逃避と内省
男は微睡む耳に小鳥の囀りを聞いた。目を開けると鬱蒼とした木々が広がる。振り返ると巨大な樹木がそびえたつ。芳しい樹の匂いが広がる。立ち上がり、その太い幹をぐるりと周り、ちょうど半周したあたりに、遠くを見つめるふうにした一人の女性が座っていた。男は話しかけた。
「そんなところで何をしているんですか?」
ゆっくりと顔をこちらに向け、気だるそうに話し始めた。
「圧迫した空気が嫌で窓を閉めたの。そうしたら私は一人ぼっち、誰の声も聞こえない。窓からは街の明かりが見えて、そこには彷徨う人たちがいたわ。だけどみんな寂しそうな顔をしてた。それを見てたら虚しくなって逃げ出したの」
ひどく印象的な話で中身が見えなかった。男は言葉選びに悩んでいると女は続けた。
「逃げて遠くに行きたかった。誰も居ない、静かな空気があるところに行きたかったの」
男は尋ねる。
「一体何から逃げているのです?」
「私は私から逃げてるの。私は一人ぼっちの人生を歩んできた。それは生きる強さ、自立の志向を与えていたと思ったけど、そんなのはただの思い込みに過ぎなかった。心には孤独が募り、誰かの言葉に満たされたい、この心情を吐露したいと願う日々……。それが限界に来てね、飛び出してきたらこんなとこまで辿り着いたのよ」
「そうか。それなら僕が話しを聞こう。見知らぬ縁だし、知らない間柄だからこそ話せることもある」
「……ありがとう。私はね、孤独から逃げるため、いや、それを認めないため空想の世界に浸ることが多かったの。空想の中なら饒舌で心を解き放てる。暖かい言葉に満たされ、気の許せる友人がいたわ。だけど、冷静になって推察すれば全部嫌なことの裏返し。親しい人は居ない。居ないから話すことも、言葉を掛けられることもない。それに気が付いたら、寂しくて寂しくて……。私はいったいなんなの? いつからこうなってしまったの? そんなとき、ふと顔を上げて街の人々を見たら、みんな私と同じ。孤独に打ち拉がれてる顔をしてたのよ。そんな孤独な群衆を見たら、ますます嫌気がさしたわ。だから、遠くこんなところまで来たの」
その言葉を聞き、男は彼女と対極の位置にいると思った。彼も常に一人であったが、しかし、必ず出会いがあった。短い対話の中で、感謝されることも、冷やかされたりすることもあったが、それは感情の発露であるがため、そこに人としての繋がりがあるように思えていたのだ。それゆえ、不思議と一人ぼっちだという意識をもっていなかった。
「僕は孤独を知らないからあなたに掛ける言葉も見つからない。でも、孤独なとき本当に必要なのは言葉じゃ無いと聞いたことがある。必要なのは言葉では伝えられない想い、産まれたときに寄せられたような想いと行動だと」
彼女ははっとした顔を見せ、次いで目が潤んできた。
「ずっと一人ぼっちだった私が真に求めていたのは人の暖かさ……。そう、誰かに包まれたくて、人と繋がりたかったの……」
男は優しく彼女の肩を抱いた。瞬間、光が彼女から瞬き、全てを包み込んだ。




