CASE.011「エリオット・レインフェル」
ご覧いただきありがとうございます。
念願の昇進向け、ミラは気合十分のようですね。
では本案件のターゲットを覗いてみましょう…
※本作はカクヨム、小説家になろう、アルファポリスにも掲載しています。
辺境の朝は静かだった。
王都のように、人の声と馬車の音が幾重にも折り重なって空気を濁らせることもない。草原を渡る風はひやりと澄み、夜露を含んだ土の匂いが肺の奥まで沁み込んでくる。東の空は薄い橙に染まり、名も知らぬ鳥たちが森の端で囀っていた。
そんな清廉な朝の只中に、一人の少年が腕を組み、堂々たる構えで立っている。
細身の身体に、癖のない黒髪。蒼い瞳は常に穏やかで、中性的な顔立ちはどこか作り物めいて整っていた。
さらに、まだ十七という若さにもかかわらず、その立ち姿には妙な落ち着きがある。
もっとも、それは成熟した精神ゆえではない。ただ単に己の在り方を絶対と信じて疑わぬがゆえの、揺らぎのなさに過ぎなかった。
彼の名は、『エリオット・レインフェル』。
齢十七にして宮廷魔導の最前線へ食い込み、“水帝”の異名まで与えられた若き超新星である。
「おはようございます」
畑に出ていた村人たちへ、エリオットは柔らかな微笑を向ける。
返ってきたのは、ぎこちない会釈と愛想笑い。だが彼は、それを遠慮深さゆえの反応だと解釈した。
辺境の民は皆、慎ましく、恩義に厚い。王都の者たちのように露骨な称賛や歓声を上げないだけなのだ、と。
事実、彼らは忙しかった。
昨日、依頼でエリオットが村外れの水脈を調べ、灌漑用の流れをほんの少し“最適化”した結果、北側一帯の乾いた畑にまで清い水が行き渡るようになった。ついでに土壌組成も再配分したため、痩せていた土地は一夜にして別物と化し、村人たちは総出で苗の植え替えに追われている。
無論、それは良い変化のはずだった。
秋の収穫は増えるだろうし、冬越えの可能性も格段に上がる。多少慌ただしくなったところで、長い目で見れば感謝されこそすれ、恨まれる筋合いなどない。
きっと喜ぶ暇すらないほど、新たな土壌の開拓に邁進しているだけなのだ。
自分はほんの少し水脈に触れただけ。そうした些細な善意から、このように村人の暮らしに新たな芽が芽吹いたと思えば、気分も悪くなかった。
「今日も快調快調。さて、そろそろ皆のところへ――」
「エリオット様……あ、あの……」
村長の妻が、おずおずと近づいてくる。
この三か月で、彼女の顔色は見違えるほど良くなっていた。慢性的な咳も止まり、関節の痛みも軽減され、目の下に刻まれていた深い隈も消えている。エリオットの“最適化”が正しく機能している証左だった。
「どうかしましたか?」
「南の斜面の畑にまで水が回りすぎてしまって……その、石垣が……」
「分かりました。後で見に行きますね」
「は、はい……ありがとうございます……」
女は何かを言い淀んだが、結局は深く頭を下げるだけで去っていった。
遠慮深い。
困り事があるなら、もっと早く頼ってくれればいいのに、とエリオットは内心で小さく肩を竦める。
彼はこの村に来てから、自分にできることは何でもやってきた。井戸の浄化、病人の治療、崩れかけた橋の補強、害獣除けの結界、暖炉の燃焼効率の改良、見張り台の耐久補強。
そのすべては当然、善意からくる行為だ。今も、これまでも、ひたすらに善意で人助けをしてきたつもりだ。
だがいつからか、自分の第二の人生の歯車が狂う音を、エリオットは確かに認識していた。
追放から、三か月が経過する。
王立宮廷魔導学園を去ったあの日のことを、エリオットはあまり思い返したくない。
校長であり育ての父――いや、年齢的には祖父と言った方が近いかもしれない――大賢者は最後まで厳しい顔を崩さなかったし、勇者候補隊の面々もまた、彼へ向ける視線の温度を失っていた。誰も彼の説明に耳を貸さず、ただ「君はもう少し世界の常識を知るべきだ」とだけ告げた。
エリオットには、その言葉の意味が今もよく分からない。
世界の常識とはいったい何のことだろうか。そもそも何故自分は追放なんぞされたのだろうか。
自分はただ、より効率的で、より損耗の少ない方法を常に提示してきただけ。いついかなる時も最適解を出し続ける。その結果が常識の範疇にあろうがなかろうが、最適解は最適解であるはずなのに。
だが、この辺境に来てからは違った。
少なくとも彼はそう信じている。
ここには彼を必要とする者たちがいる。助けを求める者がいて、解決すべき問題があり、それに対して自分の力が最適に作用する。
ここには、自分の存在意義が確かにある。
だから、自分のしていることは間違っていない。
「エリオット様ッ!」
見張り台の方角から、甲高い声が飛んだ。
