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神聖独劇  作者: さとう
第三章――静寂の地平
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祈りの喪失

 ――その異変は、一人の男が世界から見えなくなってから起きた。世界を重く澱んだ空気が覆い、輝きが消えたのである――


 とある町に住む淑女。彼女は特別な宗教や思想は持っていないが、毎朝晴れの日も曇りの日も雨の日も、太陽に素晴らしい一日になるよう、そして過ごせるよう祈りを捧げていた。行為に深い意味はなく、精神衛生上の日課であり、祈りを捧げるとその日は溌溂とした気持ちで一日を過ごせた。

 この日も目を覚ましてから、まず祈ろうと朝日の射し込む窓際に歩み寄ったが、奇妙な感覚に捉われ祈ることをやめた。奇妙な感覚はもやもやした霧となって心の中にまとわりついた。

 

 奇妙な感覚は何なのか、もやもやしたものはどこから来るのか分からず、晴れ晴れとしない気持ちを引きずったまま一日を始めてしまう。訳の分からない感覚とさっぱりしない気持ちは精神的不安を煽り、不注意が目立つ一日を送ってしまった。

 寝る前に、この感覚は今日だけのことだと考え、明日はまた元通りになると信じ瞼を閉じた。翌朝いつものように窓辺へと向かったが、また、奇妙な感覚が身体中に広がり、祈ることをやめた。得体の知れぬもやっとしたものが心を覆い、気持ちが悪くなっていった。


“何かがおかしい”

 そう感じずにはいられなくなり、今日は原因の根幹を探ろうと彼女は決めた。椅子に腰掛け暖かい飲み物を飲み、一旦落ち着きを取り戻してから、まずは、奇妙な感覚について考え始めた。

 祈りを捧げようとすると奇妙な感覚が表れ、次に重みのある霧が心を覆う。昨日は一日中それらが付きまとい離れなかった。

 

“何がおかしい?”

 考えあぐねたが、結局原因は分からず夜になってしまった。それから翌日も、その次の日も、毎日のように祈りは届かず自問の日々が繰り返された。だが、答えは見つからず、挙げ句には疲労と原因不明に対する憤りから苛立ち、生活が荒んでいった。

 たかが祈りだと思い気にしないように努めたこともあったが、やはり奇妙な感覚ともやもやの正体が気になり駄目であった。

 

 悶々としていたある日、空を見上げてはたと気付いたことがある。いつの間にか、祈りの対象であった希望の力、太陽が心の中から姿を消していた。前は些細なことだけれど、力が湧いてくるものだったのに、今の今までその存在を忘れてしまっていたのだ。


“祈りの存在が心から消えていた”

 もやもやしたわだかまりがすっと晴れ、奇妙な感覚の正体は太陽を奪うことだったのだと気付いた。しかし、既に彼女にはどうすることも出来なかった。彼女は力の源を奪われていた。

 奪われた力――太陽と祈りは返ってこない。このことに気付いた時点で彼女の生活は荒廃しきっていた。

 後に残されたのは限りない不安と絶望の予感だけであった。

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