでもダメだから唯一の妖精魔法教師である師匠を飛ばして、別の科に引き込もうとしてるのかね?
「で、招請の件はどうするつもりですか?」
「どうするもこうするも、任意と取り繕ってはいるけど断ればクビだろうしね。行くしかないよ。そこで、アルディオに頼みがあるんだけど」
「師匠の代わりに妖精魔法の教師をやってほしいと?」
「話が早くて助かるね。君が来なかったら、この街で冒険者をしてるマーリャットに頼もうと思ってたんだけど、あの子はこのあたりじゃ結構有名な冒険者だからね。パーティーの都合もあるだろうし、どうしようか迷ってたんだよ。それにあの子は風属性だからね。教え子は火属性なんだよ」
俺が師匠の元を離れるのとほぼ同時に同期もあちこちに散ったからな。
今はどこで何をしてるのやらと思っていたが、まさか地元で冒険者をしてる奴がいるとは思わなかった。
「まあ、仕事もないですし、俺も冒険者ですけどしばらくそっちの仕事はしないんでいいですよ」
「ありがとう。助かるよ。あ、でも無理にあの子を引いとめようとはしなくていいからね? 学科を変わりたいって言ったら尊重してあげて」
「もちろん。自分の道は自分で決めるが教育方針ですもんね」
「じゃあ、早速紹介しないとね。もうそろそろ帰ってくると思うんだけど……」