振り返ると、村の門番役を務めている若い男が、息を切らしながら駆けてくる。顔は青ざめ、焦燥と恐怖があからさまに滲んでいた。
「た、大変です……! また、砦の方たちが……!」
エリオットは静かに頷いた。
いずれ来るだろうと思っていたので、驚きはない。
おそらく“彼”だろう。
辺境守備隊の隊長――ガレスは、露骨に彼を嫌っているのだ。
いや、嫌う理由は理解できる。理解できるのだが、それでも理屈としてはおかしいのでは、とエリオットは思っている。
飢えるはずだった村が潤い、壊れかけた設備が修復され、冬を越せる見込みが立ち、魔物被害が減った。辺境の防衛効率という意味でも、自分の介入は明らかに有益だったはずだ。
それなのにガレスときたら、これらを「職分の侵害」として敵視している。縄張り意識だろうか。あるいは、自分の役目を奪われて面目が潰れたから焼きもちを焼いているのかもしれない――そんなことを、エリオットはぼんやり考えていた。
助かる人間が増えるなら、それでいいではないか。
彼には、その一点しか見えていなかった。
広場へ着くと、そこには予想通り、鉄鎧を纏った守備隊の兵たちが整列していた。
中央に立つのは、赤茶の髭を蓄えた大柄な男――ガレスその人である。日焼けした顔には深い皺が刻まれ、慢性的な寝不足と苛立ちが色濃く滲んでいた。エリオットを見るなり、その眉間の皺はさらに深まる。
「来たか、疫病神」
「おはようございます、ガレスさん」
「貴様と挨拶を交わす仲になった覚えはない」
今日はすこぶる機嫌が悪いらしい。
その声音には、隠そうともしない嫌悪があった。
しかしエリオットは怯まない。相手が感情的であればあるほど、自分だけでも冷静でいるべきだと彼は考えている。
「本日をもって、貴様の村への介入を禁ずる」
「……え?」
「井戸も、畑も、結界も、灯火も、すべてだ。許可なき技術提供はこの地域の“律”を乱す。加えて、貴様のばら撒いた訳の分からん魔導具が近隣へ流れ、相場が壊れ始めている。責任を取れ!」
エリオットは一瞬だけ黙り込んだ。
そして、心底不思議そうに首を傾げる。
「でも、皆が助かっているなら良いのでは?」
「良くないからわざわざこうして来たのだ!」
「どうしてです?」
みんな幸せならそれでいいではないか。なぜこうも憤慨しているのか、エリオットには心の底から理解できない。
問いに問いを重ねた結果、ガレスの顔からみるみる血の気が引き、その代わりに怒気が充満していく。後ろに控える兵士たちも同様だった。歯を食いしばり、剣の柄へ手をかけている。
「薪一欠片で何日も燃える炉だと? 一晩で根づく畑だと? 紙札一枚で魔物を弾く結界だと? そんなものが広まれば、近隣の村の職人も農家も商人も食えなくなる! 世の中には順序ってものがあるんだ、順序が!」
ガレスの言い分。
それは、村の東に聳え立つ山、その向こう側に位置する村々との均衡の瓦解である。
これまでは、それぞれの村に特産品と言えるものがあった。例えばこの村なら、畑で採れる新鮮な野菜。山から流れる清らかな湧水がこの村の畑に局所的に巡ることで、他の村では決して得られないほどの鮮度を誇る野菜が採れたのだ。
ところがエリオットが水脈を“最適化”したことで、その湧水が向こうの村の畑にまで流れてしまったらしい。
よってこの村は、“他では採れない新鮮な野菜”という唯一のアドバンテージを失い、村の収入が激減した。だが同時に、エリオットが際限なく提供した魔導具のおかげで畑の効率は大きく向上したというのも事実。ただ、これは“優れた作業道具の作成”という強みを持っていた北東部の職人村にとっては大打撃も甚だしいのだが。
これはガレスだけではない。村の共通認識だった。
エリオットが好意でやったことなのは重々承知している。だが要するに、“余計なことをしてくれたな”という話である。ガレスは皆が言いにくいことを、代表して言葉にしているに過ぎないのだ。
「お前のしたことは、ここら一帯の文化も歴史も否定するようなものだ!」
「でもそれって非効率ですよね?」
何の悪意もなく、エリオットは言った。
目をぱちくりさせながら、ガレスを上目遣いでじっと見つめる。
その瞬間、広場の空気が完全に凍りついた。
「……なん、だと?」
「皆が苦労しなくて済む方法があるのに、今まで通り不便なままでいろと言うんでしょう? それは、ちょっとおかしいのでは?」
エリオットにとって、それは至極当然の結論だった。
苦しい工程、長い時間、無駄な消耗、旧式の仕組み。改善できるなら、即刻するべきだ。
少なくとも、彼がこれまで歩んできた学園という環境では、それは称賛されるべき(?)発想だった。問題は、彼が“改善の余地”しか見ておらず、その先に崩れる生活や職能や共同体の均衡を想像できないことにあったのだが。それは彼の知るところではない。
