救済の始まり
青年は暗い名も無き森の中を走っていた。彼は罪人。無我夢中で走る身体は森によって傷つけられていく。息を切らし当て所なく走り続ける。記憶は砕けてしまい何も覚えていない。
彼は走り続ける。暗き森から明るい場所へ向かって、今は失われた記憶が光の先にでもあるかのように、ただひたすら出口を目指し駆け抜ける。終わらない木々の間を縫いながら、散った記憶を呼び起こそうと、何かを考え、思い出そうとした。
彼は罪人。その意識だけが現在における彼の存在意義であった。罪について考える、が、何を犯し罪人となったのかも覚えていない。
罪に名前は無かった。名を冠するは呪いである。定めから逸したらすべて罪になる。それだけのことである。罪という言葉はすべてを呑み込み、また罪という行為はすべての始まりである。
すべてに名は無かった。名を冠するは呪い。定めは誰かがつくり上げた意図である。意図に名は無い。
罪の始まりは名を冠すること。彼は定めを破り、罪と行為に名を冠し、呪われ、意図を否定した。
彼は罪人。罪名は無い。ただ、彼は罪を犯した。その事実だけが彼を蝕むと同時に、存在の証明であった。
青年を追う者はいない。しかし、逃げるように走った。恐れた。罪を犯した恐怖が、心に絡み付き、居た堪れず、それらから逃げ出したかったのかもしれない。だが、罪はついてくる。何をするでもなく彼を見守る、いつまでも、死のときまで。
彼は若く理解できていない。正体の掴めない何か――罪――からの逃避は理解のときまで続く。彼は理解とは程遠いところを走っている。
その事に気が付き、理解し、受け入れるまでどれほど傷つくだろうか。




