発狂した世界
光届かぬ暗い道を這いつき手探りに進む。いつ、どこから来たのか、自分はなにものなのか、探しているもの、辿り着く場所はあるのだろうか、あてもなく彷徨う。なんと深く暗い世界だろう、だが、不思議と恐ろしくはない。
幽かな記憶が揺らめく、昔、無頼の僧に聞いたことがある。いずれ一条の光も射さない闇が覆う世界、試練と苦悩の世界へ落ちることがある、だが、果てを目指し進むなら安息の地が待っている、と。きっとそこを目指しているのだろう。
しかし、進めど進めど変化は見られず、平たい大地は延々と続くばかり。終わりが無いことがこんなにも辛く、辛く、苦しいものとは。ああ、安息の地はいつになったら見えるのだろう。
万の時が経ったのか、まだ一日しか苦しんでいないのかもわからない。ふと常に垂れていた頭をあげると、闇が薄くなっていることに気が付いた。これは安息の地が近いのかと思った。
希望を抱き進めばだんだんと白けてくる世界。しかし、白くなりゆく世界は黒い世界と変わらなかった。明るいのではない、色があるのでもない、ただ白いだけである。
絶望、否、諦念がどんよりと身体の内側から澱み、全身を重くする。なぜ夢見た、なぜ希望を持った? 夢は根拠なき希望を与え、結果、悪戯に心を惑わした。
けれど、繰り返されると知りながら夢を見られずにはいられない、希望を持たずにはいられない。それほどまでにこの世界から抜け出したいと願うのだ。
標無き道を歩み続け、感覚的に途方もない時間を費やしたように思う。黒と白が繰り返し訪れる、朝から夜に変化するに似た現象。どうすることも出来ず、いつしか心は消えた。
そのまま暗闇に流され、ふらふらしていると、それは突然訪れた。黒から白へ変わる途中で時が止まったのか、灰色に世界が染まり、薄くではあるが陰影が見えた。失われた心が息を戻し、久方ぶりに目を見開き、ちゃんと世界を見た。灰色の世界を見て、終わり無き苦しみに光が射したと思えた。
今度こそ安息の地が近づいたのかと思うが、前と同じ経験を味わいたくないがため、盲目の希望は持たなかった。もしかしたら程度の希望を抱き足を運んだ。徐々に陰影は濃くなり何かの形が現れてきた。ここは安息の地だ、理由は分からないが何となくそう確信した。
やがて色も着きはじめ鮮やかな色彩を放ち、線がいつしか立体を作り出し始めた。顔を上げれば黒は夜に、前を見れば灰色は立体に、下に目をやれば白は大地に変わっている。瞬く星は皓々と夜空を描いている。極彩色に染まる空間は妖しく満ち、揺るぎない大地は安堵をもたらした。
これが願い続けた安息の地か! なんと逞しいところだ、やっと生きることを休めるのだ。安らぎを得るとそのまま眠りに落ちた。そして、目醒めると異変は訪れていた。
空は真っ白に塗られ、雲は青褪め気持ち悪く大地を見下している。太陽は黒く濁り、大地は不安定に蠢いている。再び夜が訪れると真っ白の空は闇から黒へ染まった。瞬いていた星は稚拙な硝子細工に変わり、どこからか吊るされているようだった。
気持ち悪い世界に変貌してしまった。ここは安息の地ではなかったのか、生きる苦悩を和らげる所では無かったのか、こみ上げてくるものは無く、すべてが失われていくようなだけであり、ただ茫然と立ちすくむばかりであった。
気を取り直したときにはさらにひどく歪んだ世界が広がっていた。捻れた立体物は禍々しく形を変え、まるで睨んでいるかのように見えた。
太陽も輝きを失い、下手に作られた鈍く光る器が取り残されている。大地はうねり、葛折りなす険しき道になっていた。
ここも違ったのか、いったいどこに行ったらいいのか。ここに現実はない。迷える空間の果てには安息の地はあるだろうか。気狂いじみた、不安定なこの場所はなんなのだ。
出口の光は未だ見えない。実像の無い虚ろな世界、迷宮の道、いや増す混沌は狂える精神にも似ている。
自分は誰で、いつ、どこから、どこへ向かって進んでいるのだろう。気がつけば黒と白の世界が再び顔を覗かせ、終わりの許されない残酷な世界は続いてた。
また、這いつくばり手探りに進む。かつてもこれからも、きっとこうして続いて行くのだろう。