「……やはり貴様は危険だ」
ガレスは低く告げる。
「この場で身柄を拘束する。抵抗するなら、実力をもって排除する」
兵士たちが一斉に剣を抜く。
背後では村人たちが身を寄せ合い、怯えたように息を呑んでいた。
これは困った、とエリオットは思う。
ここで戦えば怪我人が出る。
それは本意ではない。
彼は争いたくないし、誰かを傷つけたいわけでもない。ただ少しだけ、皆が楽に生きられる形へ矯正したいだけなのだ。
「……そうですか」
エリオットは穏やかに言った。
「わかりました」
一歩だけ、前に出る。
「では、あの山が邪魔だということですね?」
「――は?」
その瞬間には、もう術式は構築されていた。
彼が“水帝”の名を冠する理由。
それは、彼が生まれて初めて極めた魔法が“水魔法”だったからに過ぎない。
人が生涯かけて探求する魔法を、彼はたった数日で一分野丸ごと習得してしまう。それが彼の意図しないことだとしても、体が勝手にその魔法を扱うための構造へ最適化されるのだ。
故にエリオットにとって、魔法とは“構築するもの”ですらない。
ゲームのように手を翳せば魔法が放たれる。選択肢は無限、魔力も無際限に溢れ出す。そう彼の身体は最適化された。
構築することすら非効率と断じた彼の身体は、ただひたすらに、その場の最適解をオートで導き出す。
「お、おい。何をする気――」
「水砲」
手を山に向けて翳し、詠唱もなく、エリオットはその魔法の名を口ずさんだ。
その瞬間、巨大な魔法陣が幾重にも彼の掌前に出現し、瞬時に水の大塊を形成する。その巨大な水弾は、まるで大砲のように音もなく射出され、遥か向こうに聳え立つ山を――
――丸ごと吹き飛ばした。
ガレスを筆頭に、村人全員がぽかんとした顔をした。
一体何が起きたのか。事態の把握よりも先に、山彦のような轟音と衝撃波が遅れて村へ届く。
「き、貴様……」
水蒸気が晴れ始めた頃、かろうじてこの不可解な現象を理解できたガレスが、震えた声で手にしていた剣をぽろりと落とす。
「これで村は一つになりました! もう均衡とか気にする必要はありませんよ!!」
高らかに宣言するエリオット。
振り返るとガレスの目に大粒の涙が浮かんでいる。
それが感嘆や喜びによるものではないことは、誰の目にも明らかだった。エリオット以外には。
「あれ?」
射出された大出力の水が、その速度と激突による摩擦で膨大な水蒸気を発生させる。
それが完全に晴れた頃、エリオットも徐々に事態を把握し始めた。
何も残っていない。
目的の山は当然のごとく、その先の大地ごと抉れ跡形もなく消し飛んでいる。それは良い――村人にとっては害でしかない――のだが、問題はその向こうだった。
隣村の姿さえも、消えていたのだ。
「そんな……」「なんてことを……」
「う、うそでしょ……?」
「あ、ああ……!」
村人の口々から漏れる絶望の声。
そして終いには崩れ落ちたガレスの鎧の音で、エリオットはようやく事態を理解し始める。
「あれ、僕またなんかやっちゃった感じですか?」
エリオット・レインフェル――通称“水帝”。
神がかりのような魔法習得速度に、仏のような優しき心を兼ね備えた完全無欠の若き勇者候補生。
その正体は、新しき世界の常識を知ることが叶わなかった転生者。
善意で厄災を振り撒き、好意で人々の尊厳を破壊する。まさしく無自覚の――“最恐の疫病神”である。
【今回の用語まとめ】
■エリオット・レインフェル
今回の執行対象。
齢17にして“水帝”の異名を持つ若き魔導の天才。
善良で温厚だが、他者の生活・文化・感情・社会構造を想像する力が著しく欠落している。
■ガレス
辺境守備隊の隊長。
エリオットの無制限な介入が地域社会を破壊していることを危険視し、彼の拘束を試みた人物。
エリオットからは、自分の職分を奪われたことによる嫉妬のように誤解されている。
■水砲
エリオットが使用した水魔法。
本人にとっては山を吹き飛ばすための“解決策”だったが、実際には山の向こうにあった隣村ごと消滅させる結果となった。
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ここまでお読みいただきありがとうございます('ω')ノ
う~ん、やばい(笑)
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※AIの利用について:
・本作ではChatGPTとclaudeを、誤字脱字の確認、前話との整合性確認、アイデア整理、世界観管理の補助として一部使用しています。
・作品本文および物語の主要構成は、すべて作者自身が執筆・最終決定しています。




