夢の意識
低く重い音が地面を揺らす。稼動する工場の機械たち。唸り声はうるさく鼓膜を震わせる。男はあまりの騒音にその場から離れた。少し歩くと小さな公園があった。長椅子に腰を落ち着ける。音はだいぶ小さく聞こえる。
雲ひとつ無い青空を仰ぐ。暖かい風が吹き抜てゆく。視線を前に戻し、隣をみると綺麗な格好をした紳士が座っていた。柔和な笑顔とともに軽く会釈され、男もつられて軽く頷いた。紳士は咳払いすると話を始めた。
「私は夢に対して一つの見解を思いつきましてな、それを誰かに拝聴願いたいと思っていたところ、ちょうど座っているあなたを見かけたのです」
「はぁ、そうなんですか。で、どんな考えをお持ちになって?」
紳士はとうとうと述べる。
「夢に現れるイメージは倒錯した現実の表象なのです。それゆえ、辻褄が合わず混乱した映像を見せる。夢という空間には精神病者が見る、得体の知れぬ恐怖、錯綜した信号、顕著な象徴化、映像の集着などが散見されるのは周知の通り。さらに、その夢のイメージが時として類い稀なる創作のきっかけ、影響を与えることも報告されております。精神病者は常に異常な状態であり、創作活動を行えば尋常ならざる力を発揮する。このことから推察するに夢とは、精神病にも似た一つの病気なのかもしれません」
「なるほど、興味深い見解ですね。それはどういった経緯で思いついたものなのでしょうか?」
「なんとも言いかねるのですが、突然、本当に突然、そんなことについて深く考えたこともないのに、つい今しがた出てきたのですよ」
男は怪訝な表情で紳士を見る。紳士は柔らかな表情を崩さず続ける。
「ちょうどこの公園に近づいたら思考が降りてきましたのです。それを話したくてたまらなくなった。そしたら貴方がいた。まるであなたに話せと言わんばかりにです。これはなにかの啓示なのでしょうかな」
「馬鹿なことを。ふざけるのはよしてください」
「いやいや、ふざけてなどいない、真実だよ。……しかし、なんだね、話は逸れますが、君からは全く生きる輝きが見えない。あなたを見ていると不思議な気分になりますな。私の『生』が吸い込まれ、自分は漂い続ける意志無き影のような、己を持たない存在に思えてくる」
彼は動揺した。『生きる輝きが見えない』だと? 確かにその通りだった。男は光によって見知らぬ世界へ運ばれる、それは、生きること、存在することを諦めさせ、忘れさせた。幾久しく自分という存在に向けられた意識。その疑問が男をぐらつかせた。
「何を言ってるんですか」
弱々しく言葉が出てきた。紳士は優しい眼差しを向ける。
「なにか隠しているかもしれないが今はいい。いずれにしろ、その悩みも解決されるでしょう。思えば、私が受けた啓示を君に伝えたのも、その一端なのかもしれんですな」
男は黙り、空を仰いだ。そのまま目を閉じると目蓋の裏から光が広がった。




