温かな体温
自分の想いを認めたくない男は女から逃げ出した。しかし、その想いをごまかせずに苦しむ西岡だったが・・・・・。
あれから慌てて女から逃げ出したはいいが、あれは己の部下。
だからたとえ嫌でも顔を合わせなければならない。
だが俺は極力女との接触を避けていた。
そうして今は一人で書庫で書類の整理をしている。
しかしあの女から逃げ切れない事は明白だった。
だがしかし、ここはもう意地だ。
何があろうと最後まで諦めない。諦めてたまるか。有り得ない。有り得ない。あまたの女を抱いてきたこの俺が、まだ乳臭い小娘に惚れただなんてそんな事有り得ない。
しかもあちらはやけに俺が気に入ったらしく、俺の姿が見えただけで嬉しそうに笑って駆け寄って来るのだ。
だからその度に俺は回れ右をしてダッシュで逃げる。そして女はそんな俺の後ろ姿をシュンとして落ち込んだ様子で見送る。
らしい。
これはヒトから聞いた話だ。
俺は逃げるのに必死だから女の様子を伺う余裕なんてない。
そうしてやがて諦めたのか、女は俺に近づかなくなった。
俺が仕事をしている様を離れた所から見ては、悲しげにしている。
その様子に、チクリと良心が痛むが仕方ないだろう。分かってくれよ。
何か間違いが起きてからでは遅いのだから。
俺だってお前の事は嫌いじゃない。いやむしろ好いている。
だがしかし、だからこそ俺はお前には手出しできない。
何故なら今のこの俺がお前を幸せにしてはやれないからだ。
これが以前の俺ならば、直ぐさまお前を俺のモノにしたろうな。
だが今では事情が違うんだ。
今のこの安月給ではお前に服も買ってやれない。
それに今俺は仕事に忙殺されているから、きっとまともにデートも出来ない。
だからそんな思いをさせるくらいならば、どこか他に良い奴がいるさ。だからそいつに幸せに・・・。
そんな事を考えていると、キイッと音を立てて資料室の扉が開いた。
そうして、遠慮がちに女が入ってくる。あれからまともに話してすらいない女に、なんと言って良いものかと思案していると、女はストンと俺の前に座る。そうしてギュッと俺の服の袖を掴んで俯いた。しばらく待ってみても何も言わないから、俺は根負けして女の綺麗な黒髪を撫でてやる。
そうして顔を上げない女に言った。
「どうしたよ倉田。俺が恋しくなったのか?ダメだろちゃんと仕事しないとよ。ほら、顔上げな。せっかくだからお前の顔が見たいんだ。なぁ、倉田。機嫌直せよ」
そうして女の頬を両手で包んで顔を上げさせると、女は泣いていた。
その綺麗なエメラルドグリーンの瞳からとめどなく涙を流しながら、女はいやいやと首を振って俺に言う。
「いや、いやですよ。許してなんてあげません。ひっく。だって、だって酷いじゃないですか。ふぅっ。どうしてずっと私を避けるんですか?そんなに私が嫌いなら、そう言ってくれたら良いじゃないですかっ。ひっ。ふぇっ。そうしたら、そうしたらちゃんと貴方の事、諦めたのに。それなのに酷いですよ。だって私、本気で貴方の事が好き、あっ」
必死に俺に言葉を紡ぐ女の姿に俺は容易に陥落してしまった。
押し付けていた唇を離して笑う。
「俺もだよ倉田。俺もお前が好きだ。だから俺と付き合ってくれよ。良いだろ?ちゃんと可愛がって大事にしてやるよ。な?」
そうしてそっと女の頬を撫でてやると、それは真っ赤になって俯いた。
なんだ。照れてるのかよお前。
可愛いじゃねぇかよ。
俺は茹ダコになった女の額にキスをして返事を促す。
「なぁ、倉田。返事は?」
するとそれに顔を上げて俺を睨んで女は言った。
「良いに決まってるでしょっ!バカっ!」
そうして俺の胸に飛び込んで、背中に腕を回して締め上げられる。
どうやらこれは寂しい思いをさせた腹いせらしい。
俺はそれに笑って好きにさせてやった。
そうして女が落ち着いて顔を離して見上げてくると、それの顎を軽く支えてやる。
それだけで今から何をするかを察した女は笑って眼を閉じた。
そうして俺は女と初めてのキスをする。
女が俺の服を掴んで緊張した様子だったから、余裕な俺は、女の唇を舌で嘗め上げてやる。
ヒッと悲鳴を上げて逃げを打つ女の身体をきつく抱きしめて、俺は夢中で女の舌を味わった。最初は怯えて縮んでいた舌も、俺が巧に愛撫してやる事で、快感に堪えられなくなったのか、やがて自ら俺の舌を絡めて遊びだした。
そんな女が可愛くて俺は笑いながら、女に弄ばれてやる。
お前中々手慣れてやがるな。
きっと処女じゃないんだろうな。
まあ俺も童貞じゃねぇから気にしないさ。
でもお前の乱れる姿を見た男が俺以外にいるというのが少し悔しいな。
だから覚悟してろよな。幸。
その時は俺がたっぷり可愛がってやるからよ。
そうして男は微笑んで、温かな女の体温を感じながら眼を閉じた。