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神聖独劇  作者: さとう
第十章――幻想の種
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永遠の命の言葉

 今は昔、肉体や栄華は朽ち、数多の記憶が滅び、すべてが風の塵となって消えた。


 かつて、契約を破りすべての罪を背負ったものがいた。その罪人はただひたすらに走り続け、逃げた。美しき花が降りしきる峻厳な森の中を当て所なく、何に追われているかも分からず、救済を求め、走った。

 どれほどの距離を行ったかも分からない、気が付くと時の牢屋に閉じ込められ、涙の海に浮かんでいた。隣では顔を隠した人形が笑っていた。そこでは罪というものの存在が薄くなるのか、それほど意識することは無かった。

 牢屋を見渡し、ここにある出口は狂気への道だけだと、そう感じた。牢屋を破るということは、すなわち狂気に走ること。牢屋の先に見える光は狂気の暁なのだと。 

 ただただ牢屋でじっと待つ。暗い因襲めいた牢屋には仄かに罪の香りが漂う。正常でいるのは罪なのかと訝しむ。人形は相も変わらず笑っていた。

 さすがに気になり、顔を隠している布を取ってみると、そこには自分がいた。笑う自分と狂気に耐える自分。罪の意識が爆発したように膨れ上がり、恐怖と混乱が訪れ、それらに耐えられなくなり、光に向かい駆け出すと狂気はやってきた。


 そして、狂気に落ち、終わりによって罪を赦され贖われた。

 贖われたはずだった。だが、罪は今も晴れない。わずかに残った人々に罪はしがみついている。今尚、暗く澱んだ空気が蔓延し、心穏やかならざるのは罪の残滓故のことなのだ。

 祈りは赦しを得るための手段。なぜ祈る? 天は赦してくれたのではなかったのか? 人は罪に生き、死後ようやく赦されるか判決が下される。馬鹿なことだと思わぬか?

 私たちはとうの昔に赦されたはずだ。一人のものから始まり、狂気によって終えた罪がなぜ、今も人の中に残り消えないのか! 信仰など馬鹿げている、自由なのだ、罪から解放され、束縛されることはないはずだ!


 だから考えた。そもそも私たちに罪など無かったのだ。罪を定める存在自体が、人々を定め自由を奪う罪そのものだったのではないかと。

 自由を取り戻すためには、その存在の正体を知り、己の力で抗い乗り越えるしかない。


 私は正体を暴くことが出来なかった。しかし、もう疲れてしまった。どこかに答えはあると信じて進んできたが、駄目だった。

 そろそろお別れだ。光が開き始めた。この先も、きっと何も見つけられないだろう。

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