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神聖独劇  作者: さとう
第十二章――聖なる契り
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原始世界

 遥か昔、神話時代よりもさらに遡る、人が言語を獲得し、意思の疏通が可能になったばかりのころの話である。言葉の発生とともに感情が生まれると、何に対して喜び、恐れるのかを共有するようになり、お互いを知ることが可能になった。

 見えざる力――暴れる自然現象は生を脅かし、それらは芽生え始めた心に救済願望と祈りを与え、後に宗教と呼ばれるものの始まりを告げる。祈りは信仰へ深化すると力を奉るに至り、見えざる力の鎮静行為をするものが現れ、呪術や階級社会が発達、人が邪な力を付け始めた。

 現実的な目を持つものは、自然現象の理解と解明から論理的な支配を試みるなど、世界追究の萌芽も見えてきた。 人は自然現象を享受する姿勢をとり、時として抗い立ち向かうことによって、あらゆるものへの理解を深めた。

 また、事象の存在と認識を世界に位置付ける過程で、己を当てはめる作業も忘れず、世界の中での在り方を探ることにより精神の成長を遂げた。


 感情の芽生えは他者の理解を助け、それは想像する力を発現させた。空の青さに生命の流れ行く先を思い描く、そのような想像力の高まりは生きる喜びを増幅させる。

 しかし、その逆も然り、すなわち死の想像である。そこにあるはずなのにいない、名状し難い、想像を越える不気味な現象に恐怖は増した。死への恐怖は、生きるために発生した信仰と直ぐ様結び付き、高位に存在する見えない力へすがるようになった。

 当時、力の象徴及び化身として掲げられたのは太陽と太陽の放つ光であった。

 繰り返される昼と夜から始まりと終わりの存在を感じとる、それはあらゆるものに含まれることだと、誰が言うのでもなく一人一人が自然のうちに悟った。

 始まりを知らせる光は希望と未来を映し、終わりを示す暗闇は追憶と過去を想起させる。太陽は歩むべき道を照らし続ける導きであり、世界の中で迷わぬよう輝く標、存在の輪郭を浮かび上がらせる明かり、そして何ものにも増して生を実感させるものであった。

 それゆえ人は限りある生命をもって二つの輝きを讃えた。

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