元人間で元男で元勇者で現魔王城の居候?
魔王に保護(?)されたリンがお城で暮らし始めてから一年ほど経った頃のお話です。
拙い文章ですが最後まで読んで頂ければ幸いです。
「見なれた天井だ」
目を覚ますと、すでに見なれた天井があった。
ここは魔王城の俺に与えられている一室だ。魔王に拉致されてからこの城で暮らすよう言われ、この部屋を与えられた。冗談じゃないと反発したのだが「なんなら私と同じ部屋でも良いですよ」と言われ、引き下がるほかなかった。
いつもなら、ジェイドに纏わりつかれる一日が始まると、マリアが起こしに来るまで毛布の中に引きこもっているのだが、今日は違う。なんと、昨日からジェイドは領地の視察ということで二週間も城を空けているのだ。その分昨日の別れ際のジェイドはいつにもまして粘着質だったが―――
あんな大勢の前で、キ、キ、キスをするなんて何を考えて………きっと何も考えていないな。しかし、今日から二週間の間は自由。俺がこの城に来てからこれほど自由な時があったか、いやあるまい。
「くっくっくっくっくっく」
思わず漏れてしまった笑いはマリアが部屋にやってくるまで続いた。
「リン様、今日のお召し物はこれでいかがでしょうか?」
そう言って俺にフリフリのレースが付いたドレスを勧めてきたのは、俺の専属メイドのマリア=フォンベルトだ。
背は俺より頭一つ高く、仕事中は金髪を団子状にまとめて邪魔にならないようにしている。種族はとがっている耳が特徴的なエルフだ。この世界ではエルフも魔物の仲間になる。かわいいというよりは綺麗といった言葉が似合う人で、見た目は二十歳程に見える。まあ、魔物にとって見た目と年齢など関係がないので実年齢は知らない。
彼女は俺がこの城に来た日からお世話になっており、もう一年程の付き合いになる。
「マリア、今日からジェイドもいないことだし、そんな気合いの入った服じゃなくても――」
「いいえ、リン様。女というものはたとえ男性の目の届かないところでもオシャレに気を使うものなのです。それに魔王様がいないからといって、リン様に男物の服を着させるわけにはいきません」
「俺はジェイドがいても男物の服で構わないけど―――」
「さ、着替えますよ」
「………はい」
何も知らなかった俺に、魔物の常識や城での生活の仕方を教えてくれたマリアには、頭が上がらないのが現状です。ヘタレではないよ。誰だってこうなると思うよ。
鏡の前でドレスを着せられて、櫛で髪を梳かれている少女。
最近になってようやくこの姿が自分なのだと認められるようになってきた。なったばかりの頃はお風呂に入るのも大変で毎回顔を真っ赤にしながらマリアに体を洗って貰っていた。まあ、今でもマリアに洗って貰うのは変わってないけどね。俺は自分でできるって言ってるんだけどね、マリアが「これもメイドの仕事ですから」と言って譲らないのだ。結局いつも俺が根負けするから、最近は何も言わない。
だが、最近鏡に映る自分の姿を見て思うことがあるのだ。
「おれ、オレ、俺」
首を傾げる。鏡の中の俺も首を傾げる。
「わたし、ワタシ、私」
反対に首を傾げる。鏡の中の私も反対に首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
髪を梳いていたマリアが訪ねてくる。
「いや、ちょっとな」
そう言いながら俺は何回か他の一人称を試してみる。
「わたくし、拙者、麻呂、リン」
どれもしっくりこない。
「ぼく、ボク、僕、ボク、ボクはリンです。うーん、やっぱりボクかなぁ」
「リン様?」
「ああ、ごめんごめん。実は言葉使いを少し変えようかなと思ってるんだ」
「言葉使いをですか?」
「うん」
着替えはすでに終わっているので、俺は近くのソファに座った。ソファの隣を手で叩きマリアにも座るように指示する。最初はかなり抵抗があったようだが、一年も経てば、こんな主人のわがままにも慣れてきたようだ。
「俺が男みたいな口調なのは、元が男だからってこと話したよな」
「はい」
そう、俺が男であることは、俺が信用できる者には話してある。そっちの方が何かと過ごしやすいと思ったのと、自分を助けてくれる人(?)に嘘をつくのが忍びなかったのだ。マリアの他にも、数名の者が知っている。
「でもさ、今はこういった姿だから、なんか違和感があるんだよ」
「なるほど」
「だからさ、完璧に女言葉とまではいかないけど、もう少しだけ柔らかい口調にしてみようかなぁと」
「そういうことですか、わかりました!!つまり、魔王様からもっとも女性として見て貰いたいので、まずは口調から直していこうというわけですね」
「違う!!そうじゃなくて―――」
「大丈夫ですリン様。最後まで言わなくても、リン様の専属メイドであるマリアにはリン様のお気持ちがちゃんと伝わっていますから」
「え、あれ?おかしいな気持ちとかいう以前に言葉が伝わっていないよ!?」
マリアは勢いよくソファから立ち上がると両手を胸の前で握りしめていた。その瞳には使命という名の炎がメラメラと燃え盛っているのがわかる。
「さあ、リン様。今日から私がビシバシと指導させて頂きます。視察から帰ってきた魔王様を驚かせて差し上げようじゃありませんか」
「いや、だから俺にそんな気は―――」
「リン様!!これから俺は禁止です。一回言うことにペナルティが発生しますので気を付けてください」
「せ、殺生な!!」
俺の平穏な二週間、カムバァァァァァァァック!!
こうして俺はマリアという鬼教官の元、二週間にも渡る地獄の日々を送ることになった。(BGM:ドナドナ)
「おかえりぃぃぃぃぃぃ、ジェイドォォォォォ!!」
ボクは二週間ぶりに見るジェイドに飛び付いた。これほどジェイドを見て嬉しかったことが過去にあっただろうか、いやない。
「……………はっ!!すみません、あまりの衝撃にしばし我を忘れてしまいました。夢ではないかというくらい大変に嬉しい歓迎なのですが、何かあったのですか?」
何かあったのかと訊かれれば、主に今ボクの後ろで微笑みながらこの光景を見ているはずの鬼教官が恐かったという一点に尽きるのだが、そんなことは言えるはずもなく――
「何もないよ。そう、ちょっと地獄の縁を見てきただけだから」
「?」
「そうですか。口調を変えたのですか」
今ジェイドが座っているのは魔王城の執務室にある革張りの黒い椅子だ。シンプルなデザインながらジェイドに似合っており、まさにジェイドのためにある椅子といっていい。
執務室は周りが本棚になっており、パッと見では図書館かと思うほどだ。机の上にはたくさんの書類が乗せられており処理されるのを今か今かと待っているが、処理すべき者はボクとの会話を優先している。
「うん、なんか姿を口調があってなくて気持ち悪いなぁって思ってたんだよね。だから、思い切って変えてみようと思ったんだよ」
そうやってジェイドの質問に答えるボクがいるのは、ジェイドの膝の上だ。ことあるごとに膝の上に座らされるので、すでにここが定位置のようなものになっている。違和感も薄れてきている。
はっ!!まさかボク、徐々にこの状況に慣れさせられてる!?
「なるほど、それで雰囲気も少し変っていたのですね」
ボクが気付いてしまった驚愕の事実にショックを受けている間に、ジェイドはボクのお腹の前で手を組むと、抱え込むようにボクを自分へと引き寄せた。
「雰囲気?そんなに変った?」
「ええ、少し柔らかくなっていますよ」
「へえー、そうなの。自分では気が付かなかったよ」
そっかぁ、あの地獄の日々はボクの雰囲気までも変えてしまったのかぁ。
「ですが、あまり面白くありませんね」
「ん?なにが?」
「私の知らないところでリンが変わっていくなんて面白くないのですよ。私はリンの今も昔も、そしてこれからの先も、リンの全てを知っていたいのですから」
耳元で聞こえるジェイドの甘い声は、いつもボクの脳を揺さぶって体をふにゃふにゃにしてしまう。今だってボクの顔はきっと―――
「リン、顔が赤いですよ」
「う、うるさい!!」
「フフ、かわいいですね」
「わ、わ、なに?」
ジェイドはボクを横抱きにすると椅子から立ち上がり歩きだした。
「今日は一緒に寝ましょうか?」
「なんでボクがジェイドと一緒に寝なくちゃいけないの!?」
「それはもちろんこの二週間で変わったリンのことを、より深く知るためですよ」
ジェイドの腕の中であたふたとしているしかないボクとは違って、ジェイドは余裕の表情でボクを追い詰めていく。
「楽しみですね」
吐息混じりの囁きと額に感じた温もりにボクの処理能力は完全に追いつかなくなり、気が付いたときにはジェイドと一緒にベッドで横になっていた。
なんか、段々と追い込まれて逃げ道を塞がれてるような気がするのは、決して勘違いとかじゃないよね!?
これは、元人間で元男で元勇者で現魔王城の居候が、魔王の腕の中に徐々に囲われていく過程の中のほんの一幕である。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
今度は王妃になった後のお話なんかも書きたいと思っています。
今後も暖かい目で見守って頂ければ幸いです